第8話 登山妖精、最後に笑う。(完)

   ☆


 月曜の昼下がり、繁華街のカフェ。

 普段はまばらな人影は、今日に限って見当たらない。

 何かがあったでも、人払いをしたでもない。

 他ならぬミヤが、この状況を望んだのだ。

 その位の芸当、できるに決まっている。


 「それで、どの山に行くつもり?」


「あ、お金は心配ないよ! 当てはあるし、貯金もいっぱいだから!」


 おかーさんにも許可とってるし、そんな聞いていない事まで付け加えてくれる。

 さすがの私でも、これに引っかかるのはむずかしい。


 「行き先は?」


「――えっと」


 「?」


「カラコルム――」


 小声で、「の一番高いところ」とも。

 頭が痛いことに、それが冗談でないことは分かる。


 「なんで先に言わないの!?」


「いや、ニアちゃん断るかな、て――」


 「エベレストどころじゃないでしょ! そんなに人を殺したいわけ……!?」


 カラコルム主峰、K2。

 世界第二のこの山は、エベレストを上回る難易度で名高い。

 エベレスト登山の死亡率は延べ2%。

 一方で、K2のそれは27%に達する。

 しかもK2に行くのは、登山の精鋭しかいない。


 「確か300人挑んで80人、ほぼ4人に1人が死んでるでしょ。ほとんど戦場じゃない……」


「あ、その数字はちょっと違うよ」


 「何が」


「登ろうとした人数、もうちょっと減るはずだよ」


 分母が減り、分子の方はそのまま。

 それはつまり、


 「……余計あぶないって事じゃない」


「そこまであぶなくは無い、と思うよ――せいぜい10%」


 「その数字はどこから?」


「えっとね、あたしが97%でニアちゃんが92%。掛けるとそのくらい」


 たぶん、ではあるけれど。

 その数字は、きっと正しいのだろう


 「……ミヤでも、100じゃないのね」 


「うん、3はニアちゃんを守る分だからね」


 笑顔でそう言われて、なんと返せばいいのだろう。

 そうしてミヤは、右手を差し出す。


「きっと、ニアちゃんも面白いよ――だからさ、一緒に山、行こ?」


 ミヤに向かい、私は右手を伸ばす。

 ひとまずは……ミヤの右手を取るために。   (第一部・完)

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標高8000mの セイレーン 祭谷 一斗 @maturiyaitto

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