4話 アザミ
「おーい、ねえ、起きてよー」
何処からか声が聴こえてくる。
膠着されていた体が熱を帯び始めてきたのが分かる。
そうか、自分はいつの間にか眠っていただけだと礼は認識した。曖昧な意識の元、強烈な眠気と対立して、なんとかして抗おうとする。声を発した者の姿を捉えなければならないという使命感が勝り、真っ黒な世界から現実の世界へ呼び起こす。
まずは痛みが走り、どうやら体は傷付いていることに気付いた。
思わず礼は目を覚ます。
「うぐ……っ」
至る関節が悲鳴を上げる。表情を歪ませながら、なんとかして上体を起こそうとするが痛みに耐えれらない。電気が走るようなショックの大きさに幻滅するばかり。
無理に動けない模様。
眠りに付いた後、何かしらの出来事が過ぎていたのだろうか。
生田達の生死は。都市部の現状は。確認するものが多過ぎて多忙に追われてしまう。
「ここは……?」
周囲を見渡そうとするが、介抱してくれた人物が声を掛けてくれる。
さっきまで別れたハズのクラスメイトが。
「あ! 委員長くん、おはよう」
こちらに木の棒でツンツンしながら意識を注視していた人物は、呑気そうに挨拶を交わす月読。起きた途端に笑顔を振る舞う。緊張感のない安心する空気を醸し出すのは彼女らしい不思議さが少しばかりの支えになっていた。
ただし、扱い方がアバウトなのは癪だ。やはり不思議ちゃんは不思議ちゃんだった。
「いや、おはようじゃないから。一様言うけど、こんにちはが正解だ」
「え? 常識の常識だけど? いきなりどうしたの」
「この子啓発のデリカシーが足りない」
木の棒をどかす礼は改めて周囲を確認する。
地べたで気を失っていた人達はほとんど医療を受けたり安否確認等の対応を受けている。更には交通機関の復帰など、停電になる前の生活水準を専念している。火災は総務省消防庁が対処。警察は連動し被害を最小限にまで抑えていた。
信号機は役目を取り戻し。電子モニターには現在の被害状況を映し出す。
眠っている間、停電は復旧していた。
「いつの間に……」
「街中パニックになってたよー? 原因はなんか停電だって」
「そうなんだ」
携帯端末を取り出すと無線が通っている。
ニュースを見れば停電についての書き込みが殺到していた。意見は様々でお茶を濁すコメントは観覧する人達を不愉快にさせる。炎上が目的だろうが所詮はどうでもいい。
自分がいつ気を失っていたか。それが知りたいだけだ。
「というか、俺は倒れたんだな。思い出そうとしても、少し頭がズキズキする……」
購入していたペットボトルが無い。
誰かに盗まれてしまったか。あるいは月読が勝手に飲んでしまったか。勘繰るようにして彼女を伺うが、木の棒をライトセーバーのように振り回すだけ。
「ジュースを買ったんだけど、月読は知らない?」
「知らなーい」
即答。
そうなると本当に誰かに盗まれた可能性が高くなる。
しかし金銭的を考慮すれば財布や携帯端末を略奪するハズなのに。窃盗者はそうしなかった理由は何か。知らない所でミステリーが起きているのがどうも納得がいかない。
―――やはり、アイツの仕業か。
黙々と思案を巡らす礼。
あの混乱した状況の中で、歪に暗躍してきたのが驚きがある。
停電は作為的に引き起こした何者かの仕業だと思ってはいたが、着実に元通りの生活が出来ることは、まだ日常を過ごせることが出来るのだろう。
「いたた……」
立ち上がろうと試みるが体が軋んで悲鳴を上げている。
怪我した様子はないのにも関わらず、蓄積した疲労が全く取れていない。
「無理して動かない方がいいかもね」
体調に気遣う月読の優しさ。気の抜けた態度が一変し、真面目な姿勢を取っていた。
それでも礼は強引に歩こうとする。
「止めた方がいいよ。そんなに私と居るのが嫌なんだ?」
「違うかもしれないし、違わないかもしれない」
物を試す冴えた視線。シニカルを含めた微笑みと共に口元は綻んでいる。
相反して遠い目をしながら曖昧な発言を溢した。干渉しないように、距離を置こうとしても月読は簡単に許すハズがなく、獲物を定めた瞳はロックオン済み。
「とにかく俺は用事があって……」
「じゃあ、一緒に帰ろう?」
帰ろうとした途端、月読は突然腕をギュッと掴んでは離そうとしてくれない。
こちらを見上げながら彼女は笑顔を浮かべていた。
「は、離して。そんなことしても、俺は何も奢らないぞ」
彼女から伝わる清涼系の香水と甘い香りが混濁して、思わず慌ただしくなってしまう。それだけではない。服越しでも分かる暖かみと柔らかい質感、そしてトドメには無神経な吐息が耳元で囁くだけで感覚が精神面を狂わせるという。小悪魔のようなあざとさがあった。
だが、こんなところで屈したりはしない。
「……というかさ、なぜに俺は月雪から監視されないといけないんだ?」
「おっ、せいかーい! 20点あげるね!」
「微妙な赤点……」
実は遠目から月雪季咲が観察していたというオチ。
コンビニは復旧し片付けをしている最中、その横で月雪は背中を預けながら景色を眺めている。 当然、茶番以下のやり取りも遠望していた。
近付きたくはないような拒絶感が漂う。
部外者に近い感覚か押し寄せる。相手の表情を見てしまえば、喜怒哀楽が分かってしまう。先程教室で目撃した他人の目は、確かに払い除ける意思を見受けられたのだ。その証拠として、彼女はクラスメイトが意識を取り戻そうがあまりにも反応が薄かった。
興味がないと言わんばかりに。
「やっぱり俺が居ない方がいいんじゃないの? 気まずいだけでは?」
「季咲は優しいから、多分大丈夫だよー」
「保証がないんじゃかなり不安だ……。独りにしてほしい。家に帰らせてくれ……」
「嫌だね。もし委員長くんが気絶したらさ、誰が介抱してくれるのかな?」
「それは、そうだけど」
心配してくれるのは普通に嬉しかった。
けれども切なさを帯びてしまう。そこら辺に居そうな一般人が、不思議な世界観を持つ美少女と言葉のやり取りを交わすなんて。彼女が嘘を付いているとしか考えられなかった礼としては、後悔と憤りを心の中に対峙している。
本当に。
許してしまっていいんだろうか、と。
最後には裏切られるのではないか。騙されてしまうのではないか。
疑心暗鬼は止まらずに。波及していく猜疑心はきっと誰かを傷付けてしまうとしたら。
関わらない方が平和だと。
はじめから考えていたハズなのに、弱音を露呈してもいいんだろうか。
迷惑を背負わせたくない。
「……ごめん。悪いけど、月読の意見は受け入れられない」
「どうして?」
柔和な声音が響く。
月読は怒ることはなく、常に人の話を聞こうと耳を傾けていた。
明確な理由を待っている。あまり関わりのないクラスメイトの一人を微笑みで迎える、情の深い彼女の前で、礼は偽りのないように真摯に話す。
「迷惑になるのは分かってる。でも、俺に関わる二人が心配なんだ。もしも何かあったら責任は取れないし、絶対に守れない。ひ弱な自分は誰かを助けることは出来はしない」
本当に関わって欲しくはなかった。
月雪のこちらを伺う嫌そうな表情を見破ったことも、誘いを断ったことも、全ては些細な関係を避けていたに過ぎない。もしも不幸になってしまったら、最悪な事態を恐れていたから、なるべく距離を置いていたのに人は自然と歩み寄ってしまう。
知らない誰かが失踪が絶たないこの世界の下で。
友達を失ってしまった礼は、人に妥協せずとも、孤独だろうが生き抗えるつもりなのだ。
失踪者を探す。
それが礼の目的であり、失踪事件を終わらせる唯一の手段であった。
二人には嫌な思いをさせたくはない。
裏切られたとしても、見捨てられたとしても、その程度だったと終わらせるように。
「だから、俺は関わりたくはないんだ」
痛みを抱えたままその場から離れようとする。
不快感を抱く表情を浮かべた月雪を見てしまえば圧倒的に部外者なのは礼の方。メッセンジャーにも成れない置物は代役は必要とはしない。ボディーガードになる彼氏でも替われば簡単に済む。
ただの学生が担うだけの技術では、彼女達を気遣うこともできない。
苛つきだけが覚えるだけだ。
「さようなら」
冷ややかな視線を彼女達に送る。何も告げない月雪には何も言わない。そもそも会話するような間柄は存在せず赤の他人に過ぎなかった。そこで情けを掛けるのは、意味が違う。
どこかでサイレン音が反響する世界。
不安が纏うこの先の未来を念じて嘆く声。他人に貶める者の耳には届かない。悲痛なる声さえ非難してしまうのだから、無関心に有り触れた意識は自分だけで精一杯だった。自分には優しく他人に厳しい者は所詮ワガママでいい加減で、救いようのない未熟者だ。
今の世界と同じである。
「心配してくれただけでも、嬉しいな」
たとえ事情に詳しくなくとも。
月読は変わらずに笑顔で接し続けていく。これまでの恩情は決して無駄にしない。穢れなき彼女の善意に、背を向けるのは割り切れない焦燥感に煽られる。険悪した雰囲気を恣意で自分だけが逃げてしまうのは心が痛む。
特に何気ない言葉があの頃を思い出してしまう。
「じゃあ、また明日」
「……」
夕陽に染まる景色を浴びながら、月読の言葉を聞いて、振り向くことはなかった。
無情に目的地へと向かう礼。
これで、ようやく一人の時間を獲得した。生田達の行方を問う為に思い付く場所を向かわなくてはならない。失踪を防ぐ術は怪奇現象を暴くことが先だ。
その手段として。
まずはアイツの手掛かりを探そうじゃないか。
シークレット・シーカーズ 藤村時雨 @huuren
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