INSECURITY 2-1

 早朝。

 予定通り朝日が昇ると共に教会を出発した3人は、北にあるという最寄りの街に到着していた。

 先住民である魔族すら手を着けていない未開の地にもっとも近い大きな街ということもあり、冒険者や騎士団、教会だけでなく魔族たちも盛んに出入りしている一つの拠点だ。

 街全体を覆う石壁の東側には放牧地帯が、街を挟んだ反対側には農作地帯があり、開拓を行う冒険者や魔族との交易を狙った行商も居るため、正直国の中でも有数の賑わいを誇っているほど。

 で。カイン一行はというと。

「ほんで兄ちゃん、変な魔術でもかけられたかー?」

「炭被ったみたいになってるぜそれ!」

「不用意に宝箱を開けたらこのざまだ。参ってしまうな。ハッハッ」

 言葉では笑いながらに、カインは背中のライフルを担ぎ直した。

 昨日魔獣に襲われた事を考慮し、装備を見直した結果だ。以前までは驚異が人間だけだったが、この世界ではそうもいかない。

 そこで対人用の小口径拳銃と最終手段の拳銃はそのままに、ライフル弾を使う拳銃ではなく素直にライフルへ変えたのだ。弾も.223ではなく、より強力な7.62x39mmに変更し、森や室内でも使いやすく、長期間整備ができないことを見越した自動小銃──KTR-08を選択したようだ。固定倍率のスコープやダットサイト、下部には短銃身のショットガンまで備えられている。

「ヒャッヒャッヒャッ! 呪いかよ、そいつぁいい! 教会で解いてもらいな!」

「ん? 待てよ。神官連れてるのに呪解してもらえねえのか?」

「実を言うと、何度も引っかかって呆れられてなぁ」

「「ギャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」」

「ハッハッハッハッハッハッ」

 知らない魔族とドワーフに絡まれていたものの、わりと馴染んでいた。

 店先のテーブルで酒を飲んでいた2人に絡まれたカインは適当に返事をしていたのだが、なにか飲み物の入ったジョッキを差し出され、臭いを確かめるなり一気に飲み干したのだ。

 それを見た2人は気を良くして更に絡んでいる、というわけだ。

「ついでに訊きたいことがあるんだが」

「おう、なんだ? 俺様の弱点以外なら教えてやるぜ」

「金や銀を売りたいんだが、いいところはないだろうか」

「金銀財宝っつったら、そりゃあ騎士団様よ! 商人も買っちゃあくれるが、あんま良い値はつかねえんだ」

「ああ、やはりか。ありがとな。……あまり待たせると怒られるから、この辺で」

「おうよ!」

「またなー!」

 カインはテーブルに爪先程の大きさの透明な石を転がし、軽く手を振りながら、後ろで待つエレインとサニアの下に戻った。

 先ほどのテーブルではなにやら悲鳴にも思える叫び声が聞こえるが、カインは知ったことではないと言わんばかりに無反応でいる。

『なっなっなんだこの宝石!?』

『酒代か!? これが!? 数日は飲んで遊べるぞ!!』

「悪いね、待たせた」

「いえ。……彼らとはなにを?」

「交流作りと賄賂」

「わいっ……!?」

「はぁ……」

 しれっと口にした言葉にエレインは目を丸くし、サニアは溜息を吐いた。

 それでも元々行き先の決まっていた一行は再び歩み出し、周りからの視線に当の本人は反応せず、隣を歩く2人が肝を冷やしながら辺りを警戒している。

 カインの様相は、冒険者が多いこの街でも異質を極めている。衣服が周りと違うのはまだいい。だが、昨日とは違い、目に見えるように背負っている武器の異質さと、顔を覆う謎の呪い。追い出されたりはしないだろうが、それでも頻繁に目にする雰囲気でもない。ちょっとした非日常のような光景に、ただこの街に住んでいるだけの人々は目を奪われるのだ。

 流石に両隣の2人が辺りをちらちらと見回しているのが気になるのか、カインは少し注意をすることにした。

「背を伸ばして前を見なさい。気は周りに伝わるものだ、おどおどしていると怪しまれる。特にエレイン、君は神官なんだろう?」

「この状況で物怖じしないほどの気概は持ち合わせておりませんっ」

「持ち合わせてくれないと、私の隣を歩むのは難しいな」

「うぅ……善処いたします」

「サニア、君もだ」

「……人目は嫌いなんです。昔を思い出して」

「むか……。そう、悪いね」

「わぷっ!?」

 唐突に、カインはサニアの外套に着いていたフードを被せていた。

 思わず手を振り払おうとするも、既にカインの手は無く、ただまっすぐに前を見る姿しか目に入らなかった。

 あまり人が好きではないサニアは他者と距離を取りたがるが、カインはそのスペースにいつの間にか入り込み、こうして反撃をする前にいなくなっている。人とは違う、なにかもっと意識を感じないような、ふとすれば存在を忘れてしまいそうな。理解することを拒まれているような、そんななにかを相手にしている気分になるのだ。

 要するに、考えるだけ無駄なのか。

 そう結論づけたサニアは溜息を吐きそうになり、息を止めた。少しばかり気にしているらしい。

「我々は互いに、何をして、何を見て、何を経てここに居るのかなんてのは、知る必要もない」

 不意に語り始めたカインの言葉は、2人へというよりも、己へ言い聞かせているようにも聞こえてしまう。

 お人好しの自分が招いたモノを忘れるなと、また不用意に踏み込むなと。

「けれど、今必要な行動が取れない理由が過去にあるのなら、そこへ踏み入らねばならない。だから、せめてしゃんとしてくれ」

 上辺だけの、目的のために行動を共にするだけの、利害のみの関係でいたい。カインが望むのは情を持たないものであり、周りからすれば突き放されているとも取れるものだ。

 そもそもの原因はカインが異質な様相をしているからなのだが、それを召喚したのは自分であることに気づき、サニアは辺りを伺うのをやめる。

 文句の1つも言いたいが、どうせ無駄なのだ。煙に巻かれるのがオチだろう。

「気にならないんですか?」

「なるね、凄く」

 睨むように、皮肉を込めて放った言葉は、あっけなくカインに受け止められてしまった。

 予想外の返答に「なら」と返してしまうが、カインはそれを遮って続ける。

「本人が話さないのなら、他者が興味本位で過去に触れるべきではない、そう思ってる」

「年の功、ですか」

「さてな。私もだが、我々は一様に、口にしたくない過去があるのだけは確かだ。だろう?」

 同意を求めるようにエレインへ話を振ると、驚いた様子ではあるもののすぐに口を開いた。

「わたくしは……カイン様が言えと仰るのでしたら」

「どうしても待てなくなったら、そうさせてもらうよ。……さて? あれが……ええと、騎士団の詰め所かい?」

 雰囲気が良くなることがないまま歩き続け、気づけば大きな建物の前に来ていた。正確にはその建物の前にある庭の、更にその入り口にある門の前なのだが、これでもかと言わんばかりに物々しい雰囲気が漂っている。

 門の両隣には胸や手足に鎧をつけた門番が立っているし、疑うまでもなくこの街の要所なのだろう。

 ……そこまではいいのに、門は開け放たれており、気楽に出入りする人々がちらほらと見える辺りが更に異質にさせている。

「この街では、冒険者組合や教会、騎士団といった大きな組織は、皆この建物に場所を借りているんです」

「意外と仲が良いのか……?」

「開拓地近くの街ですと、結束を強めるためにこういった形が多く見受けられます。わたくしの居た場所も規模こそ違いますが、同じ屋根の下に纏まっておりました」

「単純に場所がないのもありますがね」

「切実だな……」

 立ち止まって全体を眺めていると、むこうからも目に留まったのか、門番2人はじろじろとカインを足の先から頭の先までを嘗め回すように眺めた後、横にいる2人を見てお互いに顔を見合わせていた。

 声をかけるべきか、どうするか。目だけで意見は一致したようで、建物を眺めて呆けているカインに門番2人が歩み寄った。

「そこのあんた、どこで登録の冒険者だ。見ない顔だな」

「それとも、どこかの使いの魔族か? というか顔が見えないな」

「悪魔と呼ばれながら神官をしている身だよ。大地の調査をしていたところを、はち合わせた彼女と一緒に魔獣に襲われてね。この冒険者と一緒でなんとか助かったんだ」

「この方は異教の身なれど、わたくしたちと同じく神に仕えるお方です」

 剣に手をかけるでもなく寄ってきた2人を見て、カインは嘘と言い切れない程度の嘘で誤魔化した。エレインも嘘は言っておらず、教えに背かない範囲ですらすらと口を合わせる辺り、そういった事には慣れているんだろう。

 急に持ち上げられたサニアは驚きもしたが、怪しまれないよう門番へ軽く頭を下げて挨拶をしていた。

「魔獣に。そりゃ災難だったな……」

「場所はどの辺りだ? すぐに調査と対応を」

 カインの眼光がにやりと歪んだ気がしたが、気のせいと断定してサニアは見なかったことにした。たぶん、この人は嘘や紛い事を並べることに慣れている。そして、それを言及したら面倒なことにしかならない。放っておこう。……と。

「3人寄ればなんとやら。魔獣は倒せたのだが、死体を未だ放置していて……」

「荷馬車の要請と報告を兼ねて、この街へ来た次第でございます」

「場所は南にある廃虚街です。かなりの大きさなので3、4台は」

「あそこに魔獣が? わかった。ここまで大変だったろう、ゆっくり休むといい」

「教会で祈りでも……と思ったが、あんたは異教徒なんだったか。まさか、魔王の所の過激派とかじゃないよな」

 魔王。

 その言葉を聞いて、もう片方の門番が腰の剣に手をかけた。

 カインは聞こえてきた魔王の信仰に興味はあるが、それは知的好奇心だけのものであり、正直なところ今だって神を崇拝しているわけではない。だからこそ、彼はさも当然のようにこう答えるのだ。

「ハッハッ。そんなまさか。私は王ではなく神に仕える者だよ。欲に溺れる存在はダメだ」

「……だよな。失礼をした」

「途中まで案内する。こっちだ」

「どうも」

 剣に手を掛けた方の門番が姿勢を正し、どこか焦りを感じさせる程足早に進み始めた。

 昨日のエレインやサニアの話や、今し方門番が口にした”あそこに魔獣が?”という驚き様からして、ありえなくはないが起きていなかった事態なのだろう。もっと奥に生息していたようだし、迷い込んだ上に人を襲ったわけで……。

 カインが魔獣について考えていると、前を歩く門番は朗らかに話を振ってきた。休息を提案してきたりと、気遣いが染みついているのかもしれない。

「そっちの冒険者はこの街の人だよな。何度か見た覚えがある」

「はい。以前、こちらに移転届けを出しています」

「で、他の2人は神官様だって?」

「わたくしは教会の神聖魔術神官を務めております。この街には1泊した経験しかございませんが……」

 気を紛らわせようとしているのか、あるいはただの興味か、その話題は当たり障りのないものだった。

 荷馬車数台分の魔獣と聞いてもあまり驚かなかったり、それを倒したと伝えても動揺していなかった。よほど兵として訓練を積んでいるか、あるいは聞き流していたか。どちらにせよ社交性が有る方なのだろう。カイン達3人にとってはありがたいことだ。

「黒い方は異教の人だとか」

「ああ。うちの教典、読むかい?」

「神様だなんだってのはよしとくよ。よくわらんもんで」

 案内をしてくれている門番は肩をすくめ、苦笑した笑みで振り返ってきた。

 ……と思えば、その顔は焦ったように曇ってしまう。

「と言っても、あんたら神官を莫迦にしてるとかじゃなくってだなっ」

「気にするな。神だ導きだなんてのは、信じたい人が信じればいい」

「……あんたんとこは、随分と優しいんだな」

「信仰は押し付けるものではない。そうだ、と思う者同士が集い、受け入れ、結束する。それだけだ」

「はは。ありがてえ」

 なにをそんなに怯えているのやら。そう思ってカインがエレインの顔を見やると、いつものように微笑んでいたのだが、なんというか貼り付けたような顔というか、どうにかこの顔を保とうとしている感覚が伝わってくる。

 口を挟むか悩んでいるが、悩んでいることを知られたくない、といったところか。

 これを見て、この国の宗教はある意味での過激派が多いのだろうと察したのだ。

「エレイン?」

「は、はい。なんでしょう?」

「君の所は勧誘が盛んなのかな」

「申し訳ありません……やめるようには言っているのですが、一部の方々が強引な手段をとるモノで」

「あっ、あーいやっ、神官様を責めてるわけではっ!」

 声を掛けられついぞ崩壊したのか、エレインがうっすらと涙を浮かべた姿を見て門番は狼狽え始めた。

 カインとしては、門番の気持ちがわからないこともない。エレインは実際の所美人でスタイルも良く、神官であるからには、それなりに聡明であることも裏付けられている。そんな相手が自分の言葉で涙を見せたとなれば、ほとんどの人なら動揺するというものだ。

 あと、万国共通で宗教勧誘はうざったい。神でなくともパスタを崇めたって良いではないか。

「どこにでも、余りある信仰心の捌け口を違える者は居る。ほら、涙を拭きなさい」

「申し訳ありません……ありがとうございます」

 エレインの涙をハンカチで拭い、戻そうとしたら思いの外力強く手を握られてしまい、カインの手は微動だにしなかった。

 昨晩もそうだったが、エレインは見た目の数倍力が強い。どこかリミッターが壊れているんじゃないかとカインに思わせるほどだ。

 まあ、そもそもとして原始的な弓を用いて狩りをしている種族、しかもその中でも指折りとなれば、かなりの期間弓を扱ってきたことが伺える。そうともなれば体幹や上半身は強靱なものなのだろう。見た目はほっそりとしているのだが、そのせいでカインは調子が崩れるのだ。

「天使と悪魔だ……」

「確かにエルフは神に近いとされていますし、カインは悪魔と呼ばれたこともあるそうですが」

「生きている内に、絵画として欲しいと思う光景に出会うとは思わなかった」

「欲しいんですか? この2人の?」

 門番がよくわからない所で感動している間、正直なところカインはただ焦っていた。なにせ力で負けてるのもある上に、人目を引くほどには美しいエレインが両手で手を握っていて、さらにその相手は呪いで顔が見えない異教徒ときた。悪目立ち以外のなにもしない状況だろう。

「手を放しなさいエレイン。エレイン?」

「神官同士、通ずるものがあるんでしょう。信じる神は違えど心は同じ、天使か悪魔かは些細な違いにしか……」

「あんたも何を言っているんだ。サニア、手伝ってくれ」

「そろそろ私は換金所に」

「あっ、こら逃げるな! ……っく、こうなったら」

 すたすたと歩いて行ってしまうサニアを諦め、カインは引くのではなく前に出た。

 エレインは自らに飛び込んできたカインを受け止めるべく両手を広げ────気がつけば、片手を引かれたまま床に転がっていた。体の何処かが痛むこともなく、無理に力を加えられたわけでもなく、それが自然なことだと言わんばかりに。

「ひゃうっ!?」

「大丈夫かい、エレイン」

「カイン……様?」

「周りをよく見て、少しは落ち着きなさい」

「周り……。はっ、すっすみませんカイン様! あれっ? サニアさんは?」

「呆れて先に行ったよ。まったく」

 放すことのなかった片手を引いて立ち上がらせ、崩れた衣服を軽く直してやり、全身を流し見てカインは良しと呟いた。

 傍らにいた門番はただただ呆けた様子で口を開けているばかりで、今の動きに反応できた素振りはない。それを確認したカインはほんの少し、この世界の騎士団とやらに落胆するのだった。頼りになりそうもないな、といった感じだ。

「エレインは案内の人に続いて報告をしてきなさい。私はサニアを追う。終わり次第、外の門で落ち合おう」

「かしこまりました」

「あんた、場所はわかるのかっ?」

「人を追うのは慣れてる。問題ない」

 そう言ってカインはあっという間に人混みの中に消えてしまい、残された2人は見送るように眺めた後、顔を見合わせて苦笑を漏らしていた。

「皆さんは賑やかですね」

「お恥ずかしいところを、申し訳ありません……」

「いやいや、異教の方とああも打ち解けられるのは良いことかと。……さ、こちらへ」

「はい」

 門番の人が深く考えない人で良かったと、エレインは心から安堵するのだった。


 所変わって、ここは冒険者で賑わう換金エリア。衝立に仕切られた大小様々な窓口が立ち並び、端の方には個室まで用意されてる徹底ぶりだ。

 通常の窓口にサニアが行こうとしたところ肩を掴んで止められ、咄嗟に小剣へ手を伸ばしながら振り返るとその腕すらも抑えられ、何者かと思えばカインが立っていた。

「勝手に行かないでくれ……」

「なにをそんなに焦って」

 肩で息をしているカインを見かね、抑えてきた両手をそっと払った。

 それを気にしている様子は無いものの、どこかいつもとは様子が違う。よくみれば微かに震えているようにも思える。

「あのな、確かに私は見た目が目立つし様々なことをしてきたが、独りで知らない世界の知らない場所で、知らない種族の衆目に晒されて平然とできるほどじゃない」

「なんでそんなところで気が弱いんですか」

「普通だと思うんだがね……」

 ようやく知った顔を見つけたカインは辺りを見回し、そっとサニアの後ろへ隠れるようにして続いた。

 カインはそうするのが最善であるからと己を無理に抑えてでも毅然とするが、実際の所はわりと小心者なのだ。特にびっくり系が苦手でもある。

「ここはなんの場所だい?」

「換金所です。開拓中に手に入れた物は、国へ売って金にするのが一般的ですね」

「ふむ……」

 なるほどな、とカインは頷いた。

 辺りには大荷物の者が多く、そういった人々は武器や鉱石が、逆に小さい荷物の人は宝石類を持ち込んでいるのが見える。グループの中で分担してるのかまでは見てわからないが、なんとなく暗黙の了解があるようにも思える。

 そこでふと、あることが気にかかった。

「今朝も言ってたが、相手は商人ではないんだな」

「発掘品は国益に繋がる場合が多いので、先に国へ流して、そこから一般へ流通させていいものを商人に売り、私たちが買う流れですかね」

「一理ある。しかし、発掘品を国へ売らなかったら?」

「そこの裁量は委されています。欲や戦力を優先するか、金銭を優先するか。そのためにも、良いモノはかなりの価値がつきますよ」

 冒険者は自ら危険に飛び込み、未開の地で得た品々を売って生活をする者達だ。中には人に雇われて護衛をしたりもするそうだが、もっぱら開拓ばかりをする人が多いらしい。

 そういった人達が得た物を、互いが納得して取引をする。それには金が一番……ということなのだろう。実際、国が持つ騎士団は冒険者の売った武装が使われてることもあるとかなんとか。

「では逆に、商人へ売るとどうなる」

「明らかに特殊な品を商人が買い取ると、発覚した時点で双方が懲罰対象です」

「まあ、そうか」

 要するに、冒険者とはある意味で炭鉱夫に近いのだ。危険を省みず、より価値のある物を求め、時に戦い、時に助け、そうして得た宝を国へ売り、国はそれを使って国力を上げていく。そうして経済が回っているのなら、カインは口を挟む必要をあまり感じはしなかった。

「金銀といった金属も国の方がいいんだったね?」

「ええ。武器や装飾に使われますから」

「……なんというか、世界大戦の頃を思い出すな」

「世界大戦? ……それはどんな」

「40余りの国が争った、忌むべき歴史さ。今度同じ事をすれば、それこそ大地は一掃されてしまうだろう」

 カインが元の世界を思い出していると、2人の会話が耳に入った数人がじろじろと見つめてきたので咳払いをし、急に話を切り替えた。

 元々カインは目立つのが苦手ではあるし、最終的には勇者を殺そうとしている身。できるだけ目立つ行動は避けたいところだ。

「とりあえず、さっさと売ろう」

「そうですね」

 部屋の中に人は多いが、窓口は空いていた。どうやら交流の場にもなっているらしく、雑談をしている人が多いのだ。

 空いていた窓口へ行き、サニアは預かっていた寄付金をどさりと机に置いて見せる。国の役人であろう男は中身を見て少し驚いた顔をしたが、カインの顔を見て喉を鳴らした後、その顔をすっと元に戻した。

「査定をお願いします」

「はいはい。えーと……金属の彫刻ですかね?かなり精巧な作りだ……」

「売れるか?」

「ええ。金属としてか、調度品としてかで値段は変わりますが」

「……これ1つだとどの程度になる」

「金属としてになりますが……」

 カインは金色の硬貨を1枚手に取り、その価値を訊いてみた。

 すると窓口にいた男は形の不揃いな金貨を2枚差し出した。指先ほどの大きさしかないが、合わせればおおよそ硬貨と同じくらいの体積に見える。つまり、金属としての場合はほぼ等価でということなのだろう。

「では、調度品としてだと」

「先払いで金貨1枚と銀貨5枚。商人や貴族へ売れた値段に応じて上乗せという形で、追加分を今後査定に来た際にお渡しします」

「ふむ……」

 金貨と銀貨の比がさっぱりわからん。

 カインは価値観の相違からくる致命的な問題にぶち当たっていた。硬貨の実際の価値とこの世界での金貨の価値がわからない上に、金貨銀貨の比もわからない。これでは頷きようもないのだ。

 どうせバレまいとカインがサニアを横目で見てみるが、特に驚いた様子はない。つまり、そのくらいが妥当だろうと予想していたわけだ。更には、カインがこの寄付金の袋を預けた際に口にした”こんなに”という言葉。それらから予想するに、カインはそれなりの金額にはなるのだろうと思うことにしたようだ。

「全て金属として買ってくれ。入り用でね」

「わかりました。それではご用意します」

 そう言って男は目の前で硬貨の数を数え、同じ色の貨幣を同程度の体積になるよう揃えていった。

 相手が集中しているであろうことをいいことに、こっそりとカインは耳打ちをする。

「銀貨何枚で金貨が買えるんだい?」

「一律で10枚です。隣国でも共通ですね」

「なるほど……。銀貨1枚でなにができる?」

「質より量でよければ、吐くまで食事ができます」

「なる……ほど」

「金貨1枚なら、最低でも3食付きの良い宿が1日は」

「…………そ、そう」

 それを聞いたカインは、ほんの少し罪悪感があった。

 彼の持ち込んだ硬貨は、元の世界において銀の1枚では大した価値がない。それこそパン1切れが手にはいるかも怪しい価値だ。それが、一気に膨れ上がった。

 金色の硬貨に至っては、そこらの食事所で1品買えるかどうか。それが食事付きで1泊……。あまりの価値の違いに戸惑っていたが、怪しまれないためにも毅然とした態度であろうと自分に言い聞かせ、不自然に咳払いを1つ挟んでいた。そもそも、重さこそ似ているが純金でもないのだ。色々思うところがあるのだろう。

「───ご用意ができました。金貨682枚と銀貨3枚、銅貨41枚です。お確かめください」

「わかりました」

「ん。もうか」

 あまりの早さにカインが驚いていると、よく見れば後ろにもう1人男がおり、どうやら数えながらに用意していたらしい。納得の早さだ。

 カインも一緒に目で追っていたが、銀貨や銅貨は規定数で上の硬貨に繰り上げているらしく、やけに銀貨の数が少ない。使うとき不便にならなければいいが……なんて心配をしていると、いつのまにやらサニアは確認が終わったらしく、金貨を何かの革でできた大きな袋に、銀貨と銅貨を一緒に布の袋へ入れて受け取った。

 軽く会釈した時にカインが役人やサニアの顔を流し見ると、その顔はかなり強ばっていた。思えば、金額を伝えてきたときもやや小声だった気がする。

「こっ、こっちは貴方が持っていてください!」

「ん? ああ……そうだな」

 換金所から出ようとした時、サニアが金貨の入った革袋をカインに押しつけ、深く息を吐いた。

 それもそうだろう。金貨1枚で食事付きの宿がとれるのなら、今ここにある金額はかなりのものだ。カインもカインで、そのことに気がついたのは金貨の重さを実感してからなのだが。

「……重い」

 ぼそり、と流石に文句を吐いていた。

 それもそのはず。この世界の金貨は含有率は高く、その金貨の重さは同量の水と比べて10倍を越える。700枚近い金貨の入った革袋は大きさこそ持ってきた寄付金と同程度だが、正直なところ破れないかどうかの心配すらするほど、その重さは全く違っている。1枚は指先程度の大きさしかなくとも、これだけの量になれば差も圧巻だ。

 正直、重さを比べれば金や銀ではないと役人も気がつきそうなものなのだが……。

「魔獣の回収ついでに、必要分以外は置いてこよう」

「教会にですか?」

「邪魔で仕方ないだろう……」

「そうですね……3人なら、50枚もあれば当面不便はしません」

「その辺りの計算は任せるよ」

 小脇に担いだ革袋はずっしりと存在感を放ち、更にはカインの姿もあって人の目がすさまじいことになっている。

 声がだんだんと疲れを見せているのはそのせいだろうか。

「で、ええと……武具を売ってる場所はあるかい」

「特殊なものでなければありますが」

「普通ので構わないよ」

「なら、こっちです。……その前に、顔はどうにかなりませんか」

「これは消せないしな……。あ、これでどうだい」

 カインは魔素で昨日と同じマスクを作りだし、しっかりと被った。鳥のクチバシが特徴的なそれは、カインをどこからどうみても魔族か何かの神官と思わせるほどに際だっている。威圧感だけで言えばむしろ増えているが、どことなく”らしさ”がある辺りはマシなのだろうか。

「祭服に仮面と杖。神官の見た目ではありますが……」

「杖? 杖は持ってないが」

「背中のそれです」

 背中と言われて気がついたようで、カインはなるほどと呟いた。

 カインが背負っているのはただの自動小銃KTR-08なのだが、銃の文明が無い彼らからすれば杖に見えるらしい。わかるような、わからないような。微妙なシルエットとも思うが。

「朝起きたら姿が見えませんし、帰ってきたらよくわからない杖を持っているし……」

「これは……昨日、魔獣に襲われたろう? 私の武器は人間用だったから、動物にも使えるものを用意したわけだ」

「それでもあの規模の魔獣を倒せると?」

「安全かはともかく、より確実に」

 カインが持ち出したのは、悪環境での使用を前提にしたライフルだ。基礎設計は古いが各所が近代化され、追加武装として下部には散弾銃まで装備している徹底ぶり。しかも、そちらも環境を考慮して構造的強度の高いものになっている。使い勝手よりも確実性をとった選択だろう。

「そういえば、相手がわかってたら逃げてたとか言ってましたね」

「私の居た世界にあんな化物は居ない。人の背より小さいのなら居たが」

「私から見てもあれは化物ですっ」

「それを聞いて少し安心した」

 あれが化物でなかったら手に余る。

 召還された場所こそ見知った町(の跡地)ではあったカインだが、ここが完全に異世界ということを理解してからは、人間以外の驚異を具体的に把握できないことが気がかりになっていた。昨日、サニアとエレインが口にしていた魔術というものの存在以外にも、知らない技術や生態が存在することは警戒しているが、およそ想像の及ぶ範囲では彼の対処できるものを越えるばかりだ。

 実際、カインは夜目が利いたり少し耳が良かったりとその程度で、特別人より抜きんでた肉体を持っているわけではない。結局の所はただの人間なのだ。しかも、ピークを過ぎた老いるだけの身。優れているのは経験と知識、技術だけだろう。道具がなければ優位に立つことは難しい。

「武器が利かなければ、私は君たち冒険者よりも弱いだろうからね。祈りでもしてるほうがお似合いなくらいに」

「そうは思えません。魔素も操れるみたいですし」

「今朝色々と試してみたが、物に干渉できるのは腕1本分の長さくらいまでで、筋力は私の片腕以下、これでなにをしろと」

「えっ……なんですか、見た目通りの脆弱さは……」

「私が聞きたい。一応、こうして仮面を作ったり、大きな物でなければ具現化できるまでにはなったが」

 カインはサニアの前に左手を差しだし、表面をいつぞやの黒い鱗で覆って見せた。

 体から浮き出るように生えてくる様は生々しいものだが、見ている限りはとっさの防御に使えるような速度ではない。曰く強度実験はしていないそうで、場合によっては持ち運びの便利な籠手くらいなものにしかならないだろう。話によれば、一度に出せるのも四肢の1つを覆うのが限度だとか。

「役に立つか微妙な……」

「君らの鎧より堅ければ嬉しいところだ」

 そう言って手を引っ込めると、鱗は瞬く間に消えていた。

 出てくるのは遅いのに消えるのは早いとは、どうにも使い勝手の判断がしにくい性能に思う。

「魔術に対して耐性のありそうな印象ですが、私もエレインさんも攻撃系の魔術は使えませんし……試しようがありませんね」

「できることをできる時にやっていけばいいが、そもそも魔術とはなにかも知らないんだが」

「自然の理を再現、使役する術です。詳しいことは魔術師に聞くのが一番ですが」

「それが身内には居ない、と」

 サニアは返答代わりに深く頷き、2人そろって溜息を吐いた。

 今、メンバーはかなり偏った状態だ。エレインは徹底した援護、サニアは偵察や攪乱を主としていたらしい。かといって、カインはナイフを使った格闘戦こそできるものの、その技量は身を守る方に大きく割かれており、本領は銃や罠を使った暗殺と奇襲だ。この世界で戦技が通じるかはわからないため、しばらくは弾薬消費を抑えつつ、この世界における戦闘技術を測る必要があるのだ。

 本来なら、後方支援と前線役が欲しいとサニアも溢していた。

「いっそ魔術を習ってみたらどうです?」

「この歳のおっさんに、小難しい事を覚えさせようとは度胸があるね」

「顔が見えないので歳もよくわかりません」

「40は過ぎてるよ」

「えっ……」

「その″本当におっさんだったわ″みたいな顔はやめてくれるかい?」

 思わず顔をしかめたサニアを見て、地味ながらもカインは傷ついていた。

 あまり他者からの評価を気にしない人ではあるが、目の前で若い子に険しい顔をされるのは流石に堪えるのだろう。

「いえ……その、私くらいの娘さんがいるようですし、不思議は無いんですが……」

「……顔が見えないと、調子が狂う?」

「ええ、まあ」

「わからないでもないが……。ああ、ならこれは」

 不意に自分の髪を掴んで見せると、サニアはただ″綺麗ですね″と返すだけだった。

 この反応は予期していなかったのか、カインは少し黙った後、力なく呟いた。

「これは私が出来損ないの証だ。肌と髪が白く、目が赤いことがそうとされている」

「えっ……。あ、ここを右に」

「右ね。私の世界ではアルビノと呼ぶんだが、生物としてみると同種族より脆いんだ」

「なんで伸ばしてるんですか……?」

 サニアの指示で角を曲がった矢先、その顔は凄まじいほどに嫌悪に近い表情へと変わっていた。

 実際、自身が劣っているという証明を目立たせているのは奇妙なこと極まりないだろう。ドン引きして距離を置かれていないだけマシなのかもしれないが、それをされたらカインのライフはごっそりといくやもしれない。

 いくら利害の一致しただけの他人とはいえ、自分の娘と歳の近い相手にそれをされれば、色々と連想してしまうものだ。

「ある人への手向けと、呪いへの供物だ。無顔の呪いは女性の無念がどうたらとか言われてて、その供物に」

「効果はあったんですか」

「さっぱりこれっぽっちも。そもそも魔素だったようだし」

「そうですか……。あれです、あそこが武器と防具を」

「ん、と?」

 2人が話しながら移動していると、目的の場所に着いたようだった。建物の入口からは比較的近く、隣の通路は見覚えすらあるほどだ。

 武器屋と防具屋はそれぞれ独立している上に、系統によって店も違っていた。1つが手広くというよりも、それぞれ専門店がその分野を追求している形だ。

「別れてるんだな」

「何を見ますか?」

「鎧を見たい」

「でしたらあの奥の店ですね。行きましょう」

 防具屋の列にある奥の方、建物の壁際にその店は存在していた。

 防具屋と武器屋は対面するように通路を挟んで並んでいるのだが、需要の多さからなのか、剣の類と剣士用の防具類は壁際に並んでいる。しかも、かなり規模が大きい。壁際なのはそのせいだろう。

「らっしゃい。剣士には見えないが、どんなご用で?」

「ここにあるのは冒険者達が使う一般的な鎧か?」

「そうさね。魔術防壁とかはついてないし、特別な素材ってわけでもない。値段なりだよ」

「……随分素直に言うんですね」

「過大評価して文句をつけられちゃあたまらんからね。素直が一番だ」

 カウンターに肘を置いて放す店主はくたびれた様子で、それも頷けるほどには年老いていた。長年ここで勤めているのか、ここくらいしか働き先がなかったのかはわからないが。

「廃棄予定の鎧はあるかい」

「あるっちゃあるが……タダでくれとか言わんでくれよ」

「上からの命令で調査に来た。見たいだけなんだが、頼めるだろうか」

「ああ、そういうことか。ちょっと待ってな」

 店主らしき人物が奥へ消えると、サニアが不意にカインの服をひっぱり、なにか耳打ちをしようとしていた。

 背伸びをしている姿を見てか、膝を曲げて耳を貸す光景は微笑ましくもある。カインとしても、己が娘とのやりとりで慣れたものなのだろう。

「嘘は今更構いませんが、後ろで誰かがつけています」

「2人居るね」

「気づいていたんですか?」

「足音でね。見ているだけなら放っておこうかと」

「……わかりました。任せます」

「ああ。───ハッハッハ、酷い顔だ」

 カインは案じた事を尾行者に感づかせないためか、サニアの頬を摘まんでわざとらしく笑って見せた。

 が、わりと本気で手を払われ睨まれてしまう。どうやら意図は伝わらなかったらしい。もう少し他の手段は無かったのだろうか。

「指を1本ずつ折りましょうか……?」

「すまない。本当にすまない。その脅し文句は怖いからやめてほしい」

「まったく……。そもそも貴方は話題の選択がおかしいんです」

「はい……すみません」

「あのー、お嬢ちゃん、そろそろいいかい?」

「へっ? あっ? ごめんなさい!」

 気がついたら店主が戻ってきていたようで、その手には大きく切り裂かれた胸当てを持っていた。

 斬られたというよりは引き裂かれたような、千切られたようにも見える断面を惜しげもなく晒す程には壮絶な破損具合だろう。なにせ胸当てはかろうじて1つに繋がっているが、もう少しで2つになるほどには大きく裂けている。

 サニアもこんな状態のものは見たことが無く、その顔は驚愕に染まっている。いったいどんな化物を相手にすればこうなるのか。なぜこの防具で挑んでしまったのか。これを提供した人はどうなったのか。まるで想像の及ばない出来事だった。

「素材は鉄か?」

「ああ。わりとお高い精錬品だ。なにでこうなったか知らんが、生きちゃいないだろう」

 カウンターに置かれた胸当てを眺め、カインは断面や厚み、叩いた音などを調べていく。

 刃物でついたであろう小さな傷は多いが、それとは比べるまでもない断裂が非常に目立つ。底辺がかろうじて繋がっているために元の形が想像できるが、角度からして着用者もろとも犠牲になったのは容易く想像できた。

「こういった損傷は、過去ありましたか?」

「魔王軍との戦争の時は貫通痕を見たことあるが、こんな酷いもんじゃない。せいぜい矢くらいの穴さ」

「いつごろ入手した」

「つい先日だな。持ってきた奴は拾いモンだっつってたが」

「……わかった。最近、魔獣が近くにでているそうでね、関係があるかもな」

「こんな所にもか。そりゃあ忙しくなるな」

「まだ調査中だ、秘密で頼む。ところで、この店で一番頑丈なのはどれだろう」

「ん? そいつはこれだな。高いぞ」

 すらすらと嘘を並べた末に話題を変えると、店主はニヤリと笑みをこぼした後に胸当てをカウンターの裏に起き、壁に並べてあった鎧人形を指さした。

 マネキンの木製版といったところか。よく作るものだなとカインが関心しているが、サニアは特に反応していない。この世界では自慢の品はこうして魅せているのだ。

「最近、王都で見つかった新しい金属の精製方で作ってある。同じ厚みで倍近く堅いぜ」

「重さは」

「ちょいと増えるが、まあ大したもんじゃない。試着するかい?」

「……いや、見るだけでいい」

 そういってカインは興味をむき出しの様子で、鎧の周りをちょろちょろと動き始めた。

 この店自慢の一品ということもあってか、表面は綺麗に磨かれているし、留め具や革紐も丁寧に作られている。以前より比重が増えたからなのか、やや薄めに作られているものの、首から下げられている木製の値札にはその自信が見て取れるような金額が書いてあった。

 他の鎧は全身が揃って飾られていることはなく、ほとんどがばら売りだ。ざっと同じ数を足して比べたが、飾られているものは倍近く高い。それだけ貴重なものなんだろう。

「あの人は神官様かい?」

「ええ。異教の」

「大変だねえ。目立つだろう」

「諦めました。それに、強い人ほど目立つものです」

「ほお。そんなに強いのか」

 カインがあれやこれやと鎧を眺めている最中、残されたサニアは店主となにやら話し込んでいた。

 いつのまにか椅子を借りているし、客も他にいないからか店主も気にしていないらしい。

「人よりも大きな魔獣をたった1人で、それも無傷で倒してしまいましたよ」

「とんでもねえ神官様だな。異教の神官様は攻撃魔術が使えるのか」

「本人は違うと言っていますが、私には音と炎しかわかりませんでした。突進してきた魔獣が急に転んで、そのまま丸焼きです」

「怖いねえ。魔王軍にそういう魔術師がいたそうだが、もしかしたらな」

「……そうですね。もしかしたら」

 店主とサニアがカインを見守っていると、一通り見終わったようで咳払いをしながら戻ってきた。

 興奮気味であっても、しっかりとその耳で聞き取ってはいたらしい。

「終わりましたか?」

「ああ、行こう。くれぐれもこの調査は内密に」

「お? ……あいよ。贔屓にしとくれ」

 カインは店主に金貨を数枚握らせ、今度は隣にある武器屋に入った。

 長剣や短剣が主に売られているようで、並んでいるのはどれも峰のついていない両刃ばかりだ。

 その中でも大小2つほどは盾と一緒に飾られており、ヒルトはやや装飾性のある形になっているようだ。

「最近新しくできた素材を使ったのはこれかい?」

「ん? そうだ。振ってみるか」

 椅子に座っていた若い店主は愛想笑いを浮かべるでもなく、至って真面目な顔で返していた。

 その腕は売り子と言うには明らかに筋肉質で、手は全体的にボロボロだ。工房でも働いていることは容易に想像できる。それを察してか、カインは事前に用意していた疑問をぶつけることにした。

「指定した形、素材で打ってもらうことはできるか」

「金さえくれりゃあ見合うだけのモンは作る。できない形もあるけどな」

「ほう?」

「っ───!?」

 ちらり、とカインは金貨の入った革袋の口を開けて見せると、店主は肩を跳ねさせて驚いていた。

 整った人相だった店主は段々と口角をとがらせ、完全に悪役じみたニヤケ面にまでなっている。金は人を変えるのだろう。恐ろしいものだ。

「へっ……金に糸目は付けないってか。材料さえあればどんなモノでも打ってやろうじゃないか」

「材料? 調達はこっちなのか?」

「買えるものならいいが、そんな大金でただの鉄ってわけないだろ? なにが欲しい。魔剣か?」

「魔剣なんてあるのか……」

「あるぜ。ツテにかなりの魔術師が居る。かの勇者一行の装備にも魔術付与をした凄腕だ」

 ───勇者───

 カインはその言葉に反応を隠しきれず、思わずカウンターに腕を置いて話し込む姿勢になった。

 店主もしめたと思ったのか、ほんの少し表情が違う。

 お互いに利用する気の姿勢だ。

「そいつについて教えてくれ。後々高額の仕事も回そう。どうだ」

「そりゃ構わないけどよ、せめてなんか買ってくれねえと客じゃねえな」

「上手い奴め」

 カインと店主が声をそろえて笑っているのはともかく、今度はサニアがいくつかの短剣に見入っていた。

 どれも装飾のあるようなものではないが、使い込まれたサニアの持つ短剣に比べれば出来の良いものばかり。彼女のは歳に不相応な程に年季を感じる古さだ。

「サニア、おいで」

「……なにか?」

 呼ばれるなり振り返ったものの、その目線はちらりと壁に並んだ短剣を見ていた。それをカインが見逃すはずもなく、軽く膝を折って目線を合わせた。

「好きなモノを選びなさい。なんなら奥にあるモノも見せてもらうと良い」

「ちょっ、待ってくれよ。なんでそれを」

「フッフッ……本当にあるようだ。さ、お行き」

「なんだよ、参ったなあんた……。こっちだ、入りな」

「待ってくださいっ。私にそんなお金は」

 店主が奥への扉を開けて待っているが、サニアは優々としているカインに抗議を申し出ていた。

 声も顔も体も近いが、カインはそっとサニアの左胸を、心臓の位置を指で突き、しっかりと目を合わせて答えてみせた。

「君の命は私の命。君の戦力は私の戦力。金の使いどころだと私はおも──おおおお折れる折れる!」

「なに胸触ってんですか折りますよ……?」

「折れる! 折れるからやめてくださいごめんなさい!」

 見事なまでに指をねじ曲げられて地に伏すカインに唾を吐き、サニアは唖然とする店主を無視して奥へと入っていった。

 指を押さえて撃沈している姿は、もはや魔獣を倒したときのような威厳は身尋も無い。昨晩見せた威圧感もどこへやら。

「若い子の怒る場所がわからない……!」

「今のはあんたが悪いぞ」

「誰にも怒られたことがなかったんだが」

「そりゃ相手次第だ。惚れた男にしか許さねえさ」

「…………なるほど。勉強になった」

 惚れた男、か。マリーも誰かに惚れるのだろうか。いや惚れるか。人だもの。

 カインの頭の中はサニアとの事よりも、娘の事でいっぱいになっていた。いつかは巣立っていく存在で、それを望んで育てていた。独り立ちする時になったら自分の役目は終わりで、その間に世界を変えられなければそれまで。その時点で己を悪として断罪し、自殺するつもりでいたのだ。

「変わっていたら、なんて考えなかったな」

 思わず呟いた独り言は、床に溶けて消えてしまう。

 力無き正義は人を照らす光となり得ない。なら、導く光ではなく、闇に落ちることを畏怖させることができれば、自ずと墜ちる者は減るのではないか。そう思って行い続けた彼の道は、結果として世界からはじき出されてしまう事になった。今となってはどうやっても知りようのない結果ばかりが、彼にとっては元の世界に遺したモノだった。

「ってて……折られてないだけマシか」

「今後はやめときな」

「そうする」

 指を押さえながらにカインが立ち上がると、奥へ繋がるドアの間に立つ店主は椅子を顎で指し示していた。使え、ということだろう。

 カインは勧められたとおり椅子に腰掛け、背負っていたライフルを正面に回して膝に置いた。

 安全装置は機能しているし、弾倉もきちんとついている。併設されてる散弾銃もきちんと安全装置がある。ぱっと見で確認する限りは問題なさそうだ。

「その杖。魔王領のか?」

「……そんなところだ」

「ってことはむこうの神官か魔術師か。戦争にはいたのか?」

「この国との戦争を私は知らない。最近目が覚めたんだ」

「ほーん……。魔族の生態はよく知らないが、大変なんだな、あんたも」

「ああ、大変だ。……大変だったよ」

 そもそも魔族じゃないんだが。なんて野暮なことを口にするほど、カインは正直者ではない。都合の良い誤解なら利用するし、都合の悪いことは他者に擦り付けるし、どうでもいい相手にはなんと思われようと気にもしなかった。

 昨日は″敵でないなら怖がられたくもない″なんて言っていたが、それは事実でもあるが本音ではない。正確には「敵ではなく自身に関与する可能性を孕む相手には」が正しい。これを聞いた他者はあまり良い顔をしないが、そも、彼にとって誰にどう思われるかは意味を成さない。最後には敵か味方か、それしかない。

「あの、これを」

「どれどれ。おっと、とんでもねえモン見つけてきたな」

「白い……ダガー?」

 随分話し込んでいたのか自覚はないが、気がつけばサニアが戻ってきていた。

 店主に差し出したダガーは刀身が白く、その刃まで純白に染まっている。塗料と言うよりは材料そのものが白いのだろう。光を反射している様子もないあたり、おそらくは普通の鉄類ではない事が伺えた。

「こいつは魔剣の一つ。って言うにはおかしいんだが、魔剣の素体、その出来損ないだ」

「出来損ないとな」

「本来魔剣ってのは特定の術式を刻まれて、大気中から魔力を吸収し術式を通して発散する性質を持つ」

「なので、刀身はその魔術に沿った特性を持ち、貯めた魔力があれば魔術を行使できるんですよね」

「そうだ。けど、こいつは違う。こいつは刀身分だけ魔術を吸収、記憶して、その分だけ発散できる出来損ないだ」

「……複製、というよりは遅延反射か」

「そんなとこだな」

 魔剣は術式刻印を施され、刀身で魔力を吸収し、魔術行使と刀身の強化を行う刃物を指す言葉だ。

 だが、この魔剣は使われた素材のせいで大気中からの吸収ができない上に、刻印も施せないとんだ失敗作なのだ。しかしながら、魔術を受け止め魔力に分解し吸収し軽減する、という魔剣の機能が半壊した状態で残っており、結果として魔術をそのまま吸収して吐き出せるものになったらしい。

 問題は吸収できる量も失敗作程度なところのようだが。

「魔剣としちゃ失敗作とはいえ、刃物としては自慢の品だ。安くないぜ、金貨100枚は貰う」

「40だ」

「ふざけんな。そこいらの剣とは材料が違うぞ」

「なにを素材にしたのかを知らん」

「ドラゴンの爪だよ! 魔術が効かねえとまで言われるブルーのな!」

 カウンターを叩いて迫る店主を相手に、ただカインは冷静に溜息を吐いた。

 交渉で熱くなることにもだが、もう一つ。

「お前実は莫迦だろう。何故魔術の効かない奴のを材料にした」

「試してみたいだろっ。90」

「わからんでもないが考えろ。45」

「ええいっ、こいつでどうだ!」

 店主は壁にあった剣を1つ取ってカウンターに置くと、ズドンッと思い切りダガーを振り下ろした。

 両手で力一杯振り絞って、中腹まで突き刺さったダガーをようやく引っこ抜くと、ものの見事に剣は両断されていた。木製のカウンターにも刀身と同じ穴ができているものの、ダガーは刃を欠けさせることなく白亜の輝きを放っている。

「見ただろ。80だ!」

「こんな、凄まじい……」

「50だな」

「てっめ……。だったら売れねえ、帰りやがれ」

「この程度の鉄を両断できるのは売りにならん」

 カインはベルトにつけていたボウイナイフを抜き、店主と同じように剣へと突き刺した。

 ダガーとは違い両断した剣を弾き飛ばし、更にはヒルトまで深々とカウンターに突き刺さったボウイナイフはびくともせず、ほんの少しずつ前後にこじって抜こうとしていた。

「50でそれを買う。10で魔術師の事と、それの素材をどう手に入れたかを。30で一つ簡単な注文がある」

「なっ……なんだよ、それ。魔王軍ってのはそんなのを使ってたのか」

「知らん。で? 売るのか」

 僅かに動き始めたボウイナイフを両手で摑み、ガコガコと強くこじり始めた。

 もう少しで抜けそうな勢いだ。

「っ…………。注文を聞いてからだ」

「小さな弓を作って貰う。魔術強化込みで」

「正気かあんた。うちは剣を」

「本気だ。どんな物でっ!? ……も、打つんだろう?」

 カインは急に抜けた事に驚きつつも、刃を指で軽くなぞってからベルトの鞘へと収めていた。触った限りは刃毀れをしていないことに安堵し、彼は一つの予測が正しかったことを確信した。

 この世界の鉄は純鉄だ。現代では脆すぎてろくに使われず、両断できたことが現代化学の生み出したボウイナイフとの圧倒的な硬度差を物語っている。そして、おそらくは新しい鉄素材とやらは鋼だろう。しかも混合量の安定しない、発見されたばかりの状態。それなら、人の扱える厚み程度は障害物として大いに不足、銃弾で容易に貫通可能な程度だ。魔術による強化の度合いがわからないが、それが無ければ危惧する必要すら無い。

 カインにとってこの情報は大きな物だった。

「で、どうだ」

「…………その内容なら売ってもいい。ただし、前払いだ」

「構わない。詳細はまた今度。……あ、サニア。それに鞘をつけてもらいなさい」

「元から一緒だよ。そこに合うのがあるだろ」

「あっ、はい。わかりましたっ」

 カウンターの裏にあった鞘を見つけ、サニアはダガーを納めてベルトにぶら下げた。

 短剣とダガーの2つを同時に下げているのはやや不格好なものの、両側に配置することでベルトの傾きを抑えている。

「えーと……90枚、90枚……これで20と」

 カインは金貨をザラザラとカウンターに広げ、せっせと数えていた。サニアにダガーを渡した店主も一緒になって数えている。

 ダガーの鞘を見つけたサニアは刀身を納めてカインの真横に立ったが、その表情はどこか曇っていた。なんと声を掛けたら良いのかわからない。それに、本当にこんな施しを受けていいのだろうか。

 そんな思いの混じった空気を感じ取ったのか、その考えを止めさせるかのように、温かい手が頭を撫でていた。

「言ったろう。君の力は私の力になる。遠慮は無しだ」

「見た目より随分甘いな、あんた」

「命懸けの関係なものでね。これで50」

 ほんの数秒。

 サニアがぐるぐると巡る思考を止めるには充分で、それを悟ったのかどうかはわからないが、手は離れてしまった。

「かっ……カイン!」

「……どうかしたかい」

「ありがとうございますっ!」

「っ──……」

 体ごと振り向くなり、サニアは深々と頭を垂れていた。

 あまりの出来事にカインは息を呑んだが、すぐに肩を掴んで頭を上げさせた。慌てたような、嫌がったような、ともかく何かから遠ざけようとしたことだけは確かだ。

「……礼を言えるのは良いことだ。良いことだが、喜ばないでくれ。それは君を護るものであると同時に、より死へ近づけるものだ」

「えっ……あっ、へ……?」

「君ぐらいの歳の子供が、その手で命のやりとりをすること自体が間違ってる。あまつさえ生きるための武器でなく、殺すために武器を与えるなんてのは……それに礼を言われては、私が堪えられない……!」

「けどっ、私にはこれしか」

「わかってる。わかっているさ。こんなものは私の身勝手だ。君の事情なんて知らないし、知る必要も無い。この国のことだってわからない」

「その辺にしとけよ、あんた。何があったか知らないが困ってるぜ」

 カウンターから乗り出した店主がカインの襟を摑み、サニアから引き剥がした。

 不自然に力の抜けた首は頭を支えることはなく、慣性と自重に従ってだらりと揺れ動かしている。マスクから漏れる吐息は僅かに震えた音に聞こえるが、異様さが勝ってまともに聞き取ることはできない。

「…………すまない。少し、思うところがあった」

「なんだってんだ」

「娘がな、このくらいなんだ。つい重ねてしまった」

「……そういうことか。でもな、やめた方が良いぜ。きちんとこの子を見てやりな」

「あア、嗚呼。肝に銘じるよ。すまない、2人とも」

 関節の弱った人形のような姿勢をしていたカインは立ち上がり、マスクを取りながらに軽く頭を下げた。

 黒い靄に覆われた顔に店主は目を見開かせるも、声を上げることはなく、ただ静かに頷いてくれたのだ。それだけであっても、受け止めてくれた事実がカインにとっては僅かに嬉しくもあった。

「気にしないでください」

「そうだ、気にすんな」

「……全く。ここは調子が狂うな」

 そう言ってカインが再びマスクをつけようとした時だ。

 ガチャガチャと重苦しい金属音を響かせながら、数人の男が後ろから近づいてきた。1人を除いて門番と同じような鎧姿をしている辺り、この施設の人間───騎士団なのかもしれない。

 その姿を見るなり店主は嫌そうな顔に変わり、サニアはただ素知らぬ顔で眺めているばかりだ。

 カインはと言えば、振り向くことなくマスクをカウンターに置いて、袖に仕込まれているナイフに手を掛けている。体の正面に回していたライフルにも手を掛けている辺り、もはや慣れたものなのだろう。

「店員と客が揉めてると聞いたが、お前らか」

「悪い悪い、交渉に熱が入っちまって。なあ?」

「お互い納得したから心配要らん」

「心配してンのはテメェらじゃねえ。周りだ!」

「……その声は」

 なにか思い当たるものがあったのか、おもむろにカインは手を放して振り向いた。

 茶と白の混ざった斑模様の髪に、シワが深く残る厳つい顔、見た目に反しない恵まれた体格。最早その意味を成さない紋章の刻まれたバッジと、くたくたになった灰色のスーツ。

 かつて目的を同じくした敵が、目の前に立っていたのだ。

「なあっ!?」

「ヴァース……お前もか」

「テメェッ、なんでここに……!」

 驚愕に震える男、ヴァーテル・スレイムを前にカインはマスクを被り直し、特に驚いた様子もなく平然としていた。

 いつの間にやら店主はカウンターの影に隠れ、状況の読めない兵士とサニアは置いてけぼりだ。あまり目立ちたくはなかったのか、サニアが小さくカインの袖を引いて口を開いた。

「カインの知り合いですか?」

「話せば長く……ならないな。ともかく場所を移そう」

「なげえだろ! 俺とお前のウン十年はそンなに薄っぺらいのか!?」

「ここだと邪魔になる。行くよ、サニア」

「オイ待てテメッ! クソッ。俺ァあいつの事情聴取をしてくる。お前らは配置に戻ってくれ」

「わっ、わかりました。お気をつけて」

 サニアの手を引いて足早に立ち去るカインを追いかけ、慌ててヴァースも走り出す。

 残された店主と兵士達は呆然と後ろ姿を見守り、顔を見合わせては首をかしげるしかなかった。

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thou shalt kill "WORLD JUSTICE" ビズ・リッキー・R @blakcjakc

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