第56話 展望台にて
翌日、朝の7時に目を覚ました私は、ホテルの食堂で朝食をとるとそのままバーナー通り駅から電車に乗った。
電車に乗って揺られること10分、カレンベルク地区駅で降りて朝でも賑わう通りを歩くこと20分。ヨーナス地区に入って一の壁の際まで行って、昇降機で壁の上へ。
昇降機ががたんと揺れて、停止するやいなや、目の前にあった重厚な石造りの壁がなくなった。
「着きましたヨ」
「うわー……!」
そこに広がるのは抜けるような翡翠色の空と雲、赤みがかった黄色い朝日、そしてその朝日に照らされる一番街の街並みだ。その向こう側には無数の細い壁で作られた零の壁も見えている。
これは、壮大だ。思っていた以上に雄大で素晴らしい景色が目の前にあった。
「すっごーい」
「これがオールドカースルの最モ見応えのある観光地、一の壁の展望台デス」
感嘆の声を漏らしながら展望台の際に設置されたフェンスに手をかける私に、パーシー君が自慢げな声で言った。
私の隣でデュークさんも、にっこり笑いながら手を前方に伸ばす。
「凄いでショウ? 足元カラずーっと広がっているあちらの街並みガ一番街、その先にある無数の柱デ構成された壁が零の壁、その先が零番街デス」
彼が指し示すのは展望台から遠くに見える、特殊な形をした壁だ。まるで日本のビルで窓にかけられているブラインドを巨大化させ、横倒しにしたみたいな壁は、なるほど確かに零番街のお城をしっかりと隠している。
思っていた以上に、見えない造りをしているものだ。驚きに口を開きながら、私は声を漏らす。
「本当に、遠くからだと見れないんだなぁ」
「ボクも構造をよく理解してはおりませんガ、
私の言葉にパーシー君も頷いた。確かにこの、ブラインドの仕組みを解説するのは難しい。私にも出来る気はしない。
手でひさしを作って、差し込む朝日に影を作るようにしながら、私は口を開いた。
「確かに、こう、近づいたら隙間から見えるけど、遠くからでは見られない仕組みってあるもんなー。こんなところにも使われてるんだー」
「ああ、ヤハリあるのですネ、そうした仕組みガ」
私の言葉にデュークさんが目を見開きながら返した。彼はグロリアさんの息子でこそあるが、地球に関しての知識はパーシー君ほどありはしない。知らないのも無理はないだろう。
するとパーシー君が、零の壁の上側、壁から飛び出るようにして伸びている塔を指さしながら言った。
「零の壁から飛び出す形デ、尖塔が見えるでショウ? あれがマー大公国の主君、マー大公家が暮らす城ですヨ」
「すごーい、立派ー」
塔を見ながら私も口を開いた。一部分しか見えないとは言えど、非常に華美で精緻な作りをした尖塔だ。城本体の造りがどうなっているかも、概ね想像は出来る。
こんな立派で綺麗な城に住んでいるなんて、さすがは一国の主、というところだろう。
「マー大公家は大陸の中でハ比較的歴史の浅い家ですガ、貴族の古い考えに囚われナイ柔軟な気風で知られておりましタ。世界にはびこる種族差別を憂イ、ハーヴィー皇国から独立したのガ、国の興りと言われておりマス」
「ですノデ大公家の皆様ハ、この国が出来上がった当初カラ種族差別撤廃を掲げテ国を運営して参りマシタ。最初は小さかったこの国モ、今ではドルテでは無視の出来ナイ存在にまでなっておりマス」
そこからパーシー君とデュークさんが、マー大公国という国の成り立ちについて話してくれた。フーグラーの領主であるアータートン伯爵が今代で8代目と聞いていたから、そこまで歴史のある国ではないのかもしれない、と思っていたけれど、これは思っていた以上に新興国っぽい感じだ。
それにしても、こうして宗教的な意味合いでも根強く種族差別があり、人々の生活や仕組みに染み付いているものを憂い、国を興してしまうとは相当だ。よほど昔の種族差別は強烈だったのだろう。
感心しながら、私は声を発した。
「へー……国が始まったのが、そもそも種族差別への反対からだったんだ」
「ハイ。ですので零番街にはフーグラーの市街以上ニ、
私の言葉に頷いたパーシー君が、一番街の街並みを指し示しながら口を開いた。
一番街は貴族の街、とは言うが、そう言えば
と、パーシー君がそこで言葉を区切り、考え込むような表情になって話す。
「あと、ボクも噂でしか聞いたことがないですガ、
「えっ、そうなの?」
パーシー君の言葉に、私は驚きながら目を凝らした。
遠くの方まではよく見えないが、なるほど、そう言えばドルテの人っぽくない外見の人が遠目からでもチラホラ目につく。
ドルテの
パーシー君の言葉に頷いて、デュークさんも口を開く。
「私モ兄から聞いた覚えがありマス。一番街のあちこちデ、
「あ……そういうこと?」
デュークさんの発言に、はっとするように私はそちらを向いた。そういえば昨日に会ったハントストアのジャックさんも金髪だった。まさしくアメリカ人といったその風貌、私は特に気にも留めなかったが、そう言えばあれもドルテでは目立つ格好だ。
はーっと息を吐きながら、私は話す。
「地球からの接続点で、オールドカースルに繋がっているのはアメリカだもんなぁ。金髪の人もいるよね、やっぱり」
「そうなるのでしょうネ。そんなに頻繁に見かけることがあるトハ、ボクも驚きましたガ」
私の言葉にパーシー君も小さく肩をすくめる。意外なのは全くもってその通り、予想もしていなかったのは彼も一緒らしい。
と、私はそこで小さく眉根を寄せた。一番街は貴族の街、というなら何故零番街で仕事をしている人たちがそこに行くのか。
「ふーん……でも、一番街で何してるの?」
「ああ、あれデス。一番街の中デひときわ大きな、建物が見えるでショウ?」
私の疑問に、デュークさんが再び一番街の方を向く。彼が指さしているのは一番街のちょうど真ん中くらいにある、周辺の建物と比べてもひときわ巨大な、多分三階建てくらいの建物だ。
建物のてっぺんには何やら紋様が描かれている。零番街のお城の尖塔にくくりつけられた旗と同じ紋様だ。
「あれは学校なのデス。国立オールドカースル貴族学校。貴族の子弟を対象ニ、社会学や経済学、帝王学を教えるためノ、学校があるのデスヨ」
「学校? ……あれが?」
紋様が描かれたそこに目を向けながら、私は目を見開いた。学校というよりも市庁舎とか、役所とか、そんな感じの見た目をしている。何とも無骨で飾り気のない建物だ。
でも、貴族のための学校というなら、機能性を重視した造りになっているのもあるのかもしれない。デュークさんが頷きながら説明する。
「ハイ。私の兄、クリスもあちらに通っていマス。学校に通う貴族の子弟ニハ、
「へー……」
その説明に、もう一度私はデュークさんの方に顔を向ける。と、そこでデュークさんの向こう、だいぶ私達から距離の離れたところにいる、一人の
「……」
その男性は私のことを、じっと見ていたような、そんな気がする。気がしただけで、実際は私なんて見ていなかったのかもしれないが。
少し気にかかったが、風景を楽しむのが先だ。私は彼から視線を外してもう一度一番街の風景を目に焼き付ける。すぐにその男性がいたことなど、意識の外に追いやってしまっていた。
翡翠色の空の下で~古本の旅行ガイドブック片手に異世界旅行~ 八百十三 @HarutoK
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