天才技術師と殺戮天使
@ra-s
第1話 プロローグ
夏休み終盤、僕、鳴上響は壊れた自動人形の修理に追われていた。
(ふぅ。疲れたー。少し休もう)
そう言って、首に掛けていたタオルを手に取り、汗と油を拭う。そして、机に置いた水筒を手にとって飲み、母が作ってくれたおにぎりを頬張りながら修理中の自動人形を見る。
(……まさか、僕がこの機体を修理することになるとは)
機体の識別名はULS-1〈破壊者〉朔夜ーーうちの家宝であり、約二百年前の大戦において何万もの兵士を皆殺しにしたとされる所謂災禍の化身。
しかし、どうして源爺は僕に修理を依頼したんだろうか。
まぁ、鳴上家の人間の中でも機密扱いであるこの機体を修理できる人物なんて限られている。だから僕なのかな。これでも鳴上家の嫡男だし。
何故、僕がこの機体の修理をしているかと云うと話は二週間前に遡る。その日、両親の工房に現れた源爺は僕を呼び出し、この機体の修理をする様に依頼してきた。依頼の報酬は現金にして一億円。一見すると高い過ぎるかのようにも思えるかもしれないけどそれだけこの機体の希少価値は高い。
今や、自動人形は街中に流布している。戦争も自動人形同士の戦いに移り変わるなどありとあらゆる分野で自動人形達の姿を目にすることができる。
しかし、この機体を含めたアンリミテッドシリーズ(通称・ULS)の大きな特徴は三つ。一つは人間そっくりの容姿を持つこと。二つは人間に似た人格データを搭載していること。三つは修理する上で問題となる構造の緻密さなどが挙げられる。一般的な自動人形は意思や人格を持たない。それと同じでその風貌も誰もが知ってる様な無骨な見た目のものばかりで人間に似た人格と風貌を持つのは彼女ら四機のULSのみ。故にこの機体の価値は非常に高い、というわけだ。
ただ、まだ学生の僕に直接そのお金を渡すのは良くないとの両親の判断で銀行の貸金庫に納められることとなった。
(それは良いとして、作業再開しますか)
僕は水筒を机に置き、その代わりに両手に工具と小型懐中電灯を手に作業を再開する。作業内容自体は熱によって融解して歪んでしまった歯車を特注の新品の歯車に取り替えるという至ってシンプルなものだが、何せ構造が一般的な自動人形とは違い過ぎる。複雑すぎる上にその上パーツ数も桁違いに多い。少しでも部品に傷を付ければ致命的な故障に繋がる可能性もある。この特注の歯車一つで数百万円もの大金が費やされていると思うと胃に穴が開きそうだ。
その後、慎重に歪んだパーツと新品のパーツに入れ替える作業を数時間続け、休憩しを続けること約3回、やっと終わりが見えてきた。
(あとは、このパーツをこのパーツと入れ替えれば…………はぁ、終わった)
僕はそのままその場に大の字で寝転がる。座り直し、時計を見ると時刻は午前の二時。当初は二十三時に終わって寝る予定だったから三時間の時間超過。思いの外時間が掛かってしまったけどやっと終わった。あとは、起動するかどうかを確認するだけ。
パーツの取り替えの為に取り外していたパーツを組み直して動力炉の戒めを解く。
すると、歯車が回り開いていた胸部パーツが閉じてゆく。そして、やがて約二百年もの間閉じられていた重い瞼が開き、アメジストよりもなお深い紫黒色の瞳に輝きが戻る。自動人形の少女は辺りを見回し、作業台の上に座る。少女はしばらく作業台の側に立つ僕を見詰めてから口を開く。
『ここはどこでしょうか? そして、私はどれくらい眠っていたのでしょう?』
「うちの工房だけど、あと、ここは君が起動していた時から約二百年後の日本だよ」
『……そうですか。随分と長く眠っていたのですね。貴方が私を直してくださったのですか?』
「そ、そうだけど」
正直、拍子抜けだ。災禍の化身と言うからには傲岸不遜でクールな感じなのかと思いきや、大人しそうな女の子じゃないか。もちろん、彼女を見るのはこれが初めてではないにしても彼女の歴史上で語られているイメージとの違いに驚いた。本当にこの娘が災禍の化身と呼ばれた最強の自動人形なのかと疑問に思ってしまう。
『ありがとうございます。お名前をお聞きして宜しいでしょうか?』
「僕? 僕は鳴上響だけど」
『……鳴上響様。付かぬ事をお聞きしますが響様は私のかつてのマスターの御子孫なのでしょうか?』
「うん、機能停止前の君のマスターはうちのご先祖様だけど」
『そうですか。では、響様。私と契約してくださいますか?』
「え、? どうしてそうなるの?」
『私の修理をしてくださったのが響様なのであれば貴方様は当代屈指の人形技師だと判断しました。それとも、私と契約することに何かご不満でも?』
……どうしよう。雰囲気的には断れる雰囲気じゃないけど相手は災禍の化身と呼ばれる最強の自動人形。契約すれば争乱に巻き込まれる可能性は大いにある。そうなれば否応なしに戦争に加担させられるのは明白だ。ただ、源爺から聞いた話だと〈朔夜〉という機体はマスターに絶対の忠誠と服従をするように規定されているらしいし。それにここで僕が契約をしなかったら誰に戦争利用されるかわかったものではない。もしかしたら、それによってまた大規模な戦争が起こるかもしれない。確かに契約しなければ僕自身、個としての平穏を守ることはできるかもしれないけどその個人の平穏の為に仮初めとはいえ保たれているこの今の平和な世界を脅かすことになる。
「一つ確認しても良いかな?」
『何でしょうか?』
「君はマスターに対して絶対服従ってことで合ってるんだよね?」
『はい。私の行動規範はマスターを守護し、その利益の為に働くことにございます』
「つまり、僕の利益にならないことはしない?」
『勿論でございます。「表」の私も「裏」の私も響様の不利益となることはしないと誓います』
「わかった。もし、君が僕の利益にならないことをするようであれば契約を破棄する。それで良いかな?」
『はい。異論はありません。では、右手を差し出してくださいますか』
これは仕方のないことなんだ。戦争の火種になりかねない彼女を他の人間に渡すわけにはいかない。別に自分であれば上手く彼女を使えるなんて言うつもりはない。他の誰かに任せることはできないただそれだけのこと。他の鳴上家の関係者はほぼ確実に彼女を戦争に利用する。何せ、鳴上家自体が彼女の元に築き上げられた従軍技師の家系なのだから。
源爺だって同じこと。今は学院の理事長をしてるけど元従軍技師。今回だって彼女を利用して何かを企んでいるに違いない。なら、その術中に嵌ったフリをしてその計画を台無しにすれば良い。
そして、生体認証を行うこと数分、彼女は機械的に告げる。
「『ULS-1〈破壊者〉朔夜、彼の者、鳴上響をマスターとして認証します』
これにて契約完了です。これより先は私は響様の所有物。絶対の忠誠と服従を誓います」
こうして僕はULS-1〈破壊者〉朔夜のマスターになった。この時の僕はこの後に起きることなど知る由もなかった。
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