第三種接近遭遇 5/9



 浅羽なおゆきのUFOの夏が始まったのは、今をさかのぼること二ヶ月前の、六月二十四日の放課後のことである。




 そのはら中学校の三年二組にすいぜんくにひろという実にハイスペックな男がいる。出席番号は十二番で、十五歳にして175センチの長身で、全国模試の偏差値は81で、100メートルを十一秒で走り、顔だってまずくはない。


 が。


 この人はエネルギーの使い方を生まれつき間違えてるんだよな、とあさはいつも思う。


 なにしろ、進路調査表の第一志望に本気で「CIA」と書く男である。


 三年二組で十二番で175センチで81で十一秒に加え、すいぜんくにひろは自称・そのはら中学校新聞部の部長兼編集長でもある。なぜ「自称」なのかというと、新聞部は学校側に公式に部として認められていないからだ。メンバーはずっと三年生の水前寺と二年生の浅羽の二人だけだったが、この春に浅羽と同じクラスになったどうあきが何を思ったか「あたしも入ろっかな」と乱入してきた。


 これで部員は三人となった。


 校則によれば、部員が三人いれば部としてしんせいできることになっているし、晴れて公式な部となれば部室や部費がもらえる。だから晶穂はいつも申請しろしろとせっついているのだが、肝心の水前寺にその気がまるでない。その理由がまたすごい。


『ジャーナリズムの自主自立を守るために、体制からは慎重な距離を保つべきである』


 ばっかみたい、と晶穂は言う。


 とはいえ、仮に水前寺が申請をしたとしても、学校に部として認められることはないだろうと浅羽は思う。


 紙面の内容が内容だからだ。


 園原中学校には、水前寺邦博が100メートルを十一秒で走ることを知らない者はいても、水前寺邦博が超常現象マニアであることを知らない者はいないのだ。さらに言えば、水前寺にとっては天下のCIAですら、超常現象の真実を解明するための手段のひとつにすぎない。水前寺がなぜCIAを志望しているかといえば、本人いわく「CIAに入って超スゴ腕の工作員になって秘密作戦に参加したり極秘文書をえつらんできる立場になれば、おれの知りたいことがぜんぶわかるかもしれない」ということらしい。


 ではその「おれの知りたいこと」というのは一体何かというと、これがおおむね季節によって変わる。


 例えば、この冬の水前寺テーマは「超能力は果たして実在するか」だった。このころ、水前寺(と浅羽)は昼休みに放送室を占拠し、全校生徒を対象にテレパシー実験をやらかして先生にめちゃくちゃ怒られた。


 そして春が来て、水前寺テーマは「ゆうれいは果たして実在するか」に変わった。この頃、水前寺(と浅羽)は幽霊が出るとうわさていいちかわだいもん駅女子トイレを夜中にせんにゆう取材して110番され、先生にめちゃくちゃ怒られた。


 そういう男が編集長の、つまりはそういう新聞なのである。


 名前だって、少し前までは『太陽系電波新聞』だった。


 しかし、あきが入ってから状況は少しだけ変わった。今でもすいぜんテーマ関連の記事が紙面の七割近くを守ってはいるが、晶穂の担当する「な記事」もじわじわとその版図を拡大しつつある。最近になって晶穂は編集会議で「紙名を変更すべきだ」という主張をぶち上げた。五時間にも及ぶ舌戦の末にあさの調停工作がやっと実を結び、双方がけっぷちギリギリの妥協点として『そのはら電波新聞』という線で一応話は落ち着いた。新紙名をどう思うかと浅羽が尋ねたところ、となりの席の西にしいわく、


「『太陽系』のときはしきがデカすぎて笑っていられたけどさ、今度のは『園原』の分だけ電波が身近になった気がしてすげーやな感じ」


 そんなこんなで水前寺くにひろは部室長屋の空き部屋を根城に今日も暴れ回り、園原電波新聞は月に一回、校内各所の掲示板に見た目はチープで中身はディープなかべ新聞のゲリラ掲示をり返している。




 今をさかのぼること二ヶ月前の、六月二十四日の放課後。


 春からのテーマである「しんれい現象」に対する水前寺のきようはいささかの衰えも見せず、浅羽は肉体労働にいそしんでいた。両手で抱えた荷物の重さによろめきながら歩き、やっとの思いで部室長屋にたどり着く。荷物を一度床に置くのが面倒で、晶穂がもう来ているかもしれないと思って声をかけてみる。


「あきほー。いるならドア開けてくれー」


 ついていた。新聞部が不法占拠している部室のドアが開いてどう晶穂が顔をのぞかせ、浅羽の抱えている大荷物に目を丸くした。


「なにそれ」


 浅羽は部室に入り、テーブルの上に荷物をどかりと置いた。そばにあったパイプにへたり込んでため息をつく。


「うあー重かった」


 図書室から借り出してきた、卒業アルバムの山だった。二十冊ほどが積み重なって50センチほどの高さになっている。紙がいいのでえらく重かった。


「まだこれで全部じゃないんだ。これと同じくらいの山があとふたつある。古い学校なんてろくなことないな」


 晶穂は当惑顔で、


「だから、どうするのよこれ」


「あ、部長からまだ聞いてない?」


「何を?」


「七月号の企画。『せんりつ! 卒業アルバムに見るしんれい写真!』ってやつ」


「え? 次の企画って、コックリさんがどうしたとかいう──」


 あさはズボンのポケットでずっとごろごろしていた鳥龍茶の缶を取り出し、プルトップを引き開けて、


「『コックリさんに聞け! 試験問題予想実験!』だろ。あれはボツ」


「どうして!?」


 あきが思わず声を荒げたことに、浅羽は少し意外そうな顔をした。たった三人しかいないこの新聞部にもばつがあるとするなら、すいぜんが保守派で晶穂が改革派である。「な紙面」を目指す晶穂なら、何であれ水前寺の手になる企画がぽしゃったら喜ぶだろうと浅羽は思っていたのだ。鳥龍茶をひと口含み、まだ何か言うのかなと思って上目づかいに晶穂の様子をうかがった。晶穂はぷいと目をそらし、浅羽が来るまで座っていたパイプに乱暴に腰を下ろす。目の前にはラップトップ型のパソコンがあって、書きかけだった「子犬あげます」の記事の中ほどでカーソルが点滅している。晶穂はキーボードに手を乗せ、いきなり、


「だって浅羽、色々調べたり準備したりしてたじゃない。あれぜんぶ無駄ってこと?」


「しかたないよ。部長だって何の理由もなくボツにしたわけじゃないし。ほら、ぼくとか部長ってたまに部室に泊まり込んだりするだろ? かわぐちが試験問題予想の企画の話を聞きつけたらしくってさ、『お前らまさか夜中に職員室に忍び込むつもりじゃないだろうな』って」


 ちなみに、浅羽と晶穂の担任で三十五歳で独身で「科学のしもべ」の河口たいぞうと、三年二組で十二番で175センチで81で十一秒で「真実の探求者」の水前寺くにひろは、もちろん、すこぶる仲が悪い。


「河口さ、そのこと職員朝礼でちょっと話したらしいんだ。部長も職員室に呼びつけられて担任からクギ刺されたらしいよ。なんだかめんどくさいことになっちゃいそうだったしね、試験問題うんぬんがまずいってんならいっそ別の企画にしちまおうか、って」


「部長が?」


「部長が」


 晶穂はかすかにまゆを寄せ、


「──でも、ちょっと信じられないんだけど。あの水前寺邦博ともあろう者が先生にクギ刺されたくらいであきらめるなんて」


 浅羽は笑って、


「まあ、あの人はよくわかんないから。悔しがったりとかは全然してなかった。ひょっとしたら、部長にとってはコックリさんでもしんれい写真でも目指すところは同じでさ、その道の途中にうんこが落ちてたからけて歩いた、くらいにしか思ってないかもよ」


 むしろ、内心で悔しがっているのは自分の方だと浅羽は思う。


 鳥龍茶を一気に飲み干し、「さて」と勢いをつけて浅羽は立ち上がった。卒業アルバムの山の上から何冊かを手にとってばたんとテーブルに置く。


「でも、今度のもなかなかいい企画だと思うんだ。ほら、古い写真ってそれだけでちょっと気味が悪いところあるしね、それっぽい写真にそれっぽく囲みをつけるだけでもかなり説得力のある一枚にはなるはずだよ。それがほんとにしんれい写真なのかどうかはともかくさ」


「とか何とか言っちゃって」


 あきはそう言って、「子犬あげます」の続きに戻った。あさは意味をつかみかね、


「なんだよそれ」


 大切にして下さる方のみにおゆずりいたします、とローマ字入力し、そこでやっと晶穂は液晶画面から顔を上げて、じっとり湿った目つきで浅羽をにらんだ。

「なあーにが『本物かどうかはともかく』よ。わかってんだから。もうバレバレなのよ、あんたいっつも『ぼくはしかたなく部長につきあってるんです』って顔してるけどね、ほんとはあんただって嫌いじゃないのよそういうの。超能力とか幽霊とか」


 生後二ヶ月オス雑種、責任をもって飼っていただける方に、


「その企画あたし手伝わないからね。ふんだ、知らないから。アルバムそんなにいっぱい借りてきちゃってさ、ぜんぶに目を通し終わるころにはきっとがひと巡りしてるわ。そんなの部長に見せたら2ページに一回くらいは『これはだれの腕だあーっ!?』って叫ぶに決まってるじゃない。あーあ、浅羽は中立勢力だと思ってたのにな。この部であたしの味方はあたしだけってことよね。はー。改革派の道は険しいわ」


 そのとき、


「笑止!!」


 おそらく、ドアの外で盗み聞きをしていたはずである。


「君が一体どの口で改革を語るのか!! 君の改革とは運動部の勝った負けたに一喜一憂することなのか!! いぬねこの貰い手を探すことなのか!! どう特派員応答せよ!!」


 ドアを破らんばかりの勢いですいぜんがやって来た。にメロンパンゆんに牛乳のテトラパック、気分次第でかけたりかけなかったりするメガネのぎんぶちがきらりとかがやいた。


 浅羽は水前寺の勢いにあつに取られ、


「──な、なんかいいことあったんですか?」


 晶穂は冷たいいちべつをくれてただひと言、


「ばっかみたい」


 ふふん、と水前寺は笑い、


「紙名から『電波』の文字をふつしよくできなかったことをいまだ根に持っておると見えるな須藤特派員。確かに君のみみっちい改革観に冠する紙名は『そのはら中学校新聞』が妥当であるやもしれん。しかしっ! 今や旧紙名となってしまった『太陽系電波新聞』とは、太陽系の如き広大なジャンルの知見を電波の如き速報性で──」


 そこで晶穂がって立ち上がる。


「わたしは新聞部を改革したいんですっ! だれかさんみたいに世の中の常識を電波で手術したいんじゃありませんっ! だいたい紙名で読み手を逃してどうするんですかっ!」


 突如として蒸し返された議論に板挟みにされながらも、あさはくすっと笑った。


「なんだ、部長もやっぱり『太陽系電波』に未練あったんですか」


「おうよ。たっぷりとな。ときに浅羽特派員」


 すいぜんはメロンパンを持っている方の手で、テーブルの上に山と積まれた卒業アルバムの山を射るように指差した。


「何かねそれは」


 浅羽は戸惑う。そもそも、卒業アルバムを図書館から借り出してこいと浅羽に命じたのは水前寺なのだ。


「──卒業アルバムですけど。図書館から借りてきた」


「浅羽特派員。なぜそんなものがここにあるのかね」


 これには隣のあきまゆをひそめた。浅羽はわけがわからずに、


「え──だから、この中から使えそうな写真を洗い出すんでしょ?」


「浅羽特派員。使えそうな写真、とは一体何の話かね」


 浅羽は思わず晶穂を振り返り、晶穂は「こっちに振られても」という顔をした。二人同時に、


「部長の発案じゃないですか。『卒業アルバムに見るしんれい写真』。七月号の新企画」


「浅羽から聞きましたよ? 前の企画はボツにしたんでしょ?」


 水前寺は長々とため息をついた。夕日でも見上げるような目つきであさっての方角を見つめ、ささやくような声で「ボツだ」とつぶやく。


 浅羽には聞こえた。


 晶穂には聞こえなかった。晶穂が「は?」と聞き直したそのとき、


「そんなもんはボツだあーっ!!」


 水前寺はいきなりゴジラのように吠えた。ひたいに手を当ててイライラと首を振りながらつかつかと部室を横切り、


「応答せよ、応答せよ両特派員!! ああああなんてことだ、君たちはまだ心霊現象なんぞにかかずらわっておるのかね!!」


 部室の突き当たりにある窓を開け放ち、水前寺は六月二十四日放課後の青空に向かって対空ミサイルのように叫ぶのだった。



「おっくれてるぅ───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────っ!!」



 からり、とっ。


 両手で静かに窓を閉め、水前寺はすりガラスごしの光を背に振り返った。打って変わった静かな口調で、


「さて両特派員。本日すなわち六月二十四日は何の日か知っているかね?」


 二人は再び顔を見合わせる。あきは「なによあれ、なんか変なもの食べたの?」という目つきであさを見るが、浅羽は「知らないよそんなの」と首を振る。しかたなく、晶穂は「木曜日でしょ?」と自信なさげに答え、浅羽はヤマカンで「トイレットペーパーの日」と答えた。


「違う」


 そしてすいぜんは、おごそかに正解を口にする。



「六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ」


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