初戦:妖精乱舞Ⅰ

5人が集った次の日、ギルドの正面入口から入って左奥にあるパーティメンバー用の部屋(部屋代セルフィナ王国銀貨3枚)では、少し不貞腐れた様子のマルクスがギルド謹製の『明星の洞窟』閉鎖前の地図(一枚につきセルフィナ王国銀貨1枚)を手にして座っていた。


「……何故だ……何故なんだ……」


普段は金に弱い一方で怪我人なら誰でも助けようとする(そして容赦なく代価を要求する)くらいに優しい青年として通っているマルクスが、険しい顔をしている。顔なじみの人々なら誰でも彼の表情に驚くだろう。マルクスが滅多にしない種類の表情である。


「……何故……フィアンマ姐さんなら兎も角として、傭兵に剣士に聖騎士様が揃いも揃って……」


口を歪めて目をカッと見開いたマルクスが叫んだ。


「何故全員が遅刻しているーー!?!?」


ギルドのカウンター脇に置かれたオーク材の柱時計は、丁度午前9時になっていた。

マルクス以外の4人は、約束した午前7時30分から1時間半も遅刻していることになる。


「いやーごめんごめん、遅れちゃっぜ。もうみんな揃ってる〜?」


早くもたちこめてきた嫌な予感に震えるマルクスだったが、ここに来てようやく2人目が顔を出した。


「……ん?あれ、他のみんなは用でも出しに行ったのか?」


「……違います」


「え?違うの?」


「……全員、遅刻です」


項垂れるマルクスに「アハハっ、そんな訳ないだろー!冗談にしては下手だなー」と笑みを崩さずに返したアルマだったが、マルクスがずっと暗い表情を崩さず座っているのを見ているうちに、「本当に遅刻しているのか?」と現実を認識した。


「ええ……フィアンマさんはともかくとして、聖騎士と剣士が揃いも揃って遅刻かよ……」


「やっと理解しましたね……じゃあ僕はギルド併設の道具屋で買い忘れていたポーション買ってきます。アルマさんはここで待っててください」


1時間半も暇つぶしになるような物もなく、話し相手も無しで椅子に座っていたマルクスは足腰が限界だった。立ち上がろうと腰を浮かしたマルクスの腰からミシリと音が響き、お調子者且つ空気の読めない傭兵として通っているアルマでも何となくマルクスの苦労を察した。


「あ、ああ。うん。ポーション買い忘れたんだね。行ってきなよ。ついでに外の空気吸ってくるといいよ」


ちなみにポーションは机の隅に全種類揃っていた。高級で気軽には使えないが効果が高い「全回復薬」や、効果こそ低いが廉価で揃えやすく冒険者からのニーズが最も高い「低級治療薬」など、パーティバランスを考慮した上でバランスよく購入されている。


ふとアルマが「全回復薬」の下に敷かれている請求書を見ると、請求する先としてダリウスの名前が書かれていた。


マルクスは頭の回転が速く強かな青年である。と同時に、ひどい仕打ちには全力で答える青年でもあった。



~・~・~・~



アルマが部屋に入って数分、大幅に遅れていたダリウス、ディオナ、フィアンマが一緒に息せき切って扉を開けなだれ込んできた。全員がすっかり疲れ果てた表情であり、装備からは獣の血の匂いがする。


「な……こりゃいったいどうしたんだ!?」


アルマが椅子に腰かけたまま全員の顔を見渡す。


「す、すまない。実は私の宿入り口でディオナ、フィアンマと落ち合っていたのだが……」


懐から出した布で顔に付いた血を拭いながらダリウスが説明した。


どうやら宿で落ち合った三人は、寄り道していこうと進言するフィアンマを引きずりながらも時間通りギルドへ到着できるペースで歩いていたらしいのだが、町から出た直後に魔物化した狼の集団に襲われたらしい。


「強さ自体は大したことは無かった。戦闘と言うほどの戦闘もせず、フィアンマの炎とディオナの剣術ですぐ始末できたのだが……」


問題は門番の仕事を見に来ていた新米兵士たちが、ダリウスやフィアンマのファンだったことだろう。


「アタシだって有名っちゃあ有名だけどさ、まさか門番の仕事を見学していた生っちょろい兵士たちにもみくちゃにされるとは思ってなかったぜ」


げんなりとした様子で語るフィアンマは、最近になって兵士の育成に力を入れているという政治方針を思い出していた。別に兵士を教育するのは悪いことではないが、いわゆる英雄に憧れをもって志願した若者たちの厚かましさをまずどうにかして欲しいと感じていた。


「私はそれほど有名ではなかったが、剣の腕前を見たからなのか、名前を教えて欲しいという輩が多くて難儀した」


いつもの表情に若干困っている雰囲気を付け加えたディオナだったが、剣の腕前とは別に、その容姿に惹かれて興味を持った青年が僅かばかりのチャンスを狙っていたというのも理由の一つである。


「このような経験は一度や二度ではないが、今回は本当に運が悪かった。若者の憧れという感情は良い物だが、タイミングが悪かったな」


ごく真面目な表情で、今回のような件には一番慣れているダリウスが兵士たちの行動を擁護した。50人全員を振り切る選択肢もあったが、ダリウスは教会のメンツとして大きな影響力を持っている。無視して進むという選択肢は取りにくかったのだ。


「色々な事情があるにせよ、遅刻はどうなのかねえ。現にここの道具は全部マルクスの奴が揃えてくれていたみたいだしな」


呆れたように首を振ったアルマは、両手で机一杯の道具を指し示した。ポーション、地図、食料の他にもキャンプする際には必須の使い捨て魔物除け結界石や、仲間同士が離れていても会話を可能にする魔道具などが全員分新品の状態で揃っている。そしてその全てにダリウスの名前が書かれた請求書が敷かれており、ダリウスは無言で請求書に記された合計金額を計算していた。


セルフィナ王国では銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚相当の価値がある。他にも他国の通貨や国名が変わる前の通貨が出回ることもあるが、セルフィナ王国内では国が正式に発行している貨幣が主流だ。


そしてマルクスが使った金は総額金貨15枚。これだけあれば、風除けや保温の加護がかかった高級馬車を一台買える。そしてダリウスが教会から貰う1か月の給料とほぼ同額でもある。


ダリウスは全ての請求書を懐に仕舞った。


この後、全ての代金が教会側に経費として落とされることとなる。


「そういえばマルクスはどこに?」


「ちょっと前にくたびれた感じで外に出て行ったぜ。外の空気でも吸ってるだろ」


自分が普通に遅れたことは言わず、いかにもマルクスと同じく待ちすぎてくたびれた雰囲気を演じながらアルマはやれやれと首を振った。



~・~・~・~



「では、今回の任務について大まかな計画を説明します」


気分転換に外の空気を吸ってきたマルクスが遅刻の理由を聞いたところで、メンバーの中で最も参謀気質のマルクスが考えた計画を共有することとなった。


「この地図は『明星の洞窟』閉鎖前の最新版です。洞窟には光る苔が途中まで生えているため、序盤は明かりの心配はいりません。また苔が生えている場所まで道は一直線で見通しが良いので、そこまでは恐らく安全とみても良いでしょう。目視では異常が見られなかったそうですし」


地図に記された入り口からの一本道を指でなぞる。


「問題は苔が生えない岩盤となる緩やかな曲がり角からです。地図によればここから洞窟は複雑な経路となり、地図無しでは迷いやすくなります。また閉鎖前には灯っていた松明は既に回収されている為、僕たちが独自に明かりを持っていかなくては話になりません」


苔が途切れるという道の先は、まさしく迷宮。立体的に交差している点も踏まえれば並みの迷宮よりも質が悪い。


「途中で主にゴブリン系、下級ミノタウロス系、リザード系の魔物が出現することが多かったそうです。しかし当時の難易度のままであれば、僕たちの敵として数えることもありません」


「『僕たち』ってか?自分は攻撃力の欠片もない光魔法の使い手だってのに、数に含めちゃっていいんですかねえ?」


アルマが茶々を入れると、ダリウスがすかさず窘める。


「君は雇われの身だろう、アルマ。確かにマルクスの魔法はサポート専用の光魔法だが、我々を支えてくれる大事な戦力だ。彼を貶すのは非常識だろう」


「……いいんですよ、ダリウスさん。僕はこの中でも一番年下です。光魔法はアンデットくらいにしか役に立たないことも本当ですから、仕方ないですよ」


苦笑したマルクスが手を叩くと、再び作戦の説明に戻る。


「さて、この洞窟の経路は確かに複雑ですが、比較的難易度の低いダンジョンとして扱われてきていた以上は構造の日常的な変化は起きないと考えていいでしょう。ということは、既に記録された地図を用いれば最深部まで問題なく探索できるということです」


「待ってくれ」


ここでディオナが手を挙げた。


「もしダンジョンが閉鎖中に『成長』していたらどうなる。世界中に散見されるダンジョンでは『成長』するものもいくつか存在すると聞く。長い間放置されていた『明星の洞窟』にも同じことが起きていてもおかしくはないだろう。現に今までにも地図を持って潜入した人々が行方不明になっている」


その質問を受けて、マルクスは唇を歪めた。


「もちろんその可能性も考えています。ダンジョンが『成長』していた場合、攻略の難易度は跳ね上がり、出没する魔物の質も数も上昇するでしょう。でも僕たちなら問題なく対応できるでしょう。地図が役に立たなくても、例えばフィアンマ姐さんは未踏破ダンジョンの攻略者としても有名ですからね。経験でカバーできる筈です」


急に名前を出されたフィアンマは驚いた顔をしたが、すぐ自慢げな表情になって胸をそらした。


「ああ、そうさ!アタシは地図を書くのは苦手だけど、目的地まで辿りつくために進み続ける根性はある!運にも自信があるからな、アタシに任せてくれれば道に迷ったって安心さ!」


底抜けに根拠のない話を振りかざすフィアンマだが、確かにフィアンマは未踏破ダンジョンを一人で攻略して来た猛者だ。後で別ルートを探索して来た冒険者が続々と迷子になり、フィアンマが助けに行くことも珍しくない。


「未踏破ダンジョンだろうと外側から見通せる魔道具でもあればいいんですが……たしか物を透過して視認する魔法は、現在のところ紙一枚が限度らしいですね」


この世界における魔法は日々進化を続けており、王都の抱える魔術師は互いに研究成果を競い合っている。中には世間一般に自らの研究を次々と発表する者もおり、民間人も進化した魔法による恩恵を享受している。


「マルクス、確かにそのような魔法ができれば便利だろうが、現時点で不可能な絵空事を言っても仕方がない。それに……」


ダリウスがチラリとフィアンマを見やる。


「フィアンマの仕事がなくなってしまう」


「ンだとぉ!?」


ダリウスの軽い冗談を受け流せなかったフィアンマが大袈裟に叫んだが、周囲のほんわかとした空気で察したのか、むくれた表情で椅子に居直った。


「ふふふ……まさかあの聖騎士様が冗談を言うとはな。普段から厳格な奴かと思っていたぜ」


アルマがニヤニヤと自分に割り当てられた消耗品を袋に詰めていると、ダリウスもまた苦笑しつつもポーションを種類別に纏め始める。


「私は大衆から期待されている身でね……教会の枢機卿の方々からも、私が聖人君子でいることに期待しているらしい。もっとも私からすれば買い被りもいい所だ。確かに私は人々の見本たらんと努力はしているが、常に肩を張って過ごしている訳では無い。冗談の一つくらいは言うさ」


ダリウス・アンジェルナイト。

曰く、その心は聖銀の如し。

曰く、その技は疾風の如し。

曰く、その体は金剛の如し。


心·技·体の全てを併せ持つ、完璧な人物。

彼の噂はこの国に留まらず世界中に響き渡っており、この男がいるからこそ他の国々は戦争をすることに躊躇していた。並大抵ではない戦歴。彼が参加した戦争での被害者は極めて少なく、彼こそが国の守護神の生まれ変わりであると信じる輩は少なくない。


(しかし……)


(……


完璧な人間の存在を信じない人物が、一人。

強固な守りを突破して暗殺する方法を思案しつつ、仲間と話を合わせつつもひたすら思索に耽っていた。

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