第5話

 反省室で見知らぬ女と一夜を過ごしてから、僕は自室へ戻ってきた。

 カーテンで仕切られた部屋の片側は同室の男の空間だ。

 彼はまだ眠っているのか、カーテンの向こう側から規則的な息遣いが聞こえる。

「もーいーいーかーい?」

 僕は問いかけた。

 かくれんぼを始められるかどうか聞くために。

「もーいいよー」

 少し遅れて彼の答えが返ってきた。

 泥だらけの先割れスプーンが共用の机に置かれているのを見て納得した。

 先割れスプーンの先端は、ひどく削れている。

 どうやら愛の共同作業は、ようやく終わりを迎えたらしい。

 僕はカーテンの向こう側にいる彼に、お疲れ様、と労いの言葉をかける。

 

 それにしても最悪だ。

 教官のついた嘘に気づかなかったことではない。

 彼女を傷つけてしまったことが最悪なのだ。

 考えてみれば彼女の言う通りだ。

 人を愛する資格を取得させたいなら、無理にでも資格試験を受けさせればいい。

 どうして多くの金と時間がかけて矯正施設を運営する必要があるのか。

 わざわざそんなことをする理由があるとしたら思いつくのは一つだけ。

 将来、国の反乱分子になりうる存在を早めに矯正または排除するためだろう。

 だが、そんなことはさせない。

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