本編

導入:5人の出会い

酒場、という場所は現代のセルフィナ王国において中下層の市民が交流する1つの拠点である。貴族が出入りする事は滅多にないが、成人した男性を中心として様々な噂話が飛び交うので、酒場の主人は情報通であるのは常識である。


その酒場の中でも、冒険者ギルドが経営する酒場では俗に言う「冒険者割」の制度で酒が安くなることもあり、冒険者が依頼で稼いだ金銭を酒に変えて飲み干していた。主人は冒険者の大半と顔見知りであり、冒険者の消息や噂話を聞きたいならギルド職員に聞くよりも主人に聞く方が手っ取り早い。


本日も危険なモンスター、あるいは些細な人助けを依頼として処理した冒険者が酒を片手に愚痴を零すばかりであったが、酒場の扉が開き何人かの冒険者が振り向くと、場がシンと静まり返った。


「ここが例の酒場か、なるほど。確かに砕けた雰囲気で居心地が良さそうだ」


栗色の長髪を靡かせ、聖銀製の騎士鎧を上下に揃えて微笑みを浮かべる男は、セルフィナ王国の民であれば大人から子供まで誰でも知っている聖騎士である。名を、ダリウス・アンジェルナイト。聖アンジェル教会に所属する騎士団長であり、先の戦争では多くの武功を挙げた有名人である。


聖銀の鎧が薄暗い酒場の中でランタンの光を反射して煌めいている。ダリウスが落ち着きのある歩き方で酒場のテーブルの合間をカウンターの主人の所まで進んでいくと、道を塞ぎ気味に座っていた冒険者達はヒソヒソと囁きを交わしながら道を開けた。


「あれは、聖騎士のダリウス様じゃないか!」

「お供の一人も連れてないって事は、お忍びか何かか?」

「いや、全身鎧を着ているって事は依頼でも受けに来たんじゃねえか?」

「ということは……」

「仲間探し?」


ざわめく店内を尻目にダリウスがカウンターの席に座り、主人に話しかけた。


「ここの主人なら冒険者の話題に詳しいと聞いてきたんだが……」


話し始めるダリウスを遮り、主人が一言。


「ワシはしがない酒場の主人だ、酒の一つも頼まない奴に話す事なんて何も無いよ」


ダリウスは少し驚いた表情になるも、色々と察して苦笑を浮かべた。


「では、ウィスキーを水割りで一つ」

「あいよ」


主人がカウンターの奥に引っ込むと、今度は隣の席から女性がダリウスに話しかけてきた。


「よっ、聖騎士団長さん。こんな場末の酒場にお独りで来店しちゃって、何の用だい?」


女性は緑がかった髪の毛を揺らし、深紅を基調とした布と魔物の皮で作られた実用性の高い軽量の鎧を着ていた。

切れ長の目と整った顔立ちは森に棲むエルフを連想させるが、エルフの特徴である尖った耳は見られない。人間らしく丸みを帯びている。


「用か……話しても構わないのだが、先に名前をお伺いしても?」

「いいぜ。まあ冒険者だったら私に名前を聞く奴なんて居ないんだけどさ」


女性はニヤリと笑ってから、名前を告げる。


「アタシの名前はフィアンマ・スフェルディスタ、金級冒険者さ。この酒場ではよくお世話になっていてね。さっきもタダでビールを飲ませてもらっていた所さ」


空になったジョッキをコトリとカウンターに置いて、丁度奥から帰ってきた主人に「ビールお代わり!」と叫んだ。


「自分で言うのもなんだけど、ギルドへの貢献度はそこそこ高いからね。ここで飲むのが一番安いのさ」


不敵な笑みで主人にお代わりのビールを受け取ると、一気に半分を飲み干す。エルフ並の美貌から連想も出来ない言動だが、冒険者からはその頼りがいのある性格で親しまれていた。


「で?ここの主人を訪ねてきた用を聞かせてもらおうか?」

「金級冒険者か、それなら話しても別に構わないだろう。とは言っても、フィアンマ殿も承知している依頼についてだ」


ダリウスがフィアンマに最近頻発している事件について語り始めた。


「ここ最近になって、放棄されたダンジョンが増えてきている。モンスターの発生率が落ちてきているからだ。これは平和になりつつある証でもあると教会側は見ているが、モンスターから採れる素材が市場を占めている今の時代ではダンジョンの減少は深刻な問題だ」


ダリウスの語りに、際ほどまでは無関心だった周囲の冒険者も耳を傾け始める。


「つい最近も宝石亀が稀に出現することで有名だったダンジョン『明星の洞窟』が閉鎖されたが、王都でも人気だった宝石亀から取れる魔力結晶が産出されなくなったということで、聖女様も問題視しておられた。何人かの貴族の私兵、教会の調査団が調査に向かったらしいのだが……」


「一人も帰らずじまいってか。その話はアタシも聞いたさ。明日にでも調査クエストを受けようと考えていた所さ」


フィアンマが少し呆れた調子でダリウスの話を遮った。


「しっかし教会も貴族もバカだねぇ。ギルドだって『明星の洞窟』に調査の為に何人か人を送って音沙汰も無かったってのに、一応報告を送ったのに信用せず私兵を送るか。面倒な奴らだね」


「ああ、確かにその通りだな。お陰で教会でも下っ端の私がギルドとの信用回復も兼ねてギルドの依頼を受ける形で調査をする事になった」


「仲間が一人も居ないけど、それはどうするんだい?」


フィアンマのツッコミに周囲の雰囲気も同調する。ギルドの規定では依頼の難易度と受領する人の階級や役割のバランスを考慮し、必要人数や求められる役職を指定している。

今回のクエストでは金級冒険者相当の実力者を5人揃えることが絶対条件である。これは『明星の洞窟』の地形では大人数を動員しての攻略が難しい事、また銀級以下の冒険者を送り出して今までに一度も帰還していないことを考慮している。


「一人は今見つかった、というのはダメだろうか」


ダリウスが主人の置いたウイスキーの波紋を見つめながら、遠回しにフィアンマを誘った。


「へえ、アタシが気軽に他人の誘いに乗る奴に見えるのかい?」


「金級冒険者の中でも一、二の腕前と言われる火属性魔法の使い手がいるという話は王都でも偶に聞く。なんでもエルフにも似た美貌らしいが、違うのか?」


フィアンマが無言でジョッキに残ったビールを空けて、「ビールお代わり!」と叫ぶ。主人が怪訝な顔で「さすがにそれ以上のご注文は代金を頂きますが……」と告げると、フィアンマは黙ってポケットからワイバーンの爪を取り出してカウンターに置いた。


「これで何杯分?」


「5杯分だね」


「じゃあそういうことで」


主人が困り顔でワイバーンの爪を持ってカウンターの奥に引っ込むと、空の樽を片付けるような音が聞こえてきた。


「アタシはこれでもちょっと怒っているんだぜ?ギルドとは長い付き合いだ。ギルドを信用せず無責任かつ無駄に金と命を捨てた貴族と教会は嫌いなのさ」


本日6杯目となるビールをついで貰ったフィアンマは、右手人差し指を真っ直ぐ伸ばして「着火」と呟いた。赤と蒼が混じった小指の爪ほどの火が揺らめき、左手に摘んだ煙草に火を灯した。


「あの、フィアンマさん」


主人が同じく人差し指から水を出して煙草の火を消火する。


「煙草は吸わない主義でしょう?カッコつけて火を灯すのは辞めてください」


「……」


フィアンマは拗ねた顔でふやけた煙草をカウンターの灰皿に捨てた。


「しかしフィアンマさんの言うことも最もですよ、ダリウスの旦那。私も今回の依頼を受けられるような知り合いなら、フィアンマさんを除いてあと一人は用意できます。代わりと言ってはなんですが」


グラスを磨き上げた主人が、グラス越しにダリウスを見つめた。


「ギルドの評価は最近になって本当に下がっています。私が聞いた話では、王都から辺境までギルドはならず者の集まりという認識が広まりつつあるそうで。こちらも手を貸す見返りとして、依頼が成功した暁には市民からの人望が厚い貴方自身の発言でギルドの評価を訂正して頂きたい」


「もし私が断れば?」


「その時には……」


主人がチラリとフィアンマを見ると、フィアンマが意味ありげにニヤリと笑って「着火」と呟き、灯した炎を魔力制御で操り不気味な雰囲気を醸し出した。


「……灯した炎をここまで制御するとは、正しくエルフにも引けを取らない腕前だな。エルフには火属性魔法が使えないらしいが」


「だろう?だったらさっきの条件を飲んでおくんだな。朝起きて下半身が炭になっていても知らないぜ」


ケケケッと笑うフィアンマに、周囲の冒険者は「やっぱりいつもの姐さんだな」と納得した。


「いや、私もギルドと教会の確執には嫌気が刺していてね。頼まれなくとも改善の為に努力するさ」


ダリウスの宣言に一応は納得したらしい主人は、カウンターから移動してダリウスを挟んでフィアンマの反対側で飲んでいた僧侶服の青年よ肩を叩いた。


「話は聞いていただろ?ギルドの指定した5人にはヒーラーも必要だ。アンタにも適任の仕事のはずだ」


俯き加減の青年が、怠そうな表情で顔を挙げた。カウンターに置かれたグラスには白い液体が半分残っている。酒が飲めない青年だが、情報交換と牛乳を飲むため週に一度は酒場でミルクをチビチビ飲んでいた。


「え〜、それ僕に頼むんですか?面倒だな……昨日も何処ぞの炎使いさんとワイバーン狩りに行ったせいで疲れているんですよ」


そのセリフに主人がフィアンマをチラリと見ると、フィアンマが目を逸らした。


「しかも教会絡みの依頼で、今まで帰ってきた人すら居ない……情報ゼロってことじゃないですか。普通だったら嫌がります」


グチグチと文句を繰り出しながらグラスをつつく青年の名前はマルクス・オートレッド。ギルドでは貴重なヒーラーとしてパーティメンバー補充要員として雇われることが多いが、本職はアーカルゴナ魔法学院で白魔法を教えることである。しかし給与の問題で、稼ぎ自体はヒーラーとしての活動が多い。


「そこをなんとか。私の知り合いでもアンタは特に腕が立つんだ。金はギルドマスターにも頼んでアンタの分だけ増やしておくからさ」


「金!?どれくらいまで交渉できるんだい?」


食いついてきたマルクスに少し安心しながら、主人は右手で三本の指を出した。


「これくらいだ」


「よし受けた」


マルクスは金に弱いヒーラーということで定評のある人物でもあった。


「あと2人か……教会内部では今回の件で揉め事が発生していて、人員を補う事は難しい。実はここに来る前にツテを頼って連絡した剣士がいてな。そろそろ来る頃合いなのだが」


ダリウスが酒場の隅に置かれた柱時計を見やると、入口の鈴が再び鳴り響き、新しい客が入ってきた。


足にはピッタリとしたズボン、薄い水色のシャツに紺色の革で出来た上着を羽織っている。頭には貴族の剣士がよく被るタイプの中折帽を被っている。


「やあ、遅れてすまない。何分酒場は慣れていなくてね」


微笑みを浮かべながら近づいてくる剣士だが、ダリウスを含めその姿を見た殆どが驚いた事実がある。


明らかな胸の膨らみ、整った顔立ち、流れるような艶やかな金髪。


剣士は女性だった。


「な……レディだったとは聞いていなかったが」


ダリウスが念の為確認を取る。


「確か貴族のご子息に向けて剣術指南を行っている中に、今回の件で協力して頂ける人がいると聞いて親友を通じて連絡したのだが」


「貴殿がダリウス殿で間違いないだろう?なら当たっているさ。私の名前はディオナ・レイ。しがない剣術指南で稼いでいるだけの剣士さ」


ディオナが近づいてダリウスに握手を求めた。


「私の雇用主に話は聞いたと思う。私の腕が必要であれば貸そう」


その剣士に対してマルクスが質問した。


「僕もそこのダリウス殿と一緒に行くことになったんだけど、ディオナさんって強いの?」


「ああ、強いさ。少なくとも剣術の腕前だけなら信じてくれても構わない」


なお疑念の目を向けるマルクスだったが、少しため息をついた後で主人にセルフィナ王国銀貨を一枚弾いてよこした。


「ほらよ、お金払うからこの人の強さを教えてよ」


銀貨を1枚受け取った主人は、カウンターの下から水晶玉を取り出し右手に乗せて目を瞑った。

多くの酒場では、情報を酒と一緒に並べて売る主人が多い。この水晶玉は情報を記録しておく際に用いるもので、俗に「記録水晶」と呼ばれている。実際に情報を記録する魔道具ではなく、使い手が見聞きしたことを思い出しやすくする効果のある魔道具だ。


少しの間目を瞑っていた主人が目を開ける。


「欲しい情報は、そこの剣士が強いかどうかだな」


「ああ、だから銀貨一枚だよ。僕は別にそこの剣士と付き合いたいわけじゃないし、第一追加料金めっちゃ高いでしょ?僕は依頼を受けるならちゃんと強い人と仕事したいだけさ」


主人が頷くと、今度は氷結の魔道具である鈍い灰色の箱から氷を一掴み取り出した。


「ほらよ」


主人がディオナに向かって氷を投げつけた。いきなりの行動にダリウスが咄嗟に庇おうと席を立ったが、それよりも合計6つの氷が砕け散るのが先だった。


「ふむ、氷を投げつける酒場主人とは驚いたが、この程度なら対処出来る」


ディオナがいつの間にか抜いていた細剣を鞘に収めた。


「……これだけ出来れば金級冒険者位の腕前はあるだろうな。保証しよう」


目の前で砕け散った氷を見ていたマルクスは、驚きのあまり口をパクパクさせていた。フィアンマは我関せずといった調子でまた新たなビールを飲み干していたが。


「では、これで4人揃ったことになるが、あと一人はどうする」


「斥候役が欲しいところだね。別にフィアンマ姐さんでも遠距離攻撃は出来るけど、出来れば弓術が使えるやつがいい。接近戦だけのパーティだと離れて戦う相手には不向きだからね」


マルクスとダリウスが話し合っていると、酒場の隅から男が一人こちらに近づいてきた。


「なあ、そちらの皆さん。ひょっとして弓兵をお求めかい?だったら俺なんかどうだい」


男は胸部、肩、手の甲、脚にくすんだ鋼鉄製の鎧を付け背中に弓を掛けていた。腰には矢筒と短剣が提げられており、いかにも弓兵といった服装だ。


顔立ちはこれまた中々に整っているが、軽薄そうな口調も相まって以下にも女性の敵という感じがする。


「ああ、アンタか。生憎と傭兵を雇うような案件じゃないよ」


フィアンマがもう何杯目か分からないビールを空けて男を追い払おうとする。


「待ってくれ、傭兵だというのなら相応に腕は立つだろう。金ならこちらで用意すればいい」


ダリウスがフィアンマを止めようとしたが、フィアンマは首を振った。


「やめといた方がいいぜ。傭兵とは戦争だけの付き合いに留めるのが賢明さ。少なくともギルドの依頼で雇うのは後々厄介事になりかねない。何せ傭兵の要求する代金にはろくな物がないからな……特にゼルベクス自治領の傭兵となると、尚更な」


「あらら、それは酷い評価だな」


チャラけた調子を崩さずにフィアンマの隣に男が座る。


「やあ、ダリウス殿。俺はアルマ・シュタイナー。ゼルベクス自治領所属の傭兵だ。ゼルベクスの傭兵はみーんな強者揃いって聞いたことはないか?だったら確実性のある弓兵として最適な人材だろう」


「代金は、どれくらいだ?」


先程のフィアンマからの忠告を聴きながらも、一応代金を聞いてみるダリウスだったが、アルマの次の一言にまた驚いた。


「代金?要らねえよ。実はさるお方に既に雇われていてね。ダリウス殿の依頼を手伝えってさ」


アルマが腰の短剣を片手で弄りながら笑った。


「依頼人の名前を聞いていいか?」


「いや、言えないな。そういう契約だったんだ」


アルマが手を振って断ると、懐から契約書を取り出した。契約主の名前等の詳細は契約魔術の効果でボヤけて見えないが、確かに「ダリウス・アンジェルナイトの依頼を手助けすること」が契約内容の一部として記されている。


「三等契約書か。傭兵とは契約を大切にすると聞いたが、噂通りのようだな。命までは取られなくとも身ぐるみ剥がせる程度の代価は要求できる格のある契約書じゃないか」


ディオナが契約書に見覚えがあったのか、契約書を手に取り確認した。


「契約内容はしっかり見えないと思うが、雇ってもらっても代金を頂くことは無いさ。約束しよう。なんなら契約書を書き直してもいいぜ?」


ダリウスもディオナから契約書を受け取って無言で書面を見つめていたが、内容を確認し直すとアルマに返した。


「そういうことなら手を貸して貰おうか。ゼルベクス自治領の傭兵団には先の戦争にも世話になったからな。むしろ頼もしい限りさ」



~・~・~・~



こうして5人のパーティメンバーが、ギルドの酒場を通じて集まった。


鉄壁の護りで知られる聖騎士団長

炎の攻撃魔術で敵を屠る金級冒険者

白魔法で仲間の傷を癒すヒーラー

細剣一本で多彩な攻撃を繰り出す剣士

歴戦の傭兵にして百発百中の弓兵


しかしこの中の誰か、であるなどと誰が想像するだろうか。


風変わりなメンバーによる『明星の洞窟』攻略が今、始まろうとしていた。

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