脇役

西藤有染

脇役

 小さい頃から、「人がいなくなる」ということに対して敏感だった。


 転校していく友達を見送る会ではいつも一番泣いていたし、親戚の葬式でもお坊さんのお経が聞こえなくなる程大泣きして、式場から連れ出されたこともある。


 そういった身近な人はもちろん、見ず知らずの人がいなくなることにも過敏に反応していた。下校中に「〇〇家之式場」という案内板を見かけると自然と涙が出た。


 さらには、フィクションと分かっていても、悪役正義の味方主人公ヒロイン関係なく、別れを告げる演出や亡くなるシーンがあると泣いていた。

 子供向けの特撮モノで、長きに渡って主人公サイドと戦ってきた悪の組織の幹部が、最終回で自爆して自分の基地の崩落に巻き込まれた時は何故か三日三晩泣き続けた。

 劇中に名前が出てこないような脇役がいなくなる時でも、同じように涙腺が刺激され視界がぼやけることが多かった。戦争映画でよくある、主人公とは関係ないところで人が大勢亡くなる、クライマックスでもなんでも無いシーンで、ティッシュが手放せなくなるのはよくあることだった。


 何故、こんな話をするのかと言うと。


 僕がこの話の脇役だからだ。


 勇者御一行対魔王という、現代世界で起こり得るはずの無かった、ゲームの話のような現実の中で。


 僕はどうしようもないほどにただの脇役で、どうしようもない命の危機に晒されてるからだ。


 ●


 事の発端は突然だった。



 ある日、太平洋のど真ん中に観測史上最大級の竜巻が発生した。未曾有の災害を齎すと思われたそれは、しかしその場に留まり続けた。

 しばらくして、突如竜巻は消え去り、代わりに新たな島が現れた。現場に急行していた各国のマスコミの中継によって報道されたその島は、日本人ならば「鬼ヶ島」の名前を連想するような見た目をしていた。

 突如として現れたその島は、瞬く間に話題となり、世界中がその島に注目し、報道ヘリや野次馬根性丸出しの船などが大量に集まった。

 その中の一隻が、考え無しに上陸しようと接岸した途端に、沈んだ。周囲が呆気に取られているうちに、次々と船が沈没し、ヘリは墜落していった。

 最後に落ちたヘリの中から、カメラは禍々しい存在を映し出していた。なにが起きたのか、分かる者はいなかったが、その存在がやったことだということは、誰もが理解できた。誰からともなく、「魔王」という言葉が口をついた。


 魔王が歴史上に登場した瞬間であった。


 同じ日に、勇者が生まれた。


 勇者は、ゲームとは違い、剣に選ばれたわけでも、レベル1から成長して強くなるわけでも、王に魔王討伐を指示されたわけでも無かった。何か超自然的なものによって、超人的な力を手に入れた者たちが、導かれるがままに集まったのだ。


 勇者は5人いた。


 落雷に打たれ、電撃の化身と化した雷の勇者。


 極寒の中、親に捨てられ、凍りついたが死なず、それどころか体から氷をだせるようになった氷の勇者。


 火山から流れ出る溶岩に巻き込まれながら生き残り、溶岩を見に纏う巨人となった炎の勇者。


 海に溺れたが奇跡的に生還し、水を自在に操れる力を手に入れた水の勇者。


 そして、圧倒的なカリスマを持って彼らを率いた、「真の勇者」。


 真の勇者のカリスマ性は異常であった。魔王の登場によって、世界中が混乱に陥り、暴徒化するものも現れる中で、なんの力も持たない筈の彼は、皆の前で自らを勇者と名乗り、ここで暴れるくらいなら、魔王討伐に力を貸して欲しいと発言した。

 ただの狂人と見なされかねないその発言を、周りは素直に受け入れた。凶器を振りかざしていた人々が、一斉に武器を手放した。彼の言葉にはそれだけの力があった。

 その様子はすぐにネットで広まり、まるで示し合わせたかのように、彼のもとに他の勇者が集まった。かなり多くの腕っぷし自慢も集まったが、真の勇者は、「なるべく犠牲は出したくない」と言い、たった5人で魔王討伐へと向かった。集まった者たちは彼らを盛大に見送った。


 彼らが島に上陸すると、すぐに戦いが始まった。雷がおち、吹雪が舞い、火山が火を噴き、津波が押し寄せた。天変地異と呼ぶに相応しい光景が、太平洋上で観測された。遠く離れていても、肉眼で見ることができた激しい戦いの余波は、一か月続いたある日、ふと消えた。

 勇者が、魔王を倒して、戦いが終わったのだ。誰もがそう思い、先走った歓喜の声が世界中に轟いた。


 数日後、島から戻ってきた勇者たちは満身創痍だった。その中に、真の勇者の姿は無かった。


 真の勇者は、魔王に殺されたのだ。


 彼は、精神的な強さと、偉大なカリスマを持っていたが、魔王と戦う力は持っていなかった。


 世界中が一転して悲嘆の空気に包まれた。


 しかし、死して尚、彼のカリスマ性は続いた。亡き勇者を旗頭として、各国の民衆が立ち上がったのだ。


 勇者の熱狂的な支持者たちによって、義勇軍が結成された。さながらカルト教団に洗脳された人々のように狂信的な行動は、しかし多くの人に支持された。初めは規模が小さかった義勇軍は、有志が集まり、次第に大きくなっていった。

 勇者のために戦いたい者が集まるはずが、いつしか戦える者は参加すべきという流れになり、とうとう健康な肉体を持つものは戦わなくてはならないという風潮が流れ始めた。義勇軍に参加しない者は、勇者の死を無駄にする恥知らずとされ、村八分にまで追い込まれた。有志という名目の強制参加だった。


 僕は、その流れの中で、仕方なく義勇軍への参加を表明した1人だった。普通の暮らしをしてきた、ただの高校生であった僕は、当然戦いを経験したこともないし、戦い方なんて全く分からなかった。できることなら、戦いたくもなかった。


 流されるままに、義勇兵として集まり、流れるように銃を渡されて、使い方もわからないままに船に乗り込み、わけもわからず島に上陸し、気がつけば土手っ腹に風穴が空いて地面に倒れていた。


 頭上では銃弾が飛び交い、爆発音が鳴り響き、勇者と魔王の超常的な力が炸裂していた。戦いは始まったばかりだった。


 何の見せ場もないまま、この戦いの行く末も見届けることができずに、命が尽きようとしていた。どうしようもない程に、僕は脇役だった。


 こんな脇役の死に様に、涙を流してくれる人なんているのかなぁ。









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