NIGHTMARE 1.5(幕間)

「カイン、一緒に行こう。ここにはもう居られない」

 見慣れた人が、目の前に居た。

 もう二度と目にすることはないはずのあの人が、いつもの声で、いつもの手で、いつもの笑みで、いつもの長髪で。

「見ているだけはもう耐えられないんだ。ボクと君ならやれる。下賤な奴らをボクらが裁くんだ」

 このセリフを聞いたのは、何度目かもわからない。

 それでも、そうだとしても、これが幻影だとしても、夢や幻だとわかっていても、私は……

 俺は、何度でもこう返すのだ。

"無理だよ。俺はただの銃器職人ガンスミスで、君たちみたいに戦ったことはないし、2人でやっていくなんて"

 いつだって自信があって、俺なんかよりも腕が良くて、皆の支えで。

 君が居れば、この先いくらでも俺たちはやっていけるだろう。それこそXXXXが満足するまで戦い続けられる。

 なのに、どうして。

「戦闘訓練は受けてる。やってやれないことはない。それに、カインも見てきただろう? 人とも呼べない悪しき者たちを。でも、何故かXXXXは捌きを与えようとしない。だったらボクらがやるんだ。ボクらがいなくなったって、XXXXの望みは子供たちが叶えてくれるからね」

 そうじゃない。

 そうじゃないんだ。

 どうして俺を選ぶんだ。どうして君がそんな事を言うんだ。君はXXXXに期待されてる。君は必要とされてる。君がここを出てはいけない。けど、俺はいくらでも換えの効くただの整備士だ。出ていくなら、俺1人が行けばいい。

 まだ青かった俺は、半ばパニックになった未熟な頭でそんなことを思っていた。けれど、あいつが言いたかったのはそんなことじゃない、あいつは俺と一緒にと言ったんだ。

「さあ、行こうカイン! ボクはカイン以外が整備した武器なんて使いたくないし、カインと離れたくなんてない。中の事はセトや子供たちがやってくれるさ!」

 そう言って無理矢理に俺の手を取ったあの人の指は驚くくらいに細くて、だというのにソレ無くしてはいられない程に安心感があって、俺は勝手に握り返していたんだ。その手を放したらもう二度と巡り会えないような気がして、その後ろ姿を見失えば二度と追いつけない気がして、必死に手を繋いだ。

 けれど。

 いつだってそうだ。

 何度目だってそうだ。

 何時間も、何日も、何ヶ月も、何年も。死ぬまで続くとさえ錯覚した時間をあの人の後ろで走っていたら、急に首だけがぐるりとこちらを向いて、口元を真っ赤に染めて俺に言うんだ。

「……テ。ゴロ……テ」

 どこからそんな量が出てきたのかわからないほどの血を湧き水みたいに吐き出しながら、べえっと舌を出して見せつけてくる。

 繋いでいた腕を引かれ、抵抗もできないまま組み倒されて、俺に押し倒されるような姿で懇願するんだ。

 何度も。何度も、何度も。何度も、何度も、何度も。

 喋るたびに溢れ出る真っ赤な血を顔中に跳ねさせながら、いつの間にか俺が持っていた拳銃を腕ごと掴んで、空気が漏れ出る自分の喉に銃口を突っ込んでしまう。

「ぼふをゴロ……のは、カインだ……よ」

 嫌だ。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ!

 どうして君が、どうして俺が、どうして君を、どうして!

「ふぁい……ばい、お兄───」




「────っ!?」

 目が覚めた。

 全身がじっとりと汗ばんでるのがわかるほど気持ちの悪いものはない。

 ……いや、おそらくこれは、先程の夢のせいだろう。

「2人は……起きてないか」

 夢の中では見なかった、いや見ることのない感触が両手に残っていたせいか、思わず白い肌が青くなる程握りしめてしまう。両手を覆うあの人の温もりが、トリガーもろとも包まれた感触が、無理矢理に撃たされたピストルの反動が、何十年と過去になろうともこの手から離れることは無い。

「顔と言い、これと言い、全く……呪われてばかりだ」

 隣りで寝ているエレインを起こさないよう注意しながら、寝る前に枕の下に押し込んだコブラを持って、ゆっくりとベッドから抜け出し聖堂へ向かった。

 なんてことはない。これでも私は神に仕える者なのだから、彼の者に声をかける事くらいはある。

 祭壇の前でただまっすぐに立ちながら、無造作にコブラのトリガーを一度だけ引ききる。ガチンとハンマーがフレームに当たる音が響き、今度は祭壇の壁に掲げられた巨大な十字架に銃口を向け、ゆっくりとハンマーを起こした。

「神よ、人の云う神為る者よ。彼の者への仕打ちは汝が意か、我が行いは名が故の業か、我らが定めを外れた咎か」

 私は神に祈らない。

 私は神に仕える者ではあるが、信徒でも教徒でもない。

 私は神に代わり、神罰を下すだけの者。

「我が名はカイン。祖なる者共エロヒムの創りし第3の子にして子供たちの父、幻想の理想郷エデンを外より作らんとした者。人の紡ぐ神為る者が居るのなら、どうか我が娘を護りたまえ。さもなくば我が名の原罪を以てその身に牙を剥こう」

 大きく。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 祈りの句など知らない。神に祈るのが無駄だとわかっている。私は神の名を冠する組織エロヒムから抜け出したばかりか、貴重な被験体の1人を殺したのだ。

 神になぞ救われる余地はない。されどせめて、娘の無事くらいは脅してもいいだろう。

 本当に、人の説く神が居るのなら。

「そして──」

 神が居るのなら、もう1つ願っておこう。

 叶うはずのない願いを、無駄だと知りながらに。

「───どうか我が妹に、相棒アベルの魂に救済を」

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