いつもの缶コーヒーと小説

黒羊 鈴

いつもの缶コーヒーと小説

『○○さん○○さん5番のお部屋へどうぞ』

病院に俺の名前が鳴り響いた。何となく言われることは分かっている、どうせ俺は死ぬ。期待せずに俺は母親と診察室にに入り重たい顔をしている医者の前に座った。

『残念ですがもう......もってあと......』

...の言葉はわざと聞かなかった。だが分かる。どうやら俺は死ぬらしい。余命は聞かないことにした。聞いてしまっては死ぬまでのカウントダウンを毎日することになる。そんな面倒なことするくらいなら急に死んだ方がマシだ。険しい顔をしている母親に大丈夫だよと一言だけ伝え3階の病室に戻っていつものように点滴をして、いつものように2階にある自動販売機で缶コーヒーを買って、それを飲みながらいつものように小説を読み、いつものように寝る。いつものように朝起きてほとんど味のない朝食を食べ、いつものように1階の診察室で検査をする。その帰りにまた缶コーヒーを買って、ほとんど味のない昼食を食べ、また小説を読む。余命を告げられたにも関わらず俺は特別でもなんでもない、特にいつもと変わらない毎日を送った。


この日は点滴をした。なかなか食事がとれなくなったからだ。なんとなく死が近づいているのは分かっているが気にはしない。点滴を受けながら今日もいつものように缶コーヒーを飲みながら小説を読む。しかし点滴中ずっと横にいる看護師に気が散り、なかなか集中できない。すると看護師が口を開き

『小説、好きなんですね』

今まで病気の事しか会話をしたことなかったが看護師から初めて違う話題が出てきた。

『はい、好きなんです。自分の世界に入れるというかなんというか』

と俺は言った。看護師はまた口を開き

『素敵じゃないですか、いつか○○さんの世界見てみたいです。』

褒められているのか?色々とよく分からなかったから聞いた。

『小説、書いてみたらどうです?私がノートとペンは貸すので』

何を言っているんだ?質問したのにさらに分からなくなったが押し付けられたノートとペンをいつの間にか受け取っていた。

『僕はいつ死ぬか分からないのに何を書けって言うんですか?』

少しきつい言い方をしてしまって申し訳ないとさすがの俺も思い謝ろうとすると看護師は

『いつ死ぬか分からないから書くんじゃないですか?』

なぜか笑顔で俺に言ってきた。

『あ、点滴終わりましたね、今片付けますね』

何も謎は解決しないまま看護師は点滴の道具を片付けた。

しばらく考えた。いつか死ぬから書くについてだ。どういうことか分からなかった。いつ死ぬか分からないから書く?それは遠回しに俺にまだ寿命は長いと伝えたのだろうか。

まだ生きられるのか。色々考えているとあることを思った。俺って病気にならなかったら何をしてたんだろう。普通の人のように学校に行って進路を決めて恋人と出会って結婚して子供ができて...

考えてみたがやはり分からない。そんなことを考えているとさっきの看護師が部屋に来た。

『何か伝わりましたか?』

そう言ってきた。何も分かってない。伝わってない。唯一思い浮かんだのはもし俺が病気じゃなかったら普通の人のようになれたのか考えていたと正直に伝えた。すると看護師は笑顔で

『でも○○さんは今病気になっている。いつ死ぬか分からない。それって普通の人には経験できませんよ。○○さんにしかその経験はない。素敵じゃないですか。』

そう言って看護師はまた部屋を出ようとした。俺は病気。いつか死ぬ。けどそれは俺にしか経験できない。俺にしかわからない。

分かった。

『あのすいません』

気づいた時には看護師を呼んでいた。俺は続けた。

『小説書きます。俺にしか書けない。だから明日また来てください。』

そう伝えた僕をみて笑顔で看護師は返事をした。看護師はポケットから俺がいつも飲んでいる缶コーヒーを投げ渡して部屋を出た。

俺にしか分からない。俺にしか書けない。俺の世界。俺は缶コーヒーを開け、ペンを走らせた。


それから数日後。


今日も俺はいつものように起きてほとんど味のない朝食を食べ、1階の診察室で検査を受けて、いつものように2階の自動販売機で缶コーヒーを買ってほとんど味のない昼食を今日も看護師が持ってきた。

『あ、この前の小説面白かったです!てか何で初心者なのにあんなにいい文章書けるんですか?あと今回の作品はなんか凄い親近感が湧くというか...』

看護師はいつものように俺の小説の感想を長々と俺に聞かせる。

『そういえば、新しい小説書いたんですよ。まだ完結はしてないんですけどね、今回の話は余命を告げられた主人公が...』

長いあらすじを俺は看護師に伝えた。看護師は1度も僕から目を離さず話を聞いてくれた。『すごい面白そうですね!○○さんらしいじゃないですか!』

嬉しかった。俺はいつも小説を書いている看護師からもらったノートにではなく、先日買った新しい手帳に小説を書いていた。少し恥ずかしいが早く読んでほしい。俺は看護師に手帳を渡した。

『えーノート変えちゃったんですかー?てかもうこんなに書いたんだ!やっぱ才能あるんじゃない?でも題名は?』

俺は少し笑いながら答えた。

『この作品は長くなりそうだから別にしたんですよ。あとちゃんと見てくださいよ題名は手帳の表紙に書いてありますよ』

あ、ほんとだと笑いながら看護師は手帳を閉じて題名を確認した。題名は

『森と少女と道化師』


[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつもの缶コーヒーと小説 黒羊 鈴 @kokuyorin6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ