閑話/p:アルマ・シュタイナー


いつも独りだった。


彼――アルマ・シュタイナーは、あの日からずっと心を許せる仲間というものを探していた。

幼い頃に流浪の民から教わった弓を活かし、西部最大の傭兵団に入った。出来るだけ気さくな性格を表面に出して沢山の人―主に女性―に声を掛けた。


顔の良さだけが親しみやすさの基準ではないことに気づいた彼は、見た目から連想されやすい軽薄で不真面目なキャラを敢えて演じることで相手の警戒心を和らげる術を身につけた。


そのまま5年も傭兵を続けていれば、時に自分を心から愛してくれる女性や、戦場で背中を任せられる程の相棒に出会うこともあった。


しかしアルマは、どうしても何かが足りないと感じてしまう。


相手もアルマと仲良くなればなるほど、彼の本心から遠のいている事を暗に察してしまい、辛くなる。


やがてアルマは、独りで生きることに決めた。


家族やかつての幼なじみのような、心から気を許せる新たな仲間を求めず、傭兵団で黙々と戦果を挙げた。


そしてもう一つの目的――自分を独りにした敵を探り、復讐することに専念した。




彼の両親はかつて、街一つを管理する領主だった。とはいえ、世襲制故に腐敗しやすい貴族達の中では珍しく市民達に愛されている領主だった。市民からの声を取り入れた政治に拘り、能力が高くこの地を心から愛しているような者を歓迎した。


シュタイナーの一族は貴族らしからぬ集団である。


この噂は時間を掛けて周囲へ広がっていった。もちろん都市の中流階級や下流階級に位置する人々は皆、彼ら一族の存在を好意的に受け止めていた。


神は見えない手であらぬ場所へ我等を導きなさるが、シュタイナー家は直に我等の手を取り陽だまりへ導いて下さる。


そんな話さえ聞こえてくる程に。


そして逆にシュタイナー家を疎んだのが、シュタイナー家と同じ立場にある貴族や神こそが志向の存在であると考える聖職者達だった。


「神よりもシュタイナー家の方がよっぽど信じられるだと?巫山戯たことを抜かしよるわ!」


怒り狂って拳を台に叩き付けるのは、聖アンジェル教会の布教活動を担うアングレイ司教である。


「アンジェル様の名の元にあって初めて人は救われるのだ!神を信じず貴族を信じるなど、神の子としての責務を放棄しているではないか!腹立たしい…!」


目を血走らせて呻く彼は、聖アンジェル教会にて複数ある派閥の中でも、過激派として知られるウーラン派に所属していた。アンジェル神以外の存在を決して認めない彼らは常に穏健派であるサティル派と犬猿の仲にあり、教会内部での勢力争いでは常に中心で檄を飛ばしている。


「おお、聖アンジェル様!私は彼らを許し得ない!かの邪教徒に鉄槌を!鉄槌をぉ!」


血走った目で祭壇の前にひざまつき、恨み辛みを叫ぶ彼の姿はまるで邪教徒のようであった。


赤子の時に教会の前に棄てられ、ウーラン派の面々に育てられたアングレイ司教は、主導者ウーラン大司教の元で熱心に活動していたが、その信仰心は時間をかけて徐々に暴走していった。


何人もの信者が彼の後を追い、不信心者を見下す思想に傾倒した。ウーラン派はいつしか、ウーラン大司教の名を借りただけのアングレイ司教が率いる異端と成り下がっていた。


――未だに、シュタイナー家が皆殺しにされた事件とサティル派の直接的な繋がりを示す証拠は見つかっていない。


暗殺者がシュタイナー家を目の敵にしていた貴族が派遣したこと、暗殺者が何らかの組織に所属していたこと、そして暗殺者が聖アンジェルのロザリオを身に付けていたという噂があるばかりだ。


噂は噂に過ぎない。


シュタイナー家が力を持っていたのは所詮ゼルベクス内だけでのことであり、より大きな存在である辺境伯やウーラン派の司教達が権力にものを言わせて事件を揉み消した。


「シュタイナー家は神に背く道義を持っていたのだ」


「彼らの家から邪教信仰を匂わせる像や祭壇が見つかった」


「市民へ愛想良く接する一方で、収められた税を不正に利用していた」


そうした主張によりシュタイナー家は汚名を着せられ、運良く生き残った子供達からも全てを奪い、尊厳を破壊した。


シュタイナー家の五男として事件当時偶然他の街へ姉に連れ出されていたアルマは、シュタイナーの名が知られていない他の地へ逃れるしか無かったのである。


アルマの姉であるエリーゼ・シュタイナーは今でも名誉を取り戻す為に戦っている。没落貴族として後ろ指を指されながらも、かつてシュタイナー家に救われた市民達の保護の元で、聖アンジェル教会とゼルベクスの地を狙う貴族を相手どっている。


もう1人の生き残り、アルマの兄であるガリア・シュタイナーは忽然と消息を絶っている。残された手紙によれば聖アンジェル教会内部へ侵入したらしいのだが、あれから10年の時が過ぎても連絡は無い。


アルマは領主を失い無法地帯となったゼルベクス自治領にやってきた傭兵団に入ることで、傭兵団に舞い込む様々な依頼から情報を得る役割についた。少なくとも姉のエリーゼはそう信じている。


アルマ自身は、仇の正体が判明即座にそいつを両親と同じ目に合わせてやると決心していた。


すなわち、報復して来た相手すら分からないままに、仇敵を殺した後に全ての尊厳を奪い尽くす。


彼の人生は、復讐と暗殺に彩られていた。

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