即興話-忍の欲す色-
影宮
忍の目の色は
忍はその蒼に染まった目を見開いたまま、何処か宙を見つめた。
其所に何があるわけでもなく、見つめることに意味を持たせず。
ただただ、その指から滴る血の音と、蒼に魅せられた頭蓋のケタケタという笑い声ばかりが響いている。
忍の足元は百、否、千の屍が山になっていた。
ポタリ、ポタリと誰かの血を、その指は落としていく。
蒼い三日月が、忍の目を表すように、深くまだ沈まぬ。
夜はまだ、終わらない。
忍は振り返る。
背に何があるというのか。
誰も知らまい。
忍の目に何が映ろうか。
地獄を地獄と見ず、人を人と見ず、己は忍である前に、影であると。
ニタリと狂気を持って、その口は三日月に笑んだ。
誰が生きて帰れようものか。
お前を殺す、お前を生きて帰らせぬ。
頭蓋は笑う。
先程まで生きていた頭蓋だ。
忍の蒼は、死後を表す。
死後を操る。
頭蓋に語り、頭蓋を笑わせ、頭蓋へとお前を招く。
お前は今、蒼の目を開く忍の前で何を発する?
言えた口があるのなら、悲鳴がそろそろ引っ張られるだろうか。
走る足があるのなた、今まさに震えているだろうか。
凍てついた空気を食え。
お前の刃は忍を喰らえるか。
忍の蒼に魅せられた先は、あの頭蓋か。
忍の片目は赤に、もう片目は黒を魅せる。
その赤は血を表す。
死を表す。死を意味する。死へと連れ込む。
逃げることも影が許さないだろう。
忍の背後で赤い満月が光る。
逆光は忍の笑みを見せない。
お前に覚悟があるのなら、選べと言わんばかりに、肌に痛みを与える殺気は此処まで届く。
忍の目を捉えた時より、お前に朝日はないだろう。
その黒は絶望を表す。
光を反射することもなく、光を持つこともない漆黒は、どの色にも染まらない。
忍の情の無き、冷たさは時に主にでさえ手に負えぬ。
忍に涙はない。
忍に情なぞない。
お前を殺すのに、何が必要か。
忘れることなかれ。
お前は未だに喰われる側の人間であることを。
忘れることなかれ。
お前が喰う側の人間にはなれないことを。
忘れることなかれ。
忍は常に喰う側にも喰われる側にもなり、お前の首を蛇が如く狙うだろう。
主が命じたならば。
忘れることなかれ。
お前の命は風一つ。
お前の目は影一つ。
お前の刃は霧一つ。
お前は勝てぬ。
それでも立つか。
逃げぬのか。
忍は大層満足気に笑んだ。
蒼でも赤でも黒でもなく、笑んだ。
お前を喰うにはまだ早い。
そう言いたげに。
屍の上でお前を見下ろし、此処に来いと手招こう。
月が何に変わろうと、忍に何を叫ぼうと、お前の先は決まったものよ。
忘れることなかれ。
忘れることなかれ。
忘れることなかれ。
ただ、夢の中、そう響き続けた声は月明かりの上を漂った。
未だ、夜は明けず。
起き上がれば夜風が舞い込んで、涼しいと目を細めた。
何の音もしなければ、何の気配もしないのに。
影は忍んで現れる。
この首に凍てつく指をあて、囁く。
此処で死ぬか、それとも?
それとも?
囁く声は女とも男とも取れず。
さぁ、選べ。
そう催促するように爪が首に痛く食い込む。
忘れることなかれ。
そうもう一度言われた気がした。
立てというのか、死ねというのか。
忍はきっと言うだろう。
此処に来い、と。
答えるべき、答えを口から滑らせれば。
その指はそっと首を離れていった。
振り返れどもそこには影さえあらず、静かな夜は再び訪れる。
否、延々と心の臓が鳴り響き続けるのみとなったのだ。
鈴虫も鳴かぬ。
夜風も揺らがぬ。
嗚呼、嗚呼、嗚呼、もし、この答えを間違うていたならば。
喰われていたのであろう。
あの忍に。
さて、何と答えたか。
忘れることなかれ。
何を答えれば頭蓋になれぬか。
忘れることなかれ。
何を忘れればお前は死ぬのか。
答えは夢の中。
嗚呼、忍は面妖にお前に囁く。
ただの三つを、お前は言えるか。
忘れることなかれ。
風景も、忍も、夢であることも。
お前が喰われる側の人間であることも。
忘れることなかれ。
忍の欲す色はなんだ。
即興話-忍の欲す色- 影宮 @yagami_kagemiya
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