3話 積み重ねる不幸とその裏で暗躍する支配
何も告げずに失踪してしまった親友がいた。
小学校からの長い付き合いで、中学までは同じ学校だった。親友が幼馴染みの彼女と付き合って以降、話をする機会も減り、連絡さえ途絶しかけていた。そんな違う道を行く親友は数少ない信用出来た人物だったと言える。
だが、不幸にも幸せは続かない。
毎日のように報道する失踪事件は更に現実へと追い討ちを掛けたのだ。
そんな結末を世界はそう望んでいたかのような。
「失踪事件。早く究明しないと……」
正門を潜り抜けた礼。
クラスの異端児、生田達の後を追う為に数少ない手掛かりを探る。
彼女達の場合、危ない橋を渡る習性があるようで、いつ怪奇現象に遭遇してもおかしくないのだ。そもそも事件の影響で世間は神経質だというのに、肝試しする理由が分からない。
本当に面白半分で肝試しをするつもりなのか。
はたまた無知か。それにしてはあまりにも馬鹿すぎると思う。
「あいつらが彷徨いている場所、何処だ?」
交通量の多い時間帯の上に他校の学生が行き交う都市部。
迷宮のように散りばめられた場所では迷子になりやすい。誤って路地裏に行けば不良に絡まれるという最悪なパターンが待っていたりする。
一人でいる時間が、どれほど要注意か。
道を外さない限り事件には至らない。けれど運が悪ければ生死に関わる。
生きる環境が違った結果、人は悪事に堕ちていく生き物だ。
そんな人間を何人見てきたことか。
「……人が多すぎる。探すのに苦労するじゃないか」
目的地へ向かう人々の流れは止まらない。
擦れ違っていく人達は他人に関心せず、携帯端末の画面に夢中だった。ある者は肩にぶつかったり携帯端末を地面に落としてしまったり、そこから発展する喧嘩は絶えない。その行動は危険だというのに止める素振りを見せない。
みんながやってるから平気。
それでは既に遅いというのに。人は自分に甘く他人には軽蔑している。
協調性は微塵もない。
「当てがないな。どうしよう。困ったな。もう生田達が行方不明になっているか、もしくは自分が迷子になってるか。多分後者の方だと思う」
四方八方から飛んでくる騒音が邪魔して有り余る情報を掻き乱していく。
全てを意識していては時間の無駄。
あくまで生田が寄りそうな場所を選ぶだけ。そこで遭遇しようが不純異性行為といったアンチモラルに対しての注意が本来の目的ではない。
「見かけられなかったら、終わりだ……」
物理的に終了。
最悪な結末から回避しようと試行錯誤をしても未だに親友は見付からない。これまでの失踪者が無事に生還したのを聞いたこともないため、一度でも行方不明になれば一巻の終わり。誰も助けられない。
今後増えていくであろう失踪者は次第に記憶から埋もれてしまうのに。
世間は他人事で一貫するばかりだ。
「ここには、居ないのかもしれない」
デパート付近に辿り着いたものの、他校の女子高生が群衆になって入口を占拠している模様。通行人が迷惑そうなのに配慮する素振りが微塵も感じない。もしかして有名人がいるのか? 軽率に思案を巡らせた礼ではあったが、どうせロクでもないものだと判断し、デパートは断念する。
不機嫌そうに見上げ、詰まらない感想を溢していく。
「大体、怪奇現象とデパートに一体何の関連性があるのかな」
変に結び付けてもあまり意味がない。
それよりも生田達の姿を見付けなければならなかった。寄り道は危険だ。
「……急ごう。月読達が来たら面倒になる」
部外者と鉢合わせは避けたい所。危険な目に会わせてはたまるか。
颯爽とその場から立ち去る礼は次の目的地に向かうとする。場所は神社で、最近廃墟になった建物があるという。待ち時間で調べると心霊スポットにされており、その近所にとっては傍迷惑な一件であった。
そうなると廃墟に訪れる可能性が高い。
しかし目的地が遠く、今から徒歩では追い付けない恐れがある。
もしも生田達がいなければ捜索は断念。いたら気配を隠して尾行。
ストーカーの完成。だがそんな茶化す余裕は出来ないので、委員長の立場として最低限な注意しようか試みる。いい身分ではあるが明日軽蔑の目で見られそうだ。
何故人助けをしたら咎められるのか、これが訳が分からない。
けれど言えることはある。
他人の自己評価なんて、実際にどうでもよかった。
「なんで、今日は特に人が多いんだ。これじゃあ前に進めない……」
通行は遮断され走るのも困難に。オマケに混雑で思うように前に進めない。
途中女子高生とぶつかってしまい謝る羽目に。
なんか散々な気がする。
「ご、ごめんなさい」
意外と可愛かったので丁寧に謝ったワケではない。
これは正しい謝罪で、自分の失態を素直に認めただけ。決して女子高生が美人だったとか、卑猥な想像を掻き立てたでもない。
終始誰にも構わずに頭を下げて謝っていた。カッコ悪過ぎる。
「もう、帰っていいですか……?」
苦労して本音が漏れ出す。
これほど他人に尽くすとか正気の沙汰。見返りを求めてはいないが、ほぼ毎日のように繰り返したりすれば精神的にも響くものがある。
ホントに何やってるんだろう。
あまりにも掉棒打星に過ぎることから、礼はほんの少しだけ休憩を挟むことに。水分が欲しかったので近くに設備されたコンビニへ寄ってみせた。
覚束ない足取りは疲労の蓄積を物語る。
だがこれで本調子に戻るだろう。そう安心しきっている礼だったがスライドドアが機能せず盛大に額をぶつけてしまう羽目に。
「ッ~!! なんで、こんな酷い目に会うんだ!?」
不幸な痛みより理不尽な境遇に対して遺恨を嘆く。
しかし僅かな怒りは収まる。幾らスライドドアの前で立っても全く反応しないのだ。それもそのハズ。何故ならば、至るところでアクシデントが生じていた。
空気の流れが変わる。
状況が乱れていく予感が思考に迸る。
感覚は覚えている。間違いない。これは常識を越えた怪奇現象だということを。
「まさか、停電……!」
携帯端末の画面を覗くと圏外に。それだけではない。照明は消え、電子モニターは途切れてしまい、信号機さえ機能しない。忽ち現れた静寂を覆う人々のざわめきが反響し、やがて阿鼻叫喚へと変貌する。通信機器全般、通行機関の停止、あらゆる電子機器が一瞬にしてシャットアウトされていたのだ。
各地で衝突事故を起こし、クラクションは鳴り止まない。
立ち込める煙幕と火災。飛び交う人々の悲鳴は耳が痛くなるばかりだ。
「一体、何処で、何が起きているんだ……?」
完全に都市部はパニック状態に陥っている。
我先に避難しようと他人に貶す人達の哀れな姿を刮目する礼。
スライドドアの前で横切る群衆は冷静さを欠けていた。助かろうとする本能と防衛意識だけが動かし、安全な場所を見付ける為には手段を選ばない。たとえ小さな子供が転んだとしても。
爆発音が重なり、悲劇の連続が人々を刺激していく。
泣き止まない子供は孤独のままに。
誰も助けない。
「とにかく、あの子を助けないと……!?」
コンビニの中で暴れていた客人がガラスを割ってしまったようで、その破片が外に飛び散っていくではないか。危うく人に傷を負う所だったが、幸い誰も当たってはいない。どういう神経でその行動に至ったのか、礼には分からなかった。
一つでも考えてしまえば、簡単に防げるハズなのに。
「裏口があったのにどうして行かなかったんですか!?」
抗議しても耳を傾けない。
むしろ店の品物を抱えて逃げていくではないか。既に店員の影はなく、レジについては無法地帯の如く荒らされている。棚を崩れており、客人は次々と割れたガラスの出口を抜け出していく。
他人事の表情が醜くて。
人はある一定の条件を満たしてしまえば、当たり前の意識さえ歪んでしまうのを見た。
もはやモラルというレベルではない。
それはまるで、テロにでも遭遇したかのような想定外のシナリオだった。
「―――ッ!!」
この悲惨な現状において、手を借りる理由が消える。
自分の力で困難を乗り越えるしかない。電子機器に頼り過ぎた人の結末を気にしてはいけない。
確実に。
子供を助けるために礼が取った行動というのは。
「……とりあえず、お釣りはいらないから」
スライドドアを抉じ開けた礼は商品の飲料水を購入。千円札をレジカウンターに置く。せめての倫理を失わないよう、今も泣いている子供を助けようとする。保護者と離れてしまったかもしれないので、礼は流石に見て見ぬ振りが出来なかった。
困っている人を助けるのは当たり前。
しかしパニックに陥るほどの事件が起きてしまっている実感が湧かない。
電子機器が機能しなかっただけで、人はこんなに脆い生き物なのだと考えさせられる。
「まさか、都市部が停電するとは思えなかったな」
コンビニを出てみる。
するとそこには、燃え盛る自動車と活気が失せた交差点が残されていた。
発光しない信号機は機能せず、吹き荒れる風は不穏を運ぶような冷たさを帯びて。先程まで青空が広がっていたのに、雲行きは怪しくなる中で、サイレン音が木霊していく。
「ここまで被害が及ぶだなんて……」
鼻を腕に隠して惨状の有り様を伺う。本当に滅茶苦茶だ。悲歎する時間が惜しい。
今は子供を助けないと。
逃げ遅れた人達を無視して、礼は急いで向かうとする。至る所で事件が起きていると想像してると被害は深刻なものだろう。暴挙を上げる一般人もいれば、一ヵ所に集めて冷静に対処する試みかける人も少なくはなかった。
さっき泣いていた子供は大人達に介抱されており、親と再会したのか笑顔を取り戻していた。
「……良かった。何もしてないけど、なんで停電が起きたんだろう」
個性が光る場面。
ただの停電に気付いて欲しい。
だがしかし、大規模で起きた停電がこれほどまで人を狂わせるだなんて衝撃的だった。
やはり組織柄みの陰謀なのか。
「何かしらの陰謀か? それとも、本当に、怪奇現象がやったのか……?」
その時、背後から崩れていく音がした。
咄嗟に振り向く姿勢を整える。腕を交差させながら盾代わりにし、距離を置いた礼は警戒心を怠らずに身構えた。混乱した状況の中、不審者が暴れてもおかしくはない。
身を守る為に対面することを選んだ礼ではあったが。
その景色に残るのは、異常だけだった。
「な、人が、倒れていく……!?」
心境を整理しつつある群衆が次々に倒れていくではないか。
音沙汰なく不意に。まるで定めであるかのような非常識の登場。各情報を交換していた人達が、膝から崩れ落ちるのは違和感しか残されない。
「これは……」
礼を残して周りの一般人が連鎖しながら倒れてしまう。
意識は強引に途切れてその場に崩れる。呼び掛けることもできず、行動を停止した人達は人形みたいにピクリもしない。些細な声音は遮断され、雑音だけが残された。
催眠ガスが使われた痕跡もない。
では一体、この現象は引き金を起こした最大の原因は何処にあるのだろうか。
あるフレーズが脳裏に浮かぶ。
「神様のイタズラ―――」
言葉を呟いた途端、空気中がバチバチと電気を帯始めた。
今まで感じたことのない重圧感が礼を襲う。
振り向くことも動くことさえ束縛されて。こめかみに冷や汗が伝っていた事実に、記憶は残っていなかった。
―――体が言うことを聞いてくれない。
恐怖だ。
底知れぬ恐怖が背中をなぞり、からかっているようだ。
息が苦しくなるばかりの重苦しい空気。喉を突っ掛かる難痒さが止まらない。迫っていく恐怖は時間と共に連動して、冷静さを保っていた感情が徐々に崩れ始める。頭痛は酷く体調が優れない。胸が痛い。締め付けられるような悲哀感は何を伝える。
そして視界が未だに定まらないのは、目の前に現れた人物について見覚えがあったからか。
「お前、なんで、ここに……」
名前を知っていたハズなのに。
拒否された。明確な『ズレ』がそこには生じていた。
呼び掛ける声は予想外の爆音に掻き消される。問い掛けようが相手に届く気配はない。もう一度礼は試みるが、徐々に視界が狭くなり、猛烈な睡魔が襲う。朦朧とした意識は時間の経過と共に、静かに埋もれていく。必死に前へ伸ばしていた手は力を無くしながら。
―――誰かの笑顔を最後まで見届けぬまま、目を閉ざした。
結局、真相には届かない。
暗転した闇の世界は光を閉ざす。そこは現に覚えた痛みや悲しみの過去は存在しない。
格別たる摩天楼は人の興味を立ちはだかるだけ。
何度でも、何度でも、終わりという概念を越えた天地の差を誇示するために。
それはまるで、一瞬の出来事のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます