第6話
奇跡は起きる。
もし奇跡が起こらないというのなら、『奇跡』という単語自体存在しないはずだ。
実際に奇跡が起こるから、『奇跡』という単語が今も存在しているのだ。
だから――。
「『奇跡』という単語が辞書に載っている限り、奇跡は起きるんだよ。まあ解放団体の人には申し訳ないけど、奇跡を起こすのに愛なんていらないよ。先割れスプーン一本あればいい。あはは」
「詭弁じゃない。バカらしい。いいえ、あなたは本物のバカね」
矯正施設の敷地内の至るところで正義と悪が戦っている。
けれど、僕と彼女は戦うことも逃げることもせず、かくれんぼに興じている。
反省室よりもずっと狭い穴の中で。
膝を抱えて小さくなっている彼女が小声で聞いてきた。
「いつの間にこんな場所を作っていたの」
「僕と友人が先割れスプーンを使って掘っておいた」
「どうして友人のご両親が『ラブ&ミラクル』の幹部だと教えてくれなかったの」
「それは君が途中で話を遮ったから」
「どうして今日、解放運動があるって教えてくれなかったの」
「どこに監視カメラや盗聴器が仕掛けられているか分からないから」
彼女の問いに僕も小声で淡々と答えていく。
穴の外では相変わらず矯正施設の教官たちと解放団体が戦っている。
そこには、先割れスプーンを握りしめて戦う友人の姿もあった。
「どうして……」
彼女は言葉に詰まりながらもしっかりとした口調で尋ねる。
「どうして私なんかを助けてくれたの」
僕の返事を聞かないうちに、彼女は憂いの帯びた言葉を告げる。
「私はここに隠れる資格もなければあなたに助けられる資格もない。なにもしていないし、なにもできないもの……」
「そんなことを言ったら、僕も隠れているだけでなにもしていない」
「あなたは解放のために友人の協力をしたじゃない。でも私は……」
「君はずっと一人で戦ってきたじゃないか」
その言葉を聞いて、ようやく彼女が顔をあげてくれた。
僕は彼女をしっかりと見つめまま言葉を投げかける。
「それに、君には人から愛される才能がある」
それ以上の言葉は必要ないと思った僕は、黙って彼女の手を握りしめた。
「あなたは……本当のバカね」
彼女は幸せそうに笑う。
そして互いの背に腕を回し、顔を近づけ――。
資格のない僕らがすると、この国の法律で罰せられてしまう。
けれど、僕らが恋するのに資格なんていらない。
短編小説『僕たちに人を愛する資格はない』 川住河住 @lalala-lucy
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