2話 偶然の出会いは
否応なしに放課後が訪れた。
最後の授業を終えて、大概の学生は部活に足を運び、別の者は教室に居座り仲間とたわいのない談笑を交わす。有意義な時間が訪れて、みんなの表情は綻んでいる様子を見受けられる。
「……やっと、自由になれたような気がする」
手を伸ばし体を解す礼は退屈な束の間から解放された。
ようやく自由行動が出来る。
その喜びは表に出さなくても待ちわびていた。囚われ続ける期間を抜け出せる暇な時間帯は誰にも邪魔されずに済む。
だったら、やるべきことは有意義に価値のある行動をしよう。
早速準備を進める。
「まずは、彼らに怪しまれないようにだな……」
他人にバレないようイヤホンを耳に当てて、音楽を聴いている素振りをする。
これほど警戒する理由が生じたのはやはり生田が率いるグループが扉の前で占拠している事か。出入りを邪魔してる自覚はなく、クラスメイトは迷惑そうに片方の扉で教室から出ていく。
一方で生田の方は他のクラスの男子と会話を弾ませていた。
「生田の方が猫被ってないか。これは……」
頭悪そうな発言と見た目がマッチしてしまい、どっちがビッチなのか区別が付かなくなりそうで困る。
流石に派手なグループは紛らわしい。
偏見ではないものの、風紀を乱すだらしない服装については弁解の余地もない。知り合いが沢山居ようが別に構わない。あくまで他人の行いだ。
だがしかし、変化しようとする意識がない限り。
彼らは何も成長はしない。
自由奔放に青春を送るクラスメイトと愉快な仲間達を遠い目で一見する礼。
この時間が退屈でつい欠伸が出てしまう。
「ヤバい……、最近寝てない気がするかも」
貴重な睡眠時間を削ってまでも勉強に費やす日々を送る。
睡眠こそが至高の癒しであると提唱する礼にとって、何もしない時間は命を削る行為だと過言ではない。昼寝を封印した結果が、多少のストレスを抱えてしまうと改めて実感した。これは小論文を発表できるレベルだ。
正直、世間が賑わせる『神隠し』に興味はない。
周囲の人間が作為的に広めようとする魂胆が分からないのだ。何故話題を拡大させ全国に渡って震撼させてきたのか。
そこに何者かの意図が隠されているとしたら、一つだけ解釈できる部分がある。
―――自身の決断で探せと言ってるようなものだ。
無意識たる誘導か。はたまた洗脳か。
どちらにせよ都市伝説は悪い影響しか与えないのは間違いない。高校生が次々と失踪している事態に関しては明らかに異常だと実感する。身の周りに変化がないのではなく、実際に遠い場所で事件は起きている。
実証もないまま神隠しと唄う連中は鬱陶しいリプライと同じだ。
「―――何が面白いんだか」
『神隠し』に熱中するクラスメイトの姿が悩ましい。
退屈を壊し刺激を求める無責任の鑑に、礼は冷やかしの微笑を浮かべた。呆れて気が滅入るものの、ある一定の物に期待した素振りをする彼らの行動は正しく本性そのもの。純粋な野望が心を踊らせているのだろう。
ゲーム感覚で参加する、思い出作りの性分達が。
事件に巻き込まれてしまうのはあくまで無責任しか過ぎないというのに。
危機感に駈られる意識は何処に置いてきた。
「……懸念事項」
話題が終わると同時に一歩だけ前に進む彼らを見て、礼は抹消的に表情を退屈そうにさせた。
住む世界が違うから価値観は合わない。
だからこそ今まで感じた環境も、今まで見てきた景色さえ同じものではない。
そこには差別とするコンプレックスがあるから。
他人を非難して、淘汰していく姿勢は圧力の何物でもない。強引に繋がりを断つ本能はもはや誰にも止められず、内側から壊れていくのを待っている。まさしく典型的な横暴の一種だろう。人の恥じる姿を眺める性癖はもはや変態であると過言ではないのは至極当然。
大体、人間同士を争わせること自体が納得しないのに。
本当に哀れだ。
「いい加減下校して貰えませんかね……?」
引きずった笑みで野郎の様子を見届ける礼は苛立ちを募らせる。
全然帰宅しなさそうな雰囲気が充満して、それどころかリア充よろしくムードが物凄く邪魔臭い。明日も会えるだろバカタレと内心そう思っていたが、以外にも彼らは予定があるようで。
「―――ねー、折角だからさ、どこかで肝試しとかしなーい?」
死に場所を選んでいるではないか。
言うべき言葉がない。なんて反応したらいいのか困る。所詮は他人に過ぎないというのに、気を配るのは余程の楽天家らしい。
思いやりと余計なお世話は紙一重に複雑だと、礼は改めて理解した。
姿を遠くにしていく生田は男子に笑顔を送る。普段クラスメイトには見せない、甘えた部分が視界から消え去る。廊下に響いた賑わいは空中に消えて、外から奏でる楽器と合唱だけが耳を澄ましてくれる。
やがて教室が静寂に還る前に。
持参のリュックを背負って、礼は帰宅しようと自身の席から離れようとする。
その途端に、一人のクラスメイトと目が合った。
「……」
銀色に輝く十字架の髪飾りをして、腰まで伸びた茶髪の少女。澄んだ瞳と欠けることのない端麗な容姿。クラスの中ではマドンナという高嶺の花に君臨する、月雪という珍しい名字が似合う彼女は神様から与えられた至高の賜物であり、未来永劫の幸せが約束されている。
彼女の名は
両手に鞄を持ち上げるところでタイミングが悪く、邪魔をしてしまったようだ。
束の間の無言が心苦しい。
「あ……、え、えっと」
「また明日」
「えっ、あ、……うん。さようなら。また明日。委員長くん」
華奢な手を振る月雪は笑みの表情を浮かべる。正直に言って話しにくい。
礼が在席している高校ではクラス委員長にも内申点が与えられている。要は改善の意欲の向上と言うが、それでも借りてきた猫の如くシャイなクラスでは誰も申し出ない為、礼自身が自発的に申請。結果として白羽の矢が立つが委員長だろうが高校生活はあまり変わらなかった。
せいぜいクラスから「委員長」と呼ばれるぐらいしか差し支えない。
「それじゃ……」
さっさと撤退し彼女の視界から消えようとする。
末恐ろしいことに月雪は言うまでもなく男女に好かれており、暗黙の了解で男子は月雪とあまり会話してはならないと誰かが勝手に制約を決めたのだが、別に疑われる行動はしない。
口を噤んでいれば、人は面白いぐらいに離れていく生き物だから。
そう考えていつもの通りに帰ろうとしたが。
「あれ、珍しい組み合わせだねー。なに話してたのー? って委員長くんじゃん」
「……月読か」
二人の間を挟むようにして話し掛けてきたポニーテールの少女、
ブレザーの上にパーカーを着込んでおり、何処か周辺の雰囲気とは違う印象を見受けられるのは彼女自身クラスから『不思議ちゃん』と呼ばれているからか。奇抜な言動を取る月読ではあるものの、月雪とは親友らしく、大抵彼女と話しているイメージがある。
常識とは紙一重のような存在の月読だが、これでも真面目な方だろう。
「ねえねえ、なに話してたの?」
「ただの挨拶。目が合ったから若干話しにくかった。それだけ」
「本当にそれだけだった?」
「嘘付かないし。席が近いんだからこれは仕方ないと思う。大した事じゃない」
前の席がクラスのマドンナの月雪で、その隣が現在応答なしの八坂。全体の評価が天地の差がある二名に挟まれている状況は実に騒がしい。静かに過ごしたい。
席替えでもしたらゆっくり過ごせるだろうか。
「席替えしたら解決する。月読が気にする問題ではないけどね、じゃあな」
「じゃあね」
両手に鞄を持つ月雪は返事をするが、対しての月読はご機嫌斜めで、
「えー……、まさか委員長くん、女の子二人に逃げちゃうの? つれないなぁ」
「俺にも都合があるんだけど。帰らせてくれ」
「だったらさ、私達と一緒に帰らない?」
「……二人と?」
あまり関わりがない月読に、声が掛かるとは想像もしなかった。まさか月雪と共に下校するシチュエーションが現実化するなんて。
不思議ちゃんだから裏でイタズラでも仕組んでいると一様探るが、特に彼女は変な動きを見せず、単に一緒に下校しようと招いている。
「いや、なにか仕組んでない?」
突然のお誘いに礼は委細構わず無遠慮に本音を溢していく。
「仕組んでないよ。最近、失踪事件が多いでしょ? 一人で帰るのはやっぱり危険だし、もしも委員長くんが行方不明でもしたら大騒ぎになるよ」
「確かに……」
どうやら月読はイタズラではなく本当に心配していたようだ。
何かと騒がせている思春期失踪事件。これらに該当する上に単独行動が目立つ礼にしては格好の餌食だろう。一人でいる時間帯が相当注意が必要となる。
月読なりの配慮には感謝するものの、礼は首を左右に振って誘いを拒む。
あくまでも意思を曲げたくなかった。
「でもさ、月読、心配しなくてもいいよ。これまで俺は一人で帰ってきたし。それに二人は先輩達と帰れば大丈夫。多分そっちの方が安心すると思うし」
「え、私達は委員長くんと一緒に帰れると、それでいいんだけど……」
「悪いな。こっちは忙しくて!」
月読の説得を無視し、改めてリュックを背負う礼は急いで教室を出ることに。
呼び掛ける声を置いてきぼりにして。
何処までも遠い場所を目指して廊下を走り抜けていく。
僅かながら失った時間を取り戻す為に、礼は一生の誘いを断る。その方が都合良くて、彼女達に迷惑を掛けない選択は間違ってはいない。何よりも事件に遭遇されないことを約束されていることだろう。
大体。
月雪の嫌そうな表情を見掛けてしまえば、言わなくても分かっていた。
「これでいいんだ」
それでも支障に来さない礼は微笑を浮かべる。
昇降口に辿り着いた途端、曇りかけていた景色が夕陽が差し込む。眩しくて思わず視界を遮るが、気にせずに前に進んだ。たとえ外の世界で待ち受けるものが怪奇現象だとしても、恐怖に負けない限り、意思は負けたりしない。
だから。一刻も早く。
―――親友を探さなければ。
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