キャラクター描写

初登場シーンの描き方~水前寺邦博の場合~

 さて、なんと言っても秋山先生の作品の魅力は、とんでもなく破壊力の高いキャラクターたちです。

 超常現象マニアの新聞部部長。

 正体のしれない寡黙な転校生。

 主人公のことがなんとなく気になるらしい元気系同級生。

 そのように書くとどれも陳腐で類型的なキャラクターたちが、秋山瑞人の超絶技巧にかかれば、全く別次元の存在へと昇華されます。

 そのことを秋山先生自身はインタビューにおいて『解像度が高い』と表現されていました。

http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/030101.shtml


 実際には,解像度などという一言では表わせないほどのありとあらゆる技巧と情熱を尽くして情報圧縮や書き込みがなされており、しかも、エンターテインメント性や読みやすさを少しも犠牲にしていません。

 こうした表現は、一体どのような技巧によって支えられているのか、具体的に見ていきましょう。

 ここでは、『イリヤの空UFOの夏』において最も強烈な個性を放つ、薗原電波新聞編集長、水前寺邦博のを元に、キャラクター描写について考察をしてみましょう。 



①そのとき、

②「笑止!!」

 ③おそらく、ドアの外で盗み聞きをしていたはずである。

④「君が一体どの口で改革を語るのか!! 君の改革とは運動部の勝った負けたに一喜一憂することなのか!! 犬猫の貰い手を探すことなのか!! 須藤特派員応答せよ!!」

 ⑤ドアを蹴破らんばかりの勢いで水前寺がやって来た。⑥馬手にメロンパン弓手に牛乳のテトラパック、気分次第でかけたりかけなかったりする伊達メガネの銀縁がきらりと輝いた。

 ⑦浅羽は水前寺の勢いに呆気に取られ、

⑧「――な、なんかいいことあったんですか?」

 秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏その1』第三種接近遭遇 p49

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885579795/episodes/1177354054885590506


 水前寺の記念すべき初登場は上記のシーンです。

 このシーンはテンションの高い水前寺がテンポ良く言葉を重ね続けることによって進行していきます。

 特に、⑥ではわざわざ小道具を持たせて描写箇所を増やし、リズムのよい言葉を重ねることで文章のテンポを良くしてもいます。

 これだけでも、水前寺の印象を強めるには十分かも知れませんが、実は、このシーンよりも前に、水前寺の個性を描くための下準備が既に行われています。

 以下のような文章が、上記のシーンよりも前に語られているのです。



 ①園原中学校の三年二組に水前寺邦博という実にハイスペックな男がいる。②出席番号は十二番で、十五歳にして175センチの長身で、全国模試の偏差値は81で、100メートルを十一秒で走り、顔だってまずくはない。

 ③が。

 ④この人はエネルギーの使い方を生まれつき間違えてるんだよな、と浅羽はいつも思う。

 ⑤なにしろ、進路調査表の第一志望に本気で「CIA」と書く男である。

 ⑥三年二組で十二番で175センチで81で十一秒に加え、水前寺邦博は自称・園原中学校新聞部の部長兼編集長でもある。⑦なぜ「自称」なのかというと、新聞部は学校側に公式に部として認められていないからだ。

《中略》

 ⑧園原中学校には、水前寺邦博が100メートルを十一秒で走ることを知らない者はいても、水前寺邦博が超常現象マニアであることを知らない者はいないのだ。⑨さらに言えば、水前寺にとっては天下のCIAですら、超常現象の真実を解明するための手段のひとつにすぎない。⑩水前寺がなぜCIAを志望しているかといえば、本人曰く「CIAに入って超スゴ腕の工作員になって秘密作戦に参加したり極秘文書を閲覧できる立場になれば、おれの知りたいことがぜんぶわかるかもしれない」ということらしい。

秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏その1』第三種接近遭遇 p41



この描写は、いわば人物の『説明』です。

説明は、に、密度の描写をすることが可能です。

 ただその反面、臨場感は失われてしまう傾向にあります。

 だからなのか、②において水前寺のスペック説明をする際には、可能な限り印象的な数字を並べて手短に説明が行われています。また②の説明は⑥のように更に手短に水前寺を描写するために繰り返し用いられています。

 説明によるキャラクター描写は、あくまで下準備や露払いとして用いられるべきです。

 ただし、これらの下準備が完全に機能したからこそ、次のあまりにもテンションの高いシーンに対しても読者が置いてけぼりを喰らうことなく入り込むことが出来るのでしょう。



「そんなもんはボツだあーっ!!」

 水前寺はいきなりゴジラのように吠えた。額に手を当ててイライラと首を振りながらつかつかと部室を横切り、

「応答せよ、応答せよ両特派員!! ああああなんてことだ、君たちはまだ心霊現象なんぞにかかずらわっておるのかね!!」

 部室の突き当たりにある窓を開け放ち、水前寺は六月二十四日放課後の青空に向かって対空ミサイルのように叫ぶのだった。

「おっくれてるぅ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」

 からり、とっ。

 両手で静かに窓を閉め、水前寺はすりガラスごしの光を背に振り返った。打って変わった静かな口調で、

「さて両特派員。本日すなわち六月二十四日は何の日か知っているかね?」

 二人は再び顔を見合わせる。晶穂は「なによあれ、なんか変なもの食べたの?」という目つきで浅羽を見るが、浅羽は「知らないよそんなの」と首を振る。しかたなく、晶穂は「木曜日でしょ?」と自信なさげに答え、浅羽はヤマカンで「トイレットペーパーの日」と答えた。

「違う」

 そして水前寺は、おごそかに正解を口にする。

「六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ」

   秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏その1』第三種接近遭遇 p51



 水前寺の強烈な個性を支えているのは、この動と静のギャップです。

本人はわざとやっているのでしょうが、CIAと書き、中学校生活の大半を犠牲にしての調査をしているという事実が、水前寺の劇的な動作にを漂わせています。

 ともあれ、窓の外に向かって対空ミサイルのように叫んだ水前寺は、窓を閉める動作によって咆吼の余韻を一瞬で裁ちきります。

 そしてそこからは打って変わった静かな口調が始まります。これらの動作によって、水前寺は、どんな人間よりも「自由」に生きているように見えます。

 社会の中に暮らしている私たちは、常に様々なものに縛られています。

 世間の目、友人の目、家族の目、それらをものともせずに自由に生きる水前寺は、読者の憧れの対象となり得るのでしょう。

 

 水前時は『イリヤの空UFOの夏』においてあくまで脇役ですが、作品全体を大きく揺るがすような強烈な個性を放っています。

 その強烈な個性を支えるのは、単純な極端な行動ではなく、説明と動きのバラインス、圧縮された印象的なスペック表現など技巧に満ちたキャラクター描写であることが、おわかりいただけたでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る