第55話 二番街観光の相談

 パーシー君の借りている地下の部屋は、地下で薄暗いとはいえ程よく綺麗な、ちゃんと掃除の行き届いた部屋だった。さすがは首都の中流層向けホテル、獣人族フィーウル向けの部屋だとしてもちゃんと掃除がされているらしい。

 ソファー代わりのベッドに腰掛けながら、パーシー君が私へと目を向けた。


「とりあえず、そうデスネ。サワさん、オールドカースルにはどの程度、滞在を考えていまスカ?」

「ええと……」


 問いかけられ、私は視線を部屋の天井へと向ける。吊り下がった電灯が、私の視界でゆらゆら揺れた。きっと先程の事故というかテロの後処理で、上の階はバタバタしているのだろう。

 あんまり長いことフーグラーを離れていたくはない。オールドカースルで切り替わりに遭遇し、ハントストアで地球に戻れたとして、そこはアメリカ合衆国。とても困る。

 だが折角やってきたマー大公国の中心都市なのだ。観光はしたい。


「今日を入れて、三日か四日くらい? 今夜は観光ついでに夕食食べて、明日や明後日はまるっと観光に当てて、最終日はお昼くらいまでいて、で午後にはフーグラーに帰る電車に乗って、くらいかなぁ。教会はさっき見たし」

「ナルホド」


 私が指を折りながら数えて言うと、デュークさんが納得した様子で頷く。


「いい流れだと思いマス。さすがにオールドカースル二番街の全部を見ることハ出来ないでしょうガ、その必要はありませんカラネ」

「ハイ。二番街にも見るべきトコロ、見るべきではないトコロ、色々とありますカラ。取捨選択は大事デス」


 デュークさんの言葉にパーシー君も頷いた。

 分かる。私だって二番街の全部の地区を見て回ろうなんて思っていないし、一番街や三番街まで足を延ばすつもりはない。安全に見て回れる場所を見て、飲み食いが出来ればそれで十分だ。

 だが、ふと私はオールドカースルにあれ・・があることを思い出し、手を挙げる。


「あ、そうそう、そのことなんだけどさ」

「ハイ?」

「どうかしましタカ」


 唐突に声を上げた私に、パーシー君とデュークさんがきょとんとした顔をした。

 そんな二人に、私はおずおずと声を上げる。


「あのー……二番街から、零番街の、お城……というか、大公さんのお屋敷が見れるところって、あるよね?」


 そう、零番街に建っているという、大公の住まうお城である。

 折角首都に来たんだから見たいではないか、フーグラーでは絶対に見ることのできないものなのだから。何気にファンタジー小説をよく読んできた私、西洋風のお城の現物を目にする機会なんて、こんな機を逃したら絶対そうそう訪れない。

 ただ、直接目にするなんてことは出来ないだろう、一番街に行くことすら期待できないのだから。だから遠目にでも見る機会があるのなら、と私は思ったわけだ。

 私の言葉に、デュークさんがパーシー君と顔を見合わせ、そして困ったように首を傾げながら言う。


「マァ、あるニハ、ありますガ……」

「一の壁の上に登リ、一番街とその向こうの零番街ヲ眺めることのできる展望台ガ、確かバルテル地区とヨーナス地区ニあったはずデス。ただ、零番街を囲う零の壁ハ少々特殊デ、遠くからでは城を見られナイ。展望台から見えたとして、城の尖塔など一部でショウ」


 パーシー君が言えば、デュークさんがそれを補足するように告げた。なるほど、壁は壁でもなにか仕組みがあって、近くでは見えるけれど遠くからは見えないようになっているらしい。地球で言うところのブラインドカーテンみたいな感じなのだろうか。

 ともあれ、展望台があるなら有り難い。お城の一部と、一番街を一望することは出来そうだ。ここは妥協ポイントだろう。


「うーん、まぁいいや、それでも。見れればいいんだし」

「かしこまりマシタ」

「ケスマン地区からデスト、ヨーナス地区の展望台ガ近いデスネ。明日の予定にでも組み込みマショウ」


 頷く私に、パーシー君もデュークさんも満足そうに微笑んだ。

 オールドカースル市内のマップを確認すると、今のホテルの位置から展望台に行くには、バーナー通り駅から市営の循環鉄道に乗って、オールドカースル中央駅方面に向かって数駅。カレンベルク地区駅で降りて徒歩20分ほどだ。

 「みるぶ」にも当然、展望台のことは書いてあった。一の壁の上にへばりつくようにして作られており、昇降機を使って上り下りするので移動も楽チン。一番街と二番街を壁の上から一望できる、オールドカースルの一大観光地だ。

 もちろん、私の気持ちは沸き立つ。高いところから見下ろす町並みなんて、絶対素敵じゃないか。


「うん、楽しみー。どうせなら一番街の様子も見たいし、お城も見れたら嬉しいもん」

「サワさんはカメラもお持ちでいらっしゃいますからネ。拝見しましたが、随分性能がよろしいものでしたカラ、綺麗に映るでショウ」


 るんるん気分の私にパーシー君も微笑ましそうに笑う。と、私とパーシー君を見ていたデュークさんが、何か考えるような表情をしながら長い顎に手をやった。


「しかし……フム」

「デュークさん?」


 その表情は、何かを心配しているようにも見えた。何かあるのか、と私が問いかけると、困ったように口角を持ち上げながらデュークさんが話し始める。


「イエ、私とパーシー殿がご一緒いたしマスノデ、大きな問題ニハならないことと思いマスガ、ヨーナス地区ニ向かうニハ、どうしてもカレンベルク地区駅で降リテ向かわねばなりマセン。カレンベルク地区はいわゆる繁華街・・・、怪しい店へ誘ウ客引きも多くいマス」


 その話を聞いて、目を見開く私だ。

 カレンベルク地区駅はカレンベルク地区の南の方にあって、そこから北に向かえば一の壁がある。駅から壁に向かってはアイスナー通りが伸びているのだが、このアイスナー通りを中心に繁華街が広がっているのだ。

 「みるぶ」でも、「夜の間に歩くのは注意が必要」と書かれているくらいの場所である。刊行当時とどのくらい状況が変わっているかは私には分からないが、安全と言える道ではないだろう。

 それにしても、繁華街だの客引きだの怪しいお店だの。異世界とは言え、あるものである。


「繁華街、客引き……あるんだなー、ドルテにもそういうものが」

「ハイ。ですのでカレンベルク地区ハ二番街の中で最も賑やかデ、夜でも灯りが消えない場所デス。私としてハ、夕方までには展望台での観覧ヲ終えてホテルルに帰りタイ」


 そう話しながら、デュークさんはゆるゆると首を振りつつ私に言った。

 気持ちは分かる。私を護衛することが彼の仕事なのだから、危険性の高い夜の繁華街なんて歩かせたくないはずだ。日本の繁華街とは状況が違う、間違いなく。

 だがしかし、夜の繁華街も間違いなく、その町の顔だ。


「気持ちは分かるけど……でも、えーとほら、ここ」


 そう言いながら私は「みるぶ」のページをめくる。めくったのは67ページ。マー大公国の夜の顔、繁華街をまとめたページだ。

 ここオールドカースル以外にも、港湾都市のシャンクリーにも大きな繁華街があるらしい。しかし首都ということもあって、一番規模が多いのはオールドカースルのカレンベルク地区だ。

 その中で何店舗かピックアップされて紹介されている。ここで紹介があるということは、取材が入って記事になっているのだから、ある程度観光客向けだと推測できるわけだ。


「『カレンベルク地区で楽しい夜を過ごそう!』って。こうして『みるぶ』で特集が組まれるってことは、ちゃんとしたお店もあるんでしょ?」

「アー……まぁ、全く無いトハ申しませんガ」


 質問する私に、デュークさんが視線を逸らしながら頬をかく。そう、繁華街にあるからと言って、危ないお店ばかりかと言ったら、そうではないのだ。

 繁華街である故、夜も人のいる場所であるカレンベルク地区。加えてバーやキャバクラなら、夜の10時以降も営業ができる。ここのページで掲載されているオールドカースルのそういうお店も、大概がお高めのショットバーだ。

 行ってみたい、の気持ちを前面に出す私の肩を、パーシー君が優しく叩く。


「興味を惹かれるのは分かりますガ、身の安全が優先デス。展望台は9時からオープンしますノデ、少し早めに向かいまショウ」

「むー」


 パーシー君の言葉に私は小さく頬を膨らませた。

 ここまで念入りに言われるということは本当に危ないのだろうが、それはそれで気になってしまうというのも実際あって。

 明日の展望台も楽しみだが、果たして私はオールドカースルの夜を楽しむことが出来るのか、それもまた気がかりだった。

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