第20話
寛永の頃の話である。
木更津の貝ガ瀬村というところに、目つきの与平という仇名の漁師がいた。
舟の櫂を足で操り、身を傷つけないためにカレイの目をヘシ(ヤス)で狙って突くことが巧みで、目を突かれたカレイを見ると、近隣のものは「与平鰈」と呼ぶほどに名が知られていた。
他の漁師が一匹も取れない日でも、必ずカレイを取ってくる彼の腕前に感心したものが問うと、
「海に縮れ面のごとき小さき波が立ち、日の光が差し込んで、水底の砂洲が見えぬことがある。そのときは竹筒に入れた腐り魚の脂を海面に流せば、日の光が遮られ、瞬く間に底まで見えるようになる。さすれば、砂洲より出でるカレイの小さき眼が浮かび上がるのが見える。そこをヘシで突けばいい」
と答えた。
その日の光を遮る腐り魚の脂の作り方を教えてくれと頼んだが、与平は頑として応えることがなかった。
ある日、与平がいつものように舟を出し、海を凝視しカレイを狙っていた。
しかし、その日は小さき波に日の光が照り返り、なかなか水底が見えない。そこでいつものように、与平は竹筒に入っ腐り魚の脂を垂らすと、日の光が遮られ、水底の砂洲が見えるようになった。
ところが淀んだ色の脂の合間から、何十ものカレイの目が水底にあるのが見えるではないか。
与平は驚いて、その目の一つをヘシで突いたが手ごたえが無い。
違う目も突いたが、それも手ごたえが無い。何度と無くヘシを水底に突き入れたが、一匹のカレイも取ることが出来なかった。
そのたくさんの目は、腐り魚の脂が海面に散ってしまうと消えてしまった。
以来、腐り魚の脂を海面に垂らす度に、何十ものカレイの目が水底に現れ、与平は一匹も獲物を取ることが出来ない日が続いた。
ほとほと困った与平が、貝ガ瀬村雲耀寺の慈運和尚に相談すると、
「目を突かれたカレイの恨みが、腐り魚の脂に染み込んでいるのだろう。ねんごろに供養せよ」
と言われた。
与平は貝ガ瀬浜の三つ松に塚に作って供養をし、腐り魚の脂を作るのを止めたと言う。
この塚は今では「目付鰈塚」と言われている。
<房総百奇譚より>
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太陽の光の反射を抑えるために海面に何かを撒いたり垂らしたり漁法は本当にありますが、それ以外は結構嘘が混じっています。
江戸風偽怪談 @SeiichiShirato
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