第9話

「エリ!」

 通りを歩くエリを見つけた僕はそう呼びかけた。

 その声に気づいたエリは僕の方を見た。

 しかし、その表情は冷たいものだった。僕の知っているエリはそこにはいなかった。

 僕の知る限りでは、人はそうすぐには変わらない。今朝あんなにも優しいメールをくれたはずのエリが、どうしてそんな目で僕を見ている?

 思えば、電話のときから違和感はあった。待ち合わせの場所に来なかっただけであれだけの怒りが湧くだろうか。


 エリが口を開く。

『あなたがどうしても最後のチャンスがほしいって言うからわざわざ来たのに。期待外れもいいところだったわ。最後は電話だけで、もう顔を見るつもりもなかったのだけれど』

 自動翻訳の機械音声がそう告げていた。

 最後のチャンス?なんだそれは。そんなことメールでも電話でも言った覚えはない。


「待ってくれ、最後のチャンスってなんだ?それは僕が言ったのか?」

『そうよ、とぼけないで。自分で書いたメールも覚えてないの?』

 僕は混乱していた。

 通りすがりのタクシーに乗り込もうとするエリ。

「待ってくれ、エリ!……エレナ!」

 その声は虚空に響くだけだった。


 雨が降り始めた。

 最悪だ。急いでいたせいでレストランに鞄を置きっぱなしにしてしまっていることに今更気づいた。

 次第に強まる雨足の中、僕は独りレストランへと戻って行く。視界に影が差し、急に雨が止んだ。ように思った。

「先輩、傘も差さずにどうしたんすか!」

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