第234話 3−3−3 合同授業

 私の生活は京都に来て一気に変わった。東京にいた頃はクラスメイトの誰もが避けていたけど、ここに来てクラスメイトどころか色々な人に話しかけられるようになった。なんだか来月にある呪術対抗戦にもエントリーされたみたいだし、何が何だか。


 それに何をトチ狂ったのか、私に告白してくる人まで現れ始めた。まだ自分の未来もわかってないから断ったけど。一応難波君たちが頑張ってくれているけど、私は二十歳まで生きられないと宣言された身だ。余命宣言をされている人間が恋愛をしても、相手を不幸にするだけだし。


 だから私は恋愛をするならこの身体が正常になってからだと思ってる。そもそも前までは恋愛なんて考えもしなかったけど。というか私のどこに惚れたのかわからない。


 変な二つ名も付けられるし、なんだかなぁ。私の何が変わったかって言われたら正直何も変わってないのに。ちょっと前を向けるようになったかなと思うだけで、そこまで変化はないんじゃないかな。前を向いたのも諦観からの空元気と、ちょっとした希望が見られたからだし。


 陰陽師学校だからかもしれないけど、私の実力を知って話しかけるようになった人が多い。


 違うかな。私の実力は東京の頃から変わらない。ちょっと他の人へ目線を向けるようになったことと、話しかけられても対応するようになったことくらいの変化。


 それだけで日常がこんなに変わるとは思わなかった。


「蛇島さん。最近笑うようになったよね。京都で良いことでもあった?」


「……吹っ切れた、が正しいのかもしれません。私が悩んでいたことなんてちっぽけだったんだなって思えたんです」


「それって?」


「死生観ですね。陰陽師になったら、いや、今も。学生の身分でも、陰陽師の卵だろうと、死ぬ時は死ぬのに。特にこちらの生徒は呪術犯罪者の襲撃に、神様がいらっしゃったこともあるでしょう?悲観的になりすぎるのもダメかなと思ったんです。ほら、私って施設でお世話になってるじゃないですか」


「あー……」


 私が天竜会でお世話になっているのは有名な話ですし。


 明日死ぬかもしれない陰陽師になろうとしている人間が、数年後の死期を怖がっているのもどうかなという話です。ニュースにもなりませんが、陰陽師はプロでも死者が出ています。それくらい危ない職業だと分かりきっているのに。


 私は死ぬ覚悟がなかった。


 そんな話をクラスメイトの女子としていると、呆れられました。


「蛇島さんって変わってるね。まるで死ぬために生きてるみたい」


「……いつか人は死ぬでしょう?」


「それはそう。でもそこをゴールにしている人がどれだけいるのって話。死は終着点かもしれない。けどね、死ぬまでに楽しんだりやりたいことを探すために生きてるんだよ。生死が逆転しちゃダメ」


「生きるって難しいんですね」


「当たり前のことばかり言うね。それはそう。勉強も頑張って陰陽師としての腕も磨いて、自分の容姿も磨いて素敵な恋愛をして。お金も稼いで、国民を守って。やることばかりだよ。私は生きるのに精一杯で死ぬ間際のことなんて考えられない。楽しくないからね」


 そう、星崎さんが話す。


 星崎さんも結構有名どころのお嬢さんだったはず。来月の呪術対抗戦に選ばれている才女。


 余裕があるのか、それともこれこそが良家に産まれた人間のメンタリティなのか。私は陰陽師として責任のある行動を取ろうなんて考えたこともなかった。だってこの学校に入ったのは私の体質をどうにかするためだったんだから。


 プロになる気もさらさらなくて。でも実力だけはあって。学校で浮くわけだ。


「星崎さんは楽しいですか?今の生活」


「そこそこかな。彼氏はできないし、好きなアイドルのライブは抽選が外れるし。微妙」


「はぁ。もしかしてこの京都校でお相手を探したり?」


「したけど振られちゃったのよ。一年生の男子に勇気を振り絞って告白したんだけど、好きな子がいるんですって。実力も良かったし、私の家とも釣り合うと思ったんだけどなー」


「……実力があって歳下の良家の嫡男となると、難波君ですか?」


「難波君?違う違う。あの人は格が違いすぎるよー。あそこに釣り合うのは天海家くらいの格がないと。実力も違いすぎ。あの人を婿に迎い入れられる家なんてないよ」


 あら、違った。歳下で凄い男の子なんて難波君しか思い当たらなかったんだけど。


 私が特に情報収拾をしていないから、難波君くらいしか思い当たらないんだよね。結構有名な人だともう同学年の人が結構声をかけているみたい。


 そういえば今週になってからコサージュをつけている人が多くなってきた。アレをつけている人はカップルとして成立しているということ。学校行事で何をしているんだって話なんだけど。


「住吉祐介君って子。周りの子もあんまり注目はしてないかな。難波君と同じクラスの子だよ」


「聞いたことないかも。何でその子だったの?顔が好みだったりしました?」


「それもある。……あの子、実力を隠してるよ。今でも五段くらいの実力があると思う」


「五段?学生で考えたらかなりの上澄みじゃないですか?」


 プロの資格を取れる学生はそれなりにいるものの、五段以上はかなり少ない。四神に選ばれるような特別な人でもない限り、高校生だと六段が最高じゃないかな。


 今一年生だということを鑑みると、卒業する頃には六段になれるかもしれない。そんな子が難波君と那須さんの同じクラスにいたなんて。


 私の足元で隠れているゴンちゃんが耳をピクリと動かしていた。住吉君のことを知ってるのかな。


「何で実力を隠しているってわかったんですか?私みたいに霊気を垂れ流しにしているわけでもないのに」


「私の特能。これは詳細を話せないね。ウチの秘術みたいなものだから。それを使って住吉君の隠してる実力がわかったって感じ」


「へえ。でも陰陽師学校に通っていて実力を隠すって珍しいですよね。その実力を伸ばすために入学してきてる人ばかりだと」


「それを言ったらあの難波君もあなたに勝った那須さんも実力を隠してるわよ。名家だからこそ隠すことが多いんでしょう。秘術なんて披露しないでしょうし」


 難波君と那須さんか。あの二人はそれこそ今すぐプロになってもおかしくないはず。それどころか四神にだってなれるはず。けど今の四神は埋まっているからならないのかな?それとも家を継ぐことばかりで四神になることを考えていないのか。


 あの子たちの進路については私が考えても意味がないから無視するとして。


 また・・頭が痛くなってきた。中休みで良かった。


「ちょっとお手洗いに行ってくるね」


「はいはい」


 駆け足で女子トイレに向かう。個室に入り込んで、その幻聴を振り払おうと霊気を込める。


『楽になっちまえよ。暴れようぜ?お前の本質は悪だ。苦しむ時間は短い方がいいだろ?』


「黙れ……。お前が私っていう身体を欲してるだけのことでしょ?誰がお前なんかに負けるか」


『ハッ。この土地に来て侵蝕が一際進んだのに強がんなって。もうそろそろ顔面にもその結果が出るだろうな。腹部も足も二の腕も鱗が出てる・・・・・。あと何日保つか見ものだな』


 霊気を自分自身にぶつけて幻聴を吹き飛ばす。霊気の消耗で汗が出始めたけど、これくらいいつものこと。


 この悪魔のささやきも、あと僅かで終わる。終わるはず。


『……蛇島。明の準備が整った。いや、お前が保たないと言うべきだな。水曜日に決行する』


 そうゴン様に言われて。


 私はあと二日を寮の部屋で過ごすことにした。安静にすることと、誰かに迷惑をかけないようにするためだ。

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陰陽師の当主になってモフモフします(願望) @sakura-nene

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