探索:迷宮闊歩Ⅱ


「シッ」


鋭い吐息と共に矢が空間を走り抜ける。刹那の時を経て眼球を矢が貫く……が、これも果たして何度目になるのか。


「おい、マルクス。今のでこのオーガが致命傷から回復したのは何回目だ」


「……二十回目です」


洞窟の奥から生温い空気が流れてくると同時に、オーガの顔から肉がボコボコと湧き出て形を成していく。両眼を貫通していた矢が押し出され、地面に落ちる頃には貫く前と全く変わらない姿があった。


「こいつの魔力、底なしか…?」


「傷の回復ペースが全く衰えない所を見るに、先は長そうですね」


うんざりとした表情でマルクスはアルマに疲労回復効果のあるポーションを渡す。そこそこの値段だが即効性がある物ではない為、休み休み戦いつつ服用しても疲労感は完全に消えない。


「おーい、そろそろ交代してもいいかい?」


フィアンマの声とともにダリウスが立ち上がり、変異型オーガの正面まで移動すると盾を両手で掴んで振り回した。


「シッ!」


盾の側面が鼻柱を的確に捉え、オーガの目玉がひっくり返る。オーガのボスを張っているらしきこの変異種は、致命傷を負うと自己回復で即座に立ち上がり襲いかかってくる。首を切り落とそうとしても切る端から繋がっていくのだが、気絶を狙った攻撃はどうやら効果があるらしく前衛が交代するだけの時間は稼げる。


「姐さん、あいつの全身を一気に吹き飛ばす魔法とか使えないんですか?」


アルマが後方に下がりつつ疲れた顔で聞くも、フィアンマは即座に首を振る。


「あるにはあるけどね、ここじゃ使えないんだよ。破壊力がありすぎて洞窟がもたない。アタシは力加減が苦手でね…中途半端な威力にすればあいつは即座に復活するだけさ」


左手にククリを構え、右手で真っ直ぐにオーガの頭部を指し示したフィアンマが詠唱を始める。


「スフェルディスタの炎に捧ぐ。怒りの炎、八、三、七、一。点火」


シンプルに名付けられた火球は、その白と青の光で薄暗い洞窟を照らしながら一瞬でオーガの頭部を消し飛ばした。消し飛ばしてなお勢いは衰えず、火球は背後の岩まで飛んでいき、衝突すると白熱した岩が溶けて地面へと流れた。


続けてディオナがフィアンマの背後から歩み出て剣を振るい、オーガの脛を2振りで切り飛ばした。一瞬で地面に倒れ伏したものの、頭もない状態で煙をあげて再生を始めるオーガは生物としての枠組みから明らかに外れていた。


「魔力の底が見えない…もし魔力すら洞窟から直接供給しているとしたら、こいつは実質無現に僕たちを襲ってくるでしょうね」


マルクスはオーガを観察しつつ、左手を小さく振った。一旦全員下がろうという合図だ。


前に出ていたフィアンマとディオナが下がり、代わりにマルクスが再生したばかりのオーガの頭部に歩み寄る。


「僕らは貴方と違って無限に戦える訳では無いのでね、少しばかりじっとしていてください」


懐から薬瓶を取り出し、まったく怯むことなくオーガの口に先端を突っ込んだ。滴る紫の液体は遥か南の国にあるダンジョンからしか採れないとされている薬草『ヒュープニス』の原液である。


「これ高いんですから、30分は眠ってもらわないと困りますね…殺されるまではせいぜい良い夢を」


マルクスの声とともに、オーガは地面に倒れ伏した。


「さて、僕らがあのオーガに足止めされて既にかなりの時間を食ってます。外の日は既に没している頃合です。あいつを殺し続けて半日経ったってことですね」


一度装備を点検し軽く休憩を取った一行は、オーガをダリウスが見張りつつ輪になって座り今後について話し合っていた。


「僕が魔力を誘導してフィアンマさんの魔法で跡形もなく焼き尽くすというのはどうですか?それならフィアンマさんも全力を出せそうですが」


マルクスの提案にフィアンマは首を振る。


「マルクスとアタシの魔法形態は微妙に違うからね。普段ならそれで行くところだけど、あの再生力のバケモノ相手だとアタシも加減できないよ。正式に詠唱するしかないし、もしそうなったらアタシ達全員が無事では済まなくなる」


「そうですか…うーむ」


マルクスが難しい顔で黙り込む。フィアンマとは今回のチームの中で旧知の中なので、彼女が言うからには自分の技量に関わらず当然無理なのだろうと判断していた。


「あいつの再生力をどうにか阻害すれば倒せるんですが、仮に無尽蔵の魔力が洞窟そのものからの供給だったとすればどうしようも無いんですよねぇ」


「洞窟から、というのは具体的には?」


ダリウスが質問すると、フィアンマがマルクスの代わりに答える。


「ダンジョンのモンスターは基本的にダンジョンから生まれる。一度生まれたモンスターは独立した存在となるはずだけど、今回のオーガは洞窟から完全に自立していないのさ。例えるならへその緒が繋がったまんまの赤子ってことさね」


「つまりそのへその緒が分かれば苦労しないんですが…何かしら管が伸びている訳でもなく、空気中に大きな魔力の流れも感じないというのはねぇ」


マルクスが溜息混じりに頭を抱えるが、一方でダリウスは薄らと笑って立ち上がった。


「なるほど、それなら話は簡単だな。オーガはいわばもっと原始的な方法で魔力を受け取っている」


盾と剣を置いた無手の状態でダリウスは腰に手を当てて地面を踏みしめた。


「直接――地面から魔力を得ているとすれば?」




~・~・~・~




曰く、とある大地神の息子はレスリングにて無敵を誇っていたという。大地神の祝福により不死身であったからだ。だが別の神の子である英雄は、勝負の際大地の手が届かない場所で大地神の息子を締め上げた。それ即ち空中である。

体全体を持ち上げ、怪力の宿る両腕で胴体をへし折り、英雄は見事勝利した。


「では、事前に立てた作戦の通りに。オーガが動き出してから始めよう」


しばしの間眠りの闇に落ちていたオーガの意識は、現実に戻ってきた瞬間から既に闘争本能に満ちていた。所詮はモンスター。知性こそあれど思考は全て目の前の敵を倒す事だけ。


まず一番近くにいた銀の盾を掲げる騎士に目をつける。盾は邪魔だ。今度こそ引き剥がして鎧ごと八つ裂きにしてやる。


両腕で盾の縁を握りしめ、力任せに盾をひっぱろうとした直後


「我、マルクス・オートレッドが命ずる。光よ、その形を鎖として現実へ顕し、我の敵を拘束せよ!」


白い僧衣を着た青年の魔法により、オーガの全身が光輝く鎖で縛られる。力を込めて振りほどこうとするものの、一切緩まず壊れる気配もない。


迷宮から与えられた暴力を振るえず、獣はただ叫び暴れる。暴れるうちに、ひとつの事実に気がつく。盾に縛り付けられた自分の体が徐々に地面から浮き上がっていることに。


「今です!」


マルクスの声と同時にディオナがオーガの脚を根元から一本づつ切断した。盾越しに持ち上げられた今、両手は鎖に縛られ両脚は地面に届かない。それでもオーガは咆哮し、今体内にある魔力で脚を片方だけでも再生させようとする。細くてもいい。立てなくてもいい。今は迷宮の魔力を――!


「スフェルディスタの炎に捧ぐ…」


今にも折れそうな枯れ木の枝にも似た右脚は、フィアンマの詠唱開始と同時にアルマの矢が抉りとっていた。


「槍よ、我が怨敵を貫け!」


出力調整の過程を省いた、フィアンマ渾身の一撃。マルクスが勝手に『炎神の槍』と名付けた魔法はただ一人の敵を殺し尽くす為だけに作られた。聖銀製の盾ですら白熱するその魔法がもし洞窟の岩盤に直撃していれば、即座にマグマが地面を覆い尽くしていただろう。

遥か彼方の太陽すら想起させる炎は、憐れなオーガの断末魔すら焼き尽くした。


「……この作戦、やっぱり正気じゃねーぞ」


アルマが青ざめた顔で呟き、盾越しに槍の熱を受け止めたダリウスを見やる。汗だくで膝をつく彼の手首には、フィアンマの魔力が込められた護符が巻き付けてあった。


術者護りの護符。


攻撃的な魔法を用いる魔術師が膨大な金銭と共に自らの魔力を練り込み作り上げるそれは、自らの術で自らを殺さないための保険だった。


「アタシは別に貸したって良かったんだぜ?」


命知らずにも程があるわ。ダリウス以外の3人は皆フィアンマの発言に心中でツッコミを入れたのだった。




~・~・~・~




「本当に申し訳なかった。無茶な作戦に付き合わせてしまった…」


その日の晩にダリウスが頭を下げて術者護りの護符を返却するも、フィアンマは「いいっていいって、気にすんなよな」と笑いながら護符を服の隠しポケットに入れるだけだ。


「冒険者気質って言っても度が過ぎるだろ、あれは。何とかならねぇのか?」


アルマがマルクスに話しかけるも、諦めた顔で返される。


「あの人の過去をよく知ってますがね、もうずっとああいう感じですよ。もう少しくらい命を大事にして欲しいものですけど、どうやら僕らには変えようが無いみたいです」


アルマはフィアンマの過去に思いを馳せる。今の気質か昔からだったとすれば、彼女はさぞかし周囲の人々を困らせただろう。もしマルクスがフィアンマと幼少時代から知り合っていたとすれば、今の性格から変えられないと匙を投げたのも納得出来る。


「もし彼女の……フィアンマ姐さんの過去を知りたいなら、覚悟した方がいいですよ。炎神の槍以上の魔法で焼かれるくらいには」


マルクスは笑いながら自分の肩を擦る。そこに古傷らしいものはアルマの目には見えなかったが、丸でそこに大きな傷を負っていたかのようにマルクスは左手を滑らせていた。


「マルクス、そういえばダリウス殿の傷は見たのか?オークを倒す過程で一番身をさらしたのは彼だろうからな」


ディオナがそう話しかけると、マルクスはへいへいと適当な返事をしながら立ち上がり、未だに頭を下げている律儀な騎士の所へ歩いていった。


「……アルマ・シュタイナー、だったな」


「何ですかね、ディオナお嬢さん」


「お嬢さんを付けるな。我が主君の呼び方だ。ディオナで構わない」


「…ディオナさん、何かな」


ディオナはこれまでの冒険で全く見せたことの無い表情を浮かべた。冷酷で、無慈悲で、無感情な青い瞳。


「貴方は他人の詮索が好きな性分らしいが、ダリウス殿に関しては避けている。違うだろうか」


「……」


「何を企んでいるかは知らないが、私の受けた任務であるこの冒険の邪魔をする様であれば容赦しない」


鋭利な殺気を込めた視線を正面から受け止めたアルマはへらりと嗤ってそれを受け流し、逆に問い返した。


「任務は一つだけじゃない。違うかい?ディオナさん。ちょっと真っ直ぐすぎる性分が災いしてるぜ。ほんの僅かな誤魔化しですら感情が動くようじゃ、傭兵の世界じゃ食っていけない」


「……」


今度はディオナが押し黙る番だった。


「ようし、じゃあちょいと口約束しようや。まずお互いの監視により冒険が終わるまでそれぞれのやりたい事を我慢する。冒険が終わった後のやりたい事については互いに出来るだけ邪魔しない。どうだ?」


「…分かった。口約束という事も含めて覚えておこう」


ディオナは踵を返し、フィアンマの魔法で造られた焚き火へと歩んで行った。

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アサシンズ・パーティ 鷹宮 センジ @Three_thousand_world

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