疾走れ!森のスプリンター!

うくる

第1話 「灰色の何か」

「灰色の何か…ですか?」

「新しいフレンズじゃないのー?」


いつもの如く、「島の長」によって図書館に呼び出されたサーバルとかばん。

また料理のことかな、なんて話しながら図書館に向かった二人が打ち明けられたのは

想定していない依頼だった。


時間は少し前、ちょうど二人が図書館にたどり着く十数分前に立ち返る。


―――――


「たたた、大変!大変です!博士さん!!」


図書館に走りこんできたのは、ピンク色のエプロンに黄色の手振り旗を持ったフレンズ…カルガモだ。

お人好しで優しいフレンズなのだが…如何せん身振り手振りが大きく、いうなれば少しうるさい。


「なんですか、カルガモ。図書館では静かに、といつも言っているはずなのです」

「我々は耳が良いのです。そんなに大きな声で叫ばなくても聞こえるのですよ」


図書館中央の大樹で二つの影が動く。

読んでいた本にしおりを挟み、丁寧に本を閉じると飛び込んで来た客を一瞥し、やや気だるげに二つの影が飛び降りてくる。


片方は灰色の羽、小柄な体格。図書館の主にして、島の長。

アフリカオオコノハズク…通称コノハ博士。

もう片方は茶色の羽、比較的大柄な体格。コノハ博士の右腕。

ワシミミズク…通称ミミ(ちゃん)助手。


「あっ、ご、ごめんなさい。でも、ついに私も見てしまったんです!」

「…それは、数日前から噂になっている「灰色の何か」、ですか?」

「あなたもですか。これで何人目ですか…」

「で、カルガモはどこでそれを見たのですか?」


猛禽の目がカルガモを見やる。

特に他意はないのだが、やはり猛禽、言い知れぬ圧がある。

カルガモが少したじろぎながらも答える。


「は、はい、ここの図書館のすぐ真裏、ほら、大きく開けてる場所があるじゃないですか!あそこを偶然通りがかった時に、見ちゃったんですよう!噂の「灰色の影」!すっごく足が速くて、私が気付いた次の瞬間には…もう!バッと森の中に消えちゃいました。」

「どんな形状をしていたか、とかは覚えているのです?」

「人の形をしていた、していなかった。どんな情報でもよいです」

「え?えーっと…たぶん、私たち…フレンズと同じ形だと思います!そうですね…ちょうど、博士さんより少し色が薄いくらいの感じで、身長は、そうですねぇ…」


身振り手振りを交えてわちゃわちゃと語るカルガモ。


そんなカルガモを傍目に、博士と助手がお互いに視線を送る。

古い、人の言葉で「あいこんたくと」というらしい。

その両目からは賢さと、若干の悪巧みが読み取れた。

なお、カルガモがそれに気づけたかは定かでない。


「ふむ…わかったのです。報告には感謝します、カルガモ。…実はこの件、すでに手を打ってあるのです。また何か進展があったら伝えるですよ」

「感謝しますが、騒がしいのは得意ではないのです。次に来るときは静かに来るのですよ」

「あーっと…ごめんなさい、次は気を付けますね…」


騒がしい珍客がトボトボと帰路に就いたのを確認し、助手が口を開く。


「…ふう、うるさいのは苦手なのです」

「ちょっと無碍にし過ぎた様な気がしないでもないですが…ところで博士、先ほどすでに手を打ってある、とおっしゃっていましたが…?」

「方便なのです。あのまま放っておいたら一晩でも喋っているのですよ」

「なるほど、賢いのです。とはいえ、ああいったからには何かせねばならないのでは?」


博士が顎に手を当て、天を仰ぎ見る。

図書館に空いた穴からは陽光が差し込んでいた。

少し目を細めながら、答える。


「…何か、考えないとけないのです」

「つまり何も決まっていない、と」


片手で陽を遮りながら方へ振り返り、そのまま近くのテーブルに移動する。

テーブルには、数冊の本が開かれていた。

表紙には「森林のけもの」、「もりのおともだち」、「だれでもカンタン!おてがるおやつ」などの文字が躍っている。


「先ほどのカルガモの話も鑑みるに、「灰色の何か」はフレンズです」

「セルリアンにしては、行動が妙ですし…姿かたちもフレンズであるなら、恐らくは間違いないでしょう」

「恐らくはつい先日の噴火でフレンズ化したのでしょう。目撃情報が出始めた時期とも一致するのです。となれば、この件はセルリアンハンター達に任せられないのです。できる限り、傷つけずに図書館へ連れてきてもらわないといけないのです」

「フレンズ同士、ケガをさせるのは本懐ではないですからね」


ペラペラとページをめくる。

開かれたページには、アムールトラが紹介されていた。


「…森の中で高い運動神経を発揮する動物は複数いますが、大概は…いわゆる捕食者。それらに頼むこともできますが、恐らくその「灰色の何か」は怖い思いをするのです」

「フレンズになったばかりでは心細いでしょう。あまり強硬な手段はとりたくないですね」


近くの椅子に腰かけ、腕を組み、目を瞑って考える。


「ケガをさせずに…どうしたものですか…」

「相手が何のフレンズであるかもわからないですからね…」


そのとき、さあっ、と図書館の入り口から風が吹き込んできた。


「…そういえば、かばんとサーバルに図書館に来るように言ったはずなのです」

「また料理の話ですか?」

「そのつもりでしたが…これは、ちょうどいいかもしれないのです」

「…、なるほど。かばんなら、ケガをさせずに図書館へ連れ帰る手段を考え付くかもしれないのです」


椅子から飛び出すように降りて、そのままの勢いでテーブル上から料理の本だけを片付けた。


「料理は名残惜しいですが…まぁ、いますぐでないといけないわけではないのです」

「島のフレンズ達の幸せを第一に考えてこその長なのです」


二人が静かに笑うと、遠くからバスの稼働音が聞こえてくる。


「昔、人は噂をすると…なにやら、と言ったそうです」

「こういうことなのですね、博士」


バスが止まる音、やや遅れて二つの足音。

一つはゆっくりとした足取りで、もう一つは、飛び跳ねるように近づいてくる。


「こんにちはー!博士ー!私たちを呼んでたーって聞いたんだけど!」

「こんにちは。何かご用ですか?」

「かばん。それにサーバル」

「ちょうどよいところに来たのです。待っていたのですよ」


ちょい、ちょいと片手で手招きし、二人をテーブルの前へと案内する。


「なになにー?また料理の話ー?」

「違うのです。いえ、料理をしてくれるのならそれに越したことはないのですが…」

「今回は料理の話ではないのです。二人に調査を頼みたいのです」


二人の方をみると、如何にも「意外」といった顔で博士を見ていた。

対する博士は不服といったところだろうか――しかしそれを気にするサーバルではなかった。


「チョウサ?なにそれなにそれ?」

「調べもの…ですか?僕たちがいなくても、図書館なら…」

「いえ、違うのです。いうなれば、実地調査…とでもいいましょうか。その場に赴いて調べてもらいたいことがあるのです」

「最近、この辺りで「灰色の何か」がでる、という噂は知ってるですか?」


―――――


「灰色の何か…ですか?」

「新しいフレンズじゃないのー?」

「そう、恐らくは新しいフレンズなのです。なのですが…」

「誰もまだ、正体をつかめていないのです」


二人分の椅子を引き、座るように促す。

反対側に回り、博士と助手も同様に座った。

椅子に座りつつもサーバルは喋るのをやめない。


「えーなんで?灰色の何か、って誰か見たんでしょ?」

「それは間違いないのです。だけど、誰もしっかりとその姿を見れていないのです」

「どういうことですか?」

「曰く、灰色の何か、を見た次の瞬間には森の中へと走り消えてしまうと。今のところ、そういうあいまいな証言しかないのです」

「うみゃー!足の速さだったら負けないよー!」

「平原や草原だったらそれでいいのでしょうが、森の中ではサーバルの本領は発揮しにくいでしょう。実際、何人かのフレンズが追いかけてみたようですが、足場の悪い森林では追いつけなかったと証言しているのです」

「そ、それをなんで僕たちに…?」

「今までの実績を鑑みて、なのです。かばん、あなたなら、その「灰色の何か」をケガをさせずに捕まえられるんじゃないかと、そういうことなのです」

「私もフレンズになった直後のことはよく覚えていませんが…フレンズにはフレンズの生き方があります。例えば、食べもの。何を食べればいいのか?じゃぱりまんとは何か?どこで手に入るのか?…正直に言えば、不安だらけだと思うのです」


かばんの目が中空を彷徨う。

最も「フレンズとして年若い」彼女には思うところがあるのだろう。


「わかりました。では、その…灰色のフレンズさん、を図書館まで連れてくればいいんですね?」

「ええ。ここまで連れてきてくれれば、あとはこちらでどうにかするのです」

「元の動物がなんであるか、も調べてあげないといけませんからね」

「かばんちゃんに任せて!すぐに捕まえてきちゃうから!」

「サーバルには不安しかないのです」

「なのです」

「みゃみゃみゃー!!!なんでなんでー!?」


図書館に3人の笑い声が木霊する。

サーバルだけが不服そうだった。


「ちなみに、灰色…以外の情報は何かないんでしょうか…?」

「一応あるはあるのですが…白黒、しましまであるとか、すごく足が速いとか、あまりはっきりとした情報はないのです」

「共通しているのは灰色であること。足が速いこと。これだけですね」


かばんが少し不安そうな表情をするが、それをサーバルがのぞき込み、声をかける。


「大丈夫だよかばんちゃん!私もいるし、何よりかばんちゃんはすっごいんだから!きっとすぐ、見つけられるよ!」

「…、うん!ありがとう、サーバルちゃん」


二人の決意がついたのを見届け、島の長たる二人が立ち上がる。


「さて、ではかばん。頼んだのですよ」

「最後に見かけた場所は…そうですね、たぶん、まだ外にカルガモがいると思うのです。カルガモがついさっき見かけたと言っていたので、そっちに聞いてみてほしいのです」

「わかりました。じゃあ、行ってみようか、サーバルちゃん。」

「うん!いこっ、かばんちゃん!」


続く

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疾走れ!森のスプリンター! うくる @Cucle_Yurha

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