第2話 一章 殺戮天使と天才技師の日常1


「ふぁ〜。眠い」

『響様、お疲れですか?』

「まぁね。午前2時まで朔夜の修理をしてたから」

午前2時に修理が終わってシャワーを浴びてから寝たので寝たのは約2時半、今の時刻が6時半なので約4時間の睡眠時間。彼女の修理で使った精神力及び体力は回復しきっていない。

『付かぬ事をお聞きしますが私の修理にどれくらいの時間を費やされたのでしょうか?』

「えーっと、だいたい二週間くらいかな」

『……どうやら、響様は御自分の為されたことの意味を理解していらっしゃらない御様子』

「言葉の意味は理解してるよ。一般機体なら未だしも最高の自動人形である朔夜を約二週間で修理するなんて並みの人形技師ではできないだろうし。

そもそも、うちの一級技師達が匙を投げた君の修理を学生である僕が成し遂げること自体がおかしいわけだし」

『身の程を弁えていらっしゃるようで何よりです。ここで自分のやったことの意味を理解していないと答えられたらどうしようかと思いました』

「身の程は弁えてるよ。……この力の意味も、ね」

『過ぎた力はその身を滅ぼすとは言いますが響様なら心配ないかと。そのように思い悩まれて決断されたことであれば過ちを犯すこともないでしょうから』

「ありがとう、励ましてくれて。本当に君が災禍の化身なんて呼ばれてる最強の自動人形だとは思えないよ」

『そうであれば良いのですが、私が響様のよく知る「災禍の化身」としての私も私、揺るがしようのない事実でございます。それよりこんなにのんびりしていて宜しいのでしょうか?』

改めて言うけど時刻は六時半。九時の始業時間まであと二時間半。学院までの所要時間は約二時間。だというのに僕は朔夜に起こされて呑気に朝食を食べている。朝食のメニューはトーストにベーコンエッグにコールスロー、牛乳といった感じだ。

僕は急いで朝食を食べ終え、学校に行く支度をする。今日は夏休み明けの始業式があるだけなので特に必要なものはない。早く帰れるので楽は楽なんだけど徹夜した翌日ではどうしようもなく眠くなるのも仕方ない。

朔夜に急かされて渋々、出かける支度をする。まずは制服に着替え、洗面所に行って顔を洗う。するとその時、首に掛けていたデバイスが勝手に起動して通話画面に切り替わる。

「誰だろうこんな朝から」

 デバイスのウィンドウに表示されたのは『鳴上源治』。

「源爺?」

 嫌な予感しかない。でも、出ないと何を言われるか分かったものではない。

『もしもし』

『おう響か。朝早くに悪い』

『爺様がこんなに朝早くに連絡してくるなんて珍しいですね。朔夜のことで何か?』

『察しが良くて助かる。壱番機についてだが今日からアカデミーに通わせることになった』

『どういうことですか?』

『詳しい話はまた今度。そろそろ出ないと遅刻するぞ』

『ご配慮痛み入ります』

 そう言って通話を切り、デバイスを外す。正直言ってデバイスは好きじゃない。技術の進歩と言えば聞こえは良いけど実際には対面での人同士のやり取りは益々薄まるばかり。遠く離れていてもデバイスさえあればいつどこでも会える。便利だけど僕はそういうのは好きじゃない。直接会って息遣いや体温を感じていたい。それに、デバイスを用いて調べものをすると興味もない広告が流れてくるし、誰かに四六時中監視されてるみたいで気持ちが悪い。

 今更そんなことを言っても仕方ないと他人は言うけれど僕はそういう諦めも好きじゃない。諦めたり妥協しても良いことなんてない。それよりもどんなに無謀でもどんなに高い壁だろうと諦めずに戦い続けるほうが余程ましだと思う。諦めずに頑張り続けて何かを得る方が生きてるって感じがするから。

 そんなことはさて置き、随分ときな臭くなってきた。今回の一件に源爺が関係しているのは依頼の時からわかっていたことだけど源爺は何を考えてるんだ? さすがに人間に限りなく似せて造られている朔夜が人形であるとおいそれとバレるとは思えない。ただ、学院の生徒は騙せても教授の目は騙せないはず。何せうちの学院は従軍技師を養成するための学院、現役の従軍技師も多数在籍している。いや、最初から仕組まれていたのだろうか。源爺が学院の理事長になったことも僕が朔夜と契約することでさえも。そうなって来ると最早、きな臭いどころの話じゃない。そこへ、朔夜が現れる。

『響様、お聞きしたいのですがに、似合ってるでしょうか?』

「うん、凄く似合ってるよ」

今の彼女の服装は契約した時のようなオリエンタルな黒い装束ではなく、アカデミーの制服に着替えていた。

アカデミーの制服は男性用は白いポロシャツにベージュに青と白の線が入ったギンガムチェックのスラックス、女性用は白のセーラー服に赤のリボン、男性用同様ベージュに青と白の線が入ったギンガムチェックのスカート。

つくづく無駄にオシャレな制服だと思う。もう見慣れてしまった女性用の制服も朔夜さんが着ると全く別物に映る。艶やかな長い黒髪と紫黒色の双眸が相まって何とも言えぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。

『お褒めに預かり光栄です響様。あまりこういった服装をしたことがないので不安だったので』

「へぇー、さすがは世界最高の自動人形だけはあるね。不安に思ったりするんだ」

『はい、お恥ずかしながら。「表」の私は響様と同じような思考パターンをすることが可能です』

「『表の私』?」

『はい。今の私はマスターに寄り添う従者としての私です。

兵器としての私は人間にあるべき倫理観や道徳観を持ち合わせてはいません。もちろん、人間的な思考をすることもままなりません。兵器としての私はマスターの為ならば殺戮をも厭わない災禍の化身、これまでの私のマスターはそんな私の姿を見て憤慨し、一部の例外もなく私の目の前から姿を消しました』

「兵器としての私、か……」

『響様?』

「なら今の朔夜に兵器として稼働してる時の記憶はあるの?」

『いいえ、兵器としての記憶は従者としての私にはありません』

「つまり、二重人格みたいなもの?」

『わかりやすく言えばそうですね。正確に言えば兵器として稼働する際には此方側の私の意識は眠り、彼方側の私が目覚めます。逆に従者として稼働する際にはこれと全く別のことが起こります。

目覚めの際に片方の側面の記憶も凍結される為、此方側の私にその記憶がアップロードされることはありません』

つまり、整理すると彼女には従者としての人格と兵器としての人格がプログラムされていて従者としての人格が表面に出るときは兵器としての人格が眠りにつき、逆に兵器としての人格が出るときは従者としての人格が眠りにつくというシステムが搭載されているらしい。人が自己防衛の為に自分の人格を切り離すように彼女もまた、自己を保つ為に兵器としての殺戮の記憶を保持した人格を切り離している、ということだ。

ULSは人間的特徴を持つとは理解していてもここまで人間に似せて作られているとは驚きだった。幾ら、人間的な思考を行えると言ってもまさか、人間の脳の働きすらも模倣しているとは思いもしなかった。

そして、そんな彼女はそのシステムの所為でマスターに見放され続けた。その技師を尊敬する反面、幾ら何でもそれはないんじゃないかと思う。何故、純粋な兵器としての人格だけではなく、人間的な思考を行える思考など搭載したのかと。

「ごめん、辛いこと思い出させたよね?」

『いいえ、良いのです。これまでは良いマスターに巡り会えなかっただけのこと。後悔も未練もありません。

それに過去は過去、今は響様の従者として、剣として誠心誠意尽くすこと、それが私の存在意義なのですから』

なるほど。今を精一杯生きる、か。苦しみは人間的な思考を行えるが故のものであり、同時に悦びも人間的な思考を行えるが故の産物。

つまり、かの天才技師が創ろうとしたものは兵器ではなく、人間そのものだったのかもしれない。兵器としての側面はその附属品に過ぎず、その本質は今を生きる人々に対する最大の皮肉なのかもしれない。

「最も凶悪な兵器は兵器を創り出してきた人間そのもの」なのだと。まぁ、それは良いとしてそろそろ行かないとまずいかな。

「それじゃあ、そろそろ行こうか。話の続きはまた今度」

『はい。響様』

正直、僕には朔夜がどんな想いをしてきたのかはわからない。僕が知ってるのはULS-1朔夜という機体が何をしたのかということ。一機で何万という人間を殺した史上最恐の殺戮者。でも、彼女にはその記憶がない。それはある意味で救いであり、ある意味で残酷だ。自分はやった覚えのないことでも自分の犯した行為に他ならないのだから。

「で、その包みは何?」

良く見ると学生鞄の反対側の肩に薄紅色の布製の包みが掛けられている。僕がそう問いかけると朔夜さんは明らかに木刀か何かが入っていそうなその包みの口を解いて中身を見せる。

その中にあったのは鞘に納められた白と黒の一対の刀。形状と自動人形である彼女の装備(持ち物)であることから察するに最新鋭の刀型高周波ブレードといったところだろう。

『〈果たされぬ約束〉と〈捨て去りし過去〉ーー私の固有兵装です』

「何でそんなもん持ってるの?」

『何故、私がコレを持っているのかとは私が何故存在しているのかという解釈でよろしいのでしょうか?』

「……え?」

『私は兵器として造られた存在。

私が武器を持っているのは兵器として造られたからでありその私が何故武器を持っているのか、と問われれば兵器として造られたからとしかお答えしようがありません』

……これはアレだ。いわゆる天然。どうやら表の彼女は若干、抜けているらしい。見た目にそぐわぬその仕草は愛らしくすら思える。かと言って、勘違いしてるみたいなので訂正しないと。

「……その、それはそうなんだけどどうしてそんなものを学校に持って行こうとしてるのかって意味なんだけど」

『ですから……』

「……わかった。百歩譲ってそれを持って行くことは許可するけどどうしてもの時以外は抜かないこと、いい?」

本当は置いていってほしいところだけど朔夜は意地でも持っていこうとするだろう。今は時間がないのでそういうことにしておく。まぁ、「どうしてもの時」が来なければ良いけどそうもいかないだろう。僕は今、朔夜の契約者で冷酷非道なあの人(源爺)の孫なのだ。寧ろ、これまで平和な日常を送れたこと自体が奇跡なんだと思う。

『仰せの通りに』

僕は朔夜さんを連れて家を出る。幸い、雨は降っていないみたいだ。家の扉はオートロックなので鍵を閉める必要はない。これはこれで楽で良いんだけど荷物の出し入れなどには困る。誰かが扉を押さえていなければいけないからだ。

そんなことはどうでも良いとしてこれからどうなるんだろう。まず、朔夜さんと一緒に登校してる最中に知り合いに会ったらどうしようという懸念と次に、学院で何かあったらどうしようという懸念だ。

一つ目の懸念はほぼ高確率で知り合いと遭遇するので避けようもないことだけど二つ目の懸念は予測ができないが故に対策のしようがない。そして、二つ目の懸念が現実のものとなった場合、実際に人が死にかねない。

朔夜の口振り的に従者としての人格と兵器としての人格の切り替えは彼女の意図せずところで働いている可能性はかなり低い。しかし、僕に危害が加えられたとなればまた別の話。人格の切り替えが彼女の意図せずところで働く可能性は充分にある、というか実際のところ従者としての人格と兵器としての人格は表裏一体なのかもしれないとも思ってしまう。マスターひとりを守るためならば軍隊だろうがなんだろうが敵対する者は全て排除する、と解釈すれば必ずしも乖離しているとは言い切れない。

むしろ、近しいとも言えてしまう。些か過剰防衛な気がしないでもないけど朔夜の言うように倫理観や道徳観を持たぬ人格であるならば説明もつく。そもそも、その歯止めとなる人として当たり前の倫理観や道徳観をプログラムされていないのだから。

何せ、僕は敢えて告白するとあまり周囲からよく思われていない。「天才」などと呼ばれ捲し立てられる反面、嫉妬、怨嗟、憎悪その他諸々の視線を向けられ続けてきた。言っても、いじめと言うほどあからさまではないけど言葉の端々に嫌味を紛れ込ませる程度のこと。

でも、朔夜にその理論が通用するとは思いにくい。言葉による暴力すらも敵対と見做してしまわないとも限らない。その点において今日だけは何も有りませんように。と祈る僕であった。

そして、案の定後ろから話しかけられる。

「おっはよ〜響ちゃん」

「おはようございます。鳴上君」

「おはよう、茉都香、立花さん」

「もう、二人とも堅いよ。見知らぬ仲というわけじゃあるまいし」

「そんなこと言っても……ね?」

「まったくです。茉都香は親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのですか?」

「それくらい知ってるもん」

 朝からハイテンションな明るい茶髪の女の子が巴茉都香、丁寧な口調を貫くドライな銀髪の女の子が立花カノンさん。茉都香は幼馴染で立花さんは半年前に学院に転入してきてから茉都香を通じて関わるようになった。今では登下校はもちろんのこと昼食を三人で摂るのが日課になっている。茉都香は見ての通り、優等生というわけではない。寧ろ、劣等生の部類に仕分けられる存在と言っても過言ではない。一方で立花さんは転入試験で満点を叩き出し、成績もオールAと申し分ないほどの優等生だ。この凸凹コンビのお陰か今年は比較的退屈せずに済んでいる。

「そういえば一樹さんは?」

「一週間前に寮に戻るって言ったっきり会ってませんが?」

「……そ、そうなんだ。あの人らしいや」

 一樹さんというのは立花さんの従兄で僕の従兄でもあるひとだ。割と自由な人で一度こうと決めたことは実行しなければ窒息死してしまうらしい(なわけはないと思うけど)。それにしても何のために一週間も前から寮に? まぁ、だいたい想像は付くけどさ。

「ところでそちらの方はどなたですか?」

「え、えーっと、彼女は……」

『申し遅れました。黒崎朔夜と申します。響様の婚約者で今日から学院の方でお世話になることになりました』

「「え!?」」

思わず、僕と茉都香の反応が被る。僕は茉都香に背を向けて朔夜さんに問い質す。

「朔夜、何であんな事を?」

「「あんな事」とは?」

「何であんな事言ったのってこと」

『何か不都合でも御座いましたでしょうか? 響様に変な虫が付かぬようにと配慮しました』

「爺様に言われたわけではなく?」

『そんな訳はございません。私は、貴方様の自動人形。貴方様以外の方からの命令など聞き入れようはずもありません』

「ごめん、疑うようなこと言って」

『いえ、響様が気に病むことはありません。そこまで気が回らなかった私の責任です』

「えーっと、響ちゃん」

「あ、ごめん。ちょっと取り込み中で」

「鳴上君、その人、婚約者って本当ですか?」

どうしよう、朔夜の謎の配慮のお陰でややこしくなってきた。婚約者ではないからそこは違うと主張すれば良いんだと思うけどならどういう関係なのかと訊かれるのは目に見えている。

従者? いや、僕の家は巷ではそこそこ裕福な家庭に分類されるんだろうけど貴族じゃあるまいし益々、怪しまれる。よくあるパターンだと従姉とか? それであれば顔が似ていなくても誤魔化せる気がする。そして変な誤解をされることもない。ただ、一つ問題なのは僕の通う学院の偏差値がそれにしては高過ぎるということくらいかな。うちの学院は普通の入試でも合格率はかなり低いのに編入試験となると桁違いの難易度になってくる。その点は朔夜は問題ないかもしれないけど。

「嘘だよ、嘘。冗談、この子は僕のお父さんの弟の娘さん」

「つまり、従兄妹ってことですか?」

「うん、そういうこと」

「へぇー、ってことはこの人も頭良いんだ」

「そりゃね。何せ、うちの編入試験を突破できるくらいだし」

「つくづく、鳴上家って凄い人ばっかりだよねー」

「そうかな?」

「そうだよ、響ちゃんはその歳で一級技師すらも凌駕する程の技量を持った技師で……あ、そういえば自己紹介してなかったね。

ボクは巴茉都香。響ちゃんとは初等部からの付き合いでお世話になってます。で、こっちが……」

「立花カノンと申します」

『これはご丁寧にありがとうございます。私は黒崎朔夜と申します。以後お見知り置きを』

「よろしくね黒崎さん。で、話の続きだけど黒崎さんはうちの学院の編入試験を突破する程の秀才でお爺さんは学院の理事長さんで本当凄いよ」

「まぁ、うちの人間はほとんどがアカデミーのOBだからね」

「それだよ!」

「「?」」

「そもそも、アカデミー卒業ってだけで凄いと思うんだけど。ボクの父も技師だけどアカデミー卒業って訳じゃないし」

ここで言うアカデミーとは正式名称・国立機巧学院。アカデミーというのはその通称だ。僕らが通う学院だけどこの学院自体誰でも入学できるというわけではない。

そもそもの大前提としてうちの学院は一般的な入試の形式を取らない。一般的な学校であれば様々な形態の入試方法があるけどうちの学院は推薦入試一本に統一されている。その上、偏差値は75オーバー。

の割に枠二百人の何倍もの受験者がいるというのだから驚きだ。因みに僕が入った時の初等部の入試は約10倍もの受験者がいたという。それにアカデミーを卒業しなければ技師になれないというわけではない。現に茉都香のお父さんの様に学院卒でなくとも技師になっている人はごまんといる。

ただ、決定的に違うのは研究開発の環境や実習の手の入れ様が他の技師育成の学校とは父さん曰く段違いらしくそこ目当てに受験する人も少なくない。

正直、技師にとって学ぶ環境は良いに越したことはない。むしろ機材が揃っていればできないことはない。限られた機材の中でより良いものを造ることもできなくはないがどうしても限界はある。

それにアカデミー卒というだけで技師として箔が付くというのも大きな要因かもしれない。いわば、アカデミー卒という肩書きは猫で言うところの血統証の様なものでありそれだけで仕事内容や手に入る開発環境もある程度保証される。逆にアカデミー卒でない場合、良くて大手企業の開発部門、悪くてその道で就職することすらできない人すらいるくらい大きな意味を持つ。

茉都香のお父さんは学院卒ではない技師の中でもエリートに分類される大手企業の開発部門に属する技師でありうちの父さんとも仕事上の付き合いがあったのもあってそこら辺の事情も聞くことがあった。

但し、学院卒=エリートではない。技師育成の最高峰に君臨する学院であるアカデミーだがその出身者が必ずしも世間に出て華々しい活躍をするわけではなく、最終的には個人の力量や才覚で決まる。確かに、茉都香の言うようにアカデミー卒という肩書きは凄いのかもしれないけど人生それが全てじゃないと僕は思う。

『あの、響様』

「どうしたの?」

『誠に申し上げにくいのですがこのペースではギリギリ遅刻かと』

「「えっ!?」」

僕は慌てて腕時計を見る。見ると時計の針は八時半を指しており、朝のHRまであと三十分といったところだった。

「とりあえず、走ろっか?」

「そうだね」

そんなこんなで僕らは最寄駅からモノレールで学院のある離れ小島(人工島)の学院前駅で降り、大急ぎで丘を登って何とか十分前に校門の前に辿り着く。

「はぁはぁ、ギリギリだったね〜」

「朝からこんなにこんなに走ったのはいつぶりかな」

「私は毎日、朝ランしてるから平気だけどねー」

「嘘付け。その割には息上がってるじゃん」

「バレたかー」

「思いの他、お二人の日頃の運動不足は深刻なようですね

そして、茉都香はどうせまた夜ふかしでもしてたんでしょう」

「まぁねー、カノンと響ちゃんは『blade warks』ってゲーム知ってる?」

「名前くらいは」

「私も同じく。それにそのゲーム自体は割と前からありますし」

「響ちゃんたちはどうしてやらないの?」

「僕は良いや。あんまり戦うの好きじゃないし」

「私も同じく」

「二人ともつまんないのー。ま、ゲームは無理強いしてやるものじゃないしね。気が向いたら言ってね♪」

「「……気が向いたらね」」

正直、どうしてうちの学院でプレイが推奨されているのかが謎で仕方ない。従軍技師養成学院だからとか適当な理由なんだろうけど。お陰様でうちのクラスでもその話を聞かない日はない。

何ともきな臭い話だ。ゲームの戦争利用とは。そうとも知らずにプレイしているクラスメイトが哀れに思うくらいには。

そんなことはどうでも良い。幾ら茉都香からのお願いでもプレイする気はない。VRゲームが標準化しているこの今の日本社会においてそのプレイヤーが現実(リアル)と虚構を区別できなくなって事件を起こしたなんてそう珍しい話でもない。もっとも、一部の行き過ぎた人だけの話だろうけど。

『響様。お話中のところ申し訳ないのですが私は理事長室に用事があるのでお先に失礼します』

「あ、うん。行ってらっしゃい」

『しばしの間、お側を離れることを御許し下さい』

「気にせず行ってきて良いよ。僕は一人でも大丈夫だから」

『では、茉都香様、カノン様。響様のことお願いします』

「オッケーまた後でね」

「また後ほど」

そう言って朔夜さんは理事長室へと向かっていく。僕はその背中を見て見た目は普通の女の子なのになー、と呑気に思っていた。これが殺戮天使と呼ばれた至高の自動人形なのかと。

彼女のこれまでの経緯を聞いたからだろうか、彼女の後ろ姿は不思議と酷く怯えているように見えた。

「じゃあ、私たちも行こっか」

「そうだね」

「そうですね」

僕らが教室に入るのとほぼ同時にチャイムが鳴って担任講師のオルガ教授が入ってくる。

「遅刻者は、よし、いないな」

教室を見回してオルガ教授はタブレット型の端末で生徒の出席状況を確認する。

「お前ら夏休みだからって羽目を外したりはしてないだろうな? これから二学期が始まるわけだが俺からお前たちに言いたいのは一つだ。頭を切り替えろ、一人前の技師になりたいのたらこれまで以上に励め。以上」

オルガ教授ー本名:オルガ・イグナレオ。彼は人間ではない。いや、正確には人間ではなくなったというべきだろう。体の約八割を機械化した機械兵士それがオルガ教授の正体だ。教授の講義は人気で受講登録をしていない立ち見の生徒が出るくらい。教授の教科は世界史、それも戦争史について焦点を当てた近代戦争史だ。

「というわけでとりあえず、お前たち廊下に出て並べ」

オルガ教授の号令で皆返事をして廊下に出て並び、始業式が執り行われる大講堂へと向かう。

国立機巧学院ーそれが僕の通う学校の名前だ。幼稚園から大学まであり、それらで一つの街が形作られている。否、正確には国というべきかもしれない。それもそのはず、この学院の敷地内はどの国の利権も絡まない中立地帯であり一切の武器の持ち込みが禁じられている。ただ一つ例外として自動人形の運用と開発だけは許されており各国から通う学生も少なくない。都市の中には映画館や遊園地といったテーマパークから衣類や食料品を売る大型複合施設も作られ、敷地内から出ずとも大抵のものは手に入る。

中でも、この大講堂は一際大きく街のランドマークになっている。煉瓦造りの西洋風建築は御伽噺の世界に迷い込んだかの様な印象を受ける。もちろん、大講堂の中も高級感漂う赤絨毯が一面に敷かれ、その下から大理石の白が顔を覗かせており、何メートルもある高い天井には豪奢なシャンデリアも吊られている。そして、始業式の会場になるのは大講堂の大広間。劇場公演もされている立派な舞台はオペラ座を彷彿とさせる。

そこには既に沢山の学生が集合していた。軽く見積もっても千を超える。来賓席には世界でも有数の大企業のお偉いさんから特級技師まで名だたる面々が顔を覗かせている。

「いつ来ても凄いねー」

「まぁね。大講堂なんてそんなに来ることないし」

「そういえば、カノンは発言とかしないの?」

「どうしてですか?」

「だって、カノン。高等部二年の首席だから何か話すのかなって」

「今のところは何も言われてませんけど」

一章続き

ちなみにうちの学院は一般の学校とは違い、少々特殊でまず、第一に幼稚園を除き、その全てが単位制であることなどが挙げられる。もちろん、全てが自由選択というわけではないけど全授業数のうち約四割が自由選択。

次に第二に科目の部類が大きく教養科目、実技科目に分かれ、教養科目は所謂一般教養から割と専門的なものまで幅広く、自由選択のほとんどがこの教養科目となる。実技科目は実際の機材を用いた技師養成学院らしい講義内容となっている。その為、成績自体も教養科目と実技科目の総合点で決まる。僕は教養科目は安定のオールC、実技科目はオールAと実技は優秀だけど教養科目が平凡であるが故に学年の中では中の上といったところ。茉都香は教養科目オールC、実技科目オールCと安定の中の中。立花さんに至っては教養科目オールA、実技科目オールAと所謂優等生であり文句なしの首席というわけだ。

最後に第三にクラスという概念が希薄であるということ。確かにクラスという概念こそあるけど自由選択性を敷いているのと実技科目は個人の能力によって振り分けられるためほとんど「クラス」というシステム自体、学生を管理する為の媒体としての役割くらいしか発揮していないのがこの学院の現状だ。ただ、まぁ、この学院の校風は学生の自主性を重んじるというものでありある意味では今の学院の在り方というのはこの学院らしいのかもしれないけども。

「朔夜さん前で話すのかな?」

よく見ると舞台上で爺様の隣に座る朔夜の姿が目に映る。それを見た学生は男女問わずどよめいている。朔夜はというと視線を泳がせることもなく落ち着いた様子で時を待っている様に見える。

「そうなんじゃないかな、一応編入生だし」

うちの学院では編入してきた学生は例外なく全校生徒の前に曝されるのが通例になっている。

「朔夜さん、注目されてるね」

「編入生ってのもあるとは思うけどあれだけの美人だしね。注目されるのも仕方ないよ」

「そういえば、響ちゃんと朔夜さんってどういう関係?」

「ど、どうって従妹だけど」

「そういう意味じゃなくてボクが言ってるのはより人間的な関係性の話」

「どうしでそんなこと知りたいの?」

「いや、だって。朔夜さん、響ちゃんのこと様付けで呼んでたから」

「それはその、僕の方が早生まれだから『お兄様』みたいなニュアンスだと思うよ」

「へー」

この人明らかに信じてないよね? まぁ、自分でも無理があるとは思うけども。

そこで立花さんが助け舟を出してくれる。

「茉都香、あまり鳴上君を困らせては行けませんよ」

「だってぇ、響ちゃんがはぐらかすからぁ。カノンもなんか言ってやってよー」

「何で私が? というかどうしてそんなに疑ぐるのかがわからないのだけど」

「だってさー、私、幼稚園からの付き合いなのに朔夜さんのこと今日初めて会ったよ。絶対、何か隠してるって!」

「その話はまた後にしたら? 始業式そろそろ始まるみたいだけど」

「ムゥ〜、仕方ないなぁー。ということで響ちゃん後で覚悟しといてね♪」

……はぁ、立花さんのおかげで何とかなったけど。というか、そもそも僕と一樹さんは別としても従兄妹なんて親戚ではあるけど友達みたいにそんなに会うものでもないし茉都香が知らないのは普通にあり得ると思うんだけどさ。あとで訊かれたらそう答えよう。

あと、いつも思うんだけど周りの視線が痛い。それもそのはずで立花さんと茉都香は学年随一の美少女として有名でありファンも多い。流石に風紀委員会が目を光らせているのでファンクラブなるものは無いにしても一樹さん曰く隠れたファンは多いらしい。彼ら曰く、そんな美少女が冴えない僕なんかと親しげに話していることが許せないらしい。僕からすれば話しかける勇気がないただのヘタレなだけのくせにとは思うけども。いや、それは言い過ぎかな。寧ろ、彼らの方がマシだ。僕なんか茉都香の気持ちを知りながらもその気持ちに応えられずにいるのだから。

僕がそんなことを考えていると丁度良く始業式が始まる。それからほどなくして理事長の挨拶が始まる。

「高等部学生諸君、まずはこうして誰一人欠けることなく今学期の始業式を迎えられたことを悦ばしく思う。

さて、夏期休暇は満喫できただろうか。勿論、満喫できたという者とそうでない者もいるかもしれないが今日を境に君達はこの学院の生徒として生活を送ることとなる。

その意味を肝に命じ、特級技師を目指して尚一層の研鑽に努めてもらいたい。以上を開会の挨拶とする」

特級技師――それは世界中の技師の中でも特に優れた技量を持つ者に与えられる地位。学院生なら誰もが一度は憧れる存在。彼らは人形技術についての情報であれば国家機密レベルにまでアクセスする権限を持ち、その言動は世界の趨勢を左右するとも称されるなどその影響力は計り知れない。そんな彼らでも未だULSを超えうる機体の創造には至っていない。限りなく近い機体は作れても実戦投入するとなると真作に比べると大きくスペックダウンを強いられる、これが今の世界の技術力の限界。要は未だ人類は二百年前の天才たちに並ぶことすらできていないということになる。

にしても源爺の挨拶はいつも思うけど簡潔で心に刺さるものがある。今回の挨拶にしても夏期休暇が終わって元の学院生活に戻ることの意味を語らない。あくまでも院生自身の心に問いかけ、その意味自体は語らず答えに至る為のきっかけを与える。

ドライな挨拶と言えばドライな挨拶かもしれないけど僕的にはこの方が本人のためになるのではないかと思う。確かに壇上でその意味を語り聞かせることはできるかもしれないけどあくまでもそれは源爺なりの結論でしかなくその結論が正しいとは限らない。それよりも各人で各人なりの結論を見出すことの方が何倍も有意義だと思うからだ。

その後は来賓挨拶など粛々と始業式は執り行われ、司会の生徒会長が編入生紹介に入る。司会に話を振られると朔夜は立ち上がり、壇上にあるマイクの前に立ち挨拶をする。

「本日よりこの学院に通うことになった黒崎朔夜です。以後お見知りおきを」

相変わらずの丁寧な口調で挨拶をする朔夜は笑顔でこちらに手を振っている。それと同時、多くの学生の視線が僕に殺到する。そして、疑いの目を向ける幼馴染と目が合う。

「響ちゃ〜ん?」

「な、何?」

「もう一度訊くけど、本当にただの従兄妹なんだよね?」

茉都香の顔が怖い。口調こそいつも通りだけど顔が笑っていない。そして、心なしかどす黒いオーラが滲み出ているそんな気がする。

「い、一応は」

「二人とも静かに。今、式の最中。そういう話は他に誰も居ないところで二人だけでしてくれる?」

「「ごめんなさい」」

しかし、朔夜も朔夜だ。悪気はないんだろうけど少しは時と場合を考えて欲しい。茉都香と立花さんと親しいだけでも息苦しいのに朔夜までとなるといよいよ僕の命が危うい。流石にそんなことで人殺しをするような思慮の浅い人物はこの学院にはないだろうけど。

その後は何事もなく式は進行し、僕たちは教室に戻ってきていた。少し離れたところであいも変わらず不機嫌な茉都香とそれを宥める立花さん。僕はそんな光景を眺めながら今後のことを考えていた。

朔夜のこともだけど茉都香とのことも。そのためにもまずは何とかして茉都香に朔夜との関係を納得してもらう必要がある。

「鳴上君、お悩みみたいですね」

「え? ああ、うん」

「……茉都香のことですか。彼女なら貴方と黒崎さんの関係性を納得はしてると思いますよ」

「へ? どうしてそう思うの?」

「納得はしてるけど貴方との時間を奪われたくない。だから、疑ってる振りをしてでも自分の居場所を守りたい、それだけだと思います」

「僕との時間を奪われたくない、か……」

「それにそんなに悩むこと程の事ではないと思います。鳴上君の受け答えが曖昧で信用に足りないからというのはあるでしょうけど」

「言い訳しようもありません」

「でも、理解できませんね」

「え?」

「茉都香も貴方も。貴方は茉都香の気持ちを知りながら関係が壊れてしまうのが怖くて曖昧な態度を取っている。茉都香もまた貴方との関係が壊れてしまうことを恐れている。はっきりさせた方がお互いの為になるのではないですか?」

「そう割り切れたらどんなに良いだろうね。でもさ、人間同士の関わりって数式みたいに正解なんてないよ。

それよりも大事なのはお互いを思いやる心だと僕は思う。それが不誠実だと思われてもそれで良いと思ってる。茉都香が言うまで僕は黙ってるつもりだよ」

「それでは」

「立花さんの気持ちも分かるよ。はっきりさせた方がお互いの為になるって。僕もそう思う。誰も傷つかないなんてのは無理かもしれない。でも、一方的に傷つけるのは好きじゃない」

「貴方はお人好しなのですね」

「それ、茉都香にも言われた。そうだよ、僕は人を妬んだり、恨みも蔑んだりもしない。だって、そんなの悲しすぎるから」

「……わかりました。困った時はいつでも相談してください」

「良いの?」

「良いも何も。私たち友達でしょう?」

「……そうだったね。ありがとう。また何かあったら必ず相談するよ」

「約束ですよ」

「うん、約束」

「では、また後ほど」

「後でね」

今思い返すと、立花さんが転入してきたのはつい半年前なんだなぁと思う。あの時は確か茉都香が学院都市の案内や学院内の案内をかって出て僕もなし崩し的に付いていくことになった。そんな感じだったと思う。あれから色々あって気が付けば三人でいることが多くなっていった。そして、今となってはまるで彼女も幼馴染の一人であったかのような感覚すらあるほどに一緒に居るのが当たり前になりつつある。

時にぶつかり合い、時に悩みを打ち明けて相談に乗ってもらったりとこの半年間を振り返るだけでも色々なことがあったなぁと思う。ただまぁ、美少女二人に囲まれていると男子生徒のみならず女子生徒にも陰口を叩かれたりと僕の周囲との距離は拡がる一方なんだけども。

すると教室の扉が開き、オルガ教授と朔夜が入ってくる。お喋りをしていた学生達は急いで席に戻り、全員が座ったところで教授が話し始める。

「よーっし、お前ら全員座ったな。では、HRを始める。と、その前に転入生の紹介をする。黒崎、自己紹介」

「はい。今日からこの学院で学ぶこととなった黒崎朔夜です。まず、始めに言っておきますが仲良くして下さらなくても結構です」

朔夜の発言に教室内が凍りつく。仲良くしてくださいなら露知らず、仲良くするつもりは無いと言い放ったからだ。でもまぁ、これはこれで良いのかもしれない。これで朔夜に関わろうとする人間は茉都香みたいな変人か僕かくらいだろうし。

いざという時になるべく関わりあいはしないに越したことはない。まぁ、朔夜はそういう意味で言ったのではなく、僕に尽くそうという献身の心からなんだろうけども。

「おい、お前らいつまでも固まってるんじゃねぇぞ。HR始めんぞー。黒崎の席は窓際の一番後ろから二番目の席な」

「ありがとうございますオルガ教授」

朔夜は優雅に御辞儀して僕の席の隣に腰を下ろす。

「お変わりない様で何よりです」

「……う、うん。そうだ、朔夜」

「はいなんでしょう?」

「学院では僕のことは苗字か名前呼びでお願いできるかな。流石に様付けは要らぬ誤解を生むから」

「わかりました。では、響とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「好きにして良いよ」

「では、響。壇上で手を振ったの見えましたか?」

「うん、見えたよ。まぁ、おかげで余計に気苦労が増えたけど」

「気苦労ですか?」

朔夜に詳しく説明したところで一度増えた気苦労が減ることはないので僕の胸の内にしまっておこう。

「いや、こっちの話。それよりHR始まるから詳しくはまた後で」

「はい」

そして、HRが始まり、明日からの日程の確認と個人カリキュラムの確認などを行なったのち、いつもより早くお開きになった。

HRが終わり、オルガ教授が教室から退室すると茉都香が気味が悪いほどの笑顔を浮かべこちらへと近付いてくる。

「ねぇ〜、響ちゃん」

「な、何かな?」

「私、今凄く不機嫌なのわかる〜?」

「……それは茉都香の顔を見ればわかるけど」

「なら私が言いたいこともわかるよね?」

「食堂でデザート奢れとか?」

「いつもならそういうところだけど今日始業式で食堂開いてないし。ということでクロエと恵理の部屋に行こう」

「え、やだ」

「へぇーそういうこと言うんだー」

「な、何さ?」

「響ちゃんがそう言うなら仕方ないねー。じゃあ、響ちゃんの恥ずかしい過去でも暴露しちゃおっかなー」

……まさかの脅迫。まぁ、薄々その手でくるとは思ったけど。こういう時、幼馴染って不利に働くんだよな。

「……仕方ない。行くよ」

「よしっ! じゃあ、決まり!! カノンも行くよね?」

「私ですか?」

「カノン以外に誰がいるの?」

「それもそうですね。ですが、いきなり押しかけて大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫でしょ」

大丈夫な訳ないでしょうよ。茉都香の口振り的にクロエ先輩の料理にありつこうとしているのは見え見えだし。

「じゃあ、僕がクロエ先輩にメッセージ送っておくよ」

「さすが、響ちゃん、気が効くー」

「お褒め預かり光栄です」

まぁ、茉都香のことは適当にあしらっておくとしてクロエ先輩にメッセージ送るか。ん? こういうのって秋月先輩にも送っといた方が良いんだろうか。ま、いっか。とりあえず、クロエ先輩に送っとけば。

僕はインカム型のデバイスの電源をオンにし、チャット機能を立ち上げ、フレンドリストから『八月一日クロエ』を選択する。これはクロエ先輩本人から聞いた話だが「八月一日」とは「ほづみ」と読むらしい。

さて、何と送ったものだろう。いやまぁ、端的に伝えれば良いか。


響『今、大丈夫ですか?』

ク『大丈夫だよ。どうしたの?』

響『いや、その、これから部屋に伺っても良いですか? 茉都香がクロエ先輩の手料理が食べたいらしくて』

ク『そんなに食材ないんだけど……(^_^;)』

響『ですよねー。すみません、無理を言って。その代わりと言ったらあれですけど良かったら足りない分の食材の買い出し手伝いますよ(^O^)』

ク『あ、くるのは決まってるのね(・ω・`)』

響『ご迷惑であれば茉都香に今日は無理だと伝えますよ』

ク『くるのはいいけど少しは手伝いなさいって伝えておいて٩(๑`^´๑)۶』

響『伝えておきます。で、手伝うとして僕らはどうしたら良いですか?』

ク『とりあえず買い物は手伝って欲しいな』

響『わかりました。じゃあ、駅前のスーパーで集合で!』

ク『お願いねー(^^)』


僕はクロエ先輩とのやり取りを終え、茉都香にクロエ先輩からの伝言を伝える。

「で? クロエ先輩なんだって?」

「『くるのは良いけど少しは手伝いなさい』って」

「えー仕方ないなぁー。というわけで響ちゃん任せた」

「全然、というわけでじゃないし。それに働かざるもの食うべからずって言うし」

「……ぐぬぬ。それを言われたら手伝わざるを得ないじゃん」

「じゃあ、鳴上君、私も手伝いますよ。これだけの人数の分の食材となると人手が多いに越したことはなさそうですし」

「ありがとう立花さん」

「で、駅前のスーパーですか?」

「うん、察しが良くて助かるよ。はい、茉都香も文句言ってないで行くよ」

「なら、今度、デートしてくれる?」

何でそうなる。まぁ、減るもんじゃないし良いか。

「わかったから早く行くよ」

「やったー! そうと決まれば善は急げだ。響ちゃん、急ぐよ!!」

全く、単純というか何というか。まぁ、いっか。何だかんだやる気になったみたいだし。



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