ある日うちのネコが敵に塩を送ったらしいんだけど。
杉浦ヒナタ
ノブナガ塩を送る、の巻
こたつに入ったあたしの横でノブナガ(♂2才・茶トラ)は丸くなっていた。
熟睡しているが、耳だけがピクピク動いている。
それを前の方に向かって押さえつけ、
「スコティッシュ・フォールド!」
などと遊んでみる。
やはり
暖かい。それに肉球の感触が心地いい。
そのうち、ヒゲが、ぴん、ぴんと動き始めた。
次に体が、びくっと動いた。
「おや?」
「ふしゃあっ!」
突然ノブナガは悲鳴とともに、あたしの太ももに爪をたてて飛び起きた。
「いてえーっ」
このバカネコっ!
ノブナガは背中の毛を逆立て、辺りを見回している。
「もお、痛いなあ。なにするの、ノブナガ」
「なんじゃ蘭丸。お主だったのか。わしに近づくと怪我をすると言ったであろう」
まるで声優さんのような声で、ノブナガが言った。
うるさい、お前が寝ぼけただけだろ。あたしも森蘭丸じゃないし。
そう、このノブナガ。この世界と同時に存在する並行宇宙では『織田信長』らしいのだ。このヒノモト町に住む全てのネコを制圧する事を目標としていて、それが、別世界の織田信長と連動することで、向こうでの天下統一がなされる、みたいな事らしい。
「おのれ。武田と上杉に同時に攻め込まれた夢を見たではないか。縁起でもない」
それは、あたしのせいじゃないから。
でも武田と上杉って。
「仲悪かったよね、確か」
いつも川中島で戦っている印象なのだが。
「それが、そうでもないのだ」
ノブナガは念入りに体を舐め始めた。やはり相当動揺していたらしい。
「武田が治める甲斐の国は、海に面しておらんだろう」
いまの山梨県か。確かにそうだけど。
「小田原の北条と駿河の今川が結託して、甲斐への塩の輸出を停めた事があるのだ」
ノブナガは大きく伸びをする。
塩を。ほう、それは初耳だ。
「わしはネコだから、塩など欲しいとは思わんが」
まあ、人間だって、塩分の摂り過ぎは体に良くないだろう。
「これからは、ネコもヒトも、薄味に慣れなければならんのだ」
どこかで、織田信長は濃い味好きだと聞いたことがあるのだけれど。
でもこれって、なんの話?
「だから、暗に食事の改善を要求しておるのだ」
絶対そんな話じゃなかったはずだ。
「最近、薬屋の『たぬポン』の影響か知らんが、ネコのあいだで健康づくりが流行っておってのう」
平松元気健康堂の飼い猫、たぬポンくん。多分、むこうでは徳川家康なのだろう。
「わかった。前向きに検討させていただくよ」
うむ。と言ってノブナガは丸くなった。また寝ようとしている。
「おい、話の続きはどうした」
あごの下をくすぐって、天井の方を向かせる。
「あおぅ、み、みみの横もたのむぅー」
変な声を出すな。続きを話せ。
若干ふてくされた顔で、ノブナガは座りなおした。
「……ところで、なんの話だったかな」
ほら、やっぱり忘れてるじゃないか。
「甲斐の武田さんが、塩がなくて困ったって話でしょ」
「おお、そうだ。真綿で頸を絞める、とはこの事だろうな。卑劣な手を使いおる」
そうだよね。生活必需品だもの。いくら戦国とはいえ、手段は選んで欲しい。
「それを見た上杉が、越後から塩を送ろうとしたのだ」
「はあ。上杉謙信ってすごくいい人だね」
ああそうか、『敵に塩を送る』ってこの事なんだ。
「でも。え、送ろうとした?」
結局、送らなかったってこと?
「そうではない。送ったけれど届かなかったのだ」
「なんで」
それはな。ノブナガは前足を舐めては、顔をこすっている。
足の隙間から、にや、と笑ったように見えた。
「わしが奪ったからに決まっておろう」
……最低だな、こいつ。
「何をいう。それで上杉と武田が和解などしてみろ。織田家などひとたまりも無いだろうが」
くわーっ、と大きなあくびをする。
それはまあ、そうだけど。
「もちろん代わりのものを届けてやったぞ」
「塩を?」
「いや、手紙だ」
「上杉からの使者を装って、武田信玄宛に親書を、な」
……それ、何て書いたのか気になるんだけど。
「ああ、それならこうだ」
『塩がないなら、味噌を舐めればいいのに♡( by 謙信 )』
どこかの王妃さまかっ! いや、マリー・アントワネットも実際にはそんなこと言って無いらしいけれどもっ。
「それで、武田と上杉は泥沼になっちゃったんだ……」
「おかげで、我が織田家は安泰というわけだ。それに、傷口に塩を塗ってやったという意味では、わしも塩を送ったことになる…おい、こら離せ」
あたしはノブナガの首根っこを掴んで、部屋からつまみだした。
お前はしばらく、廊下で反省してなさいっ!
終わり
※これは、あくまでも並行宇宙でのお話です。こちらの世界では、信長が関与したという事実は確認されておりません。
ある日うちのネコが敵に塩を送ったらしいんだけど。 杉浦ヒナタ @gallia-3
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