第14話 エピローグ
【レヴィウス歴 六五六年】
[ルシーナ=アストラル 二十九歳]
エピローグ
───── 八年後
「ルシーナ様ぁ。早く来て下さいよぉ」
可愛らしい声がルシーナの元の届いてくる。その声を聞き、ルシーナは少し足を早めて、先行く者の後を追った。
今、ルシーナは二人で太陽の神殿敷地内にある、小高い丘に訪れていた。実質上、太陽に最も近い場所である。
時は夕刻を少し過ぎ、世界は橙色に輝く太陽に染められていた。
この場所は八年前とは全く変わっていない。相変わらず、風にたなびく草は優しく囁き、木の葉を散らす木々も温かく街を見守っている。
こことは違い、この国は大きく変化していた。何かが取り入って、見た目的に変化したわけではない。神殿はそのまま健在であるし、街も商店も以前以上に繁栄している。
何が大きく変わったのかというと、それは人々の心の中身と社会構造である。
八年前、あの神が介入したのではないかとされる儀式を終えてから、国は一時的な混乱に陥ったが、儀式の最後に行われたファムルの高説の影響と、多くの神子達の努力もあってか、徐々に落ち着きを取り戻し、今となっては底を尽き欠けていた国力も回復しつつあった。そのファムルが唱えた高説の内容は、ルシーナを格下げすることであった。
神子とはいずれ神の元に仕える神の眷属であるが、ルシーナはあの時起こした行動の罪償いに、月の神子の資格を剥奪され、人の眷属に成り下げられた。神子としての立場を失えば、セリアとの約束を叶えられなくなると、ルシーナはこの決定に関して猛烈に反発したが、次の一言により、ルシーナの目指す道は決まった。
誰よりもセリアの願いを理解しているファムルがルシーナを人の眷属に成り下げた理由は、神の眷属である神子であれば、王にはなれないからである。神に頼ることしか知らない無能な王達に代わって、この国の永きに渡る平穏と繁栄へと導く人間として生き続けよ、との新たな使命が下されたのだ。
セリアとファムルはルシーナが、八年前にあのような行動を起こすと予感していたのだ。
だから、セリアは何の苦もなく儀式に間に合うことが出来、通常通り始めることが出来た。
そして、ファムルはわざとルシーナの行動を見過ごし、後になって罪を被せ、神子の資格を剥奪した。
もし、ルシーナが何も起こすことが出来ないような状況にしてしまっては、次の王として人々を導いていく指導者にルシーナを指名できなくなってしまうからだ。
これから徐々に力を失っていく神子の立場にして置くよりも、王として民を従えていく方が得策であると考えたのだろう。
ルシーナは、二人の手の上で踊らされていた、と言えばそれまでであるが、全ての事態を先読みしていたセリアには改めて驚かされた。
そうして、国の指揮を執っているルシーナは、『神々に選ばれし従者』の名を受ける才能を十二分に発揮し、民を正しき方向へと導いていっている。
生け贄制度は廃止され、神子信仰も改善されつつあった。もう定められた日に生まれようが神子に選ばれることはなく、新たな神子は増やさない。さらに現在、神子を務めている者も、やめることが許され、望む者だけが神子を続けている。
神子信仰は国の一部の宗教と化しているが、国民の精神的支えになっているのは、今も昔も変わらない。災害が国を襲うと、ルシーナが指揮を執って、その自然災害対策の設備を建造し、神の怒りを鎮めるのではなく、人の手で災害は押さえることが出来るのだと、皆に広く理解を求めている。
ただ、政治・政策は全て王族が行うが、やはり神子信仰者が多いこの国では神殿も多大な力を有しているのは疑う余地もない。
神殿はその知識を惜しみなく民に振る舞い、その結果、国としても経済力も増し、リヴィールとの交易も盛んになった。
リートン侵略を目論んでいたとされる噂は噂に過ぎず、二党別れていたうちの保守派が勝利を収めたようで、元々保守派の家系であったルシーナが治めるリートンとリヴィールの国家間関係は深く強く結ばれることとなった。
まさにセリアが創りだし、整えてくれた神の道をルシーナが歩いているのである。
「ルシーナ様ぁ、もうすぐ日が暮れちゃいますよぉ。早く神殿に戻りましょうよぉ」
「あぁ、分かってる。先に行っててもいいぞ」
「だめぇ! 一緒に帰るんですぅ」
小悪魔的な笑顔の中でちろりと舌を出し、ルシーナに答える。
その場に立ち止まり、遅々と歩くルシーナが側に辿り着くのを、意地でも待っているつもりのようだ。
「仕方ないな」
八年前、儀式の真っ最中、この少女は月が太陽を満たすときに生まれた。後(のち)に、ルシーナが王となった頃に、この娘の名付け親になって欲しいと言われた時には、もう既に付けるべき名前は心に決めていた。
少し離れたところにいるその少女の名を呼び、ルシーナは駆け出していく。
セリアと共に過ごした、星降る丘の黄昏に包まれて…。
『太陽に最も近い場所』と呼ばれる小高い丘の頂上には、一つの小さな墓標が立てられていた。その墓標の前には一冊の本が添えられてある。
その本は丘の上を吹き抜ける風になびいてパラパラと頁が捲(めく)れていく。そのほとんどにはぎっしりと文章が詰め込まれていて著者の熱心な勉強ぶりが見て取れたが、最後の一頁だけは白紙であった。
いや、白紙ではない。小さくほんの片隅に一言だけ言葉が書かれていたのだ。
その最後の頁に書かれていた言葉は…。
(了)
星降る丘の黄昏に包まれて @acti5412
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