妄想描写による独白の緩急

 3人称の小説において、セリフではない地の文は、ともすれば事実の羅列となり、ときに読者に対して想像力を要求することもあります。

 

 そのため、地の文の多い作品を読みにくいと感じる読者も多くいるかと思います。特に、ライトノベルの世界では、若年層の読みやすさに配慮してセリフを多用するという表現手法を用いた作品も多く存在します。


 その中にあって、秋山先生の小説は、決してセリフが多いという印象は受けませんが、地の文自体に平坦さは全くありません。

 ここでは、地の文に緩急をもたせるための手法の一つとして、ここでは、イリヤの空UFOの夏『ラブレター』の冒頭から、伊里野が転校してきた直後の伊里野の正体についての妄想を取り上げます。



 本来ならば、身に危険が迫っている可能性も捨てきれないこのシーンで、浅羽は、破天荒なキャラクターである部長の受け売りで、転校生が宇宙人だと断じ始めます。


 全体のストーリーからすると必ずしも突拍子もないわけではないこの発想ですが、テンプレートとして選んだ『宇宙人像』のあまりのトンデモぶりと、新聞部のエキセントリックな活動が相まって、ここでの妄想は徹頭徹尾コメディとしての描写になっています。


 同じ描写をするのでも、水前寺や新聞部、宇宙人という題材がなければここまで陽性な描写はできないでしょう。

 

 以下、細かく見ていきましょう。



 ①そうに決まっていた。


 ②あの子は宇宙人だ。③やっぱり部長は正しかった、園原基地はUFOの基地なのだ。 ④宇宙の彼方からやって来たUFOが秘密裏に着陸するための場所なのだ。 ⑤宇宙人と政府の偉い人たちが同じテーブルで話をしているのだ。 ⑥来るべき「開戦の日」に備えるために、政府の偉い人たちは宇宙人の進んだ技術を手に入れようと躍起になっているに違いない。 ⑦ところが、宇宙人たちはヘリウムガスを吸ったような声で「アナ夕方人類ガ戦争ノ放棄卜世界平和ヲ実現シタソノ暁ニ全テノ技術ハ提供サレ、地球ハ宇宙社会ノ一員トナルノデス」とか何とか言うのだ。⑧どの本を読んでもそうだ、宇宙人というのはなぜか地球の平和をすごく気にするのだ。⑨宇宙人たちは北の偉い人たちとも同じような話をしているに違いない。⑩戦争がいつまでたっても始まりそうで始まらない理由もそれだ。どちらの陣営にとっても宇宙人の技術は決定的な切り札になり得るから。⑪事を起こすのならそれを手に入れてからにしようと両方が思っているから。⑫膠着状態は長く続き、そして宇宙人たちはついに具体的な行動に出た。⑬人類社会のありとあらゆる場所に人間に化けた無数のエージェントを放ったのだ。彼らの任務はひとつ、人類の本性をその目で直接確かめること。⑭果たして人類は平和を愛する知的な種族なのか、それとも同胞殺しに明け暮れる野蛮な種族なのか。⑮もし調査の結果が後者と出れば、地球はすぐさまUFOの超兵器で木っ端微塵にされてしまうのだ。⑯絶対そうだ。⑰伊里野と名乗るあの女の子もエージェントのひとりなのだ。


 ⑱「中学生」担当の。


           秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏 その1』p80

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885579795/episodes/1177354054885616292


①②では、伊里野が抱える様々な不可思議要素がすべて忘れ去られ、一足飛びに『あの子は宇宙人だ』という結論に飛びついています。


 実は、考えてみればここまで伊里野が示してきた特異性は、手首の球体、大量の薬を飲んでいる点、謎の黒服、その後の記憶の断絶と、決して宇宙人的な要素が強いわけではないのです。


 そのため、浅羽の発想はただの妄想として片付けられてしまってもおかしくない突飛なものになっています。

 しかも、その次の③で、この話を権威付けする相手として選んだのが、水前寺邦博であるという点も、さらにこの話を怪しげなものにしています。

 

 そうして、浅羽の妄想は、いつしかテンプレートとして面白おかしく語られるトンデモ世界の話として飛躍していきます。

『来るべき開戦の日』『政府の偉い人たち』『宇宙人の進んだ技術』と、分かってるんだか分かってないんだか分からない抽象的な表現が続きます。


 それに対して答える『ヘリウムガスを吸ったような声』の宇宙人。

 ここまで行くと、完全に与太話です。


 ただ、ここで重要なのは、始まった妄想に権威付けをするために、次々に怪しげな連想をたくましくしていくことです。


 そして、その結果として最後に伊里野に繋がっていることによって、話は見事に落ちています。

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