第3話 バレンタイン
「才造、あげる」
片手でポンッと両手に落とされた箱。
赤いリボンに黒の箱は、夜影の両目のようだ。
目も顔も合わせないで、通り過ぎるように。
振り返れば、そのままドアの向こうに去っていく。
溜め息をついてしまう。
逃げたな。
追ってドアを開けて見れば、そこでうずくまる夜影がいる。
恥ずかしいなら目の前で隠れず恥ずかしがってくれてもいいじゃないか。
「夜影」
「不味くても知らないから」
「お前が作ったものが不味いわけない」
「わかんないでしょ」
「味よりもお前がくれたことの方が大事だからな。ありがとな」
黒い髪を撫でてやる。
そうすれば泣きそうな顔がワシを見た。
真っ赤な顔が可愛過ぎて。
「これはワシからだ」
「え?」
「知らんか?逆チョコ」
「これが逆チョコ……って、才造が!?」
「悪いか?」
「馬鹿ぁ」
こういう時にやっぱり泣くのが可愛い。
抱き着いてきて、それを撫でてやるのも好きで。
夜影は、どう反応していいかわからずに泣き出すのがいつものことだ。
プロポーズの時も。
過去故に、感情表現が下手だ。
ワシも言えたことじゃないが、夜影は過度に。
「馬鹿。嫌い。大嫌い」
「泣くな」
「大っ嫌い」
「そうか」
また、これだ。
言いたいことと逆のことを繰り返し言ってしまう。
わかっているから、尚可愛い。
「嘘。好き。大好き。嫌わないで」
「わかってる。愛してる」
「ごめん。愛してる。嫌いじゃない」
このひっくり返しがくることもわかっていた。
わかっていたが、耐えられない。
これだけ可愛いことをされると、心臓が持たん。
「夜影、」
「好き」
「夜影、待て、」
「大好き」
怖がるな。
わかってるから、不安になるな。
震える体を丸くして、顔を埋めてくる。
これもどうしようもなく愛おしくて。
「わかったから、待ってくれ。ワシがどうにかなりそうだ」
「才造…?」
やっと収まった。
こんな一時が永遠に続けばいい。
そう願ってしまう。
チョコよりも甘い、甘い夜影のチョコは、苦く、それでも甘さがあり、食べるのが勿体ないくらいだ。
わざわざハート型にしたのか。
チョコに猫を描いたりする悪戯も。
全てが愛おしい。
「ありがと」
「あぁ」
やっと笑った。
この最後の笑顔が、一番好きなんだ。
バレンタインのチョコは、甘くそして苦く、幸せな味がした。
忍のちよこれいと 影宮 @yagami_kagemiya
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