探索:迷宮闊歩Ⅰ

迷宮に関しては様々な研究が成されているが、分かっていることは極端に少ない。罠があり、魔物がおり、それらの奥に宝が侍る。冒険者の共通認識であり、そして世間一般における迷宮のイメージはここから現実的な部分を削いだロマンチックな物へと美化される。


迷宮の奥にある宝とは、その殆どが植物や鉱物といった天然資源だ。御伽噺のような伝説の剣や金銀財宝が眠っているということはまずない。稀に高価な装備を身にまとった冒険者が奥地で死に、その遺品が他の冒険者に回収されることはある。


だが冒険者ギルドに登録している者であれば、遺品は他の冒険者への依頼によって遺族へ届けられる。冒険者ギルドに登録していない者が迷宮に入ることはほぼ無いため、一攫千金を目指して迷宮へ挑戦する者は多くない。


一方でその迷宮でのみ採れる貴重な資源があることは間違いなく、この『明星の洞窟』における目玉は宝石獣カーバンクルだった。


「迷宮の外にいる魔物と中にいる魔物とでは明確な違いがあります。それはすなわち、増え方です」


妖精を駆逐した次の日、お湯でふやかした乾パンを食べながらマルクスは語る。


「基本的に外の魔物はまず幼体が生まれてから成長し、ある程度成熟すれば子を成します。魔力を有していて、魔法が使えて、人間に危害を加えるようなモンスターでありながら会話する知性を持たないもの。これがだいたいの定義ですね」


「そんなの知ってるぜ。田舎町の子供だってご存知の当たり前な話だろうよ」


アルマが茶々を入れてきたが、マルクスはそれを無視して次の乾パンに手をつける。


「しかし迷宮の魔物は、いわゆる生殖活動を一切行いません。直接迷宮から産まれてくるのです。迷宮の魔物はその大体が壁や床から直に成熟した状態の個体が出てきて、迷宮の生態系に加わっていく。もちろん次から次に際限なく増えるわけでなく、全体的な個体数が減少するとバランスを取るように継ぎ足される。これが迷宮が生きている、意志を持っていると考える人達がいる理由の一つです」


「ふむ、つまりこの『明星の洞窟』に生息していたとされるカーバンクルも同じ状態だったのだな?」


ディオナがスープをちびちび飲みながら、焚き火を挟んで反対側のマルクスに確認する。それに答えたのは右隣に座っているフィアンマだ。


「レアな魔物は、その分討伐されてから迷宮が次に出現させる期間が長くなるのさ。ここのカーバンクルは貴族様に人気でねぇ。閉鎖されるまではかなり人気の中堅冒険者向け迷宮だったんだが…さて、今はどうなっているのやらだ」


フィアンマは首に提げた銀細工のチェーンを手繰り寄せ、精巧な台座に嵌められた紅い宝石をディオナに見せた。


「この宝石は付近の迷宮から溢れる魔力に反応して、白から紅へと色が変わるのさ。見なよ、この輝き。とてもカーバンクルがボスを張っているような、ちゃちな迷宮じゃあお目にかかれないくらいの深紅になっている」


「なるほど。つまりこの洞窟の魔物がカーバンクルなぞ話にならない奴に代替わりしたか、もしくはカーバンクルが極端に強くなって出現するようになった…という事か?」


マルクスの左手側で真剣な表情になってダリウスが仮説を述べると、マルクスを挟んで反対側で仰向けに寝転がるアルマが空を見上げたまま返答する。


「迷宮は生きているってのならまあ、『成長』ってやつかもな。昨日の夜、不自然かも知れねぇが洞窟から妙な気配を感じてよ。人間や魔物なんかじゃない、もっと異質で濃密な空気だったぜ」


「異質で濃密なニワトリとでも間違えたんじゃあないんですか?」


先程の意趣返しに今度はマルクスがアルマに茶々を入れるも、アルマはすました顔で鼻笑いをする。


「傭兵の勘を舐めるなよ。雇われただけ仕事するのが傭兵だ。もう勝てないって状況になれば雇い主に逃げるよう説得することもあるんだよ。もっとも、もう前しか見えていない奴に後ろを見てもらうのは難しいけどよ」


さて、とアルマは傍らに立てかけていた矢筒と弓をとって立ち上がり、大きく伸びをした。


「そろそろ迷宮探索と行きますかね…マッピングはオートレッド君に任せるとして、道中気をつけて進もうぜ。荷車は俺が受け持つからよ」



~・~・~・~



「ここの曲がり角も古いマップに記載済みですね」


ヒカリゴケが照らす洞窟の中を、五人の冒険者が進む。先頭にマルクスが羊皮紙と羽根ペンを持って逐一道を確認し、そのすぐ後ろを急な魔物の出現に対応出来るようにダリウスが盾を構えている。一番後ろで荷車を引くアルマを守るように、右側をフィアンマ、左側をディオナが詰めている。


「へっへっへ。美女2人に護衛してもらえるとは、気まぐれで請け負った荷車引きも悪くないぜ」


アルマの冗談めかしたセリフが薄明かりの洞窟に響く。


「貴殿はいつもそのように軽薄な思考なのか?傭兵に貞操を守る者は少ないと聞くが」


ディオナが眉を顰めながら尋ねると、アルマが心外そうに目を開く。


「おいおい、そういう金だけが目当てで雇われている傭兵崩れと一緒にしないでくれや。うちの傭兵団はそこらの冒険者より秩序があるし、仲間意識も守るべきルールもある。冒険者にすらなれないような荒くれに傭兵を名乗られても困るんだよなあ」


「そうさね。傭兵も冒険者も雰囲気は似たようなものだけどねぇ…何処でもそうだろう?上もあれば下もある。気品については傭兵の方がマシな奴が多いって所かね」


フィアンマも同意するように、傭兵とは違って植物採集や護衛、迷宮探索といった幅広い依頼を受け持つ冒険者にはいわゆる無礼者が多い。


「今回の依頼は冒険者ギルドの評判を上げる目的もあるとかないとか。ま、アタシにゃ関係ない話さ。冒険者ギルドが潰れても冒険者自体は辞められないからね」


ニシシと笑ったフィアンマは、ふと後ろを振り返ってポツリと呟いた。


「火炎球」


「え?」


アルマが驚いて振り返ると、丁度荷車の上からアルマに飛びかかろうとしていた巨大なコウモリが叫び声を上げながら炎に飲まれていた。


「アルマ、油断禁物ってね。弓使いのアンタにしてはえらく反応が遅れたじゃないか」


フィアンマの言葉にアルマは悔しさを唇に滲ませる。


「ぐっ…でもよ、ディオナもそうじゃねえか。あの馬鹿でかいコウモリに気付かなかったんだろう?」


「いや、気付いていたとも」


ディオナはレイピアを抜いてアルマに見せる。その刀身は既に血で濡れていた。


「道理で…僕達に黙って背後から襲ってくる魔物を何体か始末していたんですね?言ってくださいよディオナさん」


「その通りだな。正面の守りは私が受け持っているのだから、せめてどんな魔物と遭遇したのかくらい伝えてくれ」


マルクスとダリウスの文句を真摯に受け止めてか、ディオナは「分かった」と言って刀身をベルトに提げていた布で丁寧に拭った。


「そういえば、魔物と戦ってみて何か違和感を覚えたりはしませんでしたか?この迷宮は色々と特別みたいですし」


マルクスの質問にフィアンマとディオナは顔を合わせて首を捻る。


「いや、私はそもそも魔物との戦闘経験が浅くてな…フィアンマ殿は?」


「いや、さっきの魔物自体はごく普通にそこらの迷宮で見られるような奴だからな…」


「違和感ねえ、一ついいかい」


アルマがいつの間に回収していたのか、丸焦げになった巨大コウモリを掲げて首元を見せる。


「フィアンマの姐さんが放った火焔球、間違いなくコイツの全身を包んだはずだが、首周りの毛だけが燃え残っているぜ」


「……へーえ。アタシの火焔球はそんなに甘い魔法じゃない筈だけどねえ」


巨大コウモリの遺骸を見たマルクスは、一度足を止めてアルマの持つそれを入念に観察した。


「なるほど、これは興味深いですね。ちょっと失礼」


アルマは荷車からランタンを取り出し、その蓋を明けて火打石で明かりを灯した。更に巨大コウモリから採取した毛を火に近付ける。


「あっ」


毛は瞬く間に燃えてしまった。


「おいおい、これは一体どういう事だ?こんな爪先くらいの火がフィアンマ姐さんの火焔球より威力が高いって訳かい」


「あ゛?」


フィアンマがポキポキと両手の骨を鳴らしながら凄むが、アルマは何処吹く風といった様子で笑っている。


「違いますよアルマさん。これは恐らく巨大コウモリの毛が魔法耐性を持っているという証拠です。魔力による炎と自然による炎は僅かながら性質が違うので」


マルクスが真剣な顔で眉を顰めて告げると、ダリウスは腕を組んで唸る。


「魔法耐性…そんな性質を持つ魔物は余程の高難度認定された迷宮でなければ出現しないはずだ。そもそも魔法耐性を有する魔物はその種類で決まっている。こいつが持っているのは明らかに妙だろう」


「そうですね。迷宮は謎だらけの存在ですが、この程度の魔物に魔法耐性を与えるような迷宮は先人の記録にもありませんでした。この迷宮だけが特別なのか、あるいは…」


そこまでマルクスが言いかけたところで、洞窟の奥から微かな振動が伝わってきた。


ズシン。

ズシン。

ズシン。


「足音だな」

「足音ですね」

「つまり敵だな」


アルマ、マルクス、ダリウスがそれぞれに反応してそれぞれが武器を構える。


「フィアンマの姐さんとレイピアの嬢ちゃんはそこで休んでな。生憎と守られてばかりは性にあわないんでね!」


アルマがキリリと弓を引き絞った先から、ダリウスの三倍程度の身の丈を誇る巨大なオーガが現れた。




結局オーガはそれ一体だけでは無く、合計で15体ものオーガが出現したのだが、補助役のマルクスや盾役のダリウスの出番は殆ど無かった。


「凄絶な腕前ですね。両眼に二発で終わらせるとは」


矢を回収して鏃の血を拭うアルマにマルクスは話しかける。


アルマの放った矢は妖精狩りの際に使用した魔力による誘導もなく、本人の技量だけで激しく暴れ回るオーガの眼を的確に抉っていた。貫通力もかなりのもので、鏃の先端が頭部の反対側から覗いていた。片目だけでも即死級の威力と思われるが、何かこだわりがあるのだろうか、素早い二連射で必ず両眼を射抜いていた。


「僕はあまり傭兵のことについて詳しくないのですが、両眼を射抜くことに何か特別なジンクスでもあるのですか?」


「いや、無いな。これは俺の個人的なこだわりだよ」


アルマの笑顔は曇りガラスのように脆くて不透明な印象をマルクスに与えた。実際にはごく普通に笑っているようにしか見えないのだが、マルクスには昔から何となく人の表情の機敏を読み取ることが出来る。


「なるほど、個人的なこだわりですね…あまり良い話にはならなさそうですし、聞かないことにしますよ。誰だって知られたくない過去の一つや二つはあるでしょう」


そういうマルクス自身は、フィアンマによって駆け出し冒険者時代の失敗をさんざんネタにされていたのだが、この時はまだ知らない。

マルクスは立ち上がるとそのままオーガの角を調査資料として回収する仕事に戻った。


「…フッ」


アルマの脳裏には忘れられないあの光景が焼き付いていた。両親の遺体、その両眼は何者かに抉られて空洞になっていた。

傭兵になって弓の腕前がかなりの物に成長したアルマは、復讐相手を殺す時には必ず両眼を射抜くと決めていた。それが少しでもあの世にいる家族への手向けになればと考えて。


(こだわりも、しがらみも、何も棄てられない。過去は何処までも俺を呪ってくる。ならばこの怨恨を終わらせるしかねぇ)


既に復讐相手の目処は立っている。あとは殺すだけ…なのだが、隙がなかなか見つからない。対象以外の三人は巻き込みたくないと考えているので、せめてこの任務が終わるまでは大人しくするしかない。


全ての鏃から血を拭ったアルマは、その布を懐に仕舞う。しかし、誰がアルマの心にこびり付いた血を拭うと言うのだろうか?




「おっと…どうやらここから迷宮が本格的に『成長』している様です」


マルクスが足を止めて、今までの古い資料を一度荷車に戻してから新しいまっさらな羊皮紙を取り出した。今までの『明星の洞窟』では一直線に進むはずのルートが曲がりくねっているのだ。道幅も地図に記載されているものより2倍は広くなっており、ヒカリゴケも無いため広大な闇をちっぽけなランタンが照らすのみだ。


「ここからは新規でマッピングを始めますが、先に一度休憩しますかね。恐らく外では昼時でしょう」


マルクスの提案を聞いて一同はそこここに散らばる岩から丁度いい大きさのものを選んで腰掛けた。


「なぁ、マルクス。アタシの勘だとこっから長丁場になりそうな気がするんだが、食事とか水とか大丈夫そうか?」


フィアンマの質問にマルクスは笑って答える。


「あはは、大丈夫ですよ。ちゃんと水も食料もあります。やろうと思えば僕たち全員が1ヶ月単位で生きられます分は確保してますから。荷車の荷物が減らなかった理由の1つでもありますがね」


「つまり酒もあると」


「ないです」


マルクスの即答にあからさまな溜息をついたフィアンマだったが、やがて不貞腐れた様子で適当な呪文を呟いて火遊びを始めるのだった。


「いや、危ないからやめてください」

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