第8話
携帯から聞こえてくるのはエリの声だった。
そう、エリの声だけだった。いつも同時に聞こえる自動翻訳の機械音声は聞こえてこない。
AIによる自動翻訳に頼りっぱなしでロクに英語に触れていなかった僕は、エリが怒っていることを理解することしかできなかった。かろうじて聞き取れたのは、僕とエリが初めてデートをした店の名前だけだった。
怒りの感情を表す言葉を言い尽くしたのか、電話の向こう側で息を荒げたエリは
「
とだけ言って電話を切った。
不通を示す電子音だけが耳元で虚しく鳴っていた。
思えば今日の僕はついていた。それはもう不自然なくらいに。折り畳み傘も、冴島先輩も、クラウドも、企画の採用も、すべてが今この時の失意のために周到にお膳立てされていたもののように思えた。
でもここで挫けるな。僕は自分に言い聞かせた。
エリに待ち合わせの場所を間違えて送っていた?
そんなはずはない。普段の僕ではありえないくらい、メールの文面を何度も確認した。3カ月前から予約を入れていたし、待ち合わせ場所についてのメールは何回か送っていたはずだ。
電話でエリが言っていた店はここから歩いて10分程度の場所にある。入り組んだ場所にある店で、通りに出てから駅まではほぼ一本道なので、今から走って行けばエリに会えると思った。僕は急いでウェイターに声をかけ、会計を済ませるとその店へと走り出した。
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