スーツ×ランドセル


 一つのベンチに男女が二人。

 物語であれば、きっとロマンチックなシーンになっていることだろう。

 しかし、そのベンチに座る主人公である大輝は、背中に冷や汗を感じていた。

 隣にいる少女は、目を輝かせている。

 大輝の周りに女子小学生はいないため、この未知の生き物に恐怖しか感じない。

 きっと、からかわれているのだ。

 今時、見知らぬ人間に話しかけてくる小学生なんて都市伝説レベルだ。

 ――もしかして、どこかにおまわりさんが居て、俺、逮捕されちゃうんじゃ!

 よからぬことを考え始めたら止まらなくなって、隣の少女が大輝の腕を引っ張った瞬間変な声が出てしまった。

「ねえ、なんさい?」

「に、二十五ひゃいです」

 思い切り噛んだ。

「あとね、なに座? 血液型は?」

 なんでそんなことを聞くのだろう?

 大輝がしどろもどろになっていくのと反対に、少女は嬉々として矢継ぎ早に訊いてくる。

「い、いて座でO型……」

「お名前は?」

「えぇーっと……なんで、そんなこと訊いてくるのかな?」

 もう勘弁してくれ、と心で思いつつ、少女の意図を確かめるべく訊き返す。

 すると、少女は雑誌を大輝に突きつけた。

 ――なになに、『今年出会う運命の男の子!』?

 雑誌から顔を上げると、ツインテールの髪を指で遊びながら、少女は伏し目がちに大輝を見つめた。

「えぇーっと……見つかるといいね。運命の男の子」

「見つけたもん! カコの運命の男の子!」

 少女の人差し指は真っ直ぐ大輝を指していた。

「いやいや、おにーさん小学生とは付き合えないからね!?」

「じゃあ、なんさいなら付き合えるの!?」

 何歳ならって、何歳なら?

「お、大人になったら……かな?」

 少女のくりくりした大きな目に、涙が浮かぶ。

「泣かないで! ね!?」

 ――泣かせたら、マジで捕まる!

「だって、しゅきなんだもぉん! 運命の男の子だもぉん!」

 初めて、人に好きと言われた。

 涙を堪えながら必死に伝えてくる様は、とても愛おしい。

 しかし嬉しい反面、年齢の差に悲しくなる。

 ――俺が小学生か、君が成人してたら応えてあげれたのになぁ。

「……十年経って、君がまだ俺を好きだったら考えておくよ」

「ほんとぉ?」

「うん、本当。ほら、もう帰りな」

「またね!」

 きっと君の望む“また”は来ないだろう。大輝はそう考えて少女を見送ったあと、自分も公園を後にした。



 そして、社に戻って数時間後。

 今日は残業もなく帰れると、浮かれながらタイムカードを切ると、視線を感じた。

「えへへ、来ちゃった」

 昼間の少女が、そこにいた。

 ツインテールを揺らしながら、大輝の腰元にしがみついてくる。

「え? は? なんで?」

 思考がそのまま口からぽろぽろ落ちていく。

「ここ、パパの会社なんだよ」

「社長の……娘さん?」

「そうなの!」

 そんなことも知らずに大変な約束をしてしまった。

 頭を抱えてうずくまった大輝に、そっと擦り寄って少女は笑った。

「すぐに追いつくから待っててね! 大丈夫! カコめっちゃ一途だから!」

「いや……あ、うん……」

 ――それ、なぐさめじゃないよ。傷口に塩だよ。

 俺、十年先まで彼女出来ないのか、と暗すぎる未来に大輝の目から涙がほろりと落ちた。





 十年後。十八歳になったカコは、純白のドレスを身に纏って「ほらね」と笑った。

「私達、運命の人だよ。」





おわり

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スーツ×ランドセル 美澄 そら @sora_msm

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