第3話 これが地獄の水耕栽培

 へいわだなあ。

 ここはコキュートス城、かつて秘密にされていた部屋。

 ネオゴシック様式とよく似た特徴をもつ城内にありながら、この室内だけは、木造ぼろ屋の居間いまでくつろぐかのような錯覚さつかくにおちいる。ざっと広さは十二畳。

 ウミガメを模したこたつと、やや長めな赤髪らしきものが完全に一体化している。

 うつぶせでだらしなく、あくびをする美少女。

 あごをのせた座布団の先に水晶玉がひとつ転げられていた。占いのそれっぽく映し出された異世界は、こことはちがった時空の、城門前のようだ。

「ふぁぁ~、あ、この盾ボーイ、けものちゃんのレベルを上げると体も成長するシステムに目をつけて、ぜったいに街から出さない、レベル上げさせない『紳士しんしソサエティー』をつくるとみた」

 がらっ。

 ルシフェルのひまひまオーラを嗅ぎつけた小悪魔ファルファが、ふすまを開けた。

「ややぁルッチー、どうして水晶玉なんて遠回しなものつかって地上をのぞき込んでいるかなー」

 こたつの反対側から、ちゃっかり足をすべり込ませる。

 すきま風が冷たい。

 ルシフェルはめずらしく眉をひそめた。

「さむい。外に出たくない。それに、異世界へ行くにはリスクをともなう」

 ム~っと、ほっぺをふくらませたファルファ。

 細長いシッポで、ルシフェルの足裏をこちょこちょする。

「ぷなっ、なにをしてくれるのっファルファたんっ!」

「ぷなっじゃないでしょーっ!! マグマが熱いからわざわざ凍らせてコキュートス城をつくったのに、こたつで引き籠もるって、ルッチーなにプレイなのよそれ!?」

「ややあ、べつにそこまで怒らなくても」

「うん、べつに怒ってはいないから。ただその、おひとりさま専用の水晶玉を片付けて、もっとこう壁にペカーンって映し出したり、なんちゃらギアを頭にかぶったり、ジオラマみたいな立体像を机のうえにズモモモモーって出してくれたら、アタシも一緒に見られるのになーってことよ?」

「頭にかぶるやつは、おひとりさま専用でしょ」

「ノーノー、外部モニターがあれば一緒に楽しめるってよ? それともLANケーブルで二台つなぐ?」

「どこ情報かな……?」

「リビッコお姉さんの豆知識」

 きょうび異世界では、7.1chホームシアターや、バーチャル・リアリティや、ミックスド・リアリティが流行っているらしい。ルシフェルも一度は試してみたいと考えていた。

 ファルファは、まくし立てる。

「よーしっ、じゃあさっそく異世界から転送してみよーっ!」

「いやぁ、金塊きんかいをわたすから、異世界でぜんぶ買いそろえてきて」

「えっ、神業でしれっと出してよー……」

「あのワザは、わけあって使えない」

「どうしてーっ!?」

 神業――。

 それは、かつて月の女神だけが持っていた力。

 異世界の小道具を一つや二つ転送するくらいお茶の子さいさいな力。

 ただし、

「あんまり使いすぎると、ディアナにきよを突かれる」

 月の女神ディアナは世界を創造した。

 はじまりはとても楽しかった。

 だが、万能すぎる力は、やがてマンネリを生んだ。

 ひまひま、ひまひま、ひまひまひまひま、ひまひまピコ――――ンっ!

 ディアナはひらめいた。

 自分とおなじ力をもつ神さまを創ろうと。

 一○○パーセントおなじ力ではつまらない。

 すべての知識と能力を与えるかわりに、アホな神さまを創ろうと。

 ルシフェルの、誕生である。

「ひどっ!」

 ファルファは絶句した。

 語り終えたルシフェルは、ちょっと涙目だった。

 余談――。

 月の女神は、アホへの救済策もそれとなく考えていた。

 アホである代わりに、天界でもっとも美しい姿を与えよう。

 これから何千年、何万年、その顔を毎日おがむのだから、じぶん好みの超絶美形男子に仕上げるべき。

 ところが、ディアナのたくらみは未遂に終わった。

 このときすでにたましいが生まれていたルシフェルは、身の危険を察知して、自身が男性化されることを未然みぜんに防いだのだ。

 天界でもっとも美しい少女、ルシフェルは成った。

 ディアナは、べ、べつに女の子同士でも関係ないんだからねっ! とのたまってルシフェルにべたべた、べたべた、スーハーくんかくんか、四六時中くっついて離れなかった。

 愛の限りを尽くしても、ルシフェルの対応は塩であった。

 もしや性別がダメなの?

 こんどはディアナが男性になろうとした。

 ルシフェルは、あわてて神業をつかい、ディアナが女神であることを世界に刻んだ。

 このようなやりとりは、ルシフェル生誕せいたんから今日まで絶え間なく続いている。

 つまるところ神業をつかいすぎると、これらパワーバランスが崩れてしまい、かたやディアナが男性になるか、こなたルシフェルが男性にえられるかという、悪夢あくむ正夢まさゆめな状況に追い込まれるのだ。

「同性でも異性でも、粘着ねんちやくされてるなら一緒じゃない?」

「ややぁ、たとえばマレブランケの誰かが、日記をつづっていたとする」

「ぅん? ドラっちはまめに絵日記をつけていたかなー」

「ただの絵日記とちがうよ? そこに出てくるのは、あられもないエプロン姿のファルファたんと、おとなりから耳に息を吹きかけるドラギにゃん」

「ぁわわわわゎゎ……」

 ルシフェルは、身ぶり手ぶりを交えて。

「はじまりは、したたる汗となみだ唾液だえきが描かれていた。おたがいエプロンをべたべたにして、さあ脱いで、わたしがドラゴンブレスでかわかしてあげるから、って、それくらいの軽めなお話だった」

 向かいに座っているファルファのあごを、まるでブランデーを温めるかのごとく、もてあそびはじめたルシフェル。

 ファルファはここで、体の自由がきかないことに気づいた。

 謎の力で口をこじあけられ、舌をぬいっとつまみ出される。

 こんこん、きつねさんみたいに、つつくような指さばきだ。

「うぇあぁぇぁ、やわぅぁあわぁみゃ~~……」

 くちびるから唾液があふれる。

 あごを伝って、かがやきの糸がじゅうたんにまで伸びつらなった。

 ルシフェルは熱弁した。

「やがて、厨房ちゆうぼうでふたり、たがいのやわはだを粉まみれにしながら、息を荒らげるまでに至った。『ドラゴン肉はおいしいんだって。わたし、食べられちゃうのかな?』」

 声まねに力がこもっていた。

 ルシフェルは、こたつから手の届くところにあるカゴだなをまさぐり、真っ白なチューブをひっぱりだした。

 舌をなぞるかたちで、にゅにゅにゅにゅにゅぅ~っと、何かをしぼりだす。

「ぁわゃゃーっ、やぅぇぇぁ~~っ、あゃやわゃーーッ!!」

 ファルファは発狂した。

 いよいよ絵日記もクライマックスだ。

「最終日、はちみつや砂糖やなんやかんや甘味かんみにまみれたふたり、—―ファルちゃん、わたし、汚れちゃった……浴室でつぶやくドラギにゃんを、ファルファたんはぎゅうっと抱き寄せた。さあ、二人で焼いたパンケーキだよ? ――たがいの顔は、なぞの逆光でシルエットとなり、ついに口移しでパンケーキを味わわせる。そんな絵日記だったとする」

「…………ぁゎゎゎ……」

 ここで金縛りを解かれたファルファは、舌の上にのせられた白いにゅるにゅるを、もぐもぐもぐ。

「んぁっ、おいしいねこれ、なんの味かなー?」

 ルシフェルも、コッペパンを棚から手に取って、白いにゅるにゅるの山脈をつくった。

 もぐもぐもぐ、ごくん。

「うん、いけてる。異世界のお菓子屋さんをのぞいてたら、これが妙においしそうだった。こっちでも転生者がうまく再現したらしくって、ヒロインズの記憶を上書きするときに、作り方だけメモさせてもらった」

「おぉーっ、さっすが悪魔大王さま、やり口が黒いっ!」

「ふふっ。われをたたえよ」

 ルシフェルは、ほっぺに生クリームを付けたまま本題に入る。

「で、さっきの絵日記だけど、もしも、ドラギにゃんがこっそり描いてたらどうする?」

「んー、アタシはべつに気にしないかなー」

「では、それを描いていたドラギにゃんが男性だったら?」

「ゃ、ぇ、ぇー……。男性かぁ……」

 先ほどの絵日記を、ドラギニャー男性版として心に描写してみた。

 ――――……。

 みなれた調理場に現れたのは、筋肉まっちょドラゴン野郎ことドラギニャー。そしてポニーテールがチャーミングな小悪魔ファルファちゃん。ふたりは仲よくお菓子作りを楽しんでいた。

「きゃっ、リボンにクリームがついちゃった」

「あぁん? 俺が洗っといてやるよ」

 ドラゴン野郎ドラギニャーは目を血走らせながらリボンを奪い去る。

 その夜、ロウソクが照らす机にかじりついたドラギニャーは、いたいけな小悪魔と、むさ苦しいドラゴン野郎が、ちょっときわどいエプロン姿で生クリームを飛ばしあう絵日記を、

「むりぃ~~っ‼」

 ただしイケメンなら、

「むりでしょ――――っ‼」

「私とディアナの関係がそうなのだとしたら?」

「うわぁわぁ~っ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……ううぅ、もう神業はつかわなくていいから。ルッチーほんっとにごめん……」

 神業がほいほいつかえない理由は、十二分に伝わった。

 ルシフェルは話題をかえた。

「ところで、転生者はうまく栽培できてる?」

 あのおにごっこで光線技に飲まれた転生者は、計画のために設営されたジュデッカ水耕すいこう栽培さいばいダンジョンに幽閉ゆうへいされているのだという。

 ちなみに後方支援だのなんだの言って、おにごっこに参加しなかったマレブランケ八匹は、ルシフェルにみっちり説教されたあと、ファルファ管理下におかれた。そうして転生者を栽培するよう任務を与えられたわけだが……。

 ファルファは、ぎくっとした。

「ま、まあ、なんか土に埋めといたとか? 報告は上がってきてるよ?」

「おい、管理者、ちょっと歯を食いしばろうか」

「やーほんと、水もあげてるからっ! ほんと育ってるって!」

「ほんとほんとって念を押すときほど、やましいことがあるって、ハウツー本に書いてあったし。ファルファたん、水をあげてるとこ、じぶんで見に行った?」

「ぃゃー。見には、行って、ない……けど、報告は受けたよ?」

 ばしっ。

 ぐいーんっ。

 ポニーテールが伸びて張りつめた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーいっ!」

 半泣きで許しを請うファルファ。しかし、

「ジュデッカの土は凍っているから、いくらチート転生者でも埋めてしまうと凍死するよ?」

「やー、そこはあれよ、もののたとえよ」

「え、じゃあ、埋めてないの?」

「いや、埋めた」

「……どこに埋めたの」

「え、えっと、月の女神が土くれから人間をつくったように、アタシらも、土くれから女神そっくりの役者をつくったわけ」

 ルシフェルは、ポニーテールの引きをゆるめた。

「ならば、凍土には、ほんとうに埋めていない?」

「うんうん」

「『なんか土に埋めといた』とかいう報告は?」

「やー、あれは要約すると、土くれ女神たちに転生者が埋もれているよーって報告で、アタシはドン引きしたけど、とにかく栽培は順調なのよ。ほら、マニュアルもあるし」

 マニュアルにはこう書いてあった。

 まず、ロープで縛った転生者を神輿にのせて、ダンジョン中央に置く。

 次いで、土くれチームと、マレブランケチームの二手に分かれ、それぞれ東西に復活ポイントを設ける。

 二つのチームは、特殊なスライムを投げ合いながら、神輿を自陣まで運ぶことで得点をかせぐ。

 土くれチームには、空腹を満たす緑スライムが。マレブランケチームには、衣類を溶かす赤スライムが与えられる。

 これらの素案を提出したチリアは、土くれディアナとの果てしない肉弾バトルを所望していたが、それは実らず。

 スライム式水耕栽培は、元ネタとされる某ゲームと、熱血少女チリアの名前をとって、チリアトゥーンと名付けられた。

「んで、そのチリアトゥーンとやらは、転生者をディアナに返すときに、どのような成果を上げるご予定なの?」

「げぇっ、え、えっと、たしかー……」

「……たしか?」

 ポニーテールが再び張りつめてブチブチ。

「あたっ! てっ、転生者って、月の女神にベタぼれでしょ? それをチリアトゥーンで拍車かけて、もっとこう、月の女神にべったりくっつけて熱烈アタックしなよーって栽培プランよっ!」

「その栽培プランで、ほんとにぎゃわわーってなるの?」

 この質問には、サポートセンター用のマニュアルがあった。

 めずらしく浮かない顔をしたファルファは、

「ぁぁ、うん……あの転生者はね、おなかが空くと、土くれチームを血まなこで応援するの」

 土くれチームが投げる緑スライムは、転生者にとって唯一の食料だからだ。

「あとね、おなかが満たされると、土くれチームがあんまり動かないように、興味ありげなネタでおびきよせるの」

「ぅん? なにゆえ」

「ほら、赤スライムを当てやすくするのよ」

「その心は……」

「土くれ女神の服がとける」

「へ、へ~。ちなみに、その興味ありげなネタについて詳しく」

 ルシフェルは期待した。

 今のうちにトークスキルを磨かせておけば、いざ天界へ送り返したときに、ディアナをぎゃわわーさせる手札となり得る。

「どうしても聞いちゃう?」

「うん。私は悪魔大王、魔界を統べる最高責任者だから」

「そうよねぇ……。じゃあ、松竹梅しようちくばい、どれにする?」

「え、そんなにあるの?」

「……うん」

「じゃあウメで」

 一番ゆるいネタを選んだルシフェルに、やや安堵あんどしたファルファは、

うめね」

「うん、ウメ、タケ、マツの順できかせて」

「じゃあまずは梅だけど、あの転生者ったら土くれ女神のツボをおさえていて、ある日、夜な夜なルッチーが、月の女神をおかずにして一人で乱れちゃうような妄想ネタをもうほんっと、次から次へとよく考えつくわーってバリエーションで叫ぶらしいの。しかもダンジョンの外まで響くくらい大きな声でっ!」

「ぎゃわわ――――――――っ!」

 こたつを勢いよくパージしたルシフェルは緊急発進。両翼をめいっぱいまで広げて、超音速ソニックブームとヴェイパーコーンを放出しながらコキュートス城を後にした。

 水耕栽培チリアトゥーンは、諸事情により運用停止となった。

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転生者にお水をあげて栽培インフェルノ ほねうまココノ @cocono

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