闘技場『モラ・チネーゼ』

鷹宮 センジ

闘技場『モラ・チネーゼ』

荒野の中にポツンと立地する、半径1kmにも及ぶ巨大な闘技場『モラ・チネーゼ』。


大陸の中でも特に不毛な土地であるこの場所では、作物は育たず水を得るのにも一苦労。手工芸品もそもそも木材が取れないので作りようがない。しかし、この闘技場には何故か多くの人々が押し寄せる。


闘技場内部には多種多様な出店があり、闘技場が開いている日は千客万来大繁盛である。食事は他所で食べるより遥かに割高で、使われている食品も長い距離の輸送で傷んでいることも珍しくない。


食事は特に美味しくなく、名産品を作っている訳でもないこの場所が何故賑わうのか。


答えは簡単。この闘技場で行われる競技が大人気だからだ。


それもグロテスクかつ血で血を洗うような命を賭けた殺し合いでも、ましてや知恵と勇気で乗り越えていくような遊戯でもない。


老若男女の誰でも参加出来る一方で、勝敗の結果が常に予測不可能な先の見えない決闘である。


このルパスタン王国で唯一伝統と呼ばれても差し支えない競技、その決戦会場として古くから遺されているのがこの『モラ・チネーゼ』なのだ。


「さあっ!さあさあさあ今月も始まりました、『メルツの月杯:第165回モラ・チネーゼバトル』ッ!!毎月のようにこの競技をやってるのに参加者が一行に減らないとは実に素晴らしいッ!!素晴らしい事ですッ!!」


司会者の僧侶が嬉嬉として魔法の拡声器を通してアナウンスを行う。


「では毎月恒例の初心者向け解説を行っていこうッ!!……おっと飢えた観客のみんな、騒ぐんじゃあないッ!!何故ならこれは司会者の義務でもあるからだ。時間はたっぷりあるんだから、少しくらい初心な奴らに覚悟させても構わないだろう?」


月毎にある競技の司会者ともなれば、刺激的な競技を待ちわびてブーイングを浴びせる観客の相手もお手の物である。


「さて!メインの『モラ・チネーゼ』については諸君も知っているだろうから割愛するとして――もし知らなかったら悪いことは言わない、自宅に直帰して初代勇者様の偉大なる名前を三回唱えてから聖書を読み直すんだな――これから行われる試合の形式をざっと説明しようッ!!」


僧侶が座る司会者席の真上、真っ白に磨かれた大理石に僧侶の初級魔法で光が投影される。


「近頃は動く絵とかも開発されているらしいが、今回は聖光投射とステンドグラスのヤツで我慢してくれッ!!まあなんだ、その内貯まった収入で最新の機材が導入されるだろうッ!!」


司会者のフォローが終わると同時に、大理石の表面に木の根っこのような枝分かれした線が映し出された。根っこの先端部分には名前が書かれており、逆に幹の部分には大きな黄金色の杯が描かれている。


「これは初代勇者様が考案なさった『トーナメントヒョウ』という代物だッ!!詳しい原理はさておき、これで大陸全土から集まってきた腕自慢を戦わせてたった一人の優勝者を決めるッ!!優勝するには『モラ・チネーゼ』で強者を出し抜きのし上がるしかないぞッ!!」


司会者が根っこの部分に書かれた名前をチラリと見上げる。そこには僧侶自身の名前もあった。


「ふふふ……そして『モラ・チネーゼ』は誰でも出来るのが魅力の一つさ。かく言う俺も上司の言いつけを無視して参加登録してやったぜッ!!俺の名前はルーズ・フラッグッ!!しがない僧侶をやっている者だ。だが俺は誰よりも間近で試合を見てきたッ!!俺に勝てると思うなよォッ!!」


ルーズ・フラッグと名乗った僧侶の宣言に再び巻き起こるブーイング。揺れる観客席に僧侶とは思えない程に凄まじい悪態を浴びせた後で、息を整えたルーズは説明を続けた。


「今回の優勝商品は……なんとッ!!この闘技場で売られる『フィギュア』のモデルになる権利だッ!!あの勇者様が考案なさった手のひらサイズのカラフルな彫刻ッ!!特に若い世代に人気のアレにモデルとして選ばれ、しかも売上の三割を貰えてしまうッ!!」


事実、初代勇者が伝えた『フィギュア』は未だに人気であり、一番初めに作られた古の『フィギュア』は王国の貯蔵庫にて大事に保管されている。


「こんなに素晴らしい優勝商品は過去に類を見ないッ!!いわば『フィギュア』になるということは王国の歴史に名を遺すこととほぼ同義だからだッ!!」


高らかに此度の優勝者がどれだけの栄誉を享受出来るのが語るルーズ。勢いのある語り口に観客の殆どが引き込まれていた。


「さてさて、それでは時間も差し迫って来た頃でございます。みんな、飲み物は買ったか?食べ物も持ってる?記録結晶に魔力は込めた?よろしい。では第一試合の開始を宣言致しましょうッ!!」


パッパラパー、パッパッパッパッパラパー。


大理石の左右に控えた王国お抱えの楽団が国歌を演奏する。同時に大理石の光が切り替わり、第一試合の組み合わせが表示される。


「それでは西側ッ!!可憐な瞳と艶やかな碧い髪、そしてナイスなバディに魅了された者は数知れずッ!!今回初参加となる中央魔術学院首席のレイラ・カルターニャッ!!」


闘技場の西側に当たる場所、重厚なドラゴンの牙を削って作られた巨大な扉が開き、細身の女性が妖艶な笑みを浮かべて入場してきた。


手元には先端に紅く光る玉が埋め込まれた、全長60センチ程度のヒイラギの杖。頭には特殊な素材が織り込まれ耐酸性に優れた深紅の魔法帽を被り、肩から王都で流行りの優美なオレンジ色のローブを羽織っている。


「続いて東側ッ!!遥か遠くのサブカル領で着々と名を上げてきた期待の新星ッ!!チェスタ流拳法とショウギリ拳法の達人であるライノルド・フォルビーチェッ!!」


闘技場の東側、西側にあるドラゴンの牙とは違いキメラの革が張られた風雅な木製の扉が開き、筋肉質の大男が肩で風を切るように入場してきた。


剥き出しにされた肌の至る所に数々の傷が刻まれているが、背中には一切傷がない。上半身を晒している一方で、下半身に重厚な蛇の鱗を編み込んだ特殊な道着を身に付けている。その顔には如何なる感情も見受けられず、冷静沈着を地で行く男であった。


「これは見た目的に大きなギャップのある組み合わせですッ!!両者ともに実績こそありますが、『モラ・チネーゼ』にはぶっちゃけ魔法も肉体も関係ありませんッ!!この勝負、初参加同士でどのような結果になるのかッ!!」


レイラとライノルドの2人は、自らとは真逆の相手に戸惑いを覚えながら少しづつ距離を詰めていった。互いに互いの表情を読み合う為に目を凝らし、自分が出す初めの一手を構想する。


「それでは……両者、構えッ!!」


ルーズの宣言に2人は利き手の袖を捲り、腰を低く落とした。


「………………初めェッ!!」


圧縮された空気が一気に弾ける。緊張と熱気で包まれた闘技場の中央、二人が振りかぶった右手は、聖書での記述通りにまず握り拳の形をとった。




「「さーいしょは、グーーーッ!!」」




大理石に映し出された2人の腕が、交差する。




「「ジャーン、ケーーンッ!!」」




時が限りなく遅くなり、拳が形を変えていく……レイラのよく手入れされた細い指は全てが折り畳まれた状態から靱やかに伸びていき、一方でレイノルドのゴツゴツしてよく鍛えられた指の内、人差し指と中指が空気を弾くように打ち出された。



「「ポンッ!!」」



両者、沈黙。

魔法帽に隠されたレイラの表情は見えないが、差し出された右手は小刻みに震えている。顔丸出しであるレイノルドの表情はやはり冷静を保ったままだが、レイラと同じくその手は細かく振動している。


判定人を務める兵士長が記録結晶を確認し、不正が無いことを確かめてから勝者の名を宣言した。



「勝者、レイノルド・フォルビーチェ!」



ワアアアアアアッ!!



観客が総立ちとなり、勝者の男に惜しみない拍手を送る。司会者のルーズも興奮を押し隠せない様子で試合の様子を語った。


「な、なんということでしょうかッ!!初参加同士だというのに両者の気迫は熟練者のソレを思わせる物でありましたッ!!初めの一手で『パー』を選択したレイラ選手の思い切りは十分評価に値しますが、その上を行ったレイノルド選手の直感が侮れないッ!!この後には他の優勝候補が待ち構えているわけですが、私が仮に私以外の選手の勝敗に賭けろと言われたならば、まず間違いなくレイノルド選手に賭けるでしょうッ!!」


ここまで言い切った所で、ルーズは手元のグラスから水を煽り喉を潤わせてから魔法のマイクを掴み直した。



「今大会もやはり盛り上がって参りましたッ!!一体『フィギュア』としての権利を手に入れるのは誰になるのでしょうかッ!!『メルツの月杯:第165回モラ・チネーゼバトル』又の名を『ジャンケンタイカイ』ッ!!勝者を巡る熾烈な争いはこれからですッ!!」




~・~・~・~




作者注

※「モラ・チネーゼ」……イタリア語で「ジャンケン」の意

※「ルパスタン」……フランス語で「趣味」の意

※「メルツ」……ドイツ語で「五月」の意

※「カルタ(ーニャ)」……イタリア語で「紙」つまりジャンケンのパー

※「フォルビーチェ」……イタリア語で「ハサミ」つまりジャンケンのチョキ


作者の適当なネーミングです。語学的に間違っている部分はお気になさらず。

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