なんか最近あの遺跡にやばいのが住み着いてんだって。

 そんな根も葉もない噂話を、ギルド『バステト』はあまり本気にしていたなかった。探索クエストに赴いた冒険者パーティが三回連続行方知れずになったとき、ようやくその異常に気付いたのだ。王都からの正規調査隊が全滅した時、その脅威は確たるものとなった。


「今すぐクエストの募集を中止します」


 初心者用の探索にもってこいな遺跡は、ほんの少しのブーイングとともに出入り禁止となった。あの遺跡に妙な愛着を持っていたならずものが殴り込みをかけてきたこともあったが、受付嬢サバンナの無刀極心夢想拳にて昇天した。あれは必要な犠牲だったのだ。


「あのサバンナちゃんが拳を出したらしい」

「マジか、やっぱり諦めるかねえ……」

「えーあたし剣忘れてきちゃったんだけどー」

「サバンナちゃんが言うならしょうがないよ」

「サバンナたんはあはあ」


 変態は、突然現れた。女性専用ギルドに堂々と踏み入ってきた変態。その外見のあからさまな変態ぶりに、歴戦の受付嬢もドン引きする始末だった。

 女性専用ギルドは、サバンナが敬愛する先輩の悲願だった。この町では男尊女卑の差別が根強く残っていて、女は男の奴隷として生きるのが当たり前の価値観だった。その悪習を打ち砕こうとした先輩は、男たちにひどい目に合わされて死んでしまった。そんな悲劇がこの町の女たちを立ち上がらせたのだ。男女完全区別社会。歪ながらも、それでも安全な人生を勝ち取れたのは、ほんの数年前のことだ。


(それを、この変態はぁ…………ッ)


 怒りで脳味噌が沸騰しそうだった。そして、この町には男女不可侵を破った奴はぶっ殺していい規則があった。しかし、サバンナは歴戦の猛者ゆえに動けなかった。この男、あんなナリで出来る。確実に返り討ちにあう。だから、あの魔窟と化した遺跡に送り込んだのだ。


「あー、あたしの相方知らない?」


 三日後、鉄の日傘を手にその女は現れた。

 ひどい腐臭だった。皮膚はどろりと融解し、中の肉が見え隠れしている。緑色だった。ぶんぶんと飛び回るハエを鬱陶しそうに手で払いながら、謎の腐り女は目をこちらに向ける。そうして、やたら頑丈そうな鉄の日傘を床に下ろした。女性ならば歓迎する、といっても……さすがに死体の女は如何ともしがたい。


「……どういった、お方、でしょうか…………?」


 それでも、営業スマイルを崩さなかったサバンナは受付嬢の鑑である。アンデッド。その噂だけならば数多くの人が知っていた。しかし、実物を見るのはごくごく少数に限られる。見ただけで分かる悲惨さ。この強烈なインパクトだけが人々の伝聞で広まったのだろう。

 生きる死人。死んだ生者。果たしてどちらか。


「男、変態だ。顎がしの字にしゃくれ「ああ、ああ、はいはい、あっちの遺跡ですいってらあ!!」


 変態一味であれば容赦ない。とっとと追い出すに限る。腕に覚えがある拳法家サバンナには分かった。この女、腐っていても出来る。


「ンー、あいよ」


 その後、遺跡が崩壊したと聞いた。

 後日、脅威が消滅したと確認された。

 サバンナちゃんは受付嬢を止めてお花屋さんになった。




――――


――




「よー生きてるかー?」

「おお……我が腐れ縁たる相方、ゾゾよおお!!」


 血濡れのムケツがゾゾに抱きついた。鉄の傘をテコにして、瓦礫を淡々と掘り起こした彼女がようやく彼を掘り起こしたのだ。よほど不安だったのだろう。腐敗した肉体に抱きついて頬をすりすりしてくる。ゾゾは頬掻きながらそっぽを向いた。


「……ほんと、頑丈だよなー」


 手足はベキバキにへし折れてあらぬ方向を向いている。臓器の幾つかは破裂してそうだが、心臓が無事ならば問題ないだろう。回復魔法の一つでもかけてやればよさそうなのだが、あいにくゾゾに魔法の心得はない。


「ああ、鍛えているからな!」


 鼻の穴からぴゅ~と血を吹き出させながらムケツが笑った。壊れたマリオネッタみたいな有り様で元気なものである。とにかく死ににくい、というより全滅しない。そんなしぶとさこそがムケツと愉快な仲間たちの真骨頂。

 しかし、よく死にかける。こんなことが日常茶飯事だ。


「お前、大魔王倒し損ねてたんなら言えよなー」

「すまない……知られると恥ずかしくて」

「そんなんで、国から逃げたのか?」

「ああ、どうにも気まずくてね! 大魔王が帰ってくる前に、さ」

「…………ほんと、無鉄砲」


 どうせ回復までは何ヵ月かはかかる。慣れているゾゾは、準備よく持ってきていた台車にムケツを乗せて運ぶ。


「おいおい、我が腐れ縁よ。君は僕と来る必要なんてないんだぜ?」

「阿呆。お前、腐れ縁って意味知ってるか?」

「え、ゾゾは腐っているから腐れ「誰が、腐って、いるって?」


 ムケツがしゅんとなる。


「ま、なんだかんだなんとかなるだろ」


 光。三日ぶりの太陽の光。夜明けだ。

 日傘がひん曲がって開かない。


「ぎゃあああああああ溶けるぅぅぅぅぅううううう!!!?」

「ゾゾ! ゾゾ! しっかりするんだ! せめて僕を安全なところに!」



 大魔王メチャワルーイヨを討伐した(と言われている)勇者ムケツ。

 アッチーノ王国の英雄の、その後の姿を知るものはいない。突如として姿を消した勇者に国民は一時騒然となった。だが、そんな騒ぎも七十五日。どうでもいいや、と忘れられていく。あの無鉄砲はきっとどこかで元気にやっている。だから、気にするようなことではないのだ。


 どこかで。

 (自称)完全無欠の大英雄ムケツ=カンゼンは腐れ縁の相方と楽しくやっているだろう。ボスを倒したらしい彼は、確かに宝を手にしていた。




――ここまでの冒険が何よりの『宝物』であるッ!

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【TRPG「風」ストーリー制作場】勇者ムケツ=カンゼンの(自称)パーフェクトサクセスストーリー ビト @bito

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