全財産、500円。
タッチャン
全財産、500円。
男は途方に暮れて通りを歩いていた。
それもそのはず、昨日まで機械的に勤めていた仕事をクビになり、獰猛な肉食獣のように牙を携えた妻と子供には捨てられ、家賃4万5千円の木造ボロアパートから追い出され、所々糸がほつれているダウンジャケットの右ポケットに入っている財布の中身は500円。
住む部屋は無く、貯金も無く、助けてくれる親族もいないこの状況を途方に暮れると言わずして何と言うか?
親愛なる読者諸君、想像してみてほしい。
もし仮に自分が彼と同じ立場なら、同じ状況なら皆さんはどうするだろう?
筆者は間違いなく、いつから始まったのか、将又だれが始めたのか不可解な、
あの毎年多くの人達が繰り返す儀式ーーー自ら命を断つという英断を私はするだろう。
(些か私のメンタルは崩れかけている。)
男は途方に暮れてまだ通りを歩いていた。
辺りはすっかり暗くなり、満月が煌々としていた。
12月の寒風が容赦なく彼を攻め立てていた。
彼はダウンジャケットから財布を取り出し、中身を確認した。
500円。
かれこれ100回は見ただろう。
だが何回見直しても増えている事は無く、僅かな小銭しかない真実を彼に突きつけていた。
財布をポケットに入れて、左のポケットに入っている煙草を取り出し一服しようとしたが中身は入っていなかった。
空になった煙草の箱をポケットにしまい、男はまた歩きだす。
惨めという言葉と共に。
自分の足元を見ながら歩いていたせいで見知らぬ男とぶつかってしまった。
悪態をつかれ、走り去る男の背中を暗闇に紛れて消えて行くまで見つめていた。
親愛なる読者諸君よ、あなた達に聞きたい。
あなた達はまだ生にしがみつくのか?
この様な状態でもまだ希望を抱くのか?
どこからかやって来る幸福をまだ夢見るのか?
諦めた方が楽なのではないだろうか。
男は立ち止まり、顔を上げた。
男の視線はコンビニを捉えていた。
彼は頭の中でこう思ったのだろう。
あの中には金がある。レジに金が入ってる。
客は誰もいない。定員は1人だけ。と。
彼は重い足取りで中に入り、店の中をぐるっと回った。
客が誰もいないのを確認すると、レジへ向かった。
さながら獲物を狩るハンターの様な目付きをして。
親愛なる読者諸君、私は犯罪を決して薦めない。
赦される事ではないことを私は知っている。
だが、しかし、やむを得ず、という場合があるのではなかろうか。
誰もが心の奥底で渇望する欲求。
当たり前の権利であり、当たり前の考え方。
生きたい。と思う事である。
あなた達に彼の運命を最後まで見届けてもらいたい。
レジを挟んで定員と向かい合った男は口を開いた。
「ラッキーストライクを一箱下さい。」
店を出た男は通りを歩いていた。
12月の寒さは少し落ちつき彼を優しく撫でた。
彼は500円で購入した煙草の箱を開けて、一本取り出し、火を着けた。
真上にある満月を見上げながら煙草を吹かす。
ゆらゆらと立ち上っていく煙が月に届くのを見つめながら。
物語はこれで終わりだ。
この後、男はどうなったのか、それは皆様の想像力にお任せしたい。
親愛なる読者諸君の、
楽観的で、前向きで、希望的な心で終わらせよう。
全財産、500円。 タッチャン @djp753
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