それいけ! 自動人形のだいぼーけん
――魔族領〈宵の国〉。
その地の西方では、南北へ長大に延びる高さ三百メートル超の天然城壁〈
限りなく
〈
そこは魔族軍最高戦力、〈四大主〉が一人、〈三つ
中空構造の塔の内部に
膨大な
だから魔女は、使い魔たちを飼っている。
お
魔女が一体一体丹精込めて縫い上げた、自動人形たち。
今回の主役は、彼らである。
パッパラペッパップー。
「たいちょー」役の人形が、おもちゃのラッパを吹き鳴らした。
「いたぞー、とつげきー」
「「「わー」」」
〈たいちょーの人形〉が小さな手袋で頭上を指差すと、それに合わせて十体ほどの人形たちが歓声を上げて階段を駆け上がっていく。短い手足をいそいそと回し、小柄な背丈には少々高すぎる段差をピョコピョコとよじ登っていく姿が愛らしい。
巨大な塔の内部で何百重と渦を巻く
〈たいちょーの人形〉の指し示した
「? どこどこー?」
「? いないいなぁい?」
「たいちょー、いないよぉ?」
どうやら彼らは何かを探し回っているようだった。
書架から「よいしょよいしょ」と自分の身の丈ほどもある魔法書を引っ張り出して裏を
「むむむー?」
階下の〈たいちょーの人形〉が、腕組みして
「……またどっかいっちゃったー。どーしよー!」
「「「うわーん」」」
***
――数刻前。
「――いいですか、あなたたち。よぉくお聞きなさい?」
「「「なーにー?」」」
ぞろぞろと群がった人形たちが、その声に合わせて
小柄な人形たちの視界にまず映るのは、真っ白な霧のようなローブ。塔の
次に見えてくるのは、艶のある長い黒髪。絹のように滑らかなそれは肩へ背中へと水の
そして最後に見上げた先に飛び込んでくるのは、吸い込まれそうな大きな瞳。どんな宝石よりも美しい
右目にかけられた眼帯が、絶世の美女に
彼ら自動人形の主人、〈西の四大主〉、〈三つ瞳の魔女ローマリア〉その人である。
「
「「「はーい!」」」
腕を広げて言って聞かせる魔女に向け、人形たちが元気よく手袋を振り上げて返事する。まるで母親と、それに引率される小さな子供たちのよう。
「ふふっ、元気があってよろしいですわ。ですけれどね? 今日蟲干しする書架は、いつもと勝手が違っていてよ」
「「「なーんでー?」」」
風に
魔女の
「……〈禁呪書架〉。この〈星海の物見台〉が収蔵する魔法書たちの中でも、とりわけ強い魔力を宿す忌み読書。知性のある者がそれを
「「「?? よくわかーんなーい」」」
人形たちが帽子に両手をやって、広い
「……うふふっ。そうですわね、少し難しいお話をしてしまいましたわね、ごめんあそばせ? それでは、これだけお聞きなさい――あそこの書架から御本を持ち出して、踊り場でお月様に当てて悪いものを
「「「はーい、わかりましたー!」」」
人形たちはその場でピョンピョン飛び跳ねて、全身で肯定を返した。
「ふふっ、お利口さんたちですわ。それではわたくしは〈
ふっと声音を低くした魔女が、腰を
「――そんな悪い子は、大きなお鍋でグツグツ煮込んで、ペロリと食べてしまいますからね? お気を付けなさい……」
「「「わわわー……」」」
冗談のような物言いとは裏腹に、真実射抜くような魔女の眼差しを受けて、人形たちは
***
――そして現在。
「おまえが転んじゃうからだよー」
傷んだ先端にぱっくりと口の開く靴を履いた人形が、隣に立っていた自動人形を両の手袋でポコポコと
「やめてよー、やめてー」
〈傷んだ靴の人形〉に責められているのは、帽子の
「『蟲さん』くっついてる古い『ごほん』、おまえがひっくり返すから『あし』が生えてどっかいっちゃったー! 『ごすじんさま』に怒られちゃうー。おなべでグツグツされちゃうぞー? ペロリと食べられちゃうんだぞー?」
「わーん、やめてー。やめてってばー」
「こらー! ポコポコメソメソやめなさーい」
〈傷んだ靴の人形〉と〈切れ込み帽子の人形〉がヤイヤイとやっていると、〈たいちょーの人形〉がおもちゃのラッパを吹き鳴らした。「パッパラペッパップー!」と気の抜ける音が
「みんなでさがすのー! じゃないと『ごすじんさま』、こわいこわいだよー?」
「「はーい……」」
〈たいちょーの人形〉に怒られた二体が、帽子の先端をシュンと
***
その後続けられた捜索は、難航していた。
「『蟲さん』、いないねー?」
「『あし』の生えた『ごほん』、ないないだねー?」
「こっちかなー?」
「そっちかなー?」
「それともあっちかなー?」
「どっちだろー??」
「「「うーん……うーん……」」」
困ってしまった十体ほどの自動人形たちが、仲良く頭を抱えてフヨフヨと揺れる。
「こらー! うんうんフヨフヨやめなさーい」
階下から監督している〈たいちょーの人形〉が、悩むばかりで手を止めている人形たちに喝を入れる。おもちゃのラッパを振り上げて、プンスカと飛び跳ねた。
「だって疲れちゃったー」
「たいちょー、なんにもしてないじゃんー」
「いいないいなー。『たいちょー』の役、ボクもやりたいー」
「「「ねぇー、かわってかわってー!」」」
行方不明の禁呪書を探し回っていた一団が、辛抱途切れて階段へ身を横たえると、彼らは一斉に「やだやだー!」と
「むー……っ!」
集団サボタージュを食らった〈たいちょーの人形〉が、プルプルと小さな身体全体を震わせる。再び「こらー!」と、小鳥の鳴くような
「――……今日はボクが『たいちょー』の役ってやくそくだもんー! ラッパ鳴らすのボクだもんー! やだやだやだー!!」
突然「うわーん!」と泣き声を上げると、〈たいちょーの人形〉はどの自動人形よりも激しい
「……むぎゅ」
そして、激しく転がり回った拍子に。
〈たいちょーの人形〉が、書架と書架の間にできた隙間へ帽子をめり込ませてしまった。
「……。……わーん! 抜けなくなっちゃったー! たすけてたすけてー」
〈たいちょーの人形〉の小さな靴が隙間から
「もー、なにしてるのー?」
「しょーがないなー」
「わがままだなー」
「「「よーいしょ、よーいしょ」」」
トテトテとその場に集まってきた自動人形たちが力を合わせて、めり込んでしまった〈たいちょーの人形〉を引っ張り出そうとする。
「なんかひっかかってるー」
「いっしょにひっこぬけー」
「もーちょっとー」
「「「うーんしょ、うーんしょ」」」
彼らが大騒ぎしていると、やがて書架の隙間から〈たいちょーの人形〉の
「「「きゃー」」」
勢い余った自動人形の一団が、将棋倒しになってその場へ重なり合う。
「わー、びっくりしたー。みんなありがとー」
フルフルと帽子を振って
その、視線の先に。
「……」
乾いた獣の皮膚のように黄ばんだ表紙に飾られた、分厚い『ごほん』が転がっていた。
開いた書面を下にして、オモテ表紙・ウラ表紙・背表紙の三面を全て上に向けている。『ごすじんさま』に見つかると「めっ」と注意される、『ごほん』が傷んでしまう広げ方。
「あー、いけないんだー」
自動人形の一体が、『ごすじんさま』の言いつけを守って『ごほん』へ駆け寄る。
瞬間。
「§£♯Å∬」
『ごほん』が、
続けざまに、『ごほん』がゆらりと立ち上がる。昆虫のように細長い六本の『あし』は肉感が皆無で、ペラペラに薄い。所々で途切れているようにも見えるそれは、よくよく目を凝らせば書面から
〈切れ込み帽子の人形〉がひっくり返してしまった禁呪書が、それを探す彼らの前に再び姿を現したのだった。
『ごほん』と自動人形たちが、しばし無言で見つめ合い――
「「「……『蟲さん』、みーっけ!」」」
彼らは一斉に手袋で『ごほん』を指差して、キャッキャと歓声を上げた。
「つかまえろー! それー!」
「「「わー」」」
パッパラペッパップー!
〈たいちょーの人形〉がおもちゃのラッパを思い切り吹き鳴らし、自動人形たちが一斉に蟲憑きの禁呪書へ飛びかかった。
***
「¶∽∂*∑;」
蟲憑きの禁呪書が、「文字」で作り出した細長い六本足をワラワラと
「とつげきー、とつげきー!」
奇抜な容姿で逃げ走る蟲憑きの禁呪書と、
が。
「『やりへー』、いきまーす」
禁呪書がちょうど、人形たちの集団より半周りほど
人間の成人男性が両手を広げた程度の長さの、おもちゃの槍である。
「ねらってねらってー……それー!」
ヨタヨタとおもちゃの槍を振りかぶると、人形はヒョイとそれを放り投げた。
――ギュオン!
そのおもちゃが人形の手を離れた瞬間――鋭い軌跡を描いて、「本物の槍」が空を裂く。
ドスッと鈍い音を立てて、
無邪気な言動を取っていても、そこは〈三つ瞳の魔女〉が直々に縫い上げた人形たちである。ただ
槍は蟲憑きの禁呪書の『あし』を一本切断することに成功する。が、本体は
「⊇∈∵ゞ」
人形たちが追撃をかけるより先に、己に迫る危機を感じた禁呪書は塔の中心、中空の
ヴヴヴヴッ。と、不快な羽音。
開かれたオモテ表紙とウラ表紙から「文字」でできた
「あー! なにそれー!」
「ずるいずるいー」
「いいな、いいなー」
一生懸命に上り階段を追いかけていた人形たちを置き去りにして、禁呪書は一転階下への逃げ道を切り開いた。取り残された自動人形の集団は
「……むぎゅ!」
そして幸か不幸か、蟲憑きの禁呪書の降下地点に一人居合わせていたのは、階下で「がんばれー」と声援を送っていた〈たいちょーの人形〉だった。
「わー、たいちょー、すごいすごい!」
「『蟲さん』捕まえちゃったー」
「『ごすじんさま』にバレちゃう前に、おかたづけ、おかたづけー!」
そのまま
奇妙なラッパの音が
あの聞いていると気の抜ける、おもちゃのラッパの音色ではない。
それは本式の管楽器に迫る迫力。気品高く、
不気味な音色に合わせ、「パラパラ」と
禁呪書――忌み読書。知性あるものがそれを広げたが最後、知識の有無を問わずに“読まされてしまう”呪いの書物。
たとえ自動人形であろうと、その例外とはなり得ない。
ゴッ。と、階下の空気が膨張して塔の
〈たいちょーの人形〉に己を読ませた蟲憑きの禁呪書が、そこに書かれた古い術式を起動する。
青く冷たい月明かりの差す、その影に。沈んだ
万物を焼き払い、永遠に燃え続ける天の炎――その禁呪書の名を、〈
ひとたびそれが地上へ
「わわわわ……」
「ど、どーしよー」
「『ごすじんさま』におこられるー……」
「おなべでグツグツの、ペロリだよー……」
階上の人形たちは、どんどん強くなっていく「真夜中の日の出」の光を
〈たいちょーの人形〉も、演算能力を全て禁呪書に乗っ取られて、
万事休すかと思われた……そこに。
「ボクがいくー!」
階下から照り上げる逆光を受けてのっしと立ち上がる、小さな人影が一つあった。
〈切れ込み帽子の人形〉。禁呪書〈
「おまえじゃムリだよー」
弱音を吐いてみせるのは、彼のことをポコポコと
「弱虫のおっちょこちょいに、できっこないよー」
「だまらっしゃいっ!」
〈傷んだ靴の人形〉が、その声に驚いてピョイっと跳び上がった。眼前には、〈たいちょーの人形〉よりも堂々と胸を張り、手袋を腕組みさせて仁王立つ〈切れ込み帽子の人形〉の、覚悟を固めた男の風情。
「おまえ……」
「ここで逃げたら、ダメなんだよー! 『でなければ、私はアイツに合わせる顔がない!』 だから、ボクがいくったらボクがいくー!」
一瞬、〈切れ込み帽子の人形〉の舌足らずな口調が、異常に
「……よーし!」
「やるぞー!」
「がんばるぞー!」
「「「えいえいおー!」」」
滅びの日の出を背に受けて、人形たちが小さな拳を振り上げた。
***
「Å∽§∑ゞ*∵¶∬♯∂;⊇∈£」
〈たいちょーの人形〉を押し倒した蟲憑きの禁呪書が、「文字」でできた『あし』で人形の小さな身体を押さえつけ、パラパラと猛烈な勢いで
不気味なラッパの演奏は鳴り
ラッパの独奏が終わったときが、消えない業火に世界が燃え上がるとき。
そんな中に。
「「「うーんとーこしょー」」」
世界の危機の真っ最中に、無邪気な声が混ざり込んだ。
「「「どっこーいしょー」」」
何とも脳天気で、ともすると楽しそうでもある子供たちの声。
「∵ゞ¶*?」
蟲憑きの禁呪書が、その
「うー! ゎーぃ……」
声が前後に、行ったり来たり。
「もっとブラブラってしてー、もっとー」
「ほいきたー」
「「「よーいせ、よーいせ」」」
人形たちのその小さな身体では、
〈切れ込み帽子の人形〉の勇気に奮い立った自動人形たちは、奇策に打って出たのだった。
十体ほどの人形たちが互いの靴を
空中ブランコの要領で、掛け声に合わせて人形たちがそれぞれ身体をブラブラ揺らせば、先頭の人形は猛烈な速度で空中を往復する。
「「「きゃー、たのしー!」」」
目的も忘れて、何体かの人形たちがキャッキャと楽しそうに声を上げた。
「こらー! キャッキャしてちゃダメー」
〈たいちょーの人形〉に代わってそう叫ぶのは、連結の前から二番目で揺れている〈傷んだ靴の人形〉。
「「「はーい、ごめんなさーい……」」」
「よろしー」
後列がシュンと黙り込んだのを 見てから、うむりと
彼が足を
〈傷んだ靴の人形〉が、モジモジとしながら口を開く。
「あのねー、ビリビリ帽子ー」
「なーにー? ボロボロお靴ー」
「弱虫なんて言っちゃて、ごめんねー?」
〈切れ込み帽子の人形〉が、後ろを振り向く。
「ちがうよー? 『蟲さん』お外に出しちゃたの、ボクのせいだもんー。ちゃんとおかたづけ できない子は、『ごすじんさま』に『めっ』ってされちゃうんだよー?」
ケロリとしている彼の口調は、ポコポコと
〈傷んだ靴の人形〉も、それに釣られてぱぁっと元気を取り戻す。
「おなべでグツグツ、やだもんねー?」
「ペロリと食べても、ボクたちおいしくないもんねー?」
仲直りした人形二体が、クスクスと互いに笑い合った。
「「だからちゃーんと、おかたづけしなくっちゃー」」
……。
「「「いーち、にーぃの、さーん!」」」
一際大きく揺れた人形たちの振り子が、頂点に達する。
「――それいけー!」
〈傷んだ靴の人形〉が〈切れ込み帽子の人形〉の靴を手放し、その背中を声援とともに押し出した。
「えーーーーーーーい!!」
〈切れ込み帽子の人形〉が、詠唱を終えようとしている禁呪書〈
……自動人形。
…… 一針一針想いを込めて縫い合わされた人形たちには、魔女の思い出と感情が詰まっている。
……特に、“最初の人形”である彼には。
……それは呪いか。恨みか嫉妬か。あるいは祈りの感情か。それとも――。
……魔女自身にも無意識のうちに、その想いは彼の武器へと具現する。
――ギュオン!!
魔女の両腕にすっぽりと収まってしまうほどの大きさだった〈切れ込み帽子の人形〉が、
……魔女の使い魔。その正式名称を――〈
――カチン。
「……」
〈切れ込み帽子の人形〉は、本来の姿で
彼が振るう、魔女の想いを形とした武器――。
――それはかの暗黒騎士、〈東の四大主〉、〈魔剣のゴーダ〉の振るう〈カタナ〉に、
「∂¶ゞ∑∈……」
「文字」でできた全ての『あし』を一刀両断された禁呪書が、ふらりと倒れる。
その先には、天窓から差し込む月光の青白い舞台。
パラパラパラパラ。
猛烈な勢いで禁呪書の
いつの間にか元の小人の大きさに戻った〈切れ込み帽子の人形〉が、月光を浴びた禁呪書へトコトコと近づいて、手袋でツンツンと突き回す。その背後では自律回路を再起動させた〈たいちょーの人形〉が、「うーん」と目を回しながら起き上がるところ。
「……『蟲さん』、やっつけたー!」
〈切れ込み帽子の人形〉が、
「すごいすごーい!」
〈傷んだ靴の人形〉が、
「やったやったー!」
「かっこいいー!」
「ばんざーい!」
他の自動人形たちも小鳥のような声で騒ぎ立てる。そして最後の「ばんざい」に合わせて
「「「きゃー」」」
――魔女の使い魔、自動人形たち……禁呪書〈
***
「あなたたちぃ? お仕事は片付きまして?」
塔の最上層部から
〈禁呪書架〉に目を向ける。
しかし魔女の呼びかけに、「はーい」と返事する声はない。
「? 坊やたちぃ?」
小首を
そして。
「……あら、まぁ」
書架の陰を
……。
「ぐー、ぐー」
「すやすや……」
「すぴー……すぴー……」
むにゃむにゃと寝息を立てながら、自動人形たちが山のように折り重なって眠りこけていた。
まるで遊び疲れて、そのまま寝入ってしまった子供のよう。
「……ふふっ」
それを見て思わずクスリと笑った魔女が、冷たい夜気に羽織っていたカーディガンをスルリと手に取る。
「何だか知りませんけれど、お疲れ様でしたわね。ゆっくり、おやすみなさい……」
カーディガンをそっと人形たちにかけてやると、魔女は〈切れ込み帽子の人形〉に顔を近づけた。
……。
「……? ごすじんさま……?」
人形が、寝ぼけた声で主人を呼ぶ。
魔女は「しぃー」と唇に指を当てると、
次の瞬間には、〈西の四大主〉の姿は跡形もなく消えていた。
……。
少しだけ〈魔剣のゴーダ〉に似せて作ったその人形に、魔女が口づけしたことを知る者は、この世界のどこにもいない。
【書籍化記念SS】宵の国戦記 最強の暗黒騎士は平穏に暮らしたい 長月東葭/DRAGON NOVELS @dragon-novels
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