第4話遠い記憶の味

「さあ、食べてください」


文化財研究所の職員はホットプレートで焼いたクッキーを配って言った。

中学生に歴史と文化を知ってもらうために行う出張授業というものだ。

なぜクッキーを焼いたかというと縄文時代の地層から出土されたというドングリのクッキーを再現するためで、彼らと生徒たちはアクが少なくてそのまま食べられるという椎の実を殻から剥がし、粉砕して他の材料と混ぜて調理する工程を体験しながら当時の食材や石器や土器の利用法を学んでいた。


生徒たちは茶色のクッキーをしげしげと観察するがすぐには口にしない。


「これ、本当にどんぐりなの?」

「見た目は普通っぽいよな」

「そそ。普通に売ってそう」

「でもリスが食べるイメージがなあ……」


それを聞いて職員は言った。


「心配ないです。椎の実はそのままでも食べられるくらいですから。本当の縄文人はクヌギやナラの実も川に何週間か浸けてアク抜きする方法を開発していたと考えられます。当時の遺構からその跡が見つかってるんです」

「汚ねー」

「いや、今より綺麗な川だったんじゃね?」

「そろそろ食べようぜ」


男子の何人かが度胸試しだと食べ始めた。


「あれ?普通に美味いかも」

「うまっ!」

「普通のクッキーじゃん!」

「当然です」


喜んで食べ始めた生徒たちに職員は苦笑した。


「卵や砂糖やバターを使ってますから。縄文時代ならどれも手に入りません。でも、ドングリでも小麦粉と変わらないものを作れるとわかりましたか?縄文時代には米も小麦もありません。弥生時代に稲作が始まるまではドングリも栗やクルミと同じく重要なカロリー源だったわけです。ちなみに、縄文人を正確に真似してどんぐりと山芋だけで作ったクッキーもありますから食べ比べしたい人は取りに来てください。正直に言って味はイマイチですが」


まずいと言われて誰が食うのかと生徒たちは笑った。

その時、金髪の長い髪を揺らして一人の女子が職員のところへ来た。


「一つください」

「おっ、チャレンジャーがいる」

「カミラさん、挑戦するの?」

「すげー。冒険心あるな」

「俺も食べてみよ」


カミラという留学生は茶色のクッキーをもらうと席に戻り、その端を少しだけ齧った。


「どう、カミラ?」


前の席にいる大野春花は友人に聞いた。


「まずいわ。何の味もしない」

「うわー。まあ、そうだよね。縄文時代に砂糖ないもん」

「……少し似てる」

「え?何と?」


春花は友人の言葉に首をかしげた。

カミラの顔に一瞬寂しげなものが浮かび、その寂寥はすぐに微笑で消えた。


「ううん、なんでもないわ」


1万年前の思い出を胸に仕舞いながら彼女は言った。

全てが変わった世界でただ一人変わらない生物がそこにいた。

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1万年の記憶の底で M.M.M @MHK

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