どうも、天津湯です。
今回初投稿させて頂いた作品、「妖狐冥界譚」について、よりいっそう深く楽しめるようなコラムを掲載してみようかと思います。

いろんな作品や宗教、言い伝えでも大抵、死後の世界には冥界とか天国とか地獄ってものがありますよね。行く前には三途の川があるとか。
じゃあ実際に死後の世界ってどんなもの?
以下は日本に根深い三宗教での死後の世界に対する見方の違いを述べていきます。

例えば神道。
人は祖先の神(氏神)から出ており、死ぬと祖先の神のもとへ帰って行くという死生観を持っています。言い換えれば人は死後、家族や親族を見守る御霊となって祖先神の仲間入りをするというのです。つまり、神道では人は死後に神になるという、人と神の連続性が大きな特徴になっています。
神道に地獄はありませんが、地国(黄泉の国)はありますし、俗にいう「天国」や「極楽」はありませんが、天国(天つ国)ならあります。我が国日本はその間にあって、中つ国と呼ばれます。
神話によると、イザナギが火傷をおって死んだ妻イザナミを捜し黄泉の国まで行ったそうですが、彼女の姿は……取り敢えずひどい状態だったそうです。

そして仏教。
日本人に天国の概念が出来たのは仏教が入ってきてからだと言います。
一般には、天国は「極楽浄土」、「三千世界」と表現され、この世の最西方に位置すると考えられています。「西遊記」という小説において、三蔵法師が西へ西へと旅を行ったこともこのイメージとつながっています。
もう二週間前に終わってしまいましたが、先祖の霊を迎えるお盆という文化もありますよね。釈迦の弟子が神通力で母親の姿を見た時、亡くなって餓鬼道に堕ち、苦しむ姿が見えたそうです。そこで、僧たちをもてなし、母親の苦しみを救ったという故事が、ナスやきゅうりで作った馬や牛で先祖の霊を迎えるという民間信仰の風習といつの間にか合体したものと考えられます。

最後にキリスト教。
謙虚で誠実、真実の愛を持つ人の魂は、死後「天国」と呼ばれる何不自由ない神の国へ行けるのですが、心が野心や欲に満ちた人の魂は、真っ暗な「地獄」に落ちます。
天国へ直行できるほどの善人ではないけれど、地獄へ落とされるほど悪いこともしていない私のような一般人は、その中間の「煉獄(れんごく)」と呼ばれる所で、天国へ行くため浄化されるとのこと。
明治以降この思想が日本人に伝わり、今では以上三つをごった混ぜにしたようなかたちで捉えられていると思います。

日本独自の、古来からの神仏習合のような思考方法の中で練られていた考え方から寛容性というものを生み出したことで、現在の日本人的な死後の世界に対する思想が生まれたのではないでしょうか。(参考までに http://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=265

さて、ここからは私小説に関する話なのですが、ここでは神道の伝承をモチーフにしたものがいくつか出てきたりします。
「大幣(麻)」や「切麻」は神道で用いられる道具です。
大幣は神主さんが使う、あの紙がひらひら付いたりしている棒のこと。そう、あれで対象物の穢れを取り除くのです。が、作品の中では死者に対して使われることになっています。えっ。
現世で死者に使った場合、その霊があるべき場所の冥界に送られるということですね。現世では死者の霊魂がいてはならないもので、穢れとして認識されるのでしょうか。
主人公は死者ですが神(狐)からの任命を受けて除霊をすることになり、特別に現世へ送られます。つまりミイラがミイラ取りをする(!?)わけですが。

これだけいっておきながら物語にはそのシーンは登場しません。が、主人公がその除霊の任務に就く、そこまでの過程を描いています。

「妖狐冥界譚」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886875183/episodes/1177354054886875322