初戦:妖精乱舞Ⅲ

妖精とは、モンスターという存在が認知された当初に比較的早い段階でモンスターであると判定された、知能の低い人型生物である。

にも関わらず、その可憐な見た目と花畑に生息する性質からか、未だに多くのお伽噺にて語られる子供に人気の生き物である。


ディオナにとって、妖精は特別な存在だった。今でこそ、研究者達の調査により大気の魔力を吸っているだけの蝶々に等しい存在と判明しているが、ディオナは幼い頃から物事を信じやすい性格だった。

素直、という表現であれば聞こえは良い。だが誰が相手でも疑うことがないその性格が、かつて彼女の運命を大きく変えてしまったのだ。


(…今となっては)


レイピアの切っ先で次々に妖精を刺し貫いていくディオナは、溶けるように消えゆく塵の中を舞いながら思う。


今となっては、あの運命に対して後悔は無い。

ディオナはただ、自分に言い聞かせるだけだ。今の自分が主を支えるためにも誠実に今の任務をこなす必要があるのだと。


「もう少し距離を取ってください!フィアンマさんは近くを優先的に排除を!ディオナさんはダリウスさんと背中合わせの方が良いです!」


「……ッ了解した!」


妖精の羽音と奇声で聞き取りにくいが、何とか内容を理解し立ち位置を変更する。


「分かってはいたが!キリが!無いな!」


ダリウスの聖銀剣が振るわれる度に妖精の身体が弾け、塵となって風に流されていく。荘厳な鎧もすっかり塵まみれだ。


「んぐぐ……燃やしたい……燃やしたい……」


魔法で直接燃やそうにも出来ないフィアンマが、悔しそうな顔でひたすらククリで妖精を切り払う。流石に剣技を常日頃から専門的に扱う他の2人には劣るが、本人が言っていた“鈍り”を感じさせない身のこなしだ。


「こりゃもう戦いになってねぇな、作業だよ作業。あー矢を拾うのって面倒なんだがなぁ」


アルマがボヤきつつ足元の岩に立てかけた矢筒から矢を5本取り出し、一気に放つ。5本の矢は青い光を纏いながらその軌道を複雑に曲げ、3人から離れた位置にいた妖精達を貫く。


「凄い……矢を操作する魔法は集中力が試されると聞きます。離れれば離れる程に維持が難しいとも聞きますし」


「そういうアンタもヤバいな。あれ程の精度での強化を同時に2人か、肉体強化とくれば軍の魔術師でも自分の強化に精一杯だってのに、滅多に見ない使い手だ」


「それはどうも!こちとら2人の動きを追うのに必死なんですよ!喋ってたら見失います!」


「じゃあ喋りかけてくるんじゃねー!てか何で話しかけたんだよ!」


「独り言のつもりだったんですぅー!」


「あっそ!」


普段のアルマらしい余裕ぶった態度も、いつものマルクスに感じられる落ち着いた雰囲気も、今はすっかり失われている。何せ向かってくる妖精の数が一向に減らないのだ。アルマの矢もマルクスの魔力も無尽蔵ではない。


「こんなに妖精が出るとか絶対おかしいですって!今までの報告にはありませんでした!」


「だいたい洞窟の前にあんな花畑がある訳がねぇだろ!誰かが植えたに違いねぇ!」


「そいつ絶対見つけます!絶対に見つけて慰謝料請求します!」


マルクスがヤケクソで叫びながら、2人の動きに合わせて組み換え続けていた両手を加速させた。


「!?」

「な……なんだ、これは」


ディオナとダリウスは全身を包む光の強さが更に増したことに驚き、目を見開きた。明らかに先程までとは強化具合が違う。振るう剣の速度がさらに増していく。


「おっと、マルクスも身体が温まってきたみたいだねぇ」


このメンバーの中で最もマルクスを知るフィアンマがニヤリと笑った。どうやら彼女がマルクスと共闘した回数は1度や2度ではないらしい。


「アタシが冒険者始めた頃と比べたらまあ随分と生意気になったけどねぇ!雇う時の代金は高いけど、腕は確かさ!」


マルクスが行う本気の強化に合わせ、フィアンマもまた全身に纏う紅い魔力をより強く巡らせる。


「皆さん!妖精はまだ減る気配が全然ありません!ですのでここは思い切ります!足元の花も一緒に伐採しちゃって下さい!」


マルクスの決断にダリウスが大声で聞き返す。


「ダンジョン周辺の自然環境は!ギルドの許可なしに手を加えるのは禁止されているはずだが、いいのか!?」


「ええ!やっちゃってください!どうせ誰かが嫌がらせ目的で植えていった花です!ギルドの許可とか絶対取ってないので!僕たちが処理しても一切問題なしです!文句言われたら僕が責任取ります!」


「了解した!!」


ダリウスは今まで一切踏むことすらなかった花を、レッグアーマーで大胆に踏み倒した。


「では遠慮なく……花ごと切り捨てるぞ、名もなき妖精達よ」


ダリウスが自らの身体の内で静かに揺れていた魔力を解放させた。



~・~・~・~



『内在型』。それは己の内から魔力を精製し、身体強化へと直接変換する能力を持つ者達の総称である。


一般的な魔法とは扱い方が全くの別物であり、世界に呼びかける魔術師とは違い、己の内に呼びかけるので詠唱が必要ない。


そして変換効率も違う。マルクスと同じ強化を『内在型』は5倍程度効率よく行えるのだ。戦場に必要とされるのは、最強の兵である。魔術師には到達し得ない武の頂点を『内在型』は極め、戦場に貢献できる。


ダリウスは『内在型』の中でも特別製だった。かなりの重量である聖銀製全身鎧を見に纏い、戦場のあちこちを瞬時に移動しては敵を切り伏せていく様は、銀の獅子を思わせる。


「『内在型』の強化の欠点は、確か動きに精密性が欠ける所なんですよね。まさかとは思っていたんですけど……」


「欠点っつっても天才が使えばほぼ無いに等しいけどな。花を踏まないようにする為だけに使っていなかったとは…流石は聖騎士団長様。おめでたい思考をしてやがる」


二人の眼前では、先程までの光景が繰り返されている。ただし、その速度は先程とは比べ物にならない。マルクスの目でなんとか追えていた程度だった3人だったが、フィアンマとディオナは腕や足の動きが捉えられず、ダリウスに至っては全身がブレていて気を抜くと直ぐに見失ってしまう。


「指定範囲内で対象の防御力を上げる形に切り替えました。これなら対象を目で追う必要が無くなるのでね…あぁ〜目がチカチカする」


「なんか土埃と砂煙に花弁が混じった竜巻って感じだな、俺は弓兵だからまだ目で終えてはいるが、まあお前さんみたいな純粋な魔術師からすりゃあ戦っている様子なんて少しも分かりゃしねぇな」


大量の塵と花弁を載せて吹き荒れる風。その真っ只中で戦う三人も当然視界不良に陥っていたが、互いの位置を足音や掛け声で把握することでなんとか事故を起こすことなく戦闘を続けていた。


「ハァ!セイ!」


道場での修行よろしく大声を出しながら、無限にも思えてくる妖精を片端から切りつけていく。時折脆くも鋭い翅が頬を掠め、剣戟を突破した妖精に腕や腰を噛みつかれる。


無心に切りつけ、切りつけ、切りつけ、切りつける。ディオナは基本的に一対一を想定した剣術であり、ダリウスは敵国の大軍を相手にしたことはあれど命知らずのモンスターから一斉に攻撃を仕掛けられた経験などない。パーティの中で最も対モンスター戦闘に慣れているフィアンマですら、これ程までの大繁殖した妖精を相手取るのは初めてだった。


だから皆、ひたすら神経を削るような戦いを強いられていたのだろう。時間の感覚はとうに麻痺し、腕は効率を求めてより楽に妖精を処理出来るように動作する。


無心になって妖精を切り払い、ただ剣を振るう自分のみが存在する世界。そこに籠っていた3人は、マルクスの大声で我に返る。


「皆さん!かなりの個体が死んだお陰で女王個体が見つかりました!僕とアルマさんで始末するので、それまでもう少し頑張ってください!」


マルクスは返す刀でアルマに向かって叫ぶ。


「アルマさん!女王を見つけました!僕の魔力で導線を作るので、それに沿って矢をお願いします!」


「任せとけ!」


マルクスの指から放たれた、五感では感じ取れない透明な魔力の道筋。それを第六感である法感で認識したアルマは、魔力操作の矢を放ちその道筋を正確に辿った。


妖精の群れに身を隠していた、一際鮮やかな翅と頭部にティアラを持つ女王個体は、剣の届かない遥か上空を飛翔し戦場を離れようとしていた。


その背後を精密な魔力の糸で結ばれる。


魔力を感知した女王は、魔力を喰らう自らの本能につられてほんの一瞬振り向いた。振り向いてしまった。


瞬間、女王の胴体はアルマの矢によって貫かれていた。



~・~・~・~



「ごふっ、ごふっ…おいマルクス、妖精の塵ってこんなに吸い込んだら有害なんじゃないのか?ちょっと怖いんだが」


女王個体を失い、敵を襲うどころではない程の極度な混乱状態に陥った妖精達を一匹残らず処分したフィアンマは、マルクスの治療を受けながら不安を口にする。


「多分大丈夫だと思いますよ。モンスターに関連する病気なら一通り勉強してありますが、妖精の塵が原因で起きる病気は聞いたことがないです。微細な粉塵が病気の原因となることはよくある話だそうですが、妖精の塵は肺に無害なんだとか。魔力で形成されているからですかね?研究はそれ程進んでいないそうですが」


マルクスの言葉に少し安心した様子のフィアンマは、洞窟脇に建てたテントにもそもそと入っていく。


妖精の群れを直接切り払った3人の怪我は、元々妖精が体当りや噛みつきといった攻撃方法ということもあり、マルクスが戦闘中に掛けた防御魔法のお陰でかなりの軽傷だった。


ただマルクスは自身も含め洞窟に入る前から精神の磨耗が激しく、このまま未知の危険に遭遇しても対処は困難だろうと判断。一度身体を休めようと提案したのだ。


数多の妖精を相手に3時間にも及ぶ連戦。その疲労はかなりのものだった。


「おっ、おお〜。素晴らしい…完璧だ。次は腰の辺りを頼む…ぉおお〜」


テントの一つでは、ディオナがマルクスにマッサージを受けていた。鎧を全て外して寝そべっており、枕に顔を埋めてだらしない声を出している。色っぽく見えなくもないが、マルクスはパーティを支える後衛としてのプライドを持って生真面目にマッサージをしているので、茶化すと怒られる。というか既にアルマが怒られていた。


「アタシの番はまだかなー。有料だけど値段以上の腕を持っているから、いつも楽しみにしているんだけどねぇ。アンタも受けるんだろう?マルクスのマッサージ」


いくつかのテントに囲まれた場所の焚き火で鍋をかき混ぜながら、フィアンマがダリウスに話しかける。妖精の塵と花の汁に塗れていた愛剣を手入れしているダリウスは、布を持つ手をとめずに答える。


「いや、私は遠慮したよ。剣を振るだけなら教会の修練場で何倍もの時間やっているからね。彼から一度休もうという提案が出た時はほっとしたものだが…戦場で人間を相手する時とはまた違った経験だったな。今回の妖精に比べれば、待ち合わせ前に討伐したヤツらなんて可愛いものだ」


ダリウスの戦場には、モンスターを操る召喚師やモンスターの習性を利用した戦術を用いる軍師がいた。巨大なワイバーンを相手に一人で戦ったこともあるし、仲間を傷付けられたと勘違いしたゴブリンの大軍と三日三晩戦ったこともある。


それらの経験からダリウスはダンジョンに潜っても無事に生きて帰れると太鼓判を押されていた訳である。


「――しかし、今回は思い知ったよ。私は確かに強い。ずっと小さな頃から鍛錬をして、『内在型』としての素質を懸命に伸ばして、誰からも最強の聖騎士と呼ばれるようになった。ただそれは騎士としての強さであり、ダンジョンを生きる冒険者にとって小さな世界だった」


刃こぼれの有無を確認したダリウスが、鞘に剣を収めながら少し遠い目をして微笑む。


「全く、やはり教会の中にいるだけでは分からないことも沢山あるらしいな…」


「はん、ご立派な騎士様と思ってはいたけれど、まさかここまでとはねぇ。誰かに騙されても知らないよアタシは。半端な連中は騙そうとすら考えないだろうけどね」


やれやれと呆れて首を振るフィアンマは、お椀をとって少しだけ鍋の中身をよそって味見する。


「うむ、これは中々よく出来たかね…ほれダリウス。食べてみな」


「あ、ああ」


恐る恐るお椀を受け取ったダリウスも汁を啜り、目を見開く。


「美味しい…意外だ」


「ああん?意外だァ?」


「し、失礼。ただその、こういうのはマルクスの方が得意じゃないかと勝手に思っていてね」


ダリウスが咄嗟に言い訳しながらも引き続き汁を啜る。干し肉を鍋で戻す際の煮汁にいくつかの手を加えたらしいが、ハーブの種類や調理法が特別なのか野戦でよく食べるそれらとは一線を画す美味しさだ。


「マルクスねえ、あいつの料理はまあそこそこかな。ていうかアタシが教えた。後衛職は料理が上手い方が雇われやすいからねぇ」


フィアンマの話にダリウスが少し身を乗り出す。


「そういえば、今回のメンバーでは君とマルクスが一番付き合いが長いと思うのだが、良ければ彼との話で面白いのがあれば聞かせてくれ」


フィアンマは引き続き鍋をかき混ぜながらニヤリと笑った。


「いいぜ。その前に見張りのアルマとマルクスを交代させなきゃだね。マルクスの目の前で話すと途中で煩くて敵わない」


その頃アルマは、野営地から洞窟を挟んで反対側にある大木の幹に腰掛けて地平線を眺めていた。黄昏に沈む景色を物憂げに見つめ、口笛を吹く。奏でるのはいつもあの曲だ。彼女を忘れないための曲…


「…ルマさん。アルマさん!おーい!見張り交代ですよ!」


「はいはい、分かってますよ。人がせっかく心地よく口笛吹いてたってのに邪魔するな」


アルマがするすると縄を伝って木から降りると、マルクスのホクホク顔に首を傾げる。


「何かいいことでもあったのか?」


「いやー、実はフィアンマ姐さんの作る料理が中々美味しいんですが、今日はその中でも特に美味しい部位の干し肉を使ったヤツをくれたんですよ!これから寒い中で見張りをさせるからそのお詫びだって!」


嬉しそうに告げるマルクスだが、もちろん彼は自分の黒歴史がパーティ内で共有されることを知らない。


「ふーん、そんなに美味しいのか。俺もさっさと食いに行きますかね」


スタスタと野営地に向うアルマだったが、ふと視線を感じて弓に矢を番えて洞窟の方を振り向く。


ヒカリゴケで薄明かりに照らされた洞窟は、そこはかとなく不気味な印象だが生き物らしき影は見当たらない。


(どうやら、確かにただのダンジョンじゃないらしいな)


アルマはダンジョンそのものに見られたような感覚に少しの寒気を覚えながら、暖かな焚き火に歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る