乙女ゲームでつかまえて♡

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あなたが乙女ゲーのキャラを見ている時、乙女ゲーのキャラもあなたを見ているのだ。

「──一体、どういうことなの⁉ この世界は、私が現代日本で散々やり込んだ、乙女ゲーム『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の世界のはずなのに、何で『ゲームの知識』通りに進行しないの⁉ それにどうして自意識を持たないゲームのNPCに過ぎないあなたたちが、勝手な行動ばかりとって、最後の最後まで私の邪魔をするわけ⁉」


 魔法と科学のハイブリッド大国、ホワンホワン王国王都の中心部に広大なる敷地を擁する最高学府、王立量子魔術クォンタムマジック学院の卒業式の謝恩会の会場において、私ことアオイ=イエローズ男爵令嬢の悲鳴のような叫び声が響き渡る。


 周りを取り囲んでいるのは、私と同じくたった今卒業式を終えたばかりの同級生にして、王国選りすぐりのやんごとなき王侯貴族の令息令嬢たち。

 その中でも一際あでやかな、縦ロールの銀髪とトパーズのような黄金きん色の瞳をした絶世の美少女が、いかにも高慢ちきな笑みを浮かべながら口を開いた。




「あら、NPCとは、酷い言われようね、アオイさん──いえ、現代日本の乙女ゲーマニアのアラサーOL、ごんわらキヨさん?」




 ──‼ どうして、そのことを⁉


「……そうか、そういうことだったの。ミステリア様、あなたも『転生者』だったのね⁉」

 道理で、いくら私がこの学院内において、まさに本日の卒業式までに『逆ハーレム』をつくろうとしていたのに、一度は攻略に成功した、彼女の婚約者である第一王子様を始めとして、王侯貴族のご子息である『攻略対象者』たちが、最後の最後に私の許を離れてしまい、まさしく現在、『ヒロイン』である私ではなく、『悪役令嬢』であるミステリア嬢側の擁護者として、登場してくるはずだ。

 ──つまり、私と同じく『ゲームの知識』を有する彼女こそが、あらゆる場面において、密かに妨害工作をすることで私を出し抜いていたのだ。


 そう、私の想像通り、確かにミステリア=レーナ嬢は、『転生者』であった。


 ──ただしそれは、彼女こそが『転生者』であることを、意味していたのだ。


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 大人気乙女ゲーム、『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』。


 突然ネット上に出現した、この謎のゲームアプリは、瞬く間に世の『乙女』たちを虜にした。


 何せ、作品の基本を為す『世界観』からして、これまでの乙女ゲーの常識を覆すものだったからだ。


 基本的には、この手の話にありがちな、剣と魔法の中世ヨーロッパ的世界であった。

 ──だが同時に、現代日本と同レベルかそれ以上の科学技術力を誇る、人呼んで『量子魔導クォンタムマジック』ハイブリッド文化を誇っていたのだ。

 特にゲームの舞台が存在する、ホワンホワン王国においては、『巫女姫』と呼ばれる強大なる術者が、自分の意思で自分の身に現代日本人の魂を召喚し取り憑かさせて、必要な最新技術等の知識を頂戴した後は遅滞なく現代日本へとお帰りいただくといった、巫女ならではの『憑依体質』を、いわゆる『限定的な異世界転生』に利用する、特殊極まるやり方を行うことによって、他のどの国よりも確実かつ手っ取り早い、現代日本の最新技術の取得を可能としていたのだ。

 そのため王国においては、『巫女姫』を養成するための教育機関として、『王立量子魔術クォンタムマジック学院』を設立して、生まれつき強大な魔導力を秘めている王族や貴族の子女たちを、半ば強制的に修学させていたのであった。


 ──そしてまさしく、乙女ゲーム『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の主な舞台メインステージこそは、この王立量子魔術クォンタムマジック学院の高等部であったのだ。


 それというのも、私たちプレイヤーが操作する『ヒロイン』キャラ、アオイ=イエローズ男爵令嬢自身も、『巫女姫』ともなり得る魔術の才能の有していたからこそ、平民でありながら遠縁の男爵家の養女となり、特別奨学生として学院に就学することになったのであり、同じ将来の『巫女姫』最有力候補である公爵令嬢ミステリア=レーナ嬢やその他のお嬢様としのぎを削りながら、攻略対象である三人の王子や上級貴族の御子息にアタックしていくといった、ストーリーラインとなっていたのだ。

 もちろん『ヒロイン』に対して事あるごとに立ち塞がるのが、最大の攻略対象の第一王子のゲーム開始時における婚約者であり、アオイ嬢にとっての最大の『恋敵ライバル』である、まさしく乙女ゲームではお馴染みの『悪役令嬢』キャラである、ミステリア嬢その人で、何かと策を弄して無実の罪を着せて、ヒロインを陥れようとしてくるので、常にその動向を把握している必要があり、その対応には非常に神経を使わされた。

 実は、まさにそのスリリングさや、既存の乙女ゲームの枠組みに囚われないフレキシブルさこそが、このゲームならではの魅力であり、多くの『乙女』たちを、たちまちのうちに熱中させていった。


 もちろん、ブラック企業に勤めている、冴えないアラサーOLであるこの私、ごんわらキヨもその一人であり、ほぼ毎晩のように、まさしく辛い社畜人生の憂さを晴らすかのようにして、どんどんとこのゲームにのめり込んでいったのだ。




 しかし、さすがの私もこの時点においては、想像だにできなかったのである。




 まさか自分が、この最愛のゲーム『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の世界の中へ、いわゆる『ゲーム転生』してしまうなんて。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……ここは?」


 いつものように、仕事を終えて家に帰り着くや、仕事の疲れも何のその、寝落ちしてしまうまで、『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』をやり込んでいた、ある夜のこと。

 気がつけば私は、見知らぬ建物の長大な廊下の中ほどにたたずんでいたのである。


 片側の壁面のほとんどを占める窓の外が真っ暗であることから、時刻は夜──下手したら、真夜中であるものと思われた。

 建物自体は異様に大きく天井も高く、とても個人の家屋敷とは思えず、かといってあまりに殺風景で単調な造りとなっており、デパートとかの店舗やホテル等の宿泊施設とも思われず、あえて言うなら、企業の事業所や病院や学校といったところであろうか。


 ──ただし、その全体的な意匠というか、細かい装飾類というかが、大いに違和感を覚えさせるものであったのだ。


 例えばここが、かつて自分が慣れ親しんでいた中学校や高校等の学び舎としても、とても現代日本のものとは思えないほどに、年代感や重厚さを覚えさせて、例えるならば、中世ヨーロッパの王侯貴族等の上流階級の子女専門の、騎士養成学校や魔導師養成機関あたりを彷彿とさせて──

「……うん? 中世ヨーロッパの王侯貴族の子女専門の、魔導師養成機関って」

 もう一度、周りをぐるりと、見回してみる。

 ついでに、さっきとは逆側の壁面に設けられた窓から、ちょうどくらいの大きさをした室内のほうも、覗き込んでみた。


「──間違いない、ここって乙女ゲーム『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の世界の中の、王立量子魔術クォンタムマジック学院だ」


 ゲームの画像内においては、ひしめくようにいた生徒たちがただの一人もいなくて、雰囲気がまったく違ったが、確かに廊下といい教室といい、架空のファンタジー世界のホワンホワン王国の王都に存在する、栄えある最高学府、王立量子魔術クォンタムマジック学院のものであった。

 それに、乙女ゲーム『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』では当然『アニメ絵』的になってはいるものの、幾たびもやり込み無数に目の当たりにした光景なのである。よもや見間違うことなぞあり得なかった。


「……これが夢でないとしたら、何と今の私って間違いなく、『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の世界に、してしまっているってわけなのね⁉」


 ──うん? 待てよ、『転生』だって?

 普通こういった場合、異世界ではなくて、異世界をするんじゃないのか?

 何せこんなふうに、現代日本人がいきなり異世界にのは、あくまでも異世界転移であるはずだし、異世界転生とは読んで字のごとく、現代日本人が異世界人にことなのであって──

「えっ、ちょっと、待ってよ⁉」

 そこでハタと気がつき、自分の身体を見下ろせば、これまたパソコンの画面越しに何度も目にした、量子魔術クォンタムマジック学院の高等部の女子用の制服が目に入った。

「ちょっと、私ってば、アラサーのOLのくせに、何よこのコスプレは⁉」

 慌てて校舎の外側に面した窓のほうへと駆け寄り、鏡代わりに自分の姿を映り込ませれば、そこにいたのは、

「……え、これってもしかして、アオイちゃん?」

 そうそれは、またしてもゲームのキャラ絵で何度も目にした、プレイヤーである私の操作キャラであり、押しも押されぬ『メインヒロイン』の、アオイ=イエローズ男爵令嬢がもしも現実にいたら、きっとこんな感じだと思わせるような、高校生くらいの女の子であったのだ。

「……私、アオイちゃんに、なっちゃったの?」

 ということは、これは間違いなく異世界転移なんかではなく、乙女ゲームの世界の中への異世界転生というわけか。


 ………くふっ。


 …………………くふふふふ。


「──────────あははははははははっ!」


 夜の学院内にこだまする、私の狂喜の笑声。


「まさか本当に、乙女ゲームの世界に──『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の中に、転生することができるなんて! しかもこのゲームにおける『主人公』にして『メインヒロイン』の、アオイ=イエローズとして!」


 つまりこの乙女ゲームそのものの世界は、もはや私の思いのままだということだ。


 だって散々『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』をやり込んでる私にとっては、この世界そのものの成り立ちも、攻略対象やライバル女生徒を始めとする主要キャラ全員の人となりや裏事情も、そして何よりも、これからどんな展開になっていくかも、すべて先刻ご承知なのである。


 もはやどのキャラを攻略するかも、どのキャラを陥れるかも、思いのままであった。


 そう、まさにこれぞ、私のアオイ=イエローズとしての、ゲームの世界における、栄光なる『二度目の人生』の始まりであったのだ。


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 ──思った通り、乙女ゲームの世界における暮らしは、非常に快適極まりなかった。


 ゲームをやり込んでいるのは当然として、公式の裏設定集すらも熟知している私にとっては、攻略の成否なぞ問題ではなく、『誰から攻略すれば、最も速くコンプリートできるか?』といったふうに、もはや『乙女ゲーム』と言うよりは、『タイムアタック』の様相を呈していた。


 すでに現段階において、第一王子や枢機卿のご子息等の主要な男性キャラたちの攻略を終えており、各種のイベントを難なくこなしながら、好感度を更にどんどんと上げていき、最終ステージにおけるハーレムエンドへと一直線にひた走っていた。


 もちろん私のこの文字通りチート的速攻プレイのために最も割を食ったのが、最大のライバルキャラである『悪役令嬢』の、ミステリア=レーナ嬢その人であり、我ながら申し訳ないことにも、すでに現時点において、攻略略対象の誰からも相手にされていないという、哀れなる状態となっていた。


 ……この分では、彼女と取り巻きのお嬢様連中からの嫌がらせが始まるのも、早まりそうね。

 まあ、彼女たちがどんなことをしてくるかも、全部把握しているから、対処の仕方や心構えのほうも万全なんだけどね。


 まあせいぜい、最終ステージで、ミステリア嬢主導で行われた悪事の数々の証拠を突き付けさせてもらって、派手に破滅していただきましょうか♡


 ──ほくほくと、これからの栄光と幸福に満ちあふれた、未来設計に思いを巡らしていく私。


 何もかもが、完璧に思い通りに、進んでいた。


 間違いなくこの時の私は、得意の絶頂にいた。


 だけど、ちょっとだけでいいから、考えてみるべきだったのである。


 ──これではあまりにも、完璧すぎるんじゃないか、と。


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 残念なことにも、私が事態の異常さに気がついたのは、もはやすべてが取り返しがつかなくなってからであった。


 最初は、ほんの違和感でしかなかった。


 しかしそれは私にとっては、大きな驚きをもたらすものであった。


 それというのも何と、ライバルキャラであるはずの『悪役令嬢』が、いつまでたっても嫌がらせの一つもして来なかったのだ。


 気位の高い公爵令嬢である彼女にしては考えられない展開だったので、「すわ何事か?」と警戒したのだが、しばらくたっても何のアクションも起こそうとはしなかった。

 そのうち、あまりにも為す術もなく私のような下級貴族の娘にしてやられたものだから、自尊心が粉々に砕け散り、自分に自信を持てなくなり、すべてに無気力になってしまったのではないのかと思い当たった。

 実際に、学院での彼女は、以前のような『お嬢様オーラ』がまったく見受けられなくなり、取り巻き連中も見限ったかのように近づくことがなくなって、常に一人で寡黙に過ごすようになってしまっていた。

 ……この分だと、王子たちの攻略も完全にあきらめて、彼女が私に嫌がらせをしてくることはなかろうし、わざわざ実家の公爵家の悪事の証拠を掴んで、彼女自身や一族郎党を破滅させる必要もないだろうと、綿密に計画していた調査活動も取り止めることにした。


 ──まさかそれこそが、彼女の思惑通りであったとも知らずに。


 そう、気がついた時は、すでに遅かったのだ。


 ミステリア嬢やその取り巻き連中が、私に嫌がらせの一つもせずに鳴りを潜めていたのは、むしろ彼女たちこそが、『証拠集め』等の、秘密の調査活動に精を出していたからだったことを。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ミステリア陣営にとっての最大の強み、それは何といって、主要な攻略対象の一人である、私とともに男爵家の養子となった実の弟を、こちらが気づかぬうちに、物の見事に攻略していたことであった。


 それはまさに、この世界ゲームを知り尽くしているつもりになっていた、私にとっての最大の盲点であった。


 主要キャラの一人とはいえ、実の弟であるゆえに、端から攻略の対象とは見なしてはいなかったのはもちろん、身内ゆえに危機感を抱くことなく、その動向にまったく注意を払っていなかったのだ。


 まさか彼が『悪役令嬢』に完全に籠絡され、私が王子たちを攻略したりミステリア嬢を牽制するために行った、陰謀とは言えないまでも、貴族社会においては十分にルール違反と言える策略の数々の証拠集めはもちろん、何と自分の養家である男爵家の悪事の数々を掴んでいたとは、思いも寄らないことであった。

 しかもその頃から時を同じくするように、少々のルール違反を覚悟の上で弄していた、私のゲームならではの裏技的攻略テクニックが、なぜかまったく通用しなくなっていき、むしろどんどんと王子たち攻略対象の心が離れていって、気がつけば私は学院で『ボッチ』的立場にいて、それに対してミステリア嬢のほうは、取り巻きのお嬢様連中が再び周りを取り囲み始めたのを皮切りに、何と第一王子等の攻略キャラたちまでもが、彼女とよりを戻していったのだ。


 しかもまさに『泣きっ面に蜂』そのままに、弟の裏切りにより男爵家の悪事が露見して、家はお取り潰しとなり、養父母は当然、私や弟も貴族の身分を剥奪されて、元の平民に堕とされてしまったのであった。


 ──ただし、そのまますぐに、学院から放校されることだけはなく、一応成績優秀者であったこともあり、特例として、卒業式まで在籍することを許されたのであった。


 私は素直に、このことを喜んだ。


 何と言っても、私には『ゲームの知識』があるのだ。


 まだまだ、挽回可能なはずであった。


 そうよ、すべての決着がつく、卒業式の謝恩会のその最後の瞬間まで、けしてあきらめるものですか!


 そのように、なけなしの闘争心をかき集めて、心で誓う私であったが、何と私を残らせるように学院に強硬に圧力をかけたのは、他ならぬミステリア嬢の公爵家であったのだ。


 ──もちろんそれは、ラストステージにて私に対して、文字通りのとどめを刺すための、『悪役令嬢』ならではの策謀以外の何物でもなかったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……そうか、そういうことだったの。ミステリア様、あなたも『転生者』だったのね⁉」


 ついにラストステージの卒業式の謝恩会が開催されるのとほぼ同時に、何とミステリア嬢が私のことを、現代日本におけるアラサーOLとしての名前で呼んだことで、ようやうここに来て、彼女の『正体』を突き止めたのであった。


 道理で、一度は私に攻略されたはずの王子たちをまんまと奪還することができて、あまつさえ私の養家を没落させることすらなし得たわけだ。

 ただでさえ強大な公爵家の権力に、現代日本人として『ゲームの知識』があれば、さぞや赤子の手をひねるかのようにたやすいことだったでしょうよ。


 ──しかし、続けざまに放たれた彼女の言葉は、私の想像を絶するものであったのだ。


「ええ、実は私もあなたと同様に、『現代日本からの転生者』である、しがないアラサーOLだけど、私が現在転生しているこの世界は、残念ながら『乙女ゲーム』なんかじゃないの」


 ──は?




「そう。本当はここは、『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』の中の世界なのであって、あなたは『転生者』なんかではなく、単なる『小説の登場人物』に過ぎないの」




 ……何……です……って……。

「この世界がWeb小説で、私がその登場人物に過ぎないなんて、そんな馬鹿な⁉」

「だったら、あなたの現代日本における家族構成等の個人情報を、ここでご披露してあげましょうか? そんなことなぞ、同じ『転生者』とはいえ、本来赤の他人の私が知り得ることではないでしょう? ──『あなたを主人公にした小説』でも、読み込んでいなければね♡」

 ──っ。

「……じゃあ、本当に?」

「うふふふふ、あはははは、どう、今のご気分は? 散々私たちのことを、乙女ゲームのNPCだと思い込んで馬鹿にしていたのに、実はあなたのほうこそが、『乙女ゲームへの転生』をモチーフにした、『Web小説の登場人物』に過ぎなかったなんてね。ふふふふふ。ほんと、お笑いぐさだわ! いやあ〜、お陰様で、あなたを破滅させるのが、馬鹿みたいに簡単だったこと♡」

「なっ⁉」


「ほんと、笑っちゃった。あなた自身はいろいろと策略を巡らせているつもりでしょうけど、そのすべてが小説の記述の通りなんですもの。常に次の展開が見えていて、むしろ拍子抜けだったわ。いくら小説の登場人物とはいえ、与えられた偽りの『ゲームの知識』ばかりに頼らずに、もうちょっと自分の頭を使って行動なさったら?」


 いかにもこちらを蔑むような視線とともに放たれる、自称『小説の世界への転生者』の台詞。

 そのように一方的に馬鹿にされ続けて、とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。


「そりゃあ、小説の読者から見れば、小説の登場人物なんて、滑稽以外の何者でもないでしょうよ⁉ 何よ、『自分の頭を使え』なんて、おためごかしなんかを言って。小説の登場人物が何をしようが──たとえ自分自身では、自分の考えに基づいて行動しているつもりでいようが、すべては最初から決まっていた小説の筋書き通りに、演じさせられているだけじゃない!」

 そんな私の、やけっぱちなれど、一応は理に適っている言葉を聞くや否や、これまでになく冷たい表情となる、目の前の『悪役令嬢』。




「──そこが、あなたの駄目なところであり、今回の『敗因』そのものなのよ。たとえここがゲームの世界であろうが小説の世界であろうが、どうして『ゲームや小説の知識』そのままに、事態が進んでいくなんて信じられるの?」




 ………………………………は?

「そ、それって、どういう意味? ここがあなたの言うように小説の世界だったら、あなたが読んだというWeb小説『わたくし、ちょい悪令嬢ですの!』のシナリオ通りに、すべてが進んでいくんじゃないの?」

「……え、あなた、まさか本気で、この世界のことを、ゲームとか小説の世界だと、思っているわけなの? し、信じられない。ひょっとしてあなたの目には、自分や私のことが、デジタルデータやインクのシミに見えているわけ?」

「ちょ、ちょっと、今更何をわけのわからないことを、言い出しているのよ⁉ あなたさっき自分自身で、『小説の世界に異世界転生することによって、自分は今ここにいるのだ』って言っていたじゃないの⁉」


「ええ、そうよ? 私はあくまでも、『転生』したのであって、『ゲーム転生』でも『小説転生』でもないわ」


「……はあ?」


「たとえWeb小説なんかでお馴染みの、『異世界転生を司る女神様』にお願いしたところで、人間が小説の中とかゲームの中とかに、転生することなんてできっこないの。なぜならそれはさっきも言ったように、インクのシミやデジタルデータになってしまうことであり、もはや自由意志を持った人間ではなくなりますからね。ちょっと難解極まるけど、現代物理学の中核をなす量子論に則って論理的に言えば、現実世界とは別に存在するかも知れない『可能性のみの世界である多世界』──一般的に言うところの『平行世界』の類いは、無限に存在し得ることになっているから、ある特定の小説やゲームそっくりそのままの世界が存在していてもおかしくはなく、実はそういった『多世界』を管理する存在である『異世界転生を司る女神様』に、『ゲーム転生や小説転生』を叶えてもらう場合には、ゲームや小説そのものではなく、ゲームや小説そっくりそのままな『多世界』に転生させられることになるわけなの」


「……ええと、本当に洒落にならないほど難解だったんだけど、もっと簡単に言えば、どういうことなの?」




「要するに、この世界はいかにもゲームや小説のようなものだし、現代日本からすれば異世界に当たるけど、ここでこうして存在している私たちにとっては、あくまでも『現実世界』に過ぎないってことよ」




 ──‼

「こ、これが、こんなゲームや小説そっくりそのままの世界が、現実世界ですって⁉」

「何せ、先程引用した多世界解釈量子論に則れば、その者にとっての現実世界とは、その時点で目の前に存在している世界ただ一つだけなのですからね。──そして現実世界であればこそ、ほんの子供でも知っているように、『未来には無限の可能性があり得る』のだから、けしてゲームや小説の知識通りに、進行したりはしなかったわけなの」

「だったら何で、あなたのほうは、私のことを出し抜けたわけなの? 本当に小説を読むことで得た知識を、使っていないとでも言うつもり⁉」

「いいえ、ちゃんと使ったわよ?」

「ほら、ご覧なさい!」

「ああ、勘違いしないでちょうだい。私は断じてあなたみたいに、小説の知識を馬鹿正直に鵜呑みにしたのではなく、使ことによって、自分に降りかかるすべてのリスクを排除することで、結果的にあなたを出し抜くことができたのだから」

「小説の知識を、逆説的に使ったですって? それに、リスクって……」

「いくら小説やゲームの知識を持っていようと、未来には無限の可能性があるのだから、唯一絶対の成功の道を見定めることはできないけど、それに対して、『どのような危機があり得るか?』については、小説やゲームの知識があれば、ある程度主立ったものはどうにか把握できるから、それらのリスクが起こり得る場合に万全の備えをしておけば、手っ取り早く大成功を得ることはできなくても、少なくとも大きな失敗を犯さずに事態を進行できたし、そのついでに何もリスク対策をしていないあなたを、弟さんといういろいろと利用のしようがある内通者を抱き込むことで、陥れることができたしで、結果的にすべてを自分の優位に終わらせることができたって次第なのよ」

「小説やゲームの知識を、成功するためではなく、失敗ために使うですってえ⁉」

「それなのにあなたときたら、この世界そのものや自分以外の人たちを、単なるゲームの産物に過ぎないと侮り、けして必ずその通りになるとは決まっていない『ゲームの知識』のみを振りかざして、自分の歪んだ欲望を叶えようとするのだから、『悪役令嬢』である私はもちろん、実の弟さんから足をすくわれるのも、当然でしょう?」

 その駄目押しとも言える言葉を耳にすることで、私はついに心が完全に折れて、その場にうずくまってしまう。

 もはや哀れみすら垣間見せながら、こちらを見下ろしている、自称『悪役令嬢』。


 ……これが、現代日本においてもこの異世界においても、いつまでたってもまともに現実を見ようとはせずに、ゲームの世界ばかりに逃げ続けていた、私に対する報いだというの?


 まさか、理想叶って転生した、ゲームの世界こそに、『現実の破滅』が待ち構えていたなんて。


 いつしか、謝恩会場中に響き渡っていく、哀れな女のすすり泣き。


 しかし、自分以外のすべての人たちを、現実の人間とすら認めていなかった私には、救いの手を差し伸べてくれる者など、ただの一人とていなかったのである。

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