シークレット・シーカーズ
藤村時雨
1話 開幕
一度は神隠しを耳にしたことはあるだろうか。
言い伝えによると、突然人が姿を消してしまう現象であり、人気の失せた山や森で行方不明になったり、都会や辺鄙な里から音を消して失踪したり、情報化社会に反する神の仕業と準えたオカルトめいた概念である。
いつ誰かが目撃し。いつ遭遇したのか。
根本的に原因の発端を解明されない限り、一定の境界線は越えられず、頓挫した問題は世間に触れられず風化してしまうのが近年の傾向だった。
近年技術が発展し、原因不明の産物は事件へと認識されつつある。
だがしかし、それでも説明の付かない失踪事件は難儀に残され、まして増えていくばかり。語弊を漂えば神の仕業として表現されている所も少なくはない。
何故ならば人間は見えぬ神に対して意識を持つからだ。
もしも本当に神の仕業であるとしたら。
それ以外に該当しない、絶対的な存在が人に魅せた力であるとしたら。
相互監視された社会の元で解明できない現象は終わりを迎えることはできず、現代の技術でさえ進展の余地もない怪奇現象が続いているとしたら、過去に起きた神隠しは、本当に前触れもなく神様の気分次第で人を拐ってしまうのか。
そんな何の確証も得られない中で。
ここで一つ。
―――いつかの現世にて、再び神隠しが目覚めようとしていた。
◆
「……神隠し、か」
毎日訪れる退屈な学校生活。
詰まらない感想一つによって尽きてしまう少年、
かつて全国で震撼させた怪奇現象、神隠し。神秘のベールに包まれた謎の領域にスポットを当てたのは流行に敏感な学生達だった。
最近人が行方不明になるという事件が相次いでおり、その勢力は衰えず、現代社会の技術においても警察の努力さえ水の泡になってしまうほど難問題で、一向に犯人は見付からず捜査は難航としている。
「人が行方不明になる。それって、事件なんじゃないか?」
携帯端末の画面に映る事件の詳細を目に通しても、『神隠し』の言葉一つも見当たらない。
今もなお学生は日々日々失踪してるというのに。
「こんな物騒な時になんだけど……」
遠い視線をして教室中を巡らす。
すると、その景色は歓喜の渦に呑み込んでおり、巷で噂とされている話題で大いに盛り上がっている様子。刺激を求める野生の目をしたクラスメイト達は下らない談笑だけで偽りだらけの友情に満足している。
端から見れば、青春に謳歌した能天気な連中だった。
「どこまで平和ボケしてるんだ。結構、目障りだと知らないのかな」
仲間外れにされたのではない。
単純に、群衆の中に信頼できる存在がいないだけ。
人脈が壊滅的なだけで親友は十人も要らない。ある理由で若干孤立気味になり、クラスの中で浮いてしまったことを除けば、成績や運動神経は特に秀でてない、音楽を聴くのが趣味の一般人に過ぎなかった。
そもそも。
あんな極端な連中と関わる以前にバツが悪い。
「昨日のことなんだけどさ―――」
派手な女子高生のグループ。
固定された派閥を管理する女王の生田。茶髪でボブカットの髪型が特徴の女子。少し大人びた感じをする今時の女子高生のような印象を持つ。可愛らしい童顔を反して気に食わない相手には毒を含んだ発言をするので注意が必要だ。
「―――アイツの方が悪いもんねー」
「だよねー」
女王の意見に従うのはメガネを掛けた佐藤と片耳ピアスの芹澤の二名。
どうやらあのグループは男女関係、痴情の縺れについて話題にしていたようで、知り合いの不純異性行為が世間にバレたことに大爆笑。
手を叩き腹を抱え、他人事を粗末にしてみんなに共感してもらう。話してくれる為だけの品の欠けた行動なのに、知り合いの不祥事を晒して自分の蜜とする。
妊娠や中退だとか自殺したと有り得ない噂を流す連中に関わりたくもない。
最低な野郎と肩を列べてたまるか。
「下らない。人の命をなんだと思っているんだ……」
所詮は他人の始末。
全ては自己責任の世界だ。
どんなに正論を言おうが数の暴力で覆される理不尽な結果。正直者は馬鹿を見ると同じ。あまり執着し続けると病気になりそうなので、礼はとりあえず音楽を聴くことにする。
「―――そういえば」
イヤホンを耳に当てようとした所で、視線を横に寄せてみた。
「……隣の女子、いつから欠席したんだっけ」
◆
隣の席の少女。
確か名前は
席替えの時期にたまたま隣の席になり、彼女とは挨拶程度の会話をしていた。しかしこれ以上の進展はなく、あくまでもクラスメイトの一人として礼は認識されていたようだ。彼氏が出来た発言を自負していたのを覚えている。
―――だが、彼女が欠席する理由が未だに見当たらない。
貴重な昼休み。
紙パックのコーヒー牛乳を片手に昼食を取る礼はコロッケパンをかじりながら空白の席を眺めていた。
退屈な一時に瞳は少々虚ろ気味。ついついあくびが出てしまう。
昼食の時間が礼にとっては苦痛だ。音楽を聴く以外の趣味がないためかとても窮屈に感じる。
流行に敏感なクラスメイトの耳障りな歓声が余計に教室中に響いていく。
誰一人、少女を心配する素振りを見せない。
それどころか。
「……流石に動画の見過ぎか。はたまた群集心理の一端かな」
呆れて首を左右に振る。
他人事のハズなのに、心の何処かでは不安で仕方がない。
ここ最近高校生だけが行方不明になっており、世間では『神隠し』と呼ばれるようになった模様。何かしらの事件に関与しているかと思えば、校内では都市伝説がブームとなっている。それもこっくりさんをしていれば尚更だ。
明らかに心臓に悪影響で、スリルを味わいたい感覚は紙一重なもの。
まだクラスメイト達が自覚をしてないだけで。
「……煩わしい」
茶番を眺めていた礼はコロッケパンをかじりながら怪訝そうに呟く。
都市伝説について興味はないが、こっくりさんというのは占いの一種で降霊術だったハズ。紙と十円を用意して行うものだが、あまり覚えていなかったりする。そもそもやったことはないし、考えてみたら危険だ。人差し指が十円から離してしまうと取り憑かれるぐらいしか詳しくない。
たとえ降霊術が本当に願い事を叶えてくれる副産物だとしても、興味本位でやらない方がよっぽど賢明だ。
「―――こっくりさん、こっくりさん、八坂愛鈴はビッチですか?」
周囲を凍てつく禁忌の領域に踏み込んだのは佐藤だ。
陰湿めいた悪口を垂れ流し、耳にした学生は自然と声をした方角へ視線を送る。
そして、結果は下された。
ある者は非現実的な体験を求めて群衆に近付き、ある者は険しい顔を浮かべては群衆から距離を置こうとする。二者沢一の反応を見れば、どちらかが本能であり、もう片方は無意識だ。
虚像の当事者を利用して。
萎れた感情を満たす行為は公共の場所で醜態を晒しているに過ぎない。
―――誰が、八坂愛鈴に憎しみを抱いていたのか。
勝手に人差し指が動いてしまう現象に観客と女子高生のグループは大変大盛り上がり。喚き散らす黄色い声と嗜虐めいた哄笑が教室中に蔓延していくのが分かる。イヤホン越しでも五月蝿く伝わる。
下らない談笑が。上部だらけの友情が。
欲望を満たす器として、他人の恋愛感情を侮辱するのは容認出来なかった。
「本当に、あの子が何をしたんだろう」
知る限りでは悪い人ではなかった。
誰にでも笑顔を浮かべる礼儀正しい生活を送る努力をしていた彼女。無法者と関わるような闇を抱えた素振りを見せず、支えてくれる人達に守られながら、充実した学校生活を送る子がなぜ貶されてしまうのか。
もしも彼らが真実を語るのであれば。
まさか、八坂愛鈴という少女は最初から猫を被っていた可能性もある。
真相は彼女しか知らない。
「……いや、何をしたんじゃない。何かしたんだ」
世間で賑わせる思春期失踪事件。
主に高校生が姿を眩まし現在も行方不明となっている。組織絡みの陰謀なのか、それとも神隠しか都市伝説といった神のイタズラか。どちらにせよクラスに一人消息不明の少女がいることは事実であろう。
―――真実を確かめたい。
繰り返すばかりの日常に違和感を抱き始めた。
教科書通りの常識に植え付けられるだけの上下関係に、弱者が淘汰されるワケにはいかない。欺瞞に染めた景色の中で、人が本来有るべき行動を誰かがやるべきだとしたら、とうに覚悟は決めている。
解明しよう。
恐怖に染まりつつある監視社会の元で、馬鹿げた超常現象を終わらせることを。
覚めない悪夢から解放する負けない勇気を抱いて。
―――間宮礼は静かに始動する。
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