第19話
天保3年卯月、信州加桑折鹿瀬村の女三人は、男の親類一人を供に秩父の札所を巡った後の帰途であった。
彼女らは関川御関所が近づくと旅籠で案内賃を払って、夜に関所を抜ける手助けを頼んだ。関川と野尻の宿には、煩わしい「女改」を避けるための関所抜けで稼ぐものがたくさんいたのだ。
子の刻過ぎ、旅支度をした彼らは、案内の手引きで関所に向かった。
関所の木戸は夜になって閉じられていたが、案内はその脇にある小さなくぐり戸の前まで来ると
「皆さん、お静かに。くぐり戸の下は窪んでおりますから、気を付けて」
そう小さくささやき、くぐり戸を開けた。
驚いたことに閉じられてない。
彼女らは案内を先頭に、足音を立てないようにゆっくりと抜けようとした。
しかし、その時急に甲高い女の笑い声が聞こえてきた。
どこから聞こえてくるのかは分からなかったが、さも楽しそうな笑い声で、彼女たちも釣られて笑いそうになる。
息を噴き出そうとする三人の女たちの様子を見た案内は、急に慌てだし、
「聞こえますか?聞こえますか?」
と問うや否や、懐から何やら取り出し、それをちぎって女たちの両耳に入れた。
そして乱暴に三人の女を引っ張り、素早く関所を抜けてしまった。
少し離れたところまで来ると、案内は彼女たちの耳に突っ込んだものを取り出してくれたが、それは小さく丸められた餅であった。
どういう訳かと案内に尋ねると、
「あのくぐり戸は夜も閉じられてません。静かに通り抜けるのは、関守たちも知らないふりをしてくれるのです。しかし、3年ほど前から夜にあのくぐり戸を通り抜けると、女の人だけがしばしば笑い声が聞こえるようになりました。どういうわけか男には聞こえないのです。そのうち、笑い声に釣られて、同じように大声で笑うものがおりまして、そうなると関守も知らないふりもできなくなります。それでは困りますので、笑い声が聞こえた方には、餅で耳塞ぎをするようになったのです」
と。
その女の笑い声が何なのかは分からないと言う。
<鹿瀬故老聞集より>
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あいかわらず嘘が混じってます。
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