「はじめから言ってくれれば良かったのに」

「ねえ、コンラート。どうして、剣技大会に出場したの?」


 剣技大会の勝者は、晩餐に招かれる。そのために用意された部屋に、忍び込んでの会話だった。

 アイリーンも、すでに着飾っている。ヒルダが、十分すぎるほどに気をみながら見立てたものだった。

 コンラートは宿舎から届けられた軍の礼服を着て、いぶかしそうに眉をひそめた。


「君が勝手に申し込んだんだろう。噂を広げて、退くに退けなくしたのは誰だ」

「だけど、手を抜けばすぐにやめられたでしょう? 今までだってそうしてきたのだし」

「それで良かったのか?」

「良くないわよ。だけど、あなたならそうしてもおかしくなかった、とは思うのよね。今までだって、ずっとそうしてきたわけだし。意外だわ」

「意外と言えば、君がここにいまだいることのほうが意外だがね。アイリーン姫」


 試合後、話す機会はなく今はじめて会うのだが、いつもの調子と変わらない。しかし、アイリーンの身分を承知しているとわからせるところだけが違う。

 つい、アイリーンは目をらした。窓の外は、薄く暮れ始めようとしている。


「お父様が勝手に決めたことだけなら無視するけれど、約束は約束だから、仕方ないでしょう。さあ、私は何をすればいいの?」


 約束を破るとしても、聞いてからにしようと決めたのだ。コンラートは、苦笑いを浮かべた。


「どうにも、言う気をなくすような対応だ。言わずにおこうか?」

「意地悪」

「うそつき娘」

「そ…それは、…ごめんなさい」

「まあ、はじめから王女と知っていたら、俺も剣なんて教えなかっただろうがな」


 さらりと告げられた言葉は、それでも重かった。

 沈んでいるアイリーンを慰めようとしてか、練習のときに頭をなでるのと同じように伸ばされた手は、い上げられた髪に気遣ってか、下ろされる。

 コンラートは、軽くため息を吐いた。


「悠長にしている状況でもないな。逃げるとしたら、早いほうがいい。君は、俺と結婚したいか?」


 あまりに単刀直入な言いように、言葉を失う。

 コンラートは真剣な面持おももちで、視線を逸らそうともしない。


「嫌なら、君の侍女が用意したように逃げることも、俺の素行に悪評を立てることもできる。やめる手立てはいくらでも。君に選んでほしい。それが、俺が勝ったことに対する願い事だ」


 あまりに、アイリーンにとって都合のいい展開。

 そしてふと、根拠は見当たらないものの、全てが仕組まれていたのではないかとの疑念が浮かぶ。

 勝負を言い出したのはアイリーンだが、それ以降はコンラートの誘導がある。少なくとも三年間、手を抜き上官を増長させたことは。

 例えば、かの上官が王に話を持ちかけたとしたら、今回の公布も実現しただろう。三年間の晩餐で、すっかり気に入っていた。

 ひとつつまずけば、今には至らないだろう目論見もくろみ。偶然ではなくつながっているとしたら。


「返事の前に、ひとつ答えて。今回、上官に、剣技大会に私を賭けるようそそのかさなかった?」

「勝手に思い込んだだけだ」


 素っ気無い返事に、アイリーンには、わずかに焦る気配が感じられた。策士だが、基本的に正直だ。


「ねえ。私でいいの?」


 微笑みかけると、視線が逸らされる。思わず、腕をつかんでしまった。


「聞いてるの? 答えてよ」

「まだ、返事を聞いていない」

「何それ。ずるい」

「ずるいのは君だろう。俺が勝ったんだから」

「本気でやったらわからないわよ」

「ふうん、手を抜いたのか。自分から言い出しておいて、負けたかったということか」

「ち、違うわよ!」


 すっかり余裕を取り戻してしまったコンラートを睨み付けていると、ノックと、応える間もなく、コンラートを呼びに来た使用人が入ってきてしまった。

 二人に驚いたように見つめられ、一気に顔を赤くし、青ざめる。


「失礼しました!」


 慌て者の足音が去り、顔を見合わせて吹き出す。コンラートの腕を抱きかかえるようにしていた様子に、何か勘違いをしたのだろう。

 もっとも、あながち、間違いでもないのかもしれない。


「ところで、君の願い事は何だったんだ?」

「本当は、はじめから必要なかったのよ。そう考えると、馬鹿みたいだわ。そうならそうと、はじめから言ってくれれば良かったのに」

「何を?」

「本当の名前を言っていなかったのは悪かったわ。だけど、こんな悪巧わるだくみのようなことをしなくても、好きならそう言ってくれてたら」

「言ったところで、どうしようもないだろう。身分の差は、普通は簡単に埋められるものじゃない」


 そう言い切ってから、うなだれるアイリーンの髪にそっと手を伸ばす。


「それに、自分も一緒に追い込まなければ、到底言い出せなかった」

「それって…」

「行こう」


 ごく自然に腕を組み、二人は大広間へと向かった。 

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おとぎ話の幕引き 来条 恵夢 @raijyou

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