赤い薔薇を使って。
タッチャン
赤い薔薇を使って。
「赤い薔薇を使って!」
20年という歳月を花屋の仕事に捧げた統括、頭領、首領、世界の実権を握る者、地球を作り人類を創造した者、もとい、この小さな花屋の主のサエコの悲痛な叫び声が店内に響き渡る。
バイト歴4ヵ月のタツヤはその声にビクッと反応して自分の手元を見た。
客から誕生日祝いの花束を作るよう依頼され、ピンク色の薔薇、ピンク色のガーベラ、オレンジ色のカーネーション、白色のスイートピー、白色のかすみ草、淡いピンク色のラナンキュラスをスパイラル状に組んでいた。
ハッと我に還り、隣で別の客から依頼された母の日用の花束を作っているサエコに、すみません!と、珍しく忙しい店内の雰囲気に圧倒され、焦りながら謝る。
彼はサエコから嫌という程聞かせられていた、
「このお店はイベントがある時はすっごく忙しいん
だよ。タツヤ君には早く一人前になって私と一緒
に頑張って欲しいかな。母の日が一番忙しいか
もしれない。一緒に乗り切ろうね!」という言葉
を忘れかけてたのである。
「タツヤ君、さっきも言ったよね?
今日も赤い薔薇を使って欲しいって。」
この小さい花屋の主、サエコは大勢の客には聞こえない小声で、だが彼の耳に、頭に、心に響く様しっかりとした口調で言った。
彼はもう一度心から謝罪して、作業台から離れ、色とりどりの、様々な花が一国の主の様に鎮座する大型冷蔵庫────キーパーから赤い薔薇を取り出し、花束からピンク色の薔薇を取り除き、代わりに赤い薔薇を花束に組み直す。
依頼主は注文してから20分も経過している現実を受け止めようと、腕時計と作業台を交互に見ていた。
冷ややかな視線を感じながら、彼は組み直した花束を最終確認の為、サエコに見せて、焦る気持ちを抑えながら言った。
「ピンクや白がメインなので赤バラは浮いている様
に感じますがサエコさんはどう思いますか?」
サエコは苛立ちを心の奥底に、いや、彼女の心の中に苛立ちは見受けられない。
愛情が籠った声で言った。
「他の花を赤系にすれば大丈夫だよ。」
彼に助言した後、店のドアが開くと心地よい鈴の音が店内に響く。
「あっ、アオタさん!いらっしゃいませ。
いつも有り難うございます!
娘さんにお渡しするブーケですよね!
只今込み合ってるので少しだけお待ち下さい!」
30分後、店の中は落ち着きを取り戻した。
「いやーバタバタしてましたね。サエコさんの言う
通り、今までで一番忙しかったです。」
「そうだね。よく頑張ったね。お疲れ様。
やっぱり若いっていいなー。テキパキ動けるんだ
もん。ほんと羨ましい。
そうだ、仕事終わったら飲みに行こうか?
軽く打ち上げしようよ。お姉さんの奢りだよ。」
「やった!ご馳走になります!楽しみだな。」
窓から日の光が射しグズマニアやシクラメン、季節外れのポインセチアや胡蝶蘭といった鉢物たちが輝き、見つめ合う二人を優しく包み込んで、穏やかな時間が流れていった。
彼女は作業台から離れ、大きなキーパーの中をため息をついてガラス越しに見つめた。
チューリップは隅の方で大人しく佇んでいて、その隣で目立たないがだがしっかりと存在感を出してるトルコギキョウが微笑み、金魚草とストックは双子の様に仲良く互いを見つめ合い、自らが主役だぞと言わんばかりの大輪のガーベラとカーネーションが舞台の真ん中に踊り出ていた。
だが彼らは隅の方に追いやられていた。
この神聖な場所を占拠するは500本の赤い薔薇。
彼女は堂々と居座る赤い軍隊を眺めていた。
「赤バラ、減りませんね…」
後ろから声をかけられハッと我に還り、振り向くと彼の表情には苦笑いが浮かんでいた。
彼の言葉に少しだけ嫌悪感と恥じらいを含み、
この小さな庭園の主は顔を赤くして言い返す。
「誰かさんが10コも年上のおばさんに、す、好きで
す何て、こ、告白するから発注ミスしたのよ。」
恥じらう姿に彼の心はまたピンク色に染まる。
「すみません。でも僕は本気ですよ。
サエコさん、返事を聞かせてくれませんか。」
十字軍を沸騰させる赤い薔薇の軍隊は二人を静かにずっと見守っていた。
花に包まれた小さな世界に喜びの歓声が響くのはもうすぐかもしれない。
赤い薔薇を使って。 タッチャン @djp753
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