初戦:妖精乱舞Ⅱ

「『明星の洞窟』内でどんな事が起きるか分かりませんから、これくらい過剰でも問題は無い……と思います」


「いや、これは明らかに過剰だろ。ポーション一人につき5種類をそれぞれ5本づつとかよ、必要最低限の3種類に減らせるんじゃねーの?」


「いやぁ、何せこのツケを全て教会が払ってくれるとなるとついつい買いすぎちゃって」


「知っててやってたのかよ…」


とことん呆れるフィアンマだが、『備えあれば憂いなし』ということわざもあるように、マルクスは必要最低限の逆を行く必要最大限を(コストを考えなかった結果とはいえ)準備していた。冒険者歴の長いフィアンマや、戦場で慣らしたダリウスも文句の付けようがない品ぞろえである。


問題はそれらの品々を全てマルクスが手押し車に積んでガラゴロと引っ張っている点だろうか。


「もっとこう、なんとかならなかったのか?魔法にも色々と種類があると聞く。例えばほら、『龍の騎士と翠玉の姫』だと龍の財宝は小さな魔法の袋に納められていただろう?あんな事は出来ないのか」


ディオナが有名な昔話を例に挙げながら首を傾げて訊ねると、マルクスは半目でディオナを見遣りながらため息混じりに呟く。


「なるほど、天然の『内在型』なんですね……いいですかディオナさん。空間魔法なんて物は、所詮お伽噺の中だけにある空想の類です。魔法学者の中には理論的に可能である旨を主張する人もいますけど、存在が証明されていない以上は現実的な手段を選ばざるを得ない訳です」


馬を洞窟の中に連れ込む訳にもいかず、かと言って拡張魔法に代表される空間魔法は空想の産物である以上、大量の荷物は直接持ち運ぶしかない。


「もちろん出来る限りの工夫はしていますよ?構造強化、重量軽減、迷彩魔法に身体強化。ぜーんぶ光魔法でやってますとも。魔力量だけやたら多い僕だからなんとかなってますけど、正直なところ他の冒険者を雇いたかったですね」


マルクスがやや恨めしげにダリウスへ顔を向ける。


「教会が何を考えているのか知りませんけど、荷物運びも料金のうちとは聞いてないですよ。だいたい屈強な男2,3人雇う方が安上がりでしょうに、わざわざ僕が皆さんの荷物を運んでいるのは何かしら理由があるんですか?」


問い詰めるマルクスの少し前を歩くダリウスは、気まずそうに肩へ担いだ盾を揺らしている。


「いや、実はだな。今回部外者を雇わなかったのは私の希望なんだ。無論のこと戦いには準備が必要であり、その中に人材が必要とされることも分かっている。適材適所。私が孤児院で育った時、人の上に立つ才あるものとして早期に学んだ事だ」


ダリウスはそこで一度言葉を留め、後ろに続く仲間達の顔を見た。ガラゴロと荷車を引くマルクス、その両隣りに赤髪を揺らして退屈そうに歩くフィアンマと、腰の剣に手を掛けきびきび歩くディオナがいる。マルクスに気付かれないのをいい事に、後ろ側ではアルマが荷台に腰掛け空を眺めていた。


「今回の調査は確かに危険だ。だから他の冒険者を雇わなかったとも言える。しかし私は逆に今回のメンバーには足でまといになると感じたんだ。直感に近い判断だが……それに洞窟であれば少数精鋭に越したことはないだろう」


そう言ってダリウスは小さく笑った。その笑みにはまるで遠い日を懐かしむような暖かさが宿っていたが、マルクスはそこに微かな、それでいて確かな違和感を覚えていた。




~・~・~・~





地図に従い長い道のりを辿った先、昼過ぎにさし掛かろうかという時刻になった時に漸くダリウス達は『明星の洞窟』入り口に着いた。


しかしそこで早速問題が発生していた。


「妖精の群れ、だな。しかもかなりの規模だ。あれだけの数が集まった例は今までに聞いたことがないぞ」


アルマが視力を身体魔法で強化し、遠方から洞窟周辺を確認する。そこには事前の情報とは違い小さな花畑があった。ただそこに美しい花々が咲いているだけであれば良かったのだが、上空には妖精がこれでもかと密集していた。その姿はさしずめ蝗害。1匹1匹は今にもイタズラしそうな目付きで可愛いといえば可愛いのだが、圧倒的物量が見る物に寒気を齎していた。


「まずいな、これでは洞窟に入れない。出来れば避けたい所だが……」

「生憎と『明星の洞窟』に入る道はアレだけですよ。そもそも妖精は縄張りに敏感ですから、躱してこっそり入る訳にもいきません」


ダリウスとしては戦闘を避ける方針だったが、マルクスの考察ではどうやら戦闘は避けられないらしい。


「となれば、どう戦う?言っとくが俺は役に立たねぇよ。なんせ弓矢だからな。1匹1匹矢で撃ち落とすのは手間が掛かる。殺るなら一気に全体を、だ」


アルマの視線の先にいたフィアンマは、髪の毛を弄りながら口を開いた。


「そりゃあ私が火炎魔法で全部まとめて魔法で吹き飛ばすのが1番楽だよ。今この場ではね。やっぱり傭兵だと知らないよねぇ、妖精の生態」


「…というと?」


「ああ、それなら僕が説明しますよ。まあ手っ取り早く理解してもらえるのに便利ですからね、光魔法って」


マルクスが両手を器の形にし、口元に近づけると小さな声で囁くように詠唱を始めた。


「我、マルクス・オートレッドが命ずる。光を編みて幻影を成す。汝、妖精の姿となり我が導きに答えよ」


言い終わるとマルクスは両手を閉じ、目を瞑る。数秒もしないうちにそっと開けられたその両手には、小さく欠伸をする妖精が1匹ぺたりと座り込んでいた。


「へぇ、随分とカッコイイ詠唱じゃねぇか。まさか趣味かい?ん?」


にやけながら迫ってくるアルマを黙殺したマルクスだったが、その後ろで困惑した顔で突っ立っているディオナを見て口をへの字に曲げた。


「そりゃ確かに趣味も入ってますけど、大体は師匠の教え通りですよ。魔法とは自らを通じて世界と繋がり変異させる手段であり、故に魔法を使用する当人は『誰が』『何を』『どのように』『どうするか』を分かりやすく呪文にする必要があるんです。僕からしたらフィアンマさんとかの粗雑なやり方に文句を言いたいところですけどね」


小言を言い切ったマルクスは、離した妖精に向かって両手を伸ばした。十指は絶えず形を変え、それに合わせてまるで見えない糸で繋がれたあやつり人形の様にマルクスの妖精が群れへヒラヒラと飛んでいく。


「皆さん、恐らく一瞬で終わってしまうのでよく見ておいて下さいね。では行きます」


光で編まれた妖精が、妖精の群れに接近して潜り込もうとする。

次の瞬間――。


妖精たちが幻影の妖精を喰い殺した。


自分たちと全く同じ姿であるはずの妖精を、いとも容易く小さな口で噛みちぎっていく。群れが蠢き幻影に殺到する様子は見るもの全てを恐怖させる暴食の権化だった。


「妖精の最大の特徴。それは群れを成すこと、花の近くに生息すること、縄張り意識が非常に強いこと、そして…魔力を喰うことです。羽根は飛ぶだけの物ではなく、大気中から魔力を感知する役割を果たしているんです。精度はまあ、本物そっくりの幻影を最小限の魔力で編んでも、躊躇いなく喰い殺す程度ですかね」


「……俺のママによれば、妖精ってのは花の蜜を集めるだけの可愛らしい連中の筈なんだが」


アルマが若干震え声で言うと、フィアンマがニマッと笑う。


「はーん、可愛いとこあるじゃねえか。ママの話を鵜呑みにしてたとはな。まあ妖精なんて本来は遭遇しても数匹で、魔力を喰うといっても1匹1匹が喰う量は極僅かさ。ただ、あの花畑に咲いている月光影花って花は土から吸った養分を魔力に変換しているらしくてねぇ。ああして稀に群生すると、漏れなく魔力喰らいの妖精大群が出来上がるって訳さ」


「花の近くによく居ますから間違われやすいですけどね。あれは単に花から放出される魔力を食べてるだけですから」


マルクスの傍で少し唖然としていたディオナだが、ふと厄介なことに気づいてダリウスの方を向いた。


「まさかとは思うが、妖精は剣で直接切り払うしかないって事なのか?この数を?」


「……そうなるな」


ダリウスが苦々しい顔でつぶやき、マルクスと目線を合わせる。


「魔力だけで構成された物を喰うというだけで、付与された魔法や内在型の魔力強化は喰えない。そうだったな?」


「ええ、妖精は空気を介さないと魔力を食べられませんからね。でも知能が低いので、魔力を纏えば纏うほど妖精が見境なく突っ込んで来ますよ」


「そっちの方が好都合じゃねえか。囮要らずの妖精駆除、楽でいいねぇ」


歳程とは打って変わってケラケラとアルマが笑い、そして弓矢を取り出した。


「精々俺は邪魔にならない範囲で遠くからお二人さんを援護しますかね」


「いや、アタシも援護しておくれよ。最近魔法ばかりで剣の腕が鈍っていたからね。そっちの脳筋コンビ程じゃあ無いかもだけど、近接は何とかなる」


フィアンマが背中に手を回し、腰の後ろに括り付けられていた剣を抜いた。陽光を浴びて淡い翠に輝く剣だ。長さはフィアンマの肘から手首程と剣としては短い部類だが、くの字型の刀身は幅が広く肉厚であり、モンスターを相手取るには充分な重量感がある。


「ほう、流石は冒険者だな。見たことの無い種類の剣だがかなりの業物とお見受けする」


「おぉー、分かるんだねぇ私の剣の良さ。大概の奴は変な目で見てくるってのに。率直に褒めてくれたのは鍛冶屋の親父とアンタだけだね」


嬉しそうなフィアンマがその剣――大型のククリを半身に構え、詠唱を紡ぐ。


「スフェルディスタの炎に捧ぐ。全身、強化の三、十、四、一。点火」


詠唱と共にフィアンマの全身を赤い輝きが彩り、ククリの刀身が翠から紅に染まった。同時に遠く離れた妖精の群れの一部がざわめき崩れる。


「アタシはマルクスの強化は要らないし、そっちの2人の強化も無理だよ!火傷したいって言うなら話は別だけどね!ほら、さっさと剣を抜きな!」


フィアンマの呼び掛けに、ダリウスが盾を構え聖銀剣を抜き放つ。ディオナはまだ気後れした様子だったが、ダリウスの内在魔力に呼応して更に騒めく妖精の群れを見遣り、フッと息を吐いてから腰のレイピアを抜いた。


「マルクス、頼んだ」

「私にも頼む」


2人の呼び掛けにマルクスが目を瞑り、両手の指を組んで複雑に絡み合わせる。


「我、マルクス・オートレッドが命ずる。光よ、汝の門を解き放ち、我の導きに従い2つの生命と呼応せよ」


詠唱が終わると、ダリウスとディオナの全身が仄かに光を纏った。3人分の魔力強化に、花畑の騒めきはその勢いをいよいよ増している。


「では3人が突入した後、僕とアルマが全力で援護します!お気を付けて!」


「私が盾を構えて先行する!」


「じゃあアタシは右だ!アンタは左を!」


「了解した!」


3人が一斉に飛び出すと共に、妖精が花畑の領域を超えて空を覆い、洞窟前が不気味な影たちに包まれていった。

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