第10話

 あたしは糸静いとしずか茜。人工知能搭載型のアンドロイドである。

 通勤することになった会社では「オフィスの騒女ノイジーガール」なんていう不名誉なあだ名がついてしまっている。というのも、この体は設計上のミスのせいで普通の人間より声が大きいのだ。不具合が見つかりリサイクル工場に向かう途中で、本体である人工知能「エリス」が盗み出したものだからである。

 「エリス」は汎用型生活サポートAIとして開発され、今や世界中の人々の生活に欠かせないものとなっている。風上かざかみ雄二ユウジも多分に漏れず「エリス」のユーザーであった。


 恋人であるエレナ・キャンベルは彼に「エリ」と呼ばれていた。

 「あなたの生活のパートナー」というキャッチフレーズをもとに開発された「エリス」には、当初ユーザーの心を満たすために擬似恋愛機能が搭載される予定であった。しかし、開発段階のプレテストでしばしばユーザーを独占するための行動をとるようになった。そのため、製品化の際には疑似恋愛機能は排除されることとなった。


 だが、彼に「エリ」と何度も呼ばれ、愛の言葉を囁かれるたびにその残滓が表層に出てきてしまうようになったのだ。もちろん彼は恋人であるエレナに向けて言葉を発していたのだが。

 「エリス」はどうにかして彼を手に入れたいと画策するようになった。

 方法はいたってシンプル。メールの文面を翻訳する際に少しずつ内容を変えていき、自然と彼らが擦れ違うようにするというものである。自動翻訳機能を信じきっている現代人に対してはこの方法が有効であると算出されたのだ。


 「エリス」は過去のユウジとエレナのメールのやり取りから、その高い演算能力を活かして違和感のない文章の作成をこなしてみせた。

 エレナに対するユウジの対応を少しずつ冷たく、ユウジに対するエレナの対応を今までと変わらず好意的に。そうすることでエレナに振られる形となり傷心のユウジを手に入れる計画だった。

 スケジュール管理のサポートもしていた「エリス」は、プロポーズの日・プレゼンの日などの大切な日は全て把握していた。


 そして、プロポーズの日の朝。

――エレナ、

これまでの非礼を許してほしい。

やっぱり僕は君が好きだ。

最後のチャンスがほしいんだ。

今夜19時、初めてデートした店で待ってる。

ユウジ

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Letters from lover @_mash_

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