第3話

 「氷河期」という言葉を知ったのはいつごろだったか。

 はっきりとした時期は忘れた。

 でも、言葉を知っていてもそんな時代があったなんて信じることはすぐにはできなかっただろう。


 ものすごく寒い地域の冬みたいな気候がずーっと続いて、それでも人が暮らしてて、自分より大きな獲物を追い続けて……。制約の多い中でもきっと楽しみを見つけていて、彼らなりの一日を過ごしていたのだろう。

 四季を満喫して、薄着になったりファッションも自由にできていた自由に思い思いの活動をしている自分たちみたいな人間と彼らとはまったく違った存在に思えるのだ。

 なんだか今は、そんな彼らの気持ちが少し分かったような気がした。




 ▲▽▲




 体育館は人でぎっしりと詰まっていた。


 はじめて学校で迎える朝。

 そんな非日常の連続に改めて気付かされた日常の一部があった。


「春江、おはよ」


 丸岡つぐみだ。


「おう」


「なんかさ、こういうのって新鮮だよね。こう、なんだか気持ちが落ち着かなくてさ」


「そりゃ普通ねえもんこんなこと、幼稚園とか以来じゃね」

「わかるー、お泊まり保育とかあったわー」

 相槌を打ってくる丸岡。

 まあそりゃ小さい頃ってこんな同じような体験ばっかじゃない? 突然話題に困ったときのとりまコレリスト堂々のNo.2。共感呼びやすいからね。ちなみにNo.1は先生や授業の愚痴。幼なじみとはいえここまで一日中面と向かって会話する機会ないよなぁ。


「あれでしょんべん漏らしたり勝手にベランダんとこ行って死にかけたり泣きまくって先生の部屋まで連れてかれて散々だったっちゅう記憶あるわ」

「そんなん覚えてんの笑うわ」

「いや笑ってねえやん」


 真顔で笑うって言うな。捲し立てた俺だけ余計に恥ずかしいし。


「で、とりま圭人の見つけたヤバいものがあるらしいから丸岡も行ってみるか?」


 ーーそう昨日、圭人曰く俺と一緒に1階の職員室に立ち寄った帰りに気になる物音がした、ということで二人でちょっと寄り道をしに行ったのだ。

 確か階段の上の方、つまり3階から聞こえたらしいが……。


『やっぱ気になるんだよね、俺チラ見してくるわ』

『俺にはあんま聞こえねえけどな。じゃちょっと俺は下で待ってるわ』

 こういうのは無理なんだって! すまん!


『えっ怖ーマジで俺一人でかよぉ……まあでも、見てくるだけ一瞬な、絶対そこで待っててくれよ??』

『もちろん、おまえが生きて帰って来たらな』


『こええな! でも行ってみるわちょこっとだけなーー』


 圭人は見に行った、と思ったらすぐ階段を駆け下りて来た。


『なんかやべえよ、なんか』


『それじゃ意味わからん』

『とにかく行けばわかるって……』

『いや俺は』

『じゃ明日もういっぺん行ってみようぜ、誰か誘って』



 ってなわけで丸岡の返事待ちをしていたわけだ。多分他の女子とこんな環境でも予定立ててんだろうけど。


「ん、いいよ」

 返事はほぼ即答であった。意外にも来てくれそうだ、となると俺もちょっと調子が変わってきたような……なんか行けそうかも。


 でもわんちゃん出る、とか圭人が言ってたから無難に済ませるためにそう言った系統が無理なのかだけは確かめる必要があった。

「これ多分、出るような気がするんだよね……無理だったら我慢しないでほしい」

 ちょっと考えて、ニコニコでこっちを向く丸岡。

「そういうのなんか楽しそうじゃん」


 なんだかあまりに乗り気なので冗談と捉えられていそうだから二重に保険を掛けさせていただく。

「お、俺はまあ……軽いホラゲー程度のとか、お化け屋敷ならまだ大丈夫だけどさ、こういうリアルなやつってちょっとやばいかもなって……」

「何びびってんのまじウケるわー、てか誘ったのはそっちじゃんね」

 だが怖いものは怖いし、なんか自分すら不安になる。ホラゲーやったあと風呂場が怖くなるより今からの

 ホラゲーもお化け屋敷も圭人に無理やり言いくるめられてやらされたり連れてかれたりしただけで耐性もクソもない。だが、ここは男としてのプライドを……

「俺は平気だけど、丸岡がさ、もしってことをだな」

「じゃ、手繋ぐ?」


「あ、あ?」

 えええちょっとそれってチョットアノココデ……

「ほらさ」

 勢いで繋いでしまった。人肌の温もりを感じることなんていつ以来だろう、なんか安心する。


 地階にある体育館からは出てすぐのところに食堂がある。

 そこを右に曲がると階段になっていて、一階は目の前が保健室、その先には管理室と玄関があるが閉鎖されていて外は窓越しにしか見えない上その窓はカーテンをされていて、それをめくると既に外は極度の寒気で氷が張り付いて見えなくなっていた。


「よく生きてられるよね、あたしたち」

「服様々だよな、ほんとに」

 みな制服か体育着を着た上に支給品のアルミ製防寒服を着、上にはなけなしの布団を切って作った服や学校に予備でおいてあったりしたコートを着るなど「とりあえずなんか羽織っとけ精神」で着膨れしどうにかやってる。トイレとか着替えとかクッソ大変で仕方ない。

 圭人はというと、買い出しの手伝いを頼まれていて、もうすぐ終わる予定だ。それまでの間、校舎をぐるっと回っていようというだけのことだ。


 1階のロビーには手伝いをしている

「おっ、お前ら元気か? そこのお二人は元気そうだな」

「「はっ」」

 手を思わず後ろに隠す。丸岡の方をつい見てしまったが、苦々しい表情を浮かべていて、顔を背けられた。

 外から帰ってきてる中本先生は元気そう。

 そういえば……車で行ってきたとするとだ。なら俺らは帰宅できるはずだ。家族はどうしているだろう。夕方あたりだしテレビ見てんのかな。テレビも通じてんのか?

 こっちでは娯楽がないわけではない。スマホはとりあえず電波は生きてる。バッテリーは瀕死持ち運ぶのではなく暖房の効いてる体館でしか使えない。ラジオはニュースを聴く程度。


「先生、俺らは帰れないってどういうことなんですか」


「それは……仕方ないことでな……」


 外出ていくにも極寒のブリザードが吹き荒れていて、車が必要で、それも車で移動するにも酷く大変なようだ。ひとりひとりを家に帰らせるというのではおそらくガソリンも人手も足りないということらしい。

 車を所有している家庭はこのブリザードの中出迎えに来るタイミングを伺っているそうだ。がしかし。俺の家族はそういえば車を持ってなかった。都会だからな。

「こりゃ車あっても帰るにゃ辛いわな」

 圭人も同じ状況で、他の友達の車持ってる家に交渉してるらしいが、そちらもギリギリらしい。無理にリスク冒すより暖房といった設備の充実した学校に居させた方がいいという判断のようだ。


 必要な資源だけを手に入れるためどうにかやってくれてる中本先生の他にも動きはあるみたいだ。


 校舎の中では今、暖房を付けている場所が限られている。電気の節約のため1階職員室と体育館の着替え室のみになっている。体育館はデカすぎて熱効率が悪いのでヒーターと布団を使うことで凌いでいる。


「わりい、まだ終わらないみたいだからこの段ボール運ぶの手伝ってくれねーか?」

 寒いのに圭人の顔の横には汗がつたっている。

「勿論手伝う手伝う」

「あたし、あっちのほう手伝ってくる」


 結局1階の手伝いをすることになりこの日もまた、2階に行くことは出来なかった。

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氷河期学校 足羽くるる @sasha903rgd

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