動作を交えた描写方法(動作連動描写法)
現在執筆中の「双子地球」の方が忙しく更新が滞っていましたが、こちらも久しぶりに更新させていただきます。
今までに何度も強調していることですが、小説は文字を媒体とした表現手段です。
文字が図や絵と異なるのは、一度に一つの情報しか提示できないという点です。そのため、何気ない情景描写であっても、一言で書いてしまうことはできず、必ず複数の描写を組み合わせる必要が生じます。
しかし、描写を行う際には注意しなければならない点があります。
それは、描写する順番です。
小説が使っている素材はすべて読者の頭の中にあるため、理解しやすい描写を行うためには、連想しやすい順番が大切です。
人間が物事を理解する時には、常に0から理解するのではなく、断片的に聞いた単語からイメージを湧き上がらせ、そのイメージをくみ上げることによって理解を行います。
つまり、既知の事柄であればあるほどイメージを組み上げるのは容易になるのですが、
極端な話、情景描写というのは何をどんな順番で描写しても構わないため、読者側が予想を立てながら読むというのが困難であるという問題点があります。
では、どうすれば良いのでしょうか。
ここでは、『イリヤの空 UFOの夏』第一巻ラブレターより、浅羽がイリヤの鞄を探ったときの描写を取り上げます。
①
②留め金を外した。
③鞄を立ててふたを開けた。中をのぞき込む。④右半分には真新しい教科書と色気のない
⑦まずは鞄の方を先に調べてしまおうと思って、ポケット状の仕切りの中を手で探った。
⑧パスケースが出てきた。
⑨開ける。
⑩中には、得体の知れないカードが四枚。
⑪うち一枚は、園原基地のゲートが発行する通行許可証のようなものらしかった。⑫プラスチック製で、指では容易に曲げられないくらいにぶ厚くて、カードの裏には機械で読み取る磁気面がある。⑬表には伊里野の顔写真がついており、わけのわからない数字や略号と並んで、おそらくは基地居住区内の住所と思われるものが記入されている。⑭「氏名」の
秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏 その1』ラブレター p111
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885579795/episodes/1177354054885616297
一見して分かるのは、このシーンではあくまで『浅羽が鞄を探る動作』に連動する形で描写が行われているということです。
鞄を探る動作は『人間の身体』『鞄の構造』という拘束条件があるために、動作が制限されて読者にとって予想がしやすいものになります。
そのため、動作に連動した描写は、次に何が描写されるのかを予測しやすく、理解しやすいものになります。
留め金を外し、ふたを開け、中を覗き込む。その動作は極めて自然なもので、およそ鞄を開けた経験がある人物なら誰でもこの描写順は予測が立つのではないでしょうか。
そうしてもう一つ、中を覗き込めば、どうなっているのか、読者はそれが気になるはずです。
これがQ&Aの構造になっているということにも注目が必要です。
質問に対する答え、というのは人間の脳が非常に理解しやすい構造です。
それは、人間の脳が基本的に知識の関連づけによって新しい事柄を理解する構造になっているからです。
質問によって、人間は新しく入ってくる知識を収めるべき場所を活性化させます。そうして、脳が活性化している最中に答えを与えることで、人間の理解が促進されるのです。
一般的に会話文は理解がしやすく情景描写が理解をしにくいと言われるのは、このことが関係しているのだと思われます。
ここで扱われているのは厳密にはQ&Aではありませんが、『中をのぞき込む』という描写には『じゃあ中はどうなっているの?』という質問が隠れており、このようにして描写を引っ張ることで退屈しない地の文を作り上げることができるのです。
この短い文章の中で『中』という言葉が③⑤⑩と三カ所も登場しているのは、Q&Aの構造を多く作り上げるための工夫の一つだとも考えられます。
また、⑥や⑪⑯などのように、推測や疑問を用いて確定的な答えを語らない描写を行っている点にも注目が必要です。
このような描写によって、読者は浅羽と同じように頭を働かせ、イリヤの正体について疑問を深めていくことになります。
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