第6話自己紹介

 コンコン、というノックの音で目が覚める。



「ヒロキ様。夕食の時間となりましたので、お迎えに参りました」



 どうやら迎えが来たらしい。僕は急いで身支度を整え、扉を開ける。

 そこには、メイド服を身に纏った女性が立っていた。

 女性、というよりも少女に近いだろうか。僕とさほど変わらない年齢のように見える。



「お待たせしてすみません。仮眠を取っていたもので」

「いえ、こちらこそ起こしてしまい申し訳ございません。私は王宮で侍女を勤めさせていただいております、ヘレナと申します。今後ヒロキ様の身の回りのお手伝いをさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」



 女性はそう言って、深々とお辞儀をした。

 侍女、つまりメイドさんか。初めてリアルでメイドというものを見た。

 僕はメイド喫茶なんて行ったこともないし、ましてや本物のメイドさんなど見る機会もない。

 丁寧な言葉遣い、恭しい態度……。

 うん、なんかグッとくる。

 日本でメイドさんが人気なのも頷ける。



「こちらこそよろしくお願いします、ヘレナさん」



 丁寧な対応には相応の態度で。

 そう考えて返事をしたが……。



「ヒロキ様、私に敬語は不要です。また、『さん』などもつける必要はありません。私のことはどうぞ呼び捨てで、砕けた言葉でお話しくださいませ」

「え、でも……」

「でも、ではありません。どうぞ呼び捨て、砕けた言葉でお願い致します」

「えっと……」

「お願い致します」



 真顔でせまってきた。

 めちゃくちゃ押しが強い。妙な気迫を感じる。

 なぜこんなにも砕けた口調を強要するのだろうか。

 初対面でいきなり呼び捨てタメ口なんて失礼な気もするが、本人の希望なら仕方ない。



「わかったよ。これからよろしく、ヘレナ」

「はい、よろしくお願いします♪」



 要求に従った途端、真顔が一転して花のような笑顔に変わる。

 先程とのギャップに、不覚にもドキッとしてしまう。

 悟られないように、僕も微笑を返す。



「それでは案内いたします。どうぞついてきてください」

「ああ、わかった。よろしく頼むよ」



 僕はヘレンの背中を追って進んでいく。

 彼女は一度も迷うことなく、すいすいと目的の場所に向かっているようだ。

 メイドだから当たり前なのだろうが、つい感心してしまう。

 そういえば、さっきから少し気にはなっていたのだが……



「ヘレナ、君は今何歳なんだ?」

「今は15歳で、今年16になります」



 想像以上に若かった。

 思わず驚きの表情を浮かべてしまう。

 日本で言えば中3から高1だから、早くても就職といったところだが、しかしメイドとしての働きは明らかに素人のそれではない、と思う。

 てことはずっと前から何かしらの訓練を受けていたのか?



「私は代々王宮に使える召使いの家系なのです。幼少より、母や他のメイドの方からさまざまな訓練を受けてきました。正式にメイドとして王宮に使え始めたのが丁度一年前です。聞いた話によると、過去14歳で王宮のメイドに採用された者は私以外いないそうです」



 丁度説明してくれた。

 ヘレナは、えっへん、とばかりに気持ち胸を張っている。

 そういう仕草は年相応なんだな。



「私の場合は適性にも恵まれました。《メイド》以外にも、《家政婦》《宿屋》《暗殺者》……おっと、間違えました。とにかく家事系の職業ジョブへの適性が多くありましたので、それらのレベル上げを並列して行えたのが功を奏したのかもしれませんね」

「え? 職業に設定しなくてレベルって上がるの?」

「ええ、上がりますよ。職業による効果は、あくまで《学習能力の向上》です。魔法薬の恩恵は得られませんが、他の適性職業もある程度ではありますが経験値を得られます」

「じゃあ、他の適性のレベルが上がったらどうなるの?」

「物によっては、適性一覧に載っているだけで効果を発揮する職業もあります。家事関連のものは大体そうですね。その効果はレベルが高ければ高いほど上昇する傾向がある、と言われております」

「へぇ、そうなのか。勉強になるな」



 なるほど、そんなシステムがあったとは。

 僕にはあまり使えなさそうな情報だけど、面白いことを聞いた。



「ていうかヘレナ、さっき《暗殺者》って……」

「はて、何のことでしょうか♪」



 ニッコリと笑顔ではぐらかされてしまった。

 気になる……。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 しばらく歩いたあと、ヘレナが大きな扉の前で立ち止まる。



「ヒロキ様、こちらになります。他の皆様はすでに到着しておりますので、どうぞお入りくださいませ」

「ありがとう、ヘレナ」

「いえ、これが私の仕事ですので。では、失礼いたします」



 完璧な礼と共に去っていくヘレナ。やはり惚れ惚れするほどに完璧な所作だな。

 それにしても、やけに大きな扉だ。どうやら木製だが、結構な重量がありそうだ。

 これ、入ってもいいのか? 一応ノックした方が、いやでもノッカー付いてないし……



「ヒロキ様、ですね」

「どぅええ!? 誰!?」



 いきなり何者かに話しかけられたが、しかし周りには誰もいない。

 え、何、怖い。


 ひとりでビビっていると、扉の横に配置されている甲冑がこちらを向いているのに気がつく。

 ……もしかしてあれ、甲冑じゃない?

 よく見ると中身入ってるように見えるし。しかもこの声、どっかで聞いた覚えがなきにしもあらずのような気がしないでもないような。



「申し訳ありません。私は先程『召喚の間』で皆様の適性を伺った者です」

「ああ、さっきの兵士さんでしたか。すみません、取り乱してしまって」



 なるほど、通りで。

 きっと門番的な役割でここに立っていたのだろう。

 思いっきり奇声なんかあげてしまって、むしろこちらこそ申し訳ないな。

 彼(彼女)は「気にしてません」とばかりに軽く頷き、扉を押し開けた。



「他の皆様はすでにお揃いです。どうぞお入りください」



 促されるままに扉をくぐると、向こうは広間になっていた。

 思ったよりも相当広いな。下手な演芸ホールくらいはありそうだ。

 なんかいかにも「広間!」って感じ。ヨーロッパのお城にありそうなイメージだ。

 広間の中央には大きなテーブルがあり、すでに他の召喚者たちは着席していた。



「お待たせしました。遅れてすみません」

「お、ようやく来たか。遅いぞヒロキ〜。もう待ちくたびれたわ。ほらここ座れ」



 隣席の相手と談笑していたと思わしき藍斗がこちらを振り返ってくる。

 他の召喚者の中には割と緊張した様子の人もいるが、こいつはいつも通りみたいだな。

 とりあえずは藍斗に勧められるまま、テーブルの末席に腰掛ける。

 すると僕が腰を落ち着かせたタイミングで、例の茶髪イケメン諫早が口を開いた。



「それじゃあみんなちょっといいか? 俺たちは偶然集団で異世界に召喚されてしまったわけだけど、俺たち全員の共通点といったら『同じ電車に乗り合わせた』くらいしかない。見た限りでは同じ学校の友人同士もいるようだけれど、逆に完全に初対面の人もいるはずだ。今は異常事態だ、まずは互いを知るべきだろう。王様に少しだけ時間をもらったから、これから一人ずつ自己紹介をしてもらおうと思う。意見のある人はいるかい?」



 発言する者はいない。全員自己紹介の必要性を理解しているようだ。

 それにしても、仕切ってくれる人がいるというのはありがたい。

 僕は流れに乗ればいいだけだ。楽でいい。



「いないみたいだな。じゃあ、俺から時計回りに言っていこう。

 改めて、俺は諫早イサハヤ光耀コウヨウ。21歳、大学3年生だ。みんなきっと不安だろうけど、俺といっしょに頑張ろう! よろしく!」



 パラパラと軽く拍手が起こる。



「じゃあ次はうちか! うちは相澤アイザワ華蓮カレン、光耀と同じ大学3年の21歳で〜す。よろ〜」



 ギャルっぽい女性だ。カールしたセミロングの金髪に濃いめの化粧、黒を基調とした露出の多い服。

 苦手なタイプだ。できるだけ関わらないようにしよう。



「次はカエデだよ!」

「はいはい、わかってるわよ。日浦ヒウラカエデ、20歳。前二人と同じ大学3年。ま、テキトーによろしく」



 今度は不良っぽい。服装は落ち着いているが、灰色のロングヘアーに浅黒い肌をしている。日本人顔なので、サロン焼けだろう。雰囲気も刺々しく、全体的にかなり怖い印象を受ける。



「えっと……私は御影ミカゲ玲香レイカっていいます。22歳です。趣味は読書です。みなさん、よろしくお願いします」



 少し遠慮がちに自己紹介した御影は、綺麗な長い黒髪をハーフアップにしていた。

 王宮への移動中に目の端に捉えたが、女性にしてはかなりの高身長だった筈だ。



「次は私ですね。私は有堂ウドウ陽子ヨウコと申します。主婦です。たまたま買い物に出かけたらこんなことになってしまって……とても混乱しています。今の状況をまだあまり飲み込めておらず、不安でいっぱいです。若い子に頼ってしまうのも申し訳ないけれど……よろしくお願いしますね」



 本人が言っている通り、相当混乱しているように見える。

 視線は泳いでいて、終始落ち着かない様子だ。

 彼女はおそらくゲームやラノベの知識がないのだろう。

 突然の事態に参ってしまわないだろうか。少し不安だ。



「えー、わたくしは鈴木スズキ耕作コウサクであります。異世界だの魔術だのとよくわかりませんが、えー、みなさん、宜しく頼みます」



 鈴木の年齢はは目測50歳くらいだが、やけに堂々としている。

 年長者としてどっしりと構えているのだろうか。

 ただ、彼の世代はサブカルチャーには疎いはずだ。

 また、運動不足であることもその体型から窺える。

 あまり頼りにはならなさそうだ。


 次は僕か。



「僕は来間クルマ博樹ヒロキと言います。17歳、高2です。異世界召喚なんて非現実的なことが起こって、非常に驚いています。協力し合って、全員で元の世界に戻りましょう。よろしくお願いします」



 まあ、こんなところか。

 こういうのは無難が一番だ。

 一礼して着席し、手番を藍斗に渡す。



「俺は秀武ヒデタケ藍斗アイト、ヒロキの同級生です。小学校の頃から剣道を習っていたので、戦闘では役に立てると思います。みなさん不安だと思いますが、一緒に頑張りましょう」



 流石は藍斗、模範的な自己紹介だ。



「あたしは高遠タカトオ春音ハルネです! アイトくん、ヒロキくんと同じ高校2年生です!陸上部短距離やってました! 運動神経には自信があります! よろしくお願いします!」



 全部の台詞の最後に“!”をつけたような元気の良さである。

 陸上部らしく短めの髪に、健康的に焼けた肌。

 同級生らしいが……見覚えがない。もしかしたら廊下ですれ違ったことがあるかもしれない。

 興味のないことをすぐに忘れてしまうのは、僕の悪い癖だ。そのせいで人の顔はなかなか覚えることができない。

 忘れるたびに藍斗が教えてくれるので、困りはしないが。



「はいっ! 俺は菅原スガワラ大起ダイキ、高2、サッカー部です!」

劔持ケンモチ刀磨トウマ、高2、フェンシング部です!」

大野オオノ健太郎ケンタロウ、高2、卓球部です!」


「「「よろしくお願いシャーーーっす!!!」」」



 ……うるせえ。

 流石にこの学生服三人組は見覚えがある。

 学校では「三バカ」と呼ばれている、特に騒がしい問題児たちだ。

 あまりの騒ぎっぷりに、教師たちも頭を抱えているらしい。

 三人とも偶然あの電車に乗り合わせていたらしい。

 絡まれると面倒だ。無視することにしよう。


 次の人は……寝てる?



「瑠衣、順番回ってきたよ。ほら起きなよ」

「………………んぇ? …………何、もう朝?」

「はぁ、この馬鹿は…………もういいや。私は倉科クラシナ瑠央ルオ。こっちは双子の兄、倉科クラシナ瑠衣ルイ。となりの人たちと同じ高校の1年生です。よろしくおねがいします。すみませんね、ほんっとだらしない兄で」



 なるほど、双子か。確かにそっくりだ。

 二人とも短髪で、体格も似通っている。下手をすると見間違うかもしれない。

 こんな状況でも居眠りとは……兄の方は何という胆力をしているのだろうか。

 そういえば、一年生に変わり者の双子がいるという噂を聞いたことがある。

 ほぼ間違いなく彼らのことだろう。



栗原クリハラ優梨ユウリです。今年大学に入学しました。……戦うのは怖いです。でも、元の世界に戻るためなら頑張ろうと思います。よろしくお願いします」



 確か、召喚された直後にコラスル王の話を聞いた後、「戦うのが怖い」と言っていた女性のはず。

 小動物的な雰囲気を醸し出している。明らかに暴力とは無縁に見える。

 天然か狙ってかはわからないが、庇護欲を掻き立てられる。

 あれで計算高かったら怖いな。そうでないことを祈ろう。



「…………小田オダ真司シンジ、19歳。………………どうも」



 声が小さくて聞き取りづらい。

 黒いパーカーのフードを目深に被り、顔がよく見えない。フードの隙間から僅かに覗く肌は病的に白い。かなり痩せているように見える。

 かなり内向的な性格のようだ。

 元の世界では引きこもりだったのだろうか。



「オレは須郷スゴウ尚久ナオヒサって言います。22歳、大学3年です。特技は手品! よろしく!」



 そう言ってトランプを取り出す須郷。

 召喚された際に荷物は全て消えたはずだが……。

 ポケットにでも仕込んでいたのかもしれない。愉快な男だ。



「私は神山カミヤマ恵美エミ、尚久と同じ大学3年生です。大学では馬術部でした。よろしくお願いします」



 ポニーテールで、サバサバした雰囲気の女性だ。

 細身の黒縁メガネをかけているが、致命的に似合っていない。

 ま、僕がとやかく言うことではないか。



「次はぼくですね。ぼくは刈谷カリヤマコトと言います。24歳の大学6年生です。医学部でした。怪我の治療程度であればできるので、もし何かあれば頼ってくださいね」



 眼鏡をかけた、爽やかな笑顔の青年だ。

 医学部であることを鼻にかけないところや柔らかな物腰も、好感が持てる。



「最後はオレだな。榊原サカキバラ武豊タケトヨ、光耀のダチだ。腕っ節には自信がある。いっちょよろしく頼むわ」



 最後の榊原は、真っ赤な短髪でガタイのいい男だった。

 耳には数え切れないほどのピアスを付けている。

 典型的なチンピラのような見た目だ。いっそ分かりやすい。

 しかし、「光耀のダチ」の部分が少し引っかかる。諫早が不良とつるむタイプの人間には見えない。

 もしかするとチンピラは見かけだけなのかもしれない。

 というか、華蓮といい楓といいこいつといい、光耀の周りには怖そうな奴しかいないのか。



「よし、これで全員終わったね。さて、他の何人かも言っていたけど、今は非常事態だ。でも、だからこそ互いに支え合わなければならない。これから様々な困難があると思うが、みんなで一緒に乗り越えていこう!」



 最後に諫早がまとめた。再びパラパラと拍手が起こる。

 正直自己紹介しても名前を覚えられる気がしないのだが……。

 まあいいか。


 ひと段落ついたところで、王様が部屋に入ってきた。



「自己紹介は終わったか? では早速だが、夕食にしようではないか。質問があれば、何なりと聞いてくれ」



 王が手を叩くと、使用人が大量の料理を運んできた。




 夕食が始まった。

 各々王様そっちのけで隣の人や元々仲のいい人と話し始める。王様はほとんど空気だ。少し寂しそうなのは気のせいだろうか。

 かくいう僕も、隣に座る藍斗と喋っていた。



「なあアイト、さっきの移動中に何考えてたんだ?」

「え? 何で考え事してたってわかったんだ?」

「は? ……お前気づいてないのか? まあいいや、それで何考えてたの?」

「何にだよ……。別に大したことは考えてねえよ。ただ、この世界にはエルフとか獣人とか、あとドラゴンとかいるのかなって」

「なんというか、お前らしいな」



 藍斗は極度のゲームオタクだ。暇なときは大体ゲームについて考えている。

 実はこいつ、最初の王の説明のときに、「ひゅ〜〜、ゲームのOPみたいだ!」と気持ち悪いくらいに興奮していた。不謹慎極まりない。


 そんな他愛ない会話をしていると、藍斗の向こうから春音が声をかけてきた。



「やっほー! ヒロキくん久しぶり! 元気?」

「やっほー、春音さん。そこそこ元気だよ。前どこかで会ったっけ?」



 そう言うと春音は呆けたように口を半開きにした。

 と思ったら、怒ったようなムッとしたような顔で睨んでくる。



「おいおい何言ってるんだよヒロキ。去年同じクラスだったじゃないか。覚えてないのか?」

「そうだよー! 『会ったっけ?』じゃないよ!」



 全く覚えていない。

 首をかしげると、二人とも呆れた表情で僕を睨む。



「はあ……。悪いな春音、こいつはいつもこうなんだ」

「別にいいよ、もう……。じゃあ気をとりなおして、改めてよろしくヒロキくん!」



 そう言って右手を差し出してくる春音。

 今一瞬、彼女が落ち込んでいるように見えたが……気のせいか?

 少々気になるが、とりあえず握手に応じる。



「忘れてて悪かったよ。よろしく、春音さん」

「《さん》なんていらないよ! 気軽にハルネって呼んで! あ、ヒロくんって呼んでいい?」

「りょ、了解。僕のことは好きに呼んでくれて構わないから」

「いえーい、よろしく〜〜〜〜〜!」



 テンションが高いのはいいが、腕がちぎれそうなので離してほしい。

 メイドのヘレナといい、この世界で話す女性はなぜこうも押しが強いのだろう。


 そんなこんなで、気づいたら出された全ての料理を食べ終えていた。



「皆、食事を終えたようだな。では、解散としよう。訓練は明日の午後からだ。訓練といっても最初から身体を動かしたりはしないから安心してくれ。それまでは好きに過ごしてもらって構わない。それでは、しっかりと休んでくれ」



 最後まで空気だったコラスル王が解散を宣言する。

 心なしか若干しょんぼりしているように見える。


 何はともあれ、平穏無事に夕食の時間は終了したようだ。

 とりあえず部屋に戻ろう、そう思ってヘレナを探していたら、コラスル王に呼び止められた。



「ああ、すまないがヒロキ殿は残ってくれ。話がある」

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